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日本人の受賞も不思議でなかったノーベル物理学賞
ヒッグス粒子の研究を支える日本の研究機関
2013年10月15日(Tue) 伊東 乾
また今年も10月となり、ノーベル賞受賞者が発表され始めました。例年ですとここでなぜか私の携帯電話が変に鳴り出し、コメントその他の依頼がくるのですが、今年はそれがありません。と言うのは、日本の携帯電波が入らないドイツで仕事をしているからで、今はベルリンでリハーサルをしているところです。
これから移動して来週は中南部、バイエルン州のバイロイト祝祭劇場で「トリスタンとイゾルデ」「神々の黄昏」など、作曲家リヒャルト・ヴァーグナーの楽劇作品の抜粋を、劇場との共同プロジェクトで演奏するところで、さすがに演奏に集中させてもらっています。
この原稿も少し遅れてしまい、申し訳ありません。
さて、今年のノーベル賞ですが、物理については、変な話ですが、実は「僕らの世代にもついに出る時代になったのだな」という手ごたえを持っています。
どういうことか・・・。もう少し噛み砕いてお話いたしましょう。
ヒッグス粒子とCERN実験
今年のノーベル物理学賞は、ベルギー・ブリュッセル自由大学のフランソワ・アングレール名誉教授と、英エディンバラ大学のピーター・ヒッグス名誉教授、2人の理論物理学者が受賞しました。
アングレールさんは1964年、私たちが存在するこの世界で、物質を作っている大本の粒子、つまり素粒子が「質量」、重さを持つ仕組みを説明する理論を発表しました。
またこのアングレールさんの仕事の直後に、独立して、ヒッグスさんは、物質に質量をもたらすメカニズム(ヒッグス機構として知られる)を提唱、そこで働く粒子として「ヒッグス粒子」の存在を予言しました。
1964年というのは(前回の)東京オリンピックの年に当たります。
すでに49年も経った業績と言いますか、実は私の学年は東京オリンピックの年に生まれているので(私は正確には65年の1月生まれですが)、ヒッグス機構はすでに確立された物理の理論として四半世紀前には普通にテキストに印刷されていて、1980年代に物理学科の大学生だった私も教科書で習ったような「現代の古典」にほかなりません。
だからと言って、自分の生まれた頃に提案された仕事がノーベル賞を取ったことで「僕らの世代に近づいてきたのか!」と思ったわけではありません。
iPS細胞の仕事のように、もっと最近、やはり自分たちと近い世代の日本人もすでにノーベル賞をもらうようになってきているわけで、科学はむしろ日進月歩、様々な新しい業績が私たちの生活を変えてもおり、ノーベル賞も多数出ています。
さて、で「ヒッグス粒子」です。どうして今年、その仕事に対して授賞なのか・・・。昨年、2つの「実験的検証」が報告され、独立した別の実験双方で「ヒッグス粒子」の存在が報告された、そのタイミングでの授賞にほかなりません。
すなわちCERN(欧州原子核研究機構)で行われている2つの超巨大実験ATLASとCMSの双方で、ヒッグス粒子の存在がほぼ確実に確認されたことから、今回の授賞に至ったわけです。
この「理論の提案」から「実験検証」までの49年間、特にここ30余年については、私自身も最初は学生として、のちには科学の進展に興味をもつ1人の人間として、ずっと推移を見守っており、友人たちも多数それに参加して追及してきた大テーマがついに実を結んだという実感があるからなのです。
「理論に冷たいノーベル賞」が理論家を褒賞する理由
ノーベル賞は一般に「理論に冷たい」と言われます。つまり「実験的に検証すること」が重要で、それを実現した科学者を評価することが多く、理論的に存在を予言した人はむしろ賞を逸することも少なくないのです。
これは「逸した」というケースではありませんが、例えば南部陽一郎博士のような知の巨人がノーベル賞を受けたのは80代も後半になってからでした。
南部先生が大きな貢献をしたおかげで計画された実験、それによって実証された成果で、すでに相当数のノーベル賞が出ていたけれど、タイミングが合わないとこういうものはやって来ません。
