06. 2013年9月25日 02:29:37
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引き返せない温暖化、気候変動への適応を真剣に考える時足達英一郎・日本総合研究所理事に聞く 2013年9月25日(水) 田中 太郎 猛暑やゲリラ豪雨など異常気象の発生が相次いでいる。日本の気候が以前とはがらりと変わってしまったようだ。気温上昇を想定して気候変動の影響に対処する「適応策」の重要性を指摘する足達英一郎・日本総合研究所理事に聞いた。 (聞き手は田中太郎) 今年の夏は非常に暑かったですね。高知県四万十市で国内観測史上最高の41℃を記録したのはびっくりしました。 気象庁は、長期的な気温の上昇や猛暑日の増加は二酸化炭素などの温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化の影響が現れていると指摘しています。 陸上だけでなく、海上の異常気象にも注意 足達英一郎(あだち・えいいちろう)氏 日本総合研究所理事・ESGリサーチセンター長。一橋大学経済学部卒業後、民間企業を経て、1990年に日本総合研究所に入社。経営戦略研究部、技術研究部を経て現職。企業の社会的責任といった視点から産業調査、企業評価をてがける。金融機関に対し、社会的責任投資や環境配慮融資のための情報を提供する。 足達:そうですね。企業の方とお話しする際、気温上昇を2℃以内に抑えようという「緩和策」よりも、最近ではもっぱら、気温上昇を想定して気候変動の影響に対処する「適応策」を話題にしています。こんなことを言うと、「緩和策に力を入れなければ、気候変動の影響はより大きくなってしまう」と、緩和策の推進を訴える方からは怒られてしまうのですが……。
猛暑やゲリラ豪雨など異常気象の発生が相次いでいます。日本の気候が以前とはがらりと変わってしまったように感じます。海外でも、2011年のタイの洪水で日系メーカーのサプライチェーンが打撃を受けたことが記憶に残っています。 足達:米国では昨年12月にハリケーン・サンディが米国東部を襲い、ニューヨーク証券取引所が2日間ストップしました。今年5月には米国南部のオクラホマ州で巨大竜巻が発生し、多数の死者が出ました。温暖化と竜巻には因果関係がないという分析結果が出ているようですが、ハリケーンの巨大化には温暖化の影響があるという合意ができつつあります。 日本ではあまり報道されていませんが、今年7月に日本の海運会社のコンテナ船がインド洋で沈没する事件がありました。原因を究明中なので軽々なことは言えませんが、海運業界の方のお話を聞くと、最近は海上の異常気象も以前よりも激しくなっているそうです。陸上の異常気象だけではなく、海の異常気象についても、もっと意識を高めなくてはならないかもしれません。 最近、日経産業新聞への寄稿で「ティッピング・ポイント(重大な変化が起こる転換点)」という言葉を使って、「もはや引き返せない場所まで来てしまったのではないか」という危機感を表されていましたね。 足達:ティッピング・ポイントはここ数年、気候変動の深刻さを訴える際に国連などでも使われるようになった言葉です。ティッピング・ポイントを超えたらどうなるのかという視点で国際機関が最近、公表した報告書を見ると、一定の被害を想定したものが増えています。 具体的にはどのようなものですか。 足達:日経産業新聞の記事でも紹介しましたが、世界銀行の「Turn Down the Heat 2013」と国連環境計画(UNEP)の「GEO-5 for Business」です。世界銀行の報告書は、東南アジアや南アジア、アフリカ・サブサハラ地域での気候変動の影響を詳細に分析・予測しています。例えば、2070年に気温が4℃上昇した場合、タイのバンコクでは海面が65センチメートル上昇し、510万人が影響を受けるとしています。海に面したアジアの代表的都市がいかに脆弱であるかが分かります。日本企業のアジア戦略にも影響をもたらすのではないでしょうか。UNEPの報告書は建設や食品など10業種で、気候変動がどのような脅威と事業機会をもたらすのかを分析しています。適応策の重要さに改めて思い至ります。 ニューヨーク市の「適応策」 適応策にも本腰を入れなければならなくなっているのですね。 足達:今年6月、米ニューヨーク市が公表した「より強靭で回復能力を有するニューヨーク市をつくる」と題した包括計画が世界的に注目を集めています。438ページにも及ぶ大作で、その量にまず驚かされました。 内容は、ハリケーン・サンディの被害の全容、地球温暖化の分析に始まり、対策としての海岸線保護、建築規制、保険の活用、水、電力、ガソリンなどの供給体制、通信網や交通網の強化、医療体制などの計画が書き連ねられています。これらの対策に必要となる予算額は140億〜195億ドルと見積もられています。 海面上昇によって国土が水没の危機にさらされるツバルが象徴的ですが、当初、適応策は途上国の問題として議論されていました。しかし、先進国自身の問題としても語られ始めたのです。これに対して、日本にはまだ包括的な計画はありません。 