06. 2013年3月01日 11:04:06
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そもそも「強欲」から始まった「グローバル化」と「通貨安戦争」グローバリゼーションを考えるための必読本 2013年3月1日(金) 出口 治明 こんにちは。月に1度の読書コラム、早くも3月になりました。 今回のテーマは、「グローバル化」を考えるための本、です。今回も、比較的骨太の本を多く取りそろえました。 といいますのも僕は、本を読むのは知識を得るためではなく、自分の頭で考えるための材料を得るためにあると思っているからです。 たとえば、1月にフランス軍はなぜマリに侵攻したのでしょうか? 何の話か、すぐピンと来なかった方もおられるかもしれません。10人の日本人の方をはじめとして多くの方が犠牲になった、アルジェリアの天然ガス施設における人質事件の発端になった出来事です。 マリでは1月11日、政府軍の要請を受けたフランスが軍事介入し、戦争状態に突入しました。それに反発したゲリラがアルジェリアのイナメナスで日本人を殺したわけです。フランスに圧力をかけるためです。つまりは、フランス軍がマリに入らなければ、あるいは日本人が犠牲にならずに済んだのかもしれない。なのに、フランス軍がマリになぜ入ったのかということを、新聞は何も書いていません。 僕の答えは、フランスの電力を守るためだった、というものです。 新聞やメディアが報じない事件の背景を考えるには フランスではほとんどの電力を原子力に頼っていますが、実はその3分の1以上をニジェールのウランに依存しています。ニジェールの隣国がマリで、その隣がアルジェリアです。もしニジェールにゲリラ部隊が攻め込んだら、フランスの電力が3割以上消えてしまうことになりかねない。EU(欧州連合)が崩壊しかねない事態でもあります。 自分たちの貴重な電力という社会基盤をニジェールに依存している以上、その周囲の紛争は何があっても消さなければいけない。だからフランスはためらわずにマリに入って、EUもそれをすぐに支持したのではないか。 …と、素人の僕でさえすぐにそう考えました。色々な本を読んできて、グローバリゼーションを縦横に考えてみたら、やはりそういう姿が自然に見えてきたのです。 日本のメディアは、フランス軍がマリに入って、世界遺産のトンブクトゥを解放して、ゲリラが散ったなど、現象面だけを報じています。なぜマリに軍事介入したのかを教えてくれないのでしょう。メディアに頼っていては、何も分かりません。今日ご紹介する本を読んで、ぜひそういったことを自分で考える思考を組み立てて下さい。 では本題に入りましょう。まずは、私からの質問です。「ペリーはなぜ、鎖国中の日本にわざわざやってきたのでしょうか?」 貿易がしたいから? いやいや、もう少し突っ込んで考えてみましょう。それは、これからご紹介する本で読み解けます。 最初の本は、1852年に日本に黒船に乗って来航したペリー提督の報告書『日本遠征記』(全4巻)です。岩波文庫から出ています。 『日本遠征記(一)』 この本が最初に発行されたのが1945年(昭和20年)、まさに終戦の年でした。訳者の方が1巻冒頭の解説で、「マッカーサー将軍は民主主義日本の黎明(れいめい)を告げる人とならうとしてゐる」(原文ママ、かっこ書きは編集部)などと書いています。この本の原書は、ペリー提督の報告書を、フランシス・L・ホークスという方がペリー提督の監修のもとに編纂したものでした。
当時の日本の状況や国際事情が「アメリカ目線」から紹介されており、教科書的な知識しかない場合は目からウロコが落ちること、間違いありません。そして、ペリー提督が黒船で来日して、言語から地政学的な歴史、文化に至るまで、恐らくは日本人以上に日本のことを洗いざらい調べ上げたことが良く分かります。また、米国内でも日本に来るための根回しにいかに努めたかというウラ事情も垣間見られます。 ペリーの目的が捕鯨? そんなのは建前論です 19世紀当時の米国の最大のライバルは英国でした。中国との貿易をめぐり、米国は英国と争っていました。お茶を含めた中国の豊かな産物が狙いです。