01. 2013年3月09日 00:20:50
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TPPは安全保障の問題でもある 葛西敬之・東海旅客鉄道会長に聞く 2013年3月8日(金) 日野 なおみ 安倍晋三首相はTPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加を近く表明する。与野党にはなお異論がくすぶり、「聖域」を巡る駆け引きも激しくなる。葛西敬之・東海旅客鉄道(JR東海)会長は、TPPは経済問題であると同時に安全保障の問題でもあると指摘する。その真意とは。 安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」が動き出しました。 (写真:古立康三) 葛西:「アベノミクス」という言葉は、安倍さんが言い出した言葉ではなく、マスコミの造語ですよね。「レーガノミクス」を真似たのでしょう。
この言葉は、レーガンに批判的なマスコミが、彼の政策を攻撃するために作った言葉だと私は思っています。その点で、「アベノミクス」という言葉はあまり好きではありません。 ただ、その滑り出しは大変順調だと見ています。安倍政権が正しい姿勢を示すことで、非常に短期間で為替レートが修正されました。過度な円高の修正につれて株価も上がりました。本来あるべき姿に戻ったことは非常に良かったと思っています。 ダボス会議などでは、日本の円安誘導に対して批判的な意見も出ました。 葛西:あの批判はおかしいですよね。各国のエゴそのものだと私は感じました。円を過大評価して日本の競争力を弱め、利益を得てきた人たちの言い分ですよ。日本はそれまでなす術もなく流されてきた。ですが、今回は正当なバネが働いて、中正に戻ったということです。 アベノミクスは今、アナウンスをしただけの状態です。それでも円安が進んだということは、今までの実態があまりに不適切だったことを示しています。捻じ曲がっていたものが、元の姿に戻った状態だと。 経済界はこれまで、「行き過ぎた円高を是正すべき」と心の中で思っていました。ただはっきりと口に出しては言わなかった。経済界が小声で求めてきたことを、安倍首相が明言したから円高は修正されたのでしょう。 財政出動については、一部から「また公共工事で景気を浮揚させようとしているのか」という批判も出ています。 葛西:もちろん、財政規律はきちんとしなければならないでしょう。財政出動するにしても、将来、何かを生むものに対して出動すべきです。「何でもいいからとにかく公共事業をすれば雇用や需要が生み出せる」という方策は点滴のようなものです。日本の経済・産業の体力回復に結びつくか吟味すべきです。将来、何かを生むものであれば、躊躇する必要はありません。 リニアプロジェクトも「強靭化」に当たる 「国土強靭化」という観点からインフラに財政資金を使うと、安倍政権は明言しています。これは「将来何かを生むもの」なのでしょうか。 葛西:「国土強靭化」という言葉そのものに、私はいかがわしさを感じます。 「国土」という、神様が創ったものを人間が強靭化することができるはずがありませんからね。自然条件を所与のものとして踏まえたうえで、人間がいかにうまく生きていくのか。その解決策となるべきものが土木工事や公共事業でしょう。 「強靭化」という言葉にポジティブな意味を求めるとすれば、今まで作ってきたストックを健全な状態で維持するための投資だと思っています。築いてきたものを維持保全し、持続的な効用を高めることはいいことでしょう。 そもそも日本のインフラは、米国に比べると2〜3世代新しく、良く整備され、機能もしています。米国は早く整備された分、インフラが早く陳腐化してしまった。現在、日本のインフラはおおむね健全ですが、放っておけばいつかは米国のようになりかねません。しっかりと維持・補強しながら既存インフラを活用することが、「強靭化」の意味でしょう。 話は逸れますが、東海道新幹線を引き継いだとき、技術者たちは「少なくとも10年間は取り替える必要がないと保証できるが、20年以内に取り替えが必要ないとは保証できない」と言いました。ですがその後、新幹線をいかに長く、持続的に使うかという研究が進んだ。