http://www.yasuienv.net/GlobalCooling.htm -------
地球は寒冷化に向う!!? 01.12.2013 グリーンランド海水温度の振動 この冬、北米の厳しい寒さは相当なもののようです。日本でも、酸ヶ湯温泉の積雪は、2014/01/11 15:00時点で290cmで、これは昨年の史上最高積雪量566cmを抜くかもしれません。 さて、この記事を書くことにしたのは、1月8日に北京から帰国し、一風呂浴びてテレビを見たら、「2015年ぐらいから地球が寒冷化する可能性が高い」という発言をしている人がいました。そんなはずはないだろう! この番組はNHKの橋本奈穂子アナのニュースウェブ24で、ゲスト出演をしていたのは、(独)海洋開発研究機構(JAMSTEC)の主任研究員中村元隆氏であることが分かりました。 その後、Facebookで貰った情報で、番組のビデオがNHKのサイトのアップされているのを知り、それを何遍も見返すことによって、その発言から読み取れる情報は何かを検討しました。 ニュースウェブ24では、視聴者からのTwitterでのレスポンスを見ることができますので、視聴者がどのように受け取ったかを知ることができて、判断材料にもなります。 このような作業の結果、いかにテレビの生放送で発言時間が限られているとは言っても、中村氏は、昨年のIPCCのWG1の報告書を全否定するニュアンスで語っていて、これは「武田邦彦効果などではびこった温暖化懐疑論」の再発を狙ったものとしか思えなかったのです。 ついでに、webを調べてみると、中村氏の地球寒冷化に向かうという主張が掲載されている新聞が2紙ありました。 産経新聞の長辻象平氏の論説 http://sankei.jp.msn.com/science/news/131020/scn13102003200000-n1.htm その中の一文は、 「中村さんも二酸化炭素などによる温室効果を認めているが、それを打ち消す気温の低下を見込んでいるのだ」。 朝日新聞デジタルの瀬川茂子氏の解説 http://www.asahi.com/tech_science/update/0629/TKY201306280627.html 同じく一文を。 「二酸化炭素の増加による温暖化との関係の研究も必要という」。 この長辻氏と瀬川氏のお薦めにしたがって、二酸化炭素の増加による温暖化との関係を研究してみることにします。 最初に、以下のような作業をして、図をひとつ作成しました。
まず、中村氏の主張を100%正しいとし、同時に、IPCCのWG1の報告書向けに、中村氏の所属するJAMSTECにある地球シミュレータUを使って、他のJAMSTECの研究員などのチームが取り組んだ革新プログラムの結果を、気温上昇分をIPCC AR5に若干近づけるために調整したもの作成し、それと比較してみました。 これが、こんな図になりました。 図1 中村氏の主張する60〜80年周期の温度変動(緑線▲)とIPCCの予測(茶色■)を加えた合計(青色◆)。GreenLand湾の影響による気温の振幅は、中村氏が主張する0.5℃を採用。
さて、中村氏の語るGreenLand湾の海水温度変化による気温の振動の寄与が重要という主張と、このグラフは、果たして同じ感触でしょうか。青線が地球の気温変化ですので、どうみても、2015年頃から寒冷化が始まるというグラフには見えないのです。長辻氏が述べている「打ち消し」効果も、一時の停滞がちょっと見えるだけで、大きい効果には見えないのです。 本文の最後に、付録として、番組のTwitterと発言を簡単に記録してみました。記録の正確度はそれほど厳密ではないです。最後にお読みいただければ、と思います。 C先生:まずは、この10分ぐらいの動画を見てもらいたい。−−− さて、どう思う。 ところで、中村氏の発言の一部は、付録を見て欲しい。
