http://www.asyura2.com/13/nature5/msg/160.html
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素粒子物理学の魔法使い・南部陽一郎博士
昨年7月にヒッグス粒子の発見が確認され、その粒子の何たるやを解説する本が多く出版されています。私も3冊ほど読みました。そのうちの一冊は、下でSRI氏が紹介する浅井教授が著したもので、「ヒッグス粒子の謎」(浅井祥仁著、祥伝社、2012.9)。巨大な実験に日本がつぎ込んだお金は130億円。全体の3%です。浜松フォトニクスなど世界に名だたる日本の先端技術が大きな力を発揮したと外国紙・誌も伝えたとの事です。SRI氏が書くようにCERNのATLASの建造・実験・解析を担った日本人研究者グループを束ねたのが浅井氏です。
もう一つ,「強い力と弱い力」(大栗博司著、幻冬舎、2013年1月)の著者は理論家です。講演会の会場で聴衆がザワザワと音をたてながら講師に注意をあつめる過程、つまり「対称性を破る」情景から粒子状の波の発生を書きます。
どちらの本も、素人に理解させるのは無理にしても、せめてイメージだけでも掴ませるための最大限の工夫があちこちで施されているのを感じます。
以下では、大栗氏の本から、南部氏の業績に焦点を当てます。南部氏の活躍した時代は1960年代。こうした大物理学者に匹敵する人材が日本に育っているのでしょうか?
下記はブログ 法螺と戯言より:
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51867677.html
+++++2013年ノーベル物理学賞(2)
[強い力と弱い力](大栗博司著)を読んで、思い出したのが、この著者が以前雑誌「科学」に寄せた稿です。私の過去記事を再掲します:
%%%%%過去記事再掲
1.2009年4月1日記事抜粋
雑誌「科学」2009年1月号で大栗博司氏(カルフォルニア工科大学)が「素粒子物理学50年」(34-46頁)と題して論説を書いています。この方は、米国の大学と、東京大学数物連携宇宙機構の教授を兼任しておられます。現在の宇宙研究と素粒子研究は互いに他の研究成果を不可欠とするほどに密接な関係があります。そして、その研究の底流に最新の数学がからまっています。この分野で東大は世界をリードしたいとの思惑からこの機構が作られたようです。それは、ともかく、この論説の中で、大栗氏は2004年のノーベル賞授賞式に先立ってなされたプレスリリースについて言及しています。
2.2009年4月3日記事抜粋
2004年のノーベル物理学賞は3名の米国人に授与されました。大栗氏によれば、スエーデン王立科学アカデミの公式発表に以下のような記述があるのです(40頁)。発表文には南部博士の業績についての長文の記述があり、『南部の理論は正しかったが時代を先取りしすぎた』との異例の言及をしているのです。この公式発表は、南部氏の受賞について書かれたのでは無いことを思い起してください。日本でも世界でも素粒子物理学を専攻する研究者は「天から賦与された才能」に恵まれているという条件が満たされていねばなりません。湯川博士が非公式の場でそうしたことを明言されたそうです。そうした世界の天才達が集まっている世界で、南部博士は他の天才達の考え付く限りのずっと先を見通して来られたことを、この公式発表が明瞭に書いているのです。これについては、先日亡くなられた西島和彦博士が同様を書いています(後述)。
天から愚なる脳を頂いた私、この公式発表(プレス・リリース)に興味を覚え、それを覗いてみました。
3.2009年4月5日記事抜粋
2004年のスーデン政府による、ノーベル賞公式発表です。以下はその概要です。
『The Basic Forces in Nature
公式発表は、「自然界の基本的力」と題して本文は9節からなっています。
(1) Quantum Electrodynamics
この説では、朝永博士が多大の貢献をされた量子電磁力学(繰り込み理論)を含むこの分野の歴史を記述しています。
The key physicists here were Richard Feynman, Julian Schwinger, Sin-itiro Tomonaga (Nobel Prize, 1965) and Freeman Dyson.(中略)
(2)The Yukawa Theory
原子核内の核子が寄り集まっている機構として中間子を発想した湯川博士の業績が記述されています。(中略)
(4)Spontanteous Symmetry Breaking
自発的対称性のやぶれについて節をたてて記述しています。この節は、全て南部博士の業績の紹介に充てられているのです。この時点では南部博士はノーベル賞を受賞していないのです。この公式発表には何人かの物理学者が名前を出していますが、多分、その中でノーベル賞を受賞していないのは南部博士だけでしょう。『南部の理論は正しかったが時代を先取りしすぎた』との意を含む原文を下に紹介しておきます(ゴッチク)。
In Gell-Mann’s scheme the quarks have charges that are multiples of one-third charges. As we shall see, Nambu’s field theory had all the relevant details of the correct theory , but it was perhaps too early and the focus was on other problems at the time. Nambu’s understanding of spontaneously broken gauge symmetry was incorporated in relativistic gauge field theories in 1964 by Robert Brout and Francois Englert and also by Peter Higgs.(中略、2013年ノーベル賞受賞者)
(5)Scaling and Asymptotic Freedom
スケーリングと漸近自由と題するこの節でも、再度 南部博士が名前を出します。
Asymptotic freedom selected it as the unique possibility. The gauge group