予防的な対策を打つことで100年でも200年でも良好な状態を維持し、使い続けられると今では確信しています。 こういう技術は、道路や橋梁、空港などのあらゆるインフラの維持・保全に応用できるでしょう。「強靭化」のために我々の技術も応用してもらいたいと思っています。 JR東海では、リニアプロジェクトが動いています。あれも将来、役に立つ「国土強靭化」なのでしょうか。 葛西:我々のプロジェクトは、東海道新幹線のバイパスを作ることです。一元経営し、初年度から黒字を出すという前提です。民営企業ですから、完成後、一時的にでも赤字になることは許されませんからね。そこで現在の経済情勢を前提に、将来の収入は控えめに、コストは余裕を持って想定してプロジェクトを進めています。 このバイパス建設は当然、「強靭化」に当てはまります。 東京〜大阪間が1時間、東京〜名古屋間が40分で移動できるようになるわけですから、当然、日本人の生活スタイルを変える契機になる。沿線地域の人々の生活に留まらず、接続する山陽地域にまでその効果は敷衍されるでしょう。地域のポテンシャルが上がり、開発可能性も高まる。経済性も採算性も備えたプロジェクトだと思いますね。 TPP参加へ財界は政治家を説得すべき 金融政策では2%の物価目標を掲げ、政府は日銀との共同声明を発表しました。 葛西:マネーポリシーは門外漢なので、素人の感想になります。ですが、2%のインフレターゲットは、成長の結果としての2%であり、成長せずに物価だけが2%上がると考えているわけではないでしょう。 金融政策は経済成長とリンクし、実体経済を良くしながら、新たな技術を導入した財政政策や金融政策を行っていく。実体経済の強さを反映した結果として追随するインフレは容認する、という考え方なのだと思います。 第3の矢となる「成長戦略」で必要なことは何でしょう。 葛西:実体経済を良くする大前提として、まずはTPP(環太平洋経済連携協定)交渉に早期に参加することでしょう。そこでルールメーカー側に立つことが非常に重要だと思っています。 まずは交渉に参加し、その過程で日本の立場を主張し、加入するか否かの判断は、交渉の結果次第とするのが常識です。交渉する前にその結果を先取りし、「約束されなければ交渉にも入るべきではない」という意見もありますが、それは問題でしょう。財界は、政治家一人ひとり担当を決めてマンツーマンで説得して回るべきでしょう。 19世紀の欧州列強による世界支配から、20世紀の米ソ冷戦にシフトするトランジションの時期は、1914年の第一次世界大戦から始まりました。その後、ロシア革命を経て、第二次世界大戦終了の1945年までの31年間あったわけです。 その後に出現した20世紀の世界は、核抑止力によって米ソ2ブロックが対峙する冷たい平和の世界でした。この間、世界は未曾有の平和と繁栄を謳歌しましたが、米ソ冷戦が終わって20世紀が幕を閉じました。 21世紀の構図はまだ見えていません。ちょうど今は、第一次世界大戦が終わり、第二次大戦がこれから始まるような時期なのでしょう。 近代史を振り返ると、世紀の変わり目は常に戦争や革命という大動乱があった。それをくぐり抜けて、前時代の人々が予想もできなかったような新時代を迎えてきました。 18世紀の絶対主義王制は、フランス革命やナポレオン戦争をくぐり抜けて、19世紀に移りました。19世紀の世界とはヨーロッパの主権国家による平和と繁栄の時代です。20世紀には核兵器の発明があり、米ソ両陣営は互いを破壊しつくせるほどの核兵器をもって対峙し、冷たい平和とその中での繁栄が続きました。 21世紀は「海洋同盟vs大陸プレイヤー」の図式 その後、必然的に生じた過剰生産能力の解消は、従来のような戦争による破壊ではあり得ません。破壊を伴うことなくソ連が崩壊したことで、余剰生産能力が残ったまま需要が縮小することになりました。 その段階で、米ソ対立の勝者である米国によるグローバル支配が世界を覆うのだという幻想が、一時的に世界を支配しました。資本は国境を越え、安い労働力を求めて東欧やアジアに進んでいった。一方で、労働者や文化、気風は国境内に留まらざるを得ません。 資本はグローバル化するが、国際政治の構成単位は依然として主権国家であるという、二元連立方式の解が21世紀の仕組みになると、私は思っています。 