A君:極めて不親切な説明で、自分の研究は100%確実。それに対して、IPCC AR5のWG1の報告書の未来予測は、全くあてにならない。なぜならコンピュータには限界があって、正しい答が出るとは思えない、と言っていますね。 B君:温暖化懐疑論の何人かの発言を思い起こす。アラスカ大学の赤祖父氏が代表例だが、IPCCの報告書用に計算をしているプログラムには、最初から答が仕込まれているといったニュアンスの発言をしていた。 A君:最近は黙っているようですね。 B君:日本からの北極研究に対する研究費の流れが順調だからではないだろうか。 A君:コンピュータによる予測はあてにならない、という論拠は何だとしているのでしょうか。 B君:中村氏は海洋の専門家らしいので、海洋の影響が予測プログラムにきちんと入っていないと言いたいのではないか。 A君:確かに海流の流れは、全くと言ってよいほど、温暖化予測では考慮されていません。それは、長期間に渡る気候変動に大きく影響するというよりも、図1に示すように、数10年といった比較的短期の周期的な変動に効く可能性が高いからでしょう。 B君:勿論、海洋の影響が気候変動に全く考慮されていないという訳ではなくて、海洋と大気間の熱の移動などは、温度差を考慮してプログラムされているが、細かく海流までを考慮している訳ではない。 C先生:中村氏がテレビで示していた熱塩海洋循環の図を説明してほしい。なぜ熱塩循環という名称なのかも含めて。 A君:そうですね。中村氏が見せていた類の地球レベルでの海流の絵を示しますか。全く同じものではないですが、手元にありますから。 B君:海流の図も簡略化したものや詳しいものまで色々ある。中村氏が示していたものは、若干簡略化されているものだった。 A君:詳細図は、次のようなものです。 図2 熱塩海洋循環詳細図 熱による水の蒸発による海水の塩分濃度の上昇によって引き起こされている循環 C先生:この図で、大西洋のグリーンランド付近と深く関連するところの説明を簡単にしてみるか。 A君:了解。地球レベルの海流の流れを、海の表層部(赤)と深層部(青)に分けて示している図です。地球には、大規模な海流の流れがあるのですが、その最大の駆動力は、当然、太陽エネルギーでして、赤道付近を通っているときに最大のエネルギーを受けます。 一つは、大西洋のアフリカ沖を通過するときで、ここで太陽熱を受けて、かなりの水分が蒸発し、塩分濃度が上がります。そのときに、雨が大量に降れば話は別ですが、そうでなければ、赤道付近を通過することで、海水の比重は高くなります。それが北上して冷やされるとさらに重くなり、アイスランド付近で一部が沈み込みます。海流はさらに北上して、残りがグリーンランド湾で沈みます。図では、小さな黄色の楕円でその領域が示されています。 この海流は、メキシコ湾岸流ですが、海水の温度が高いので、そのお陰でヨーロッパの冬は、その位置から考えられるほど寒くないのです。 海底近くを逆行して戻る状況が青い線で示されています。 赤道を通過するもう一つの地点は、ニューギニア付近を通過しているときですが、そこから赤道にほぼ平行に移動し、喜望峰の沖に向かうのですが、余り緯度が違わない経路なので、北部大西洋ほど気候に影響するような重大な現象が起きるということではないのです。 B君:ちょっと追加すると、塩分濃度が高い領域が、この図で緑色で示している海面の部分。そして、水色で示している海面が塩濃度の薄いところだ。赤道の真上は、雨が多いためもあって、塩濃度は高くはない。 C先生:中村氏が言っている話は、結局のところ、グリーンランド海で海流が大量に沈み込むか、あるいは、アイスランド付近で大部分が沈み込むかが、この状況がある周期をもって変化しているということなのではないか、と思う。それが60〜80年なのだろう。 A君:60年から80年周期になっている理由やメカニズムは、中村氏でも分かっていないようですね。我々のような素人が考える方が発想に自由度があって良いのかもしれない。ちょっと検討してみましょうか。 B君:なにかが蓄積されていって、60〜80年で一杯になって、反対側への移動が起きる。丁度「ししおどし」の仕組みみたいなことが起きているのだろうか。 A君:なかなか考えにくいですけど、そうでない限り、このような振動現象は出現しないように思いますね。 B君:「ししおどし」の場合、水の蓄積が進むと、重心がずれるという効果。やはり、何か蓄積して行くと、不安定になるというメカニズムが必要。 A君:蓄積されていくものとして候補になるのは、塩分濃度の高い海水(濃度差)、温度の高い海水(温度差)ぐらいなものでしょうか。 B君:閉鎖系に近い地中海が原因になるとかはないのだろうか。