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リチャード・ヘルが抜けた後にファースト・アルバムをElektraから出した
ニューヨークのパンクバンド、テレヴィジョン。期待された次作『アドベンチャー』
はライターのトム・ヴァーラインことトーマス・ミラーによるさらなる東洋志向、
日中趣味が反映され激カルトな様相をもよおした。
オープニング・トラックであるGlory。絶対に社会機能しない意味不明な歌詞と、
人を喰ったようなチャイニーズ風のギターソロがとても商業音楽の先端にあるグループに
似つかぬ超現実主義をあらわしている。これでこそテレビジョンである。
どうも東亜へのアピールを持つ洋楽というとデビット・ボウイの陰にかくれてしまいがち
ではあるが、ユダヤ系米人のトーマス・ミラー以上に深く欧米人の手によってポップ音楽の
日中化がされたことはないのではないかという説を私は持っている。日本人が欧米の音楽を
とりいれ和洋折衷がなされることは、かまやつひろしの世代より以前から珍しくはないのだが、
その逆の洋亜折衷というとビートルズの『ドント・レット・ミー・ダウン』など数えるほどしかない。
90年代には「日本に移民して日本語で活動していく」と宣言までしていたトーマス・ミラー。
東洋オタクぶりは筋金入りである。彼の取り入れた奏法や音階やアレンジメントは、実に
様々な東亜の音楽に触れ、多様な楽器に造詣を深めたことの証である。
私はそれまで「ロックには不向きだ」などとまるで典型的なアメリカ中流階級の子弟のような
尊大さをもって傲慢なことにも切り捨てていた日本や中国などの伝統楽器をミラーのおかげ
で見直す態度を持たされたものである。
たとえば琵琶なんかどうだろう。
ぱっと見はいかにもシナ人でフェラの下手そうなキッツいオバハンだが、
この見事な演奏には魅了されてしまう。
古箏も素敵だ。
スチールギター以上に繊細なコントロールがきいている。テクニックが豊富で奥行きが
実に深い。
日中共演
私はなにも伝統楽器の素晴らしさ、ワールド・ミュージックの可能性について
昼夜歓喜したいわけではない。あくまでこれらの楽器をロック・・・・つうかコンテンポラリー
な音楽に取り入れる折衷・フュージョンの妙を前提としたテーマについて語りたいだけなの
だが、残念なことにトーマス・ミラーはそこらへんには溢れていない人材でありこれだけの
東亜の音楽体系とてなかなか簡単に取り入れられることはない。
西と東を絶妙な調合で一体化させること・・・・つまり融合文化をなせる条件は一体なんだろう。
ヨーロッパとアジアをつなぐ交易民族ユダヤ人の末裔が有利なのか、適応性の柔軟度の高い
ちょっとホモっぽい人たちが向いているのか、日本人やイギリス人のような島国だから
多種多様なものを吸収することに長けているのか。まったく突然変異的な才能にかかっている
のか、それともやはりいいものはよく、洋の東西と問うこと自体が幻想なのだろうか。
僕にいえることは、テレビジョンの音楽に心地よさをおぼえる感性は否定したくない
ということだ。家でこの曲をかけたときは「知恵の遅れた子供にギターをもたせたみたい」
という意見がどこからか聞こえてきた。はああ?Glory最高やん。これがギターソロの
終着駅やん。つうか知恵○れは一体どっちだ?
とか、まあ色々
最後に1966年のアメリカのロックで中国楽器風のギターソロをやっている
アーチストはいた。テレビジョンの契約していたElektra初のロックグループである。
ああ無駄に長い投稿。いいたい事はこれだっけ?
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