それはある意味での地域主義であり、ブロック化であるでしょう。 EU(欧州連合)を、グローバルな世界に向かう第1歩だと礼賛する向きもありました。私は、EUの真の姿は21世紀の構成単位としてブロック化の先鞭であると思っています。 加えてかつての大西洋を挟んでの米・英対、欧州プレイヤーである仏・独・ロシアという図式から、21世紀の世界は、太平洋を挟んでの海洋同盟(TPP)対、大陸プレイヤーである中国・ロシア・インドという図式になると思っています。 TPPは、太平洋における民主主義・自由主義・海洋国家連携への動きだと見ていいでしょう。TPP加盟国と、中国との間に勢力均衡が図られることによって、地域の経済的な安定と発展のプラットフォームが作られる。 すなわち、TPPは経済発展の問題であると同時に、安全保障の問題だと理解せねばなりません。21世紀は米ソの二極化ではなく、「拡散した核」という現実を踏まえた複数地域共同体間の勢力均衡によって平和と安定が維持されると私は考えています。 破壊を伴わないソ連崩壊によって温存された過剰生産能力とデフレを受け、資本は活路を求めて、東欧やアジア、中国に展開していきました。その結果、さらなる余剰生産能力を生み、世界的なデフレが深刻化したのです。この世界規模のデフレを、一国の金融政策や財政政策が変えられるわけがありません。 民主党政権下で、日本経済は世界の平均よりもはるかに落ち込みました。これを世界並みにすることが限界だと私は思っています。安倍首相の狙いも、そこにあるのではないでしょうか。 経営者は結果責任を取る覚悟が必要 世界全体を覆うデフレを脱却するには、ブロック経済圏のようなものが必要、ということでしょうか。 葛西:そういった世界情勢の中で、日本の国政を維持するためにも、まずは自由貿易圏を拡大しなくてはならないでしょう。 特に太平洋地域は、一方では国家資本によって勢力拡大を図る中国があります。ですから安全保障の面でも、経済的な安定の面でも、自由主義や民主主義の価値を共有し、海洋国家としての気風を共有する国々が、より密接に提携する土台が必要なのです。そして、それこそがTPPです。 中国はそのことを良く分かっているので、日本の世論を巧みに操ろうとしています。 今、日本が選択を間違えると、国家が滅びるかもしれない瀬戸際にあります。安倍首相は、正しい方向を向いていると思いますから、成功してもらわなければなりませんね。 日本経済が成長するうえで、規制緩和がもう一段必要になると思います。ただ自民党内で「族議員」が復活しており、抵抗が出る部分もあるように感じられます。 (写真:古立康三) 葛西:日本が今後、経済成長するためには、新たな技術を生み出し、この技術が新たなマーケットを生み出し、全体の需要が拡大するようにならなくてはなりません。そのためには、大局観と長期展望を持ち、現実を直視し、自立的に判断して組織を牽引するリーダーシップが必要となるでしょう。
しかし今や企業人は短期的な利益を問われ、長期的に戦略を練る視点を失っています。株主に対するアカウンタビリティばかりが強調される傾向にある。ですがそもそもアカウンタビリティとは、「言い訳可能性」ではなく、「結果による自明性」ではないでしょうか。つまり経営者は結果責任を取る覚悟こそが必要になる。 企業の戦略決定がボトムアップ型へと流れ、政府頼みになっている。口をそろえて「規制緩和」と言う前に、自らの思考と行動の様式を改革することが必要なのではないでしょうか。つまり経営者自身が退嬰的な思考や失点回避主義を改めることが、企業の成長を促すのです。 そもそもこれまで、日本企業は長期的な視野に立った経営戦略や、それを核心とする技術開発を行ってきました。ですが最近は、日本だけでなく、世界の多くが近視眼的になってしまった。 リーダーがリスクを取って長期戦略を組み、結果責任を明らかにする姿勢が何より重要でしょう。こうしたリーダーシップの回復こそが先決なのです。 規制緩和という常套文句は、リーダーの責任転嫁と政府頼みのように聞こえてしまいます。 企業統治とは、リーダーが決断し、社員や株主を啓発して牽引する。その責任は結果でもって明らかにする。