ちょっと考えると、地中海の塩分濃度は、水分の蒸発が激しく、雨は少ないだろうから、普段は上昇し続けるようにも思えるのだ。どこか限界値があって、それを超すと何かが変わる、ということはないのだろうか。 A君:もしも地中海の塩分濃度が大幅に上昇しているときに、地中海・黒海沿岸・エチオピアなどに大雨が降れば、それが原因となって、増えた海水がジブラルタル海峡から大西洋に流れ出す。すると、海水の比重が大きくなって、海流もアイスランドのかなり手前で沈み込むようになる。これが起きれば寒冷化する。雨量が普段よりも多いと、地中海から流れ出る海水の塩分濃度が低いので、沈み込むのが、グリーンランド湾になる。 B君:可能性は無いとは言えない。エチオピアあたりに大雨が降ればナイル川が増水するし、ヨーロッパを悠然と流れるドナウ川だって、黒海に流れ込んでいる。ドニェストル、ドニェプル、ドンなどの河川もある。これらの河川の流域での大雨は地中海から大西洋への海水の流れを増やすに違いない。 A君:ちょっと話変わって、IPCCのAR5によれば、2100年頃と現在の雨量の変化はこんな感じです(図3)。黄色いところは減少。緑のところは増加です。温暖化が進行することによって、大西洋の雨は減るようですね。ということは、海水からの水の蒸発量は増大する。ということは、地中海を考えなくても、アイスランドより手前で、海流が沈み込む可能性が高まることですね。もしそうなれば、欧州は大々的に寒冷化する。しかも、この変化は周期性ではなくて、一方的に温度が下がる。すなわち、この熱塩循環は、ティッピングエレメントの一つとしても認識されていて、熱塩循環が止まれば、ヨーロッパの寒冷化が現実になる。 B君:温暖化が進行すると、地中海付近の雨量はかなり減少する。一方、サハラ砂漠の南限の付近の雨は割合としては増えるけれど、もともと少ないので、絶対量はそれほど増えることはない。エチオピアの山岳地帯は雨が増えるから、地中海に流れ込む河川の総流量がどうなるか、よく分からない。 図3 雨量の変化。1985−2005年と2081ー2100年の比較
A君:いずれにしても、中村氏の言う振動周期も、温暖化の進行によって、影響を受けることになる。どのような仮説を立てるかで、影響が違うようですね。ただし、今回の我々の仮説は、ジブラルタル海峡を流れる海水の塩分濃度と温度の推移を測れば、一発で、正しいか正しくないかが分かってしまいますね。 B君:そうだ。反証可能性が高い仮説なので、哲学者ポパーの言に従えば、科学的仮説だと評価することもできそうだ。中村氏がなんらかの仮説を提案したとして、もしも測定ができないような仮説であれば、それを証明するには、やはり大規模なシミュレーションを行うことになりそうだ。すなわち、大規模研究費が必要不可欠か。 A君:繰り返しますが、ヨーロッパの気温は、メキシコ湾岸流のお陰。もしそれが止まって太平洋岸並みの気温になると、ヨーロッパ北部は居住できなくなる可能性もあります。これが、EUが温暖化研究や対策に熱心な理由の一つだと思うべきです。しかし、かなり温暖化が進まないと、そこまでは行かないというのがこれまでの研究結果のようです。 B君:中村氏の言うグリーンランド湾の変化は、振動であって温度が上がってもそのうちまた下がる。一方的に温度が上昇して、あるいは、その影響で熱塩循環が完全にストップして危機的になる地球全体の気候変動と違って、それほど重大なことではないので、大型の研究費が付くことはないな。彼としては、こんなに理学的に面白いことに、なぜ研究費が付かないのだ、といって不満を持っている可能性が高い。 C先生:さてそろそろまとめに行こう。最初に示した図1のように、中村氏が重要だと入っている60〜80年周期の振動は、単なる揺らぎにしかなっていない。 A君:中村氏の語っている振動は全体の傾向を決める訳ではない。気温の上昇は、地球全体のもっともマクロな効果なので、全体の傾向を決める。 B君:言い換えれば、全体の傾向を決めるのは、個々の海流がどうとかといった問題ではなくて、地球全体のエネルギーバランスが最大の問題。加えて、ティッピング・エレメントが重要だ、ということだ。 A君:念のため再確認をしますが、太陽活動が変動すれば、地球全体のエネルギーバランスを大きく変えるので、温度・気候は当然大きく変わります。中村氏の考え方の重要性は、地球環境レベルでは低い。 