1960年代後半から70年代初めにかけて南部先生がノーベル賞を受けていても全く不思議ではなかった。でも「理論家に冷たい」ノーベル賞は、実験検証の現場で責任を持った科学者たちを優先して褒賞してきました。
例えば、私たちの耳に親しい「ビッグバン」宇宙論というのは、ジョージ・ガモフという理論家が提唱したものですが、これの残滓を実験、というか天体観測のような形で発見したペンジアスとウイルソンの2人はノーベル物理学賞を受けています。
が、ジョージ・ガモフはそれを受けることなく、この世を去りました。
だからと言って、ガモフの膨大な業績がいささかでも損なわれることはありません。賞なんてしょせんは人間が決めるもの。一方で科学の業績は自然に対して人類がアプローチして、そこで得られる、人間を超えたメカニズムなのですから、小さなことであれこれ文句を言うのは下品だと私は思っています。
南部先生やチャンドラセカールなど、知の巨人的な理論家でノーベル賞を受けている人もいますし、いろいろな理由で賞を受けていないガモフやフリーマン・ダイソン、三田一郎といった大物理学者もおられます。
そういう真贋を見分ける力を、専門の枠を超えて多くの人が持つようになると、大人の社会になると思うのですが・・・。
2つの素粒子巨大実験:ATLASとCMS
さて、その「ノーベル賞が冷たくない」はずの実験ですが、今年のノーベル物理学賞はなかなか珍しいことになっているように見受けます。なぜそのようなことを思うのか?
ノーベル財団が発表した授賞理由を見てみましょう。
The Nobel Prize in Physics 2013 was awarded jointly to François Englert and Peter W. Higgs "for the theoretical discovery of a mechanism that contributes to our understanding of the origin of mass of subatomic particles, and which recently was confirmed through the discovery of the predicted fundamental particle, by the ATLAS and CMS experiments at CERN's Large Hadron Collider"
2013年のノーベル物理学賞はフランソワ・アングレールとピーター・ヒッグス両博士に「素粒子における質量の起源を理解するメカニズムへの理論的発見」に対して贈られるとされていますが、それは「最近CERNのラージハドロンコライダー(Large Hadron Collider)で行われたATLASとCMS、2つの実験を通じて確認された」と記されています。
このような形で授賞理由の中に具体的な実験の名前が記されるのはノーベル賞ではなかなか珍しいことです。実はこれらの超巨大科学プロジェクトは、何千人という科学者が参加するもので、そのすべてにノーベル賞が与えられるわけではありません。
例えば高エネルギー物理学研究所のATLAS日本語ページを見てみると、世界176の研究機関から2980人の科学者が参加しており(うち大学院生は1200人)、この中で日本人は16の研究機関から110人ほどの研究者が2012年7月現在で加わっているとのこと。実際に日本の参加機関を列挙してみると、
高エネルギー加速器研究機構、筑波大学、東京大学、早稲田大学、東京工業大学、首都大学東京、信州大学、名古屋大学、京都大学、京都教育大学、大阪大学、神戸大学、岡山大学、広島工業大学、九州大学、長崎総合科学大学。
から100人を超すメンバーが仕事していて、この中のどの1機関、どの1人の仕事がなくても、今年のノーベル物理学賞は出ていない、と言うべきだと思うのです。
で、いま何気なくATLASの日本語ページと先に書いてしまいましたが、実際それが示すように、ATLAS実験の中核には日本の素粒子実験物理学者が多数加わって決定的な貢献をしていることを、新聞紙上で浅井詳仁・東京大学理学部物理学科教授もコメントしていました。
私に言わせればそれは逆で、今回の仕事は浅井君の大きな貢献もあってもたらされたもの。つまり浅井のノーベル賞でもあると、それをここでは言いたいのです。
