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科学界の「嘘から出た実」
超電導・ES細胞 一部実現
科学は不正の歴史も刻んできた。例えば、米ベル研究所での超電導研究や韓国ソウル大学での核移植技術によるヒトES(胚性幹)細胞の作製は、捏造(ねつぞう)が判明した代表的な事例だ。ところが最近、別の研究者による再挑戦でこれらの一部が実現。科学における「嘘から出た実(まこと)」と話題になっている。
「やられた」。東京大学の川崎雅司教授は東北大学に在籍していた2000年に出た2本の論文の衝撃をいまだに忘れない。数々の偉業を挙げたベル研に所属するヘンドリック・シェーン研究員らが、電圧の制御で電気を通さない絶縁物の有機材料を、電気抵抗がゼロになる超電導状態に変える報告を立て続けに発表していた。
超電導材料の探索では金属を混ぜ合わせて作る方法、酸化物に他の元素を加える方法が確立し、第3の方法が議論されていた。絶縁物に電圧をかける「電界効果」で超電導状態を作り出すアイデアは多くの研究者が狙っていた。「後追いはやめよう」と、いったんこのテーマから離れた。
シェーン氏は続々と新たな成果を出し、若きノーベル賞候補と目されるようになるが、同時に捏造疑惑も浮上。ベル研が設置した調査委員会は02年に不正があったと判定した。
多くの研究者がこのテーマを避けたが、川崎教授は東大の岩佐義宏教授(当時東北大教授)と組んで研究を再開した。問題は、電圧をかけていくと壊れる絶縁物をいかに壊さずに実験できるようにするかだった。
電子を大量に発生させられる「電気二重層トランジスタ」という特殊な構造を考案し、極低温で超電導状態になる結果を08年に発表した。その後、電子の発生量を増やせる「イオン液体」の採用や基板に使う材料を変えることなどで、超電導になる温度を高めることにも成功している。
海外の学会で紹介すると、以前は事件の生々しさが呼び起こされ不評だった。再現実験の報告が増えた最近は「超電導材料探索の道を広げる成果」と、冷静に議論できるようになってきたという。
ソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク)教授らが04〜05年に発表した、核移植技術を使ったヒトES細胞の作製は、シェーン事件と並ぶ研究不正と位置づけられている。受精卵を使わず同じ遺伝情報を持つため、当初再生医療の有望技術と注目を集めた。しかし、成果自体への疑惑などが表面化。ソウル大の調査委員会は捏造だったと判定し、論文は撤回され、黄氏は解雇された。
大阪大学の仲野徹教授は「核移植は職人芸のような技術が必要で、再現実験が難しい分野」と解説する。動物の種が違うと、同じ実験手法が通用しない。英国で96年、この技術を使ってクローン羊「ドリー」が誕生したが効率は低く、ヒトへの応用はしばらく時間がかかると考えられていた。
ところが13年、米オレゴン健康科学大学のミタリポフ教授らがヒトES細胞を作製したと発表。さらに14年には米ニューヨーク幹細胞財団研究所などのグループと、韓国の車(チャ)病院のグループがそれぞれ作製に成功した。サルで実験するなど試行錯誤で作製法を改良してきた。効率はまだ低いなどの問題点はあるが、どうやら全く当てのない話ではなくなってきた。
山中伸弥京都大学教授らが開発したiPS細胞が登場したため、再生医療応用への最右翼ではなくなったが、細胞の性質を比較するなどの基礎研究には有用と受け止められている。
新しい発見や発明を目指す研究には時として、誤りや思い違いも入り込む。多くの科学者や技術者らが様々な検証を重ねて正しい結果を導き出し、科学技術は発展してきた。シェーン氏と黄氏の偽りの実験にも斬新なアイデアが潜み、その魅力を捨てがたいと感じた研究者があきらめずに挑戦し、再び道を開いている。
もちろんアイデアが優れているからといって、両氏が科学者として再評価されるわけではない。研究不正に詳しい山崎茂明・愛知淑徳大学教授は「正当な活動に対する信頼を裏切り社会の不信を募る研究不正は絶対に起こしてはいけない」と忠告する。常識外れな研究ほど追試や検証を徹底する必要がある。
(編集委員 永田好生)
[日経新聞9月14日朝刊P.15]
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