ペリーは、大西洋を通って、英国に行き、それからインド洋を渡って中国に来ています。しかしこういう航路を通っている限り、絶対に英国には勝てません。英国はインド洋を通ればいいだけで、大西洋を渡る必要はないのですから。そこでペリーは、太平洋を通って中国に来れば、英国に勝てると考えた。 しかしそのためには日本という中継基地がいる。これが米国の当時の世界戦略でした。事実、日本には貿易と同時に複数の貯炭庫の設置を求めたことが、本にも書かれています。 『ペリー』 ただし、この文庫本4冊は一部絶版になっていて古本しかありません。そこでその『日本遠征記』をベースにした読みやすい小説があるのでご紹介します。それがこちら、『ペリー』(佐藤賢一著、角川書店)です。漫談調で書かれていてとても読みやすい本です。ペリーが融通の利かない日本人に対して頭に血が上ってしまい、しゃくし定規な幕僚に対してぞんざいな口調で怒ったり悩んだりする姿が描かれています。「人間ペリー」の苦闘ぶりを生き生きと描写しながら、当時の史実を紹介しています。
この本のベースになった冒頭の文庫本『日本遠征記』は、書店では売っていなくても図書館にはあると思います。ただ旧字体で書かれていますし、字も小さいです。簡単に読みたいと思われる方は、こちらの小説からどうぞ。物足りないと思った方は、ぜひ『日本遠征記』を手に取って下さい。 『大君の通貨〜幕末「円ドル戦争」』 さて、日本におけるグローバル化の出発点を見たら、次は為替の出発点を見てみましょう。『大君の通貨〜幕末「円ドル」戦争』(佐藤雅美著、文春文庫)です。
アベノミクスで円安が進んで、にわかバブルのよう。今為替が旬なテーマになっています。現在、近隣窮乏化政策だの何だのと、為替をめぐって議論が繰り広げられています。ですが、そもそもペリーが来た時に日本の為替はどんな扱いを受けたのでしょう? つまり、日本が米国の力によって開国した時に、為替市場では一体何が起こり、どのような影響をもたらしたのでしょう。これをきちんと見ておくと、きっと色々なことが分かります。日本は、明治維新のころからグローバルの世界に取り込まれたわけですから。 情報ゼロ状態からディールして負けた日本人 ペリーほどではありませんが、歴史に名を残している米国人が、日米修好通商条約に調印した外交官、タウンゼンド・ハリスです。教科書の上では比較的「紳士」のイメージで伝えられてきたと思います。このハリスをはじめとする外国人たちが日本の開国後、いかに小判と銀貨の為替を巡る投機に取りつかれ、紳士然としながらも、強欲な、醜いカネの亡者になっていたかが、実に生き生きと描かれています。 読後、為替がいかに重要で大きな存在か、そして無知なリーダーがいかに人々を不幸にするか、をしみじみと考えさせられるでしょう。当時の状況を考えて下さい。日本は長い間鎖国していて、そもそも為替に関する情報が何も入っていない。それなのに、いきなり為替のディールに臨んでみたって、勝てるわけがないでしょう。 相手はどんどん国力をつけてきていた米国ですし、まずは無理筋の要求を突きつけてから交渉を始めるのが常の米国との交渉で、フェアになるはずがない。その様子が克明に書かれています。ああ、無知とはいかに恐ろしいことなのか…。思わずため息が出てしまうこと、請け合いです。 明治維新といえば、坂本竜馬や西郷隆盛をすぐに連想してしまいますが、そういったありふれた視点から離れて明治維新を「地球大」で考えるためには、スタート地点として『ペリー』と『大君の通貨』を読む方がはるかに面白いと思います。 『近代世界システムT』 次は世界の構造を見るための本です。となると、イマニュエル・ウォーラーステイン氏の著作は外せません。歴史的名著『近代世界システムT、U』(川北稔訳、岩波書店)を是非読んでみて下さい。ウォーラーステイン氏のライフワークである世界システム論です。以後年代を追いながらシリーズとして出版している最初の1冊を翻訳し、2分冊にしたものです。1冊目の本著は、16世紀のヨーロッパの構造をひもとき、現在にいたる世界経済の仕組みの出発点について実証的に分析したものです。ウォーラーステイン氏は現在は教授職を引退して米エール大学で上級研究員を務めています。
