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先日、スーパーマンを借りてきて観た。
これを、観て、「かぐや姫の物語」を連想しない人はいないだろう。
子供のいない、老夫婦に子供(希望)が、やってくる・・
このような、話の導入は、
桃太郎や、斑竹姑娘等、
世界にはいろいろあるようである・・
子供のいない夫婦にとっては、
人類共通の願いなのかもしれない・・
スーパーマンも、
似たような導入で始まる・・
こういった導入は、
子どものいない、夫婦だけではなく、
物語の導入としては、
人間の潜在的な心をくすぐる
ある意味、普遍的な導入なのかもしれない・・
そう思ったのは、私だけかもしれないが、
話は、それる。
高畑さんの、
「かぐや姫の物語」だが、
興行的には、苦戦しているようである。
それは、それでいいのだが、
この映画を観た人のレヴューを少し見たが、
3分の2は、酷評である。
3分の1いくか、いかないか、
たぶん、4分の1程度が、
絶賛である。
酷評のコメントをみて驚いた。
結論を言うと、
高畑さんの言わんとしてることや、
この物語のテーマには、
一切触れず・・というか迫れず
というか、わからないんだろう・・
思考停止してしまったようである。
やれ、絵が汚い、絵が下手だ、
長ったらしい、セリフが多すぎる、
なんで、いまさら誰もが知ってる物語を
映画にするのか
なんで、これしきの映画で51億円もかかったのか
高畑は詐欺師だとか
高畑はアホだとか・・
まあ、誰一人として、
物語の本質に迫り、
その本質に対する批判や、
そのテーマに関する批判をしている
人間がいないのである・・
私は、最初の画面をみて、
感じるものがあった、
久石のピアノ・・
この最初の静止画面で、
高畑さんは、仕掛けている
これを感じることができない人が
この国には大勢いらっしゃるようである・・
精神が退化している
感性が退化している
心が退化している
脳細胞が明らかに猿人化している
猿人なら高畑さんの芸術はわからんだろう・・
批判するのは自由だが、
これなら、
高畑批判になっていない・・
ようするに、
高畑さんの映画のテーマや
言わんとすることが、
単純に理解できていないから、
表層の批判・・
自分が理解できないもの→排除、批判
という単純な図式である。
私は、この映画は子どもには理解不能だと書いたが、
日本は、子どもの王国になったようである。
いや幼児さんの王国かもしれない・・
いや、猿人ゴリの帝国になったのかもしれない
猿人か人間かの
リトマス試験紙は、
かぐや姫をどうとらえるかである・・
これなら、支配者連中も大喜び、
「あのバカどもを、
どうやって、翻弄しようか?」
と言う以前に、
最初から、
「私、相当の馬鹿です。私の脳は、猿人まで退化しました。
だからやっこさんの僕としてしか、
生きる、生きてゆく、術はないのでございます」
全面降伏・・
なにもしないまま、軍門に下る・・
救いようがないです・・
私は、穀物を栽培し、
それを摂取するようになってから、
人類の脳細胞は、
糖による攻撃で退化してきていると
書いているが、
まさに、その退化に、
拍車がかかっているようである・・
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