B君:海洋の効果も、大気とどのぐらいエネルギーを交換するかという点で重要なポイント。しかし、地球が温室効果ガスによって地表に近い部分にエネルギーを貯めるので、エネルギーが海洋により多く向かえば、大気温度はそれほど上昇しない。しかし、いつかなんらかの相互効果によって、海洋に溜まったエネルギーが大気に移行すれば、相当大きな気温上昇になる。 A君:海洋の影響は重要ではあるけれど、長期的な気温変動を計算する方法論に、細かい要素を入れることは、却って不確実性を高めるだけ。ある程度単純なモデルでも、それなりの結果は出る。加えて、不確実だ、不確実だと言われつつも、数理的・統計的な方法論を導入するなど、進化している。しかも、IPCCの報告書は、各国の計算結果のある種の精度競争になっていて、30件以上の計算結果の平均値で議論されるようになっている。世界全体での研究者の協調によって、言い換えれば、研究量が増大したことによって信用できるだけの結果を産み出している。 A君:この手の科学の結論は、いわば多数決の時代になったということです。 B君:このような共同作業に対抗して、たった一人の研究者が、地球レベルの気候変動の研究ができる時代は終わった。 C先生:中村氏は、この流れに逆らう以外に方法がない状態に追い込まれているとしたら、それは気の毒なことだ。だからといって、自分の思いだけを強烈に主張していては、ますます孤立するだけのように思う。 付録:ニュースウェブ24におけるTwitterと発言の記録
Twitter 偏西風の蛇行の原因は? 北極圏の寒気が発達しやすい? 日本でもありうることですか? 四季が二季になっている! 残念ながら温暖化だ。それで気候変動がはげしくなるのだ! 地球の長い歴史をみれば異常気象とも言えない。 異常気象ではない? 60〜80年周期なのか。 そもそも世界の平均気温って上昇している?この周期の原因は? 海水温度の変化。 やっぱり深層海流か やっぱり北極からの流れか! 何度ぐらい上下するのですか? 黒潮のながれも変化? 食糧危機になりそう 海流が変化した証拠はあるのですか? 太陽が原因か?人の営みか? 我々は何ができるのか? 人間では太刀打ち出来ない 海流って気温と関係があるのだ 氷河期を乗り越えた人間だ 人間が原因でないの? まだ、地球に住みたいよ? 橋本アナ:「もっと長期的にみたら、気温はどうなるのですか?」
中村:「分からない、はっきり言って分からない!」、「気候シミュレーションモデルを用いて色々と研究されていますが、色々と欠陥が多くて、数10年以上の気候を予測する『質』は無いのです」、「コンピュータの性能かによって制限されているところが多いのです」、「そもそも自然というものが非常に複雑なシステムですから」、「地球の大気だけの要素だけでなく、大気と海洋の相互作用とか氷など、これによって非常に複雑な振る舞いをする」、「さらに我々が分からないのは、太陽です。太陽の活動が1%、2%変わると地球の気候は非常に大きな影響を受ける」、「とても予測などできません」 橋本アナ:「何百年ぐらいたったら、2014年というのはあんな年だったのだ、ということが分かる」 中村:「そんな感じでしょう」、「われわれの時間のスパンでは、この潮流の流れの変化が、特にヨーロッパの人々にとっては重要」。 橋本アナ:「冷静に分析して、あまり大騒ぎしないことですね」(進行が、当初の打ち合わせの通りに行かなかったのではないだろうか。苦しいコメントのように聞こえた。) 中村:「まさにその通り」 Twitter
予測できないんだ? 海洋生物も大変だ 長期的にみると右肩上がりになっているの?冷静に分析して、あまり大騒ぎしないことですね。 第一線の研究者でも、分からない! 地球は複雑すぎる。 また生態系が変わるのか? 自然の脅威ですね。 分からない。ある意味で正解だ。 ***************************** http://www.sankei.com/life/news/131020/lif1310200015-n1.html 論説委員・長辻象平 始まるか、北半球の寒冷化 ◆IPCCと異なる見解 「地球は間違いなく寒冷化に転じると思いますよ」 大気海洋地球物理学者の中村元隆さんは断言する。海洋研究開発機構の主任研究員だ。 