02. 2013年11月11日 10:07:24
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若田さんのISS滞在と国のお金有人宇宙活動の予算削減を止められるか? 2013年11月11日(月) 松浦 晋也 若田宇宙飛行士が乗ったソユーズ宇宙船打ち上げ(2013年11月7日 Photo NASA) 11月7日午後1時14分(日本時間、以下同じ)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の若田光一宇宙飛行士が乗る宇宙船「ソユーズTMA」が、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。打ち上げは成功し、ソユーズは同日午後7時27分に、高度400キロメートルの軌道を回る国際宇宙ステーション(ISS)にドッキング。若田飛行士は午後9時44分にハッチを開いてソユーズからISSへと移動し、来年5月までの6カ月の長期滞在を開始した。
若田飛行士は来年3月からの2カ月間、ISSの船長(Commander)を務める。船長は、乗組員がISSで行う全作業を管理すると同時に、緊急事態などにおける意思決定の責任を持つ。 一見華々しく見える日本の有人宇宙活動だが、その前途は必ずしも明るいものではない。日本の宇宙政策を担当する内閣府・宇宙戦略室は、ISSを通じた日本の有人宇宙活動について予算削減の方針をかなり強く打ち出している。特に2016年以降について「一層の経費の圧縮を図るべき」(「平成25年度宇宙開発利用に関する経費の見積もりの方針」)としている。 その背景には予算の問題がある。宇宙戦略室が進める準天頂衛星システムをはじめとする宇宙利用に向けたインフラ整備予算を、限られた予算枠の中から捻出しなければならない。このまま行けば、若田“船長”の活躍を花道に、日本の有人宇宙活動は先細りになることが考えられる。 ISS船長としての若田飛行士の活動をどのように将来につなげていくか、日本の有人宇宙活動の舵取りは難しい局面に差し掛かりつつある。 アジア人初の「ISS船長」は日本の力の証 これまでに、以下の4人の日本人宇宙飛行士がISSに長期滞在した。若田飛行士(2009年3月〜同年7月)、野口聡一飛行士(2009年12月〜2010年6月)、古川聡飛行士(2011年6月〜同年11月)、星出彰彦飛行士(2012年7月〜2012年11月)。ISSに宇宙飛行士が滞在できるかどうかは、その飛行士の出身国がISS計画に対して予算・物資などのリソースをどれだけ提供したか、その割合に応じて決まる。 ISSに滞在する宇宙飛行士は、往復に使用するソユーズが定員3人であることから、3人で1組となり、ほぼ半年間滞在する。ISSには常時2組6人が滞在し、3カ月ごとに半数の乗組員が交代する。 今回若田飛行士は、第38次/第39次長期滞在クルーとして、ISSに188日間滞在し、後半の第39次では船長を務める。これまで、歴代のISS船長はロシア20人、アメリカ16人で、有人宇宙活動の経験が長い両国が人材の厚みを生かして圧倒的に多い。残りは欧州(ベルギー)とカナダから1人ずつだった。欧州を欧州宇宙機関(ESA)として1つに数えると、ISS主要参加国・組織として、日本は最も遅く船長を出すこととなった。とはいえ、アジア人としては初のISS船長となる。 船長を出すことは、ISS計画参加国としてのステータスの1つだと言えるだろう。巨大国際協力計画であるISSに日本が深くコミットし、貢献していることを世界に示す意味がある。日本はこれまでに、日本モジュール「きぼう」を開発、運用し、無人輸送船「こうのとり」で定期的な物資輸送を担当してきた。これらの実績に加えて、若田飛行士が船長を務めることで、人的な側面からも日本の力をアピールすることになる。 有人宇宙活動向けの予算は削減の方向 しかし、宇宙開発戦略本部は今年1月に決定した「宇宙基本計画」の中で、ISSを通じた日本の有人宇宙活動について厳しい評価を下した。「『きぼう』の利用については我が国の産業競争力強化に繋がる成果は現時点では明らかではなく、多額の資金を要することから、厳しい財政制約の中で、費用対効果の観点で十分な評価が必要である」。宇宙開発戦略本部は首相を長とし、内閣メンバーを構成員とする宇宙開発の意志決定機関。宇宙基本計画は国の宇宙政策の基本となる計画である。 ISS計画からの離脱を示唆するかのような文言を掲載している。「2016年以降のISSの運用の延長と我が国の参加については、費用対効果を十分評価した上で、参加形態の在り方を検討すべきである」。今後5年間については「費用対効果について常に評価するとともに、不断の経費削減に努める。具体的には、2016年以降、国際パートナーとのプロジェクト全体の経費削減や運用の効率化、アジア諸国との相互の利益にかなう『きぼう』の利用の推進等の方策により経費の圧縮を図る」。国際協力を進めることで予算を削減する方針を明確にした。 国際協力を推進して予算を削減するというと聞こえはいいが、つまりは「日本の代わりに金を出してくれる国に日本モジュールの利用を含めた軌道上リソースを売る」ということである。