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被害者がいねぇなんて関係ねぇby最高裁(つぶやきいわぢろう)
http://blog.iwajilow.com/?eid=1071811&PHPSESSID=9c0c594cb3f0fb47cc2f8e57eb227eb8
先週の木曜日、友人のNさんから連絡がありました。
「柿木さんの上告、棄却されました。無念です」
痴漢えん罪を訴えていた柿木さん。
この事件、事件当時明らかに違う人物が目撃されているのに
警察のご都合により柿木さんが犯人とされました。
さらに被害者は被害届を出していません。
http://blog.iwajilow.com/?eid=1071509
こういったファクトに照らせば
柿木さんに無罪判決が出て当たり前の事件です。
けれども正義というのは
警察は捜査ミスをしない、検察は間違えないという
神話を作ることだと勘違いしている裁判所は
事実に目をつぶり、柿木さんの訴えに耳を傾けませんでした。
それも最高裁上告からわずか4カ月、裁判官どころか調査官も
ろくに書類にも眼を通さず「罰金刑ね、ならいいんじゃないの」という程度で
棄却を決定し、
事務員の「例の判決文印刷しておいて」程度のやりとりで
「原告は憲法違反判例違反を訴えるが云々」という
コピペ3行で済ませたのは想像に難くありません。
昨年来、小林事件の再審請求棄却、
福井女子中学生殺害事件の再審請求棄却、
名張毒ぶどう酒事件の再審請求棄却、
三鷹バス事件の有罪判決…。
ととんでも判決が続いています。
しかし、その一方で名護市長選で
基地反対派の稲嶺氏が勝利するという
いいニュースも飛び込んできました。
僕はこう思っています。
正義と悪が対決したらカタチの上では悪が勝つ。
それは悪人は手段を選ばず何でもするから。
彼らの考える勝利というのが形式的なものに過ぎないから。
けれども正義もいつも負けてばかりではない
カタチとしても勝つ時もある。
たくさんの人の悔し涙が力になり
悪が耐えきれなくなって自滅していくこともあります。
たくさんの、本当にたくさんの犠牲があって
初めて人々が動いてうねりになる。
柿木さんの闘いは決して無駄ではなかった。
倒れても倒れても真実は一つ、正義は自分にあると
何度も立ちあがる柿木さんに裁判官も検察官も
慄いたはずです。
福島原発事故以前、たくさんのさし止め訴訟があったにもかかわらず
東電はほとんど負けていませんでした。
原子力村は強固なタッグを組んで付け入るすきを与えませんでした。
東電も地元の人に神様のように思われていました。
でもウソばかり付いていました。
その東電、今はどうですか。
僕は司法ムラの構図も基本的には同じだと考えています。
今、検察や警察や裁判所を信じる面白い人は
マスコミも含めた司法ムラの方々だけではないですか。
今、不当判決が相次いでいるのは
裁判所も検察も追い詰められているからなのではないか
もう形式的な勝利をつかむことも厳しくなっていると感じているのではないか
と僕は思うのです。
柿木さんもムラの住人の裁くカタチの上での身内裁判では負けたかもしれないけど
決して真実を売らず、心を売らず闘いきったということが
何よりの勝利なのではないかと僕は思うのです。
そしてこういった不屈の人が次から次へと出てくることが
裁判所や検察を追い詰めているのだと思います。
それは誰の心にも響く美しい勝利だからです。
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