早ければ数年後に、北半球が寒冷化に向かう変化が起きる可能性が高いという。そうした予測を含む研究論文を6月末に発表している。 国連の「気候変動に関わる政府間パネル(IPCC)」による最新版の将来予測とは、真反対の見解だ。 IPCCは今世紀末までに最大ケースで2・6〜4・8度の気温上昇を予測している。 中村さんも二酸化炭素などによる温室効果を認めているが、それを打ち消す気温の低下を見込んでいるのだ。 北半球の寒冷化を予告することになった論文名は「グリーンランド海の表面水温変化とそれに伴う北半球の気候変容」。意外なことに、内容のポイントは1980年ごろからの温暖化への転換点の解明なのだ。 ◆寒冷化危惧した70年代 団塊の世代以上の人なら覚えているだろう。 1940年代から70年代にかけて気候は、寒冷化していたのだが、80年代以降、温暖化に転じ現在に至っている。 その転換は何によるものか。中村さんは、米海洋大気庁や英国気象庁などの過去からの大量の観測データを分析した。 その結果、79年2月から3月にかけて、北極に近いグリーンランド海の表面水温が一気に2度も上昇し、周辺の大気の流れに影響が及んで、温暖化への引き金が引かれていた事実に行き着いた。 北大西洋では、海面水温が約70(±10)年周期で、ほぼ35年ごとの上昇、下降を繰り返し、北半球全体の気候に影響を及ぼす「大西洋数十年規模振動」という現象が知られている。 過去からの振動のデータは、ちょうど80年ごろから、約35年間続く温暖化の時期に入ることを示しており、そこに79年の水温急上昇が加わったのだ。 1980年から数えて35年後は2015年にあたるので、そのころグリーンランド海で水温変化の可能性があるという。 「この大西洋数十年規模振動は、大西洋熱塩循環流という海水の流れと密接に関係しています」と中村さんは説明する。 北極の寒気で冷やされた低温・高塩分の海水は、重くなって沈み込み、深層流となって北極海から大西洋に南下する。そのスタート地点がグリーンランド海なのだ。 この流れに連動し、暖かい熱帯域の海水が北大西洋の表層を北上するので膨大な熱量が運ばれて、気候に強く影響する。 グリーンランド海は、地球の海水循環における心臓のような存在だ。だから、その水温変化は大きな意味を持っている。 気候変動シミュレーションの高精度化には、数理モデルに、グリーンランド海を舞台とする変化のプロセスを正確に表現することが不可欠らしい。 ◆いま気温は高止まり中 「現代は、世界中が地球温暖化を危惧していますが、1940年代からは気温が下がり、60〜70年代には、地球寒冷化が騒がれていました」 中村さんの言う通り、当時は「氷河期へ向かう地球」「飢えを呼ぶ気候」といった図書が多数出版されている。 「当時は既に二酸化炭素の排出が増えていました」。だが、大西洋数十年規模振動が下降期だったので、温室効果の影響は消し去られていたようだ。 80年代からの温暖化は、振動の上昇期と二酸化炭素の影響が合わさった結果のはずだが、IPCCは原因を後者にのみ求める見方を強める一方だ。 地球温暖化問題は、排出量取引などの金融メカニズムや南北問題とも関係し、国際政治交渉の課題と化している。冷戦構造消失後の世界の緊張軸という見方も可能だ。 ところで、猛暑が続く日本では実感しにくいが、世界の平均気温は、この10年ほど上昇が停止している。 中村さんによると、この高止まりは、大西洋数十年規模振動が上昇期から下降期に転じるカーブの頂点だ。 これから20年後の北半球は、どんな気候になっているのだろうか。太陽研究者の間では、百数十年ぶりの太陽の磁場活動の低下が気温低下との関連で注目されている。 ここ数年、冬の寒さが戻ってきている。気象庁の長期予報では今冬も寒くなるらしい。(ながつじ しょうへい) ********************** *********************** http://www.jamstec.go.jp/j/kids/press_release/20130629/ 2013年6月29日発表 グリーンランド海の変化は、北半球の 気候変動きこうへんどうをもたらす! 数年後には寒冷化が始まる? 気候変動というと、最近では大気中の 二酸化炭素にさんかたんそ(CO2)など温室効果ガスの 増加ぞうかによる 地球温暖化ちきゅうおんだんかのニュースを耳にするかな? 