米国は、日本よりも先を行っているのですね。そういえば、同じ6月末にバラク・オバマ大統領は、発電所の二酸化炭素排出基準を定めるといった温室効果ガスの排出削減に向けた計画を発表しました。以前は、先進国の温室効果ガス削減義務を定めた京都議定書から脱退するなど、米国は温暖化対策に後ろ向きだった印象がありますが……。 足達:私も関心があったので、米国の知り合いに何が変わったのか聞いてみました。興味深かった回答は「米国人は財産権の問題として気候変動問題を認識し始めた」というものです。 昨年のハリケーン・サンディも印象に残っていますが、今年は米国でも観測史上最高気温をあちこちで記録し、干ばつで農業被害が発生したり、山火事が相次いでいます。農地や住宅が被害に遭うという経験を米国人は目の当たりにしています。温暖化の脅威から財産を守らなければならない。だから適応策が必要だと認識する人が増えているのでしょう。 もっともその後、米中央情報局(CIA)の個人情報傍受が明らかになったスノーデン事件やシリア情勢などへの関心が高まり、世論は一時ほどの盛り上がりを失っていますが。 将来世代から今の世代が奪う構図 「2020年に1990年比で温室効果ガスを25%削減する」という国際公約を撤回した日本はいかがでしょう。 足達:日本の温暖化対策にとって、原発事故のインパクトは非常に大きかったですね。計画停電を経験してしまうと、「エネルギーをいかに確保するのか」にどうしても関心が向いてしまいます。「温暖化対策は二の次」という意識になりがちです。 企業の温暖化対策もそうです。原発がほとんど停止して、二酸化炭素の排出量が相対的に大きい火力発電に切り替わりました。企業が電力会社から同じ量の電力を購入しても、以前よりも多く二酸化炭素を排出したとみなされてしまう。現場でいくら省エネを進めても、その成果が数字になって表れないという無力感に、企業の担当者も頭を痛めているのではないでしょうか。 こうした民意を反映してか、政府の新しい「2020年以降の目標」づくりも進んでいません。11月にワルシャワで開かれる国連気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)で世界に向けて何を日本は表明するのか?環境省と経済産業省の方針は異なり、議論は平行線だそうです。 長年、環境問題解決の取り組みを説いてこられた足達さんの口から、ため息に似た言葉ばかりが出てくるのは寂しいですね。 足達:環境問題も、財政赤字や年金不足の問題と同じ構図だと思うのです。将来世代のために残さなくてはならないものを、現役世代が奪ってしまう。しかも、環境の場合は、どれだけマイナスになっているのか、明示的になりません。宮崎駿監督が引退記者会見の中で、「常に子供たちに『この世は生きるに値するんだ』ということを伝えるという心構えでアニメ作りに臨んできた」と発言されたのを聞いて、思わず居ずまいを正されました。 持続可能性に向けた微かな期待 足達:ただ、テクノロジーの進化に期待が全くないわけではありません。例えば、石油とほぼ同じ成分の油を作り貯蔵する微小藻類の利用。先ごろでは、日本の大学研究者が藻がため込んだバイオ燃料を従来の半分以下のエネルギーで抽出する技術を開発したと伝えられました。 二酸化炭素(CO2)を回収し地下に貯留する「CCS」については、発電所から出る大量の二酸化炭素の貯留に向けて、環境省は来春から日本の沖合海域で具体的な候補地選びに入るといいます。また、日本メーカーが石炭火力発電所から排出される二酸化炭素(CO2)を再利用できる技術を開発、2015年にも米国の電力会社に装置の販売を始めるとの報道もありました。さらに、わが国プラントエンジニアリングメーカーが開発した、水素を液体化して体積を500分の1に縮小し、常温・常圧で貯蔵や輸送が可能になる技術も注目株ですね。 技術以外にはありますか。 足達:新興国の取り組みにも注目しています。従来、新興国は、経済成長を重視し、温暖化抑制などのには総じて消極的という通念がありました。それが、ここのところ変わってきていると感じます。例えば中国国務院は6月に、省エネ基準を満たさない事業に建設許可や土地の提供、融資、電気水の供給をしてはならないという方針を打ち出しました。 インドでは、一定規模以上の企業に年間の純利益の2%をCSR(企業の社会的責任)活動に充てることを義務付ける会社法改正が実現の見通しです。 最近、これまでの常識とは異なる未来予測も登場しています。BIノルウェービジネススクール教授のヨルゲン・ランダース氏が提示した地球の将来予測シナリオは、都市化の進行と少子化によって、世界人口は早晩、頭打ちになり、「エネルギー使用に伴う二酸化炭素排出量は2030年にピークを迎える」というものです。 将来の地球の平均気温上昇は、産業革命前に比べて2℃には収まらず、深刻な事態をあちこちで生じさせることにはなるでしょう。それでも、この将来予測は持続可能性に向けた微かな期待に通じる材料を提供してくれています。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 |