SU(3) introduced a ‘colour’ charge for every particle. A charge of this kind had already been
proposed in the mid-1960’s by Han and Nambu and in a similar way by Oscar Greenberg in
order to solve a problem concerning statistics in the quark model.(後略)
この公式発表の全文は、単語数6238から成ります。そのうち、この広報の主人公でない南部博士に関する記述が484単語(8%)も占めているのです。因みに湯川博士に関する記述は190単語です。
%%%%%ブログ過去記事転載終わり
これほどのすごい物理学者である南部博士がノーベル賞を受賞したのが4年後の2008年でした。
そこで、今回のノーベル物理学賞について、本年の物理学賞対象研究紹介のために作成された背景説明の文書を覗いてみました。
文書のタイトルは
BEH-Mechanism, interactions with short range forces and scalar particles
BEHとはBrout–Englert–Higgs mechanismの意。Brout氏だけがノーベル賞からはずされた。
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2013/
俗物たる私は、この文書で“南部“の登場(引用)回数を勘定してみました。なんと21回です。因みに”湯川“は6回、”朝永‘が3回です。改めてこの日本列島が、とてつもなくすごい物理学者を生んでいたことを知った次第です
南部氏は自らの生い立ちをあまり語りません。「素粒子論の発展」(江沢洋監修、岩波書店、2009年)が若干を書いています:軍役に徴集され、連日上官から殴られ、その回数は一日平均26回に達したこと;武谷三男氏と中村誠太郎氏の哲学議論を傍らで楽しんでいたこと;軍から復帰し家が無いので研究室で寝泊し、その間にイジング模型の問題を解いてしまったこと;東大職組の委員長をやったことがある、などを「ぼそぼそ」とひかえめに語る位です。
「強い力と弱い力」の著者・大栗博司氏はこの南部博士についていくつかの興味深いエピソードを語っています。その中でもとりわけ知られているものが下記です。このエピソードは「ヒグス粒子の発見」(イアン・サンプル著、上原昌子訳、講談社ブルバック、2013,517頁)でも触れられています:
%%%%% 2009年4月8日ブログ記事再掲
西島博士の手記は面白いことを書いています(99頁)。「茫洋としたという言葉が南部さんを表すのに最もぴったりする。大きな仕事をいくつもされているが、論文などを読んで南部さんの凄さをわかるかというとそうではない。わかりにくいのだ。南部さんが65歳か何かのお祝いをシカゴでした時のことだった。あるアメリカの有名な物理学者が次のようなスピーチをした。『南部さんの考えは他の人より10年すすんでいる。だから自分も南部さんの論文を勉強して他の人より早く論文を書こうと思った。そうしたら南部さんの論文を理解するのに10年かかった』」。
この手記には、ハイゼンベルグがパウリの顔色を窺いながら講演していたとか、オッペンハイマがディラックに発した質問へのディラックの返答が「your question is not interesting」であったとか、面白いエピソードが書き込まれています。
%%%%%ブログ記事再掲おわり
「南部氏と10年先(さき)問題」については、原爆の父オッペンハイマが同様を語ったと言います。2002年にノーベル賞を受賞された小柴博士も自著「物理屋になりたかったんだよ」(朝日選書、2002)でこの事に言及していましたから、世界に知られた事実であったのです。
大栗氏は、南部氏の「とんびにアブラゲをさらわれた気分」と語ったエピソードも紹介しています(192頁)。それは「南部・ゴルドストーン・ボゾン」粒子に関するものでした。「ボゾン」は「ボーズ」という物理学者の名前に由来します。ウイーンのリングに「ボーゼ」とよぶバス停があります。物理学者「ボーズ」とその由来は同じかなと思っていました。しかし、この「ボーズ」はインド人でした。パキスタン人のサラム、中国人のヤン等、アジアから偉大な物理学者が輩出していたんですね。というわけで、南部博士もそのお一人であったのです。
大栗氏はこの本の200頁で次のように書きます:偉大な物理学者は三つのタイプ、賢者、曲芸師、魔法使い、に分けられる。賢者はアインシュタイン、パウリ。曲芸師はファインマン、そして歴史の中で、ごく稀にしか登場しないのが魔法使いでそれが南部氏だそうです。
以下は大栗氏が語るヒッグス粒子関連話についての私のいわばメモです。前回、地震動予測に関するnature誌の記事を紹介しました。その中で、金森博雄氏の先駆的な着想が具体化されつつあることを書きました。2011年3月11日に著者の大栗氏は、金森氏とたまたま東京で出会ったことを書いています(186頁)。お二人はカリフォルニア工科大学で同僚の関係にあり、あの巨大地震を日本で体験したわけです。この事を話の端緒として、大栗博士は超伝導体が引き起こすマイスナ効果を、質量を持った光で持って説明します。電磁場に縦波成分、つまり粗密波が生ずると書きます。この粗密波は地震で言えば、P波です(氏は「サザ波」に喩えますからレイリー波に近い?)。媒質の密度変化が時空間を伝播するのですが、素粒子の世界では、それを伝える媒質とはなにか?私の貧脳はそれをフォローできません。
大栗氏は、ヒッグス粒子についての、世間に流布されている誤った理解、つまりヒグス場を水飴に喩えることの誤りを繰り返し指摘しています。水飴中を走る弾丸はやがて水飴の粘性が生ずる摩擦力で停止します。しかし、ヒグス場を走る素粒子は運動をやめないからです。質量は、「ヒグス荷]と「ヒグス場」の相互作用の結果であり、それは電場と「電荷」の関係と似ていると書きます。しかし、「ヒグス荷]と「ヒグス場」については、何も分かっていない、と著者は語り、物理学はまだまだ終焉に近づいていないと強調します。心ある若者(頭脳が飛び切り良い:管理人注)の参戦を求めているということでしょう。
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