実は気候変動は、大気中の成分とは関係なく、大気、海、氷の変化・変動だけでも自然に起きます。特に北大西洋北部の水温の変化・変動は、海の 循環じゅんかんを通じて 地球規模ちきゅうきぼでの気候に 影響えいきょうをおよぼすと 指摘してきされています。ところが、くわしくはわかっていません。そこで今回、 中村 元隆なかむら もとたか博士は北大西洋の 北端ほくたんにあるグリーンランド海が変化すると気候はどうなるのか研究をしました。いったいどんな結果が? 気候変動の最新成果をおとどけします! グリーンランド海ってどんなところ? 海流や海氷、海水温がはげしく変化・変動し複雑(ふくざつ)な海域(かいいき)です グリーンランド海が位置するのは、北極海と北大西洋の間にあるグリーンランドの東側です(図1)。北極海の冷たい海水とメキシコ湾流の温かい海水の 接せっする 境目さかいめがあり、フラム 海峡かいきょう側からは北極海の海氷が流れこみます。 グリーンランド海は北極海に最も近い海 図1:グリーンランド海は北極海に最も近い海 グリーンランド海は、 全球規模熱塩循環流ぜんきゅうきぼねつえんじゅんかんりゅう(図2)のスタート地点ともいえます。全球規模熱塩循環流とは、メキシコ 湾流わんりゅうにより 熱帯ねったい・ 亜熱帯域あねったいいきから運ばれてきた温かい海水が、ここグリーンランド海とその南西にあるラブラドル海で冷やされて沈みこみ、 海底かいていをはうように大西洋を南下し、南極周辺の海でできた 深層水しんそうすいと合流したのちに、インド洋や太平洋へと流れわきあがる循環です。 大西洋を起源とする全球規模の熱塩循環流 図2:大西洋を起源とする全球規模の熱塩循環流 その循環のうち、グリーンランド海とラブラドル海で沈みこんだあと低緯度に向かって進み熱帯・亜熱帯域でわきあがる、大西洋だけで循環する流れを「 大西洋熱塩循環流たいせいようねつえんじゅんかんりゅう」と呼びます。 莫大ばくだいな熱を運ぶため気候に大きな影響をおよぼすほか、「 大西洋数十年規模振動たいせいようすうじゅうねんきぼしんどう」のメカニズムの 基盤きばんだと考えられています。大西洋数十年規模振動とは30〜40年おきに寒冷化と温暖化をくり返す現象で、(振動とは周期的に繰り返す現象を意味)、北半球は1940〜70年代は寒冷化、1980年から現在は温暖化しています。実際、今とは逆に1960年代と1970年代には 氷河期到来ひょうがきとうらいがさわがれていたのです。 これらをふまえると、グリーンランド海に変化がおきれば大西洋熱塩循環流を通じて北半球の気候に大きな影響をおよぼすおそれがあります。ですが、くわしくはわかりません。そこで今回、それを解明するため中村博士が研究を始めました。 どんな研究をしたの? 過去45年分のデータを解析して、グリーンランド海と気候の関係を調べました 中村博士は、ヨーロッパ中期予報センター、アメリカ海洋大気庁、イギリス気象庁が作成した1957年9月から2002年8月までの45年分のデータを解析し、海水温、地・海上の気温、低気圧や高気圧の強さなどについて調べました。 その結果、まずグリーンランド海の変化と 北大西洋振動きたたいせいようしんどうの間に関係性が見えてきました。北大西洋振動とは、北大西洋の亜熱帯側と亜寒帯側で気圧差が変わる現象です。亜熱帯側と亜寒帯側の気圧差が大きいと「正の状態」、気圧差が小さいと「負の状態」といいます。主にヨーロッパや北アメリカの気候に影響をおよぼします。 中村博士は解析から、グリーンランド海の水温が気温の南北・東西方向の 勾配こうばい(変化の度合い)に影響を与える事で、冬に、グリーンランド海の水面温度が高いときの大気の 状態じょうたいが北大西洋振動の「正の状態」に近く、水面温度が低いときの大気の状態が北大西洋振動の「負の状態」に近くなっていることを発見しました(図3)。 冬のグリーンランド海と北大西洋振動の関係 図3:冬のグリーンランド海と北大西洋振動の関係 さらに、北大西洋振動は1980年以前は負の状態が多かったのに、1980年以降は正の状態が 圧倒的あっとうてきに多くなっていました。「1980年ごろに、何か起きたのかもしれない」中村博士はそう考えました(図4)。 