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2013年3月19日 植草一秀の『知られざる真実』
TPPの内容は細かく分かりにくい。
内容が分かりにくいからこそ、これを抽象論で美しく飾り立てることは容易だ。
美辞麗句を並べれば、あたかも素晴らしい枠組みであるかのように装うことはできる。
その典型例が3月15日の安倍晋三氏によるTPP交渉参加表明の記者会見である。
核となる懸念事項には触れずに、抽象論で問題を処理しようとする。
日本の農業を守る。
国家主権を守る。
息を呑むような田園風景を守り、日本の国柄を守る。
このような抽象論を並べて、感情に訴えるというのは、極めて不誠実な態度だ。
TPP交渉に参加することに反対する主張の一部には、保護貿易主義的なものもあるのかも知れない。
しかし、私が知る限り、TPP参加反対論の大半は、自由貿易の基本方針に反対するものではない。
自由貿易を肯定し、日本の市場が十分に開かれた開放的なものであることを求めつつ、しかし、日本がTPPに参加すべきではないとしているのが、圧倒的多数だ。
こうした、TPPをよく研究し、日本の国益を重視し、日本の開放性をも重視しつつ、TPPに反対する意見に対して、安倍氏は具体的に、なぜTPPに参加すべきであるかを説くべきである。
美辞麗句を並べて、感情論だけで押し通すというのは、野田佳彦氏流だ。
これを「巧言令色鮮(すくな)し仁」という。
安倍晋三氏の発言には誠実さ、”integrity” がない。
ただ、耳に聞こえの良い言葉を並べているだけ、羅列しているだけだ。
TPPに反対している人は、日本の農業の生産性向上に反対しているだろうか。
反対していない。
日本の農業の生産効率を高めるべきことは言うまでもない。
大規模化、集約化を進めて、競争力のある日本農業を育成することは大切だ。
TPPに反対していて、日本の農業の生産性向上を否定している人を私は見たことがない。
しかし、コメ、牛肉、乳製品、砂糖などは、それぞれ、重大な理由があって保護されている。
農業の生産性を向上させれば、これらの品目においても、関税率を段階的に引き下げることが可能になるだろう。
農業構造改善に巨大な国費を投入してきたのに、農業の生産性を引き上げることができなかったのは、これまでの自民党の農業政策が間違っていたからでしかない。
GATTウルグアイラウンドに基づき農業の構造改善対策費として6兆円も費用を投じながら、それを生産性向上に向けてこなかったのは、他ならぬ自民党政権である。
こうした過去の過ちを反省して、農業の競争力強化の抜本対策を講じるべきである。
しかし、農業の構造対策が必要であることと、TPPに参加すべきことは同一でない。
TPPに参加して、10年で関税が撤廃されるなら、日本のコメ農業の大半は壊滅する。
一部の大規模化した農業は競争力を確保するかもしれないが、それは、全体のなかのほんの一部分に過ぎないだろう。
主食であるコメの安定供給体制は崩壊する。
世界が食糧不足に見舞われるとき、日本人は主食を確保できなくなるだろう。
自由貿易と主食の確保のどちらが大切かを論じる必要がある。
自由貿易のためなら、食糧の自給体制がさらに崩壊してもよいと考えるのか、それとも、食糧の自給体制を強化する範囲内での自由貿易を追求するべきと考えるのか。
当然のことながら、賛否両論があるだろう。
その賛否両論を徹底的に論議して、日本としての結論を得ることが大事なのだ。
結論をあらかじめ決めておいて、その結論に合うような理屈、美辞麗句だけをかき集めて、国民に有無を言わせず、結論を押し付ける態度が不誠実なのである。
TPPを抽象論で論じるべきでない。
具体的に核となる焦点がいくつか存在する。
その焦点を徹底論議することが必要不可欠なのだ。
焦点とは、
1.例外品目の意味
2.医療における市場原理の導入
3.生命・健康・安全に関する諸規制と制度
4.各種共済制度とかんぽ生命商品
5.ISDS条項の是非
この五つについて、徹底論議しないで結論を出すべきでない。
安倍氏の記者会見では、この五つの具体的課題について、何ひとつ明確な方針が示されていない。
交渉に参加するだけで、TPPに参加するわけでないと言うが、交渉に参加してTPPに参加しないとの決断がもたらす負の影響を十分に示さずに、こう表現するのは、甚だ不誠実である。
日本の主権者国民の命運を左右する問題なのだ。
美辞麗句を並べて核心に触れるのを避ける行動は、まさに万死に値する。
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