浅井詳仁教授のノーベル賞を期待する
浅井君は物理学科の同級生です(実は学部3年前期「放射線」という必修実験では、彼の書いた鉛筆書きの膨大なリポートを参考にして、大いに助けてもらったことなどもありました。情けないですね・・・)。
何はともあれ当時から大変エネルギッシュに物理を推進するパワフルな才能でした。極めて繊細巧妙な実験を労作するとともに、音楽の仕事が回り始め物理学生としてはいい加減になっていた私に、気軽にリポートを貸してくれるような、おおらかでスケールの大きな人物です。
浅井君は指導教官の折戸周治教授が夭折されたあと、旧小柴昌俊・折戸研の後を継ぐ形で、東京大学理学部物理学科の素粒子実験研究室を率いて、今回のヒッグス粒子探索を含む、多くの本質的な実験グループに参加、と言うより、主要な牽引力となって仕事しています。
今ネットで調べてみたら、浅井君を紹介するページがありました。
現在、浅井君が率いている本郷の素粒子実験グループでは、小柴さんのカミオカンデによる超新星ニュートリノ、その後を継いだ中の1人、戸塚洋二さんのニュートリノ質量を始めとして、主としてノーベル賞級のターゲットばかりをずらりと並べて仕事しており、結果さえ出れば、あとはノーベル賞が出るかどうかは順番と運、というようなラボラトリー展開をしています。
およそ先端を切っていく研究室というのは、基本こうであるべきと思います。
小柴研について不運と思うのは、絶大な貢献をされた先生方=折戸さん、戸塚さん、須田さんといった方々が夭折されていることで、彼らこそがノーベル物理学賞を受けるべき、とは何度も書いてきた通りです。
その意味では今回の授賞はヒッグスさんやオングレール氏の授賞というより、彼らの名が代表しているだけで、実際には浅井くんのノーベル賞というのが、私の正直な感想なのです。
ノーベル財団は例外的に今回、ヒッグス、オングレール両氏への授賞理由の中にATLAS、CMSの名を記しました。このことで、現在通貨危機などで厳しい状況にあるEUとしては、これらの超巨大実験に割く予算(年々厳しくなっています)をつなげる、大きな弾みになったことは間違いありません。
と同時に、ここにこうやって記されたおかげで、ATLAS、CMSからヒッグス機構に関する素粒子実験研究でノーベル賞が独立して出ることは、今後たぶんないでしょう。
ではそれを残念と思うか?
そういう「賞」であれこれ言うのは下品なことだと思うけれど、あえてそれを言うならば、つまり浅井詳仁教授がいま手がけている仕事の次の大成果で、いつノーベル賞が降ってきても別に何も不思議ではない、ということでもるのです。
24時間体制で献身的に仕事しながら、常に謙虚で人を立てるナイスガイ、浅井教授自身は絶対に言わないと思いますので、あえて声を大にして言うなら、浅井君たちのグループの次の仕事、次の次の仕事でのノーベル賞を、日本は大いに期待するべきです。
それは期待して裏切られる性質のものではなく、賞なんかもらおうともらうまいと、そんなこと無関係に、人類の科学史に燦然と輝く大きな仕事に、毎日ごく普通に彼らは貢献している。
そういう事実を、特に日本の科学技術行政に関わる人には強く認識、サポートしていただきたいと思います。
浅井君とは今年の入試のとき監督で一緒になり、久しぶりに立ち話したあと、本郷の食堂に駆け足で(たぶん昼飯をかき込みに急いでいたのだと思います)入っていく彼と遠目が合ったことがありましたが、本当にいつも忙しそうです。
どうか体に気をつけて、引き続き大きな仕事を、日本の物理学者の貢献としても生み出し続けてほしいと思います。
本年度のノーベル物理学賞で評価された素粒子の質量起源探索に関わられた、すべての物理学関係者に、心からのエールをお送りしたいと思います。
日本にノーベル賞が来る、ということが気になる皆さんには、そういう意味で今年のノーベル物理学賞もまた「日本の受賞」でもあることを、どうかよくご認識いただきたいと思うのです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/38917
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