1980年ごろを境に、北大西洋振動の傾向が変化 図4:1980年ごろを境に、北大西洋振動の傾向が変化 次にグリーンランド海の水面温度を解析したところ、1979年2月と3月の間に、グリーンランド海の平均的な水温が急に2℃ほど上がっていました(図5)。 グリーンランド海水温の変化 図5:グリーンランド海水温の変化 この原因は、1977年〜1979年ごろに海氷が 大幅おおはばに 減へって海流が変化したという 報告ほうこくがあることから、その影響だと考えられます。さらに、グリーンランド海で変化が起きると、その変化が10〜15年後に大西洋数十年規模振動の 傾向けいこうに表れることが 判明はんめいしました(図6)。 グリーンランド海の平均水温と大西洋数十年規模振動の傾向の変化 図6:グリーンランド海の平均水温と大西洋数十年規模振動の傾向の変化 グリーンランド海が北大西洋振動と大西洋数十年規模振動に影響をおよぼす事実が、まさに示されたのです。 そしてグリーンランド海では、急激な水温上昇があった1979年3月以降、水温は以前より高い状態のままです。これがグリーンランド海周辺の気温勾配に与えた影響で、グリーンランド海東側では南からの風が強くなり熱が北へ運ばれやすくなりました(図7)。同時に北向きの海流(メキシコ湾流)が強くなって熱がより運ばれやすくなり、気温が上がりました。 さらにユーラシア大陸と 北極圏ほっきょくけんでは、その変化により陸上・海上の氷がとけて地表・海面があらわれ地表・海が太陽光を吸収しやすくなり、陸地と海が熱を 蓄たくわえやすくなったと考えられます。するとますます氷がとけやすくなり、地表・海面がさらに表れ海が熱を蓄え…と効果がどんどんふくらんで北半球高緯度域の気温上昇につながったと 推測すいそくされます。南風が弱まったグリーンランド西側や太平洋上など気温が低くなったところもありますが、冬の北緯30度〜90度までの 範囲はんいを平均すると約0.5℃気温が 上昇じょうしょうしていました。 「1979年〜2002年の2月」と「1958年〜1978年の2月」の平均気温や風の差 図7:「1979年〜2002年の2月」と「1958年〜1978年の2月」の平均気温や風の差 こうした影響は、 間接的かんせつてきに日本にもおよびました。1979年以降、特に夏の平均気温が、いつもの状態からずれる度合いが大きくなり(図8)、冷夏や 猛暑もうしょが起きやすく、またそれらの 深刻度しんこくども高くなっていたのです。 8月の平均からのずれ方の度合い。「1979年〜2002年の8月」から「1958年〜1978年の8月」をひいた 図8:8月の平均からのずれ方の度合い。「1979年〜2002年の8月」から「1958年〜1978年の8月」をひいた。 今後の気候はどうなるの? 数年〜十年以内に、寒冷化すると予測されます 今回の結果から、1979年のグリーンランド海の急激な水温上昇は、1940〜70年代の北半球寒冷化から現在の温暖化にうつる「大西洋数十年規模振動のきりかえスイッチ」を押したと考えられます。そう考えると、今後数年から10年以内に北半球は寒冷化にうつると予測されます。 中村博士は「グリーンランド海はせまい海域。だけど、北半球の気候に 非常ひじょうに強い影響を与えるのです」とグリーンランド海の重要性を語ります。 ************************** *************************** http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20130629/ 2013年 6月 29日 独立行政法人海洋研究開発機構 北半球の気候変動要因の解明 ―グリーンランド海の急激な変化がもたらした北半球の気候変化― 1.概要 独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)地球環境変動領域の中村元隆主任研究員は、ヨーロッパ中期予報センターの再解析データ(ERA-40、※1)、アメリカ海洋大気庁の再解析データ(NCEP/NCAR、※2)、イギリス気象庁(Hadley Centre)の1870年から現在までの全球海面水温データ(※3)を基本データとして取り入れ、特に北半球の気候変動について、北大西洋北部周辺の大規模な大気・海洋間の相互作用が大規模な大気の流れを引き起こす仲介となる力学要因の変動に着目して解析しました。