世界には「中心」と「辺境」が存在する なお続編として『近代世界システム 1600-1750――重商主義と「ヨーロッパ世界経済」の凝集』(川北稔訳、名古屋大学出版会)、『近代世界システム 1730-1840s――大西洋革命の時代』(川北稔訳、名古屋大学出版会)が出版されており、2011年発刊の最新刊では1914年までを扱っています。 この本を読むと、世界の構造は1つであって、「中心」と「辺境」があることが鮮やかに理解できます。その歴史的な変化や政治との関係などについて、様々な角度から考えることができます。ウォーラーステイン氏は、経済学者のカール・マルクスやジョセフ・シュンペーター、歴史学者フェルナン・ブローデルの世界観から影響を受けています。この本は議論のベースにマルクスの影響が色濃く、批判も多いですが、混迷する現代世界を再び考え直す格好の材料になると思います。少し骨太ですが、是非読んでみましょう。 さて、ウォーラーステイン氏の名作を読み込んで、世界における「中心」と「辺境」についての理解を深めたら、明治以前のグローバルな時代も振り返ってみましょう。鎖国以前の日本人がいかに素晴らしかったか、鮮やかに描いた小説が『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』(若桑みどり著、集英社)です。 『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』 クアトロ・ラガッツィとは、4人の少年、という意味です。16世紀の終わり頃、スペインが最強だった時代の話です。鎖国前に、日本がグローバル社会に開かれていたころの時代、夢と希望にあふれて世界に出て行った、地方出身の4人の少年達の物語です。
出発した時は織田信長の安土桃山時代でした。彼らはイエズス会の日本人信徒として、中国、インド、ポルトガルを経てスペインに渡り、絶頂期のフェリペ国王に謁見しました。そこからイタリアに渡り、フィレンツェではフランチェスコ・デ・メディチ大公からの熱烈な接待を受け、さらには芸術史上の大パトロン、ファルネーゼ枢機卿に迎え入れられてローマに入ります。そこではカトリック世界の帝王、グレゴリウス13世と全枢機卿に公式に応接されました。当時の世界の最高峰の文化・芸術に直接、触れた日本人なのです。 4人の少年が8年間もの間、世界を回って成長し、ラテン語を話す立派な大人になって帰ります。その後、豊臣秀吉にも親しく接して西欧の知識、文物と印刷技術を日本にもたらしました。 聡明でグローバルな少年達の悲惨な運命に涙する ところが、時代は悲惨な鎖国へと進んでいき、彼らを派遣したキリシタン大名たちが死に、キリシタンに対する未曽有の迫害が始まります。そして彼らの運命が突如として、坂道を転げ落ちるように暗転していきます。日本を船で出て行った時は太陽が照っていて希望に満ち輝いていたのに、帰国したら猛烈な嵐に見舞われ、振り回されながらもけなげに生きようとし続けるのですが、やがて実に理不尽で残酷で悲惨な最期を迎えてしまいます。クライマックスでは、人は権力によって、善良で聡明で勤勉な人々に対してここまで残酷になれるのかと、もう涙なしには読めません。 最近は面白い本でも徹夜して読むことはしませんが、この本は徹夜して読み通した最後の本でした。僕ももうじき65歳ですから、徹夜で読書などしていたら社員に怒られてしまいます(笑)。僕は、これを読み大変感動したので、翌朝になってすぐに著者の若桑先生に電話して、「勉強会に来て下さい」とお願いしました。その時は奇跡的に電話がつながって、その場で快諾いただきました。ぜひ、みなさんも、歴史のうねりと非情さを、心で感じる醍醐味を味わって下さい。 『黒いアテナ(上)と(下)』 さらに大昔に戻りましょう。問題作『黒いアテナ』(マーチン・バナール著、藤原書店)です。
