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【コラム】
筆洗
東京新聞 2013年10月18日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2013101802000136.html
その映画は、三十五歳の男が川岸を家族と散策する場面で始まる。妻と二人の子と。男は上機嫌で歌いだす。♪母は来ました 今日も来た この岸壁に 今日も来た とどかぬ願いと 知りながら
▼幸せな時。だが、それは夢だ。老いた男は、四十年以上すごしてきた三畳一間で目覚める。一九六一年に三重県名張市で起きた毒ぶどう酒事件で犯人とされた奥西勝死刑囚(87)は、拘置所の独房から冤罪(えんざい)だと訴え続けている
▼その生涯を描いた東海テレビ製作の映画『約束』で、仲代達矢さん演じる死刑囚は、拘置所の屋上の運動場で叫ぶ。「死んでたまるか、生きてやる」。それは無実を信じ続けた家族の心の叫びでもある
▼母タツノさんは、貧しい暮らしに耐えながら面会に通い、手紙で励まし続けた。「してない事はしたというな。しんでもしないというてけ」「ほしいものがあれば母ははだかになってもかってやるから手紙でおしえてくれ」
▼タツノさんは一九八八年に世を去り、親類に引き取られ育った長男も六十二歳で病に倒れた。高齢の父を気遣い「おやじには、(無罪を勝ち取り)出てきてから知らせてくれ」と言い残して
▼証拠の多くは弁護団の根気強い調査で突き崩されてきた。だが、最高裁は固い扉を開けようとせず、七度目の再審請求も棄却した。死刑囚の心の叫びが、ひときわ高く聞こえるようだ。
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