政策審議機関の宇宙政策委員会は来年度予算編成で、宇宙基本計画に従ってISS関連予算の削減を徹底することとなった。 宇宙開発戦略本部が宇宙基本計画を出した背景には、内閣・宇宙戦略室が進める宇宙利用のためのインフラ整備に向けた予算を確保しようとの意図がある。宇宙戦略室は、「準天頂衛星システム」や「防災衛星システム」の立ち上げを目指している。準天頂衛星システムは、日本を中心とした東アジア・オセアニア地域に測位サービスを提供する測位衛星システム。防災衛星システムは、防災目的の地球観測衛星システムだ。 これらの新たな宇宙インフラを整備し維持していくためには予算が必要だが、現在の日本の財政は宇宙予算の増額を許す状況にはない。そこで宇宙戦略室は、有人宇宙活動をはじめとする既存の“技術開発プロジェクト”の予算を削減して、宇宙利用インフラに振り向けようとしている。日本の政治が、2008年に施行された宇宙基本法を契機に宇宙開発の方針を「技術開発から宇宙利用へ」と大きく転換したことを受けての動きである。 さらに「技術開発から宇宙利用へ」という方針転換の裏には、これまで宇宙開発予算のかなりの部分を握ってきた文部科学省と、内閣府に大量の出向者を出して宇宙戦略室を事実上動かしている経済産業省の、予算と主導権を巡る確執が存在する。 冷戦終結で意義を失う 宇宙基本計画はISSについて「費用対効果の観点で十分な評価が必要」と評価している。これは、かなりまっとうなものだ。ISSは元々、冷戦下において「西側陣営の結束と技術的優位を東側に対して示す」政治的な意義が勝った計画だった。1981年から、米航空宇宙局(NASA)が構想検討を開始。1984年にレーガン米大統領(当時)が、「コロンブスの米大陸到達500周年にあたる1992年に、西側各国の国際協力による宇宙ステーションを建設する」とロンドンサミットで提案した。当時、旧ソ連は宇宙ステーション「サリュート」に東側各国の宇宙飛行士を搭乗させ、政治的デモンストレーションを展開していた。 しかし、1989年12月に、ISSの政治的意義は失われた。ブッシュ米大統領(当時)とソ連のゴルバチョフ書記長(同)がマルタ島で会談を持ち、冷戦の終結を宣言したからだ。それでも、巨大な慣性を得た計画は進み続けた。既にISS計画の実施枠組みとなる政府間協定(IGA)が締結されており、止めようがなくなっていた。 その後1990年代前半にかけて、計画は二転三転した。NASAは1989年と1990年に、新型宇宙服などの新規技術開発を中止したり、ISSに常時滞在する人数を半減(当初8人を4人に削減)させるなどして、計画を大幅に縮小した。1991年には米下院が中止決議を可決した。辛うじて上院が否決し、結局、計画継続となるという事件があった。1993年にはクリントン米大統領(当時)が計画のさらなる縮小を指示した。これに対してNASAは、かつての敵であったロシアを計画に参加させるというウルトラCを発動して規模縮小を食い止めた。こうした経緯の中で、ISSは科学的・技術的に費用対効果に優れた計画というよりも、「参加各国の宇宙機関にとって、とにかくやり抜くことに意義がある計画」へと変化してしまった。 今となっては経費削減が最善でもない 今、日本がISS予算を削減することは、日本にとって最適の選択とは言い難い。日本がISS計画から足抜けするなら、最適なタイミングは混乱が続く1990年代前半だった。この時、計画の中心を担っていた西ドイツが、東ドイツとの統合による財政難から、欧州モジュールの規模をほぼ半分に縮小した。日本もこの時に「きぼう」を縮小していれば、運用経費を大分節減することができたろう。なお、欧州では、2000年代に入ってからイタリアがISS計画に積極的に参加して、ドイツが抜けた後を埋め合わせている。 「きぼう」は既に軌道上で稼働している。費用対効果を最大にする方法はきちんと投資し、「知恵の限りを尽くしてISSを最大限に使い倒すこと」だ。今になって経費を節減するのは、売りのタイミングを失した投資家が、損を承知で安値で株を手放すようなものである。 日本の有人宇宙活動を巡る状況はなんとも切ない。しかし、有人宇宙活動は国家の国際的なステータスを示すものだ。同時に国民感情が絡む政治問題でもある。中国は着実に有人打ち上げを繰り返して、独自の有人宇宙ステーションの建設を進めている。インドも有人宇宙船を開発する意志を表明している。 このような状況において日本国民は、宇宙戦略室の予算削減の方針をどう受け取るだろうか。今後半年間の若田飛行士の軌道上での活動が、今後の日本の有人宇宙活動に大きな影響を与えるかもしれない。 このコラムについて 宇宙開発の新潮流 宇宙に興味がある人は多いですが、人類が実際に宇宙で行っていることや、その意味や意義を把握している人は少ないです。宇宙開発は「人類の夢」や「未来への希望」だけではなく、国家の政策や経済活動として考えるべき事柄でもあります。大手メディアが触れることの少ない、実態としての宇宙開発を解説していきます。
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