こちらは上下2冊あります。欧米でも大論争を巻き起こした有名な著作です。ギリシャと言ったら、端正なマスク、素晴らしく均整の取れた肉体、オリンピックの発祥、などなど優れた白人文明の象徴ですね。しかし実は、ギリシャは黒人文明の影響を受けていたのだという、天地をひっくり返すような論考です。だからタイトルが『黒いアテナ』なのです。つまりは、ギリシャがどれだけアフリカやアジアから影響を受けていたか、いかにグローバルであったかということを考えさせる本です。 さて、古代文明の次は、中世に戻ってこの1冊はいかがでしょう。『モンゴル帝国が生んだ世界図』(宮紀子著、日本経済新聞出版社)。地球大で物事を見る時には必ず地図を必要とするのですが、これは20世紀初頭、京都の西本願寺、1988年に長崎の本光寺で見つかった2つの14世紀の地図をベースに世界を考えた本です。 『モンゴル帝国が生んだ世界図』 カラーの図や写真が満載ですので手に取りやすいでしょう。パラパラとめくっているだけでも博物館の資料を見ているような楽しさがあります。手にとって見るだけでも色々と発見があるかもしれませんね。
さて、これまでの本を攻略した後、グローバル化とは何か、について、読みやすい本を手に、もう1度全体像を俯瞰してみましょう。まず、有名な文化人類学者の日本での講演録『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』(梅森直之編著、光文社新書)はいかがでしょう。ベネディクト・アンダーソンはウォーラーステインと並ぶ著名な大学者ですが、こうした著名な学者が近年のグローバリゼーションをどう見ているのか、さらりと知っておくのも面白いと思います。 今回はご紹介するラインアップが少し多いのですが、あと2点。グローバル社会の中で、必ず問題になるのは民族紛争です。民族というものをどう考えるのか。そこで小坂井敏晶先生の名著『民族という虚構』(東京大学出版会)を推薦します。 『民族という虚構』 こちらは社会心理学者からみたグローバリゼーションで、若干歯ごたえがあります。そもそも民族は存在するのか、また存在するとすればそれはどのような意味においてか、という問いを追究した本です。
僕はタイトルを見て、民族というのは実は虚構に過ぎないと、つくられたものであると、そういうことを主張している本なのだろうと思って読んだのですが、全く意表を突かれました。全部で10章ぐらいの本なのですが、最初の2章ぐらいで、民族なんて虚構に決まっているよね、という結論をさっさと出してしまっている。 目からウロコが「ばさっ」と落ちる名著 そして残りの章に何が書いてあるかというと、こんな虚構がなぜこんなに強固に生き残って、人々を揺り動かすのだろうかということを、実にしつこく掘り下げているんです。僕も読んで目からウロコが「ばさっ」と落ちました。 『戦後世界経済史―自由と平等の視点から』 さて文化人類学、社会心理学からグローバル化を考えたら、最後は経済学です。『戦後世界経済史―自由と平等の視点から』(猪木武徳著、中公新書)です。
グローバリゼーションは戦後ずっと続いているので、こちらの本を丹念にきちんと読み解くことが、現代社会を考える有力な材料となることでしょう。 今回はかなりたくさんの本をご紹介してしまいましたが、きっと得るものも大きいと思いますので、ぜひチャレンジして下さい。 ではまた来月、お会いしましょう。 (構成:広野彩子) 出口治明(でぐち・はるあき) ライフネット生命保険社長。1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に東奔西走する。 ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。2008年にライフネット生命保険株式会社に社名を変更、生命保険業免許を取得。現職。著書に『百年たっても後悔しない仕事のやり方』(ダイヤモンド社)、『仕事は"6勝4敗"でいい「最強の会社員」の行動原則50』(朝日新聞出版)など多数。 出口治明の「ビジネスに効く読書」
自他共に認める「活字オタク」であるライフネット生命の出口治明社長。その柔軟な発想や思考を支える無数の読書歴の中から、ビジネスや悩み解決に効く、とっておきの本を毎回、数冊ずつ紹介します。
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