結果責任論を徹底することから始まり、それに尽きるのではないでしょうか。 反企業的な税制・労働行政を改めるべき つまり、規制緩和を求めるより前に、企業のリーダーが変わるべきだと。 葛西:もちろん、いくつか直さなければならない点もあります。 まずは反企業的税制です。日本は法人税が世界一高い。民主党政権は、企業のことを、「いくら絞り上げても金の卵を生む不死身のガチョウ」だと思っていたのでしょうか。「日本企業は知恵を出すから大丈夫だ」「いくら大衆に迎合して税金をばら撒いても、企業を絞ればいい」と思っていたように感じます。 ですが今、日本企業にそのような力はありません。反企業的な税制は改めねばならないでしょう。 2つ目が、反企業的・反生産的な労働行政です。 日本は格差社会と言いますが、これは全く世界の常識を知らない。「格差を是正する」のではなく、積極進取の気性を取り戻すべきでしょう。 労働基準監督署は、日本企業の生産性や競争力を全く考慮していないのではないでしょうか。もしくは、ホワイトカラーとブルーカラーの働く目的や動機の差異について理解していない。この点を直さない限り、日本企業の競争力は失われたままでしょうね。 反企業的な税制と労働行政を改めるほかには。 葛西:エネルギーの安定的供給も必要でしょう。それも競争力あるコストでの供給は必須です。 現実的かつ合理的な立場に立って、原子力発電を含めたエネルギー政策を見直す必要があると思いますね。 残るは行政規制ですが、これは抽象的に論じても意味がないんです。「これをやりたいが、この規制のためにできない。だから直せ」という風に、具体的に展開しなければ。でなければ、抽象的な「官僚叩き病」に堕すだけで百害あって一利もないようになるでしょう。 日本において産業の競争力を減殺させているのは、高いエネルギー価格と労働力コスト、企業の税負担と、為替レートです。これをまず直さないと、日本の競争力はいつまでたっても復活しないでしょう。 まずは為替レートが修正されましたが、ほかの3つはこれからの課題でしょうね。 リスクを取らなければ果実は手に入らない 日本全体が考えを改める必要もあるでしょう。 というのも冷戦時代、日本は難しい決断をすべてアメリカに任せて自国ではリスクを取らずにきました。自律的に考え、主導的に行動することを避けてきた。そしてそれが奇跡の経済発展につながったと思っています。ですがこの成功体験が、今の日本にはマイナスに働いています。 「リスクを取らない限り、果実は手に入らない」。こう経営者が思い知らない限り、企業の成長はあり得ません。 官僚も、法律にいかに付加価値をつけて運用することに腕を振るうかが、自身の役割だと思わなくてはならない。政治家は、大衆に先立って考え、大衆を啓発して牽引していくのだという気持ちにならなくてはならない。日本は、そういう時期に差し掛かっているんです。 ところが、政治家はポピュリズムに流れ、大衆の顔色を伺い、迎合することに明け暮れています。役人は、書かれてある仕事しかせず、経営者はリスクを取らなくなってしまった。 日本を改めて成長させるためには、それぞれが自分のスタンスや向かう方向、心がけを変えることから始めるべきでしょう。 日野 なおみ(ひの・なおみ) 日経ビジネス記者。 徹底検証 アベノミクス
日本経済の閉塞感を円安・株高が一変させた。世界の投資家や政府も久方ぶりに日本に熱い視線を注ぐ。安倍晋三首相の経済政策は日本をデフレから救い出す究極の秘策か、それとも期待を振りまくだけに終わるのか。識者へのインタビューなどから、アベノミクスの行方を探る。 日経ビジネスオンライン会員登録・メール配信 ― このサイトについて ― サイトマップ ― お問い合わせ 日経BP社会社案内 ― 個人情報保護方針/ネットにおける情報収集/個人情報の共同利用 ― 著作権について ― 広告ガイド 日経ビジネスオンライン SPECIALは、日経BP社経営情報グループ広告部が企画・編集しているコンテンツです。 Copyright © 2006-2013 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.
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