その結果、1979年の2月から3月にかけてグリーンランド海の水温が急激に上昇し、周辺の大規模大気力学場を変えて気候が変化していることを見出しました。これらの事象について、その以前・以後のデータを総合的に解析し、この1979年の変化が、1940年代から1970年代にかけての北半球寒冷化から1980年代以降の温暖化に変わる大きな転換点となった可能性を世界で初めて論理的に解明しました。この変化に伴って、日本付近では月平均気温の年ごとのブレ幅が多くの月で増大し、1979年以降は以前と比べて極端現象が起こる確率が高くなっていることも発見しました。 本成果は、地球の周期的な長期気候変動を、観測データを基盤に力学要因に焦点を置いて論理的に解明したもので、今後の北半球寒冷化の可能性も含めた長期的地球環境変動予測の高精度化に大きく寄与することが期待されます。 本成果は、Journal of Climate誌速報電子版に6月28日付け(日本時間)で掲載される予定です。 タイトル: Greenland Sea surface temperature change and accompanying changes in the northern hemispheric climate 著者: 中村元隆 2.背景 近年の研究で、メキシコ湾流、黒潮・親潮、アガラス海流等の温かい水と冷たい水の境界を生み出している中高緯度域海流の変動が、大規模な大気循環に影響を与えることが確認されてきました。それによって、従来の気候シミュレーションモデルでも中高緯度域海流の変動が大気に与える影響を正確に再現できるようにモデル精度の向上が求められ始めています。グリーンランド海も、北極海の冷たい水とメキシコ湾流を源とする温かい水の境界になっており、海流・海氷・海水温の変化・変動が激しい海域です(図1)。グリーンランド海は、フラム海峡を通路として北極海から大西洋へ輸送される海氷の通り道となっており、グリーンランド海からラブラドール海にかけての北大西洋北部で大気に冷やされた海水が深く沈み込むことで励起される大西洋熱塩循環流と密接に関係しています。 大西洋熱塩循環流は、熱帯・亜熱帯域の温かい表層水が北大西洋北部で冷やされて沈み、沈んだ冷たい水が深層を低緯度に向かって流れながら風力によって熱帯・亜熱帯域で再び表層に引きずり上げられるという、表層で北向き、深層で南向きのループ流です。大西洋熱塩循環流は、熱帯域から北大西洋北部への莫大な熱輸送によって北半球の気候に強い影響を及ぼしています。1940年代以降に地球の平均気温が下がって1960年代から1970年代にかけて「地球寒冷化」や「氷河期到来」が騒がれたのも、この大西洋熱塩循環流の変動が原因ではないかと考えられています。グリーンランド海は、小さい海域ながらも大西洋熱塩循環流に強い影響を与えることで北半球の気候に強い影響を与える可能性がありますが、過去の研究ではこの海域の水温変動が北半球の気候に及ぼす影響はよく分かっていませんでした。 また、グリーンランド海の水温変動が起こり、それが大西洋熱塩循環流に影響を与え、さらに北半球の気候にも影響が及ぶプロセスは、現在一般的に使われている気候シミュレーションモデルでは全く正確に表現されておらず、それらのモデルでは大西洋熱塩循環流に伴う劇的な変化・変動は正確に表現できていません(※4)。過去1000年以上にわたって約70年周期で北半球に長周期気候変動をもたらしてきた「大西洋数十年規模振動(※5)」は、フラム海峡経由の海氷輸送とそれが大西洋熱塩循環流に与える影響がメカニズムの根幹であると考えられており、したがってフラム海峡経由の海氷輸送に強い影響を持つと同時に影響も受けるグリーンランド海水温の変化・変動は、大西洋数十年規模振動に伴う変動に大きく関与していると考えられます。過去のデータから推測される大西洋数十年規模振動に伴う北半球平均気温の長周期変動は、1980年頃から約35年間の温暖化を予測しており、現存の気候モデルでは1980年代以降の北半球平均気温上昇が二酸化炭素増加によるものなのか、大西洋数十年規模振動によるものなのかは明確に判断できません。さらに、進行する二酸化炭素増加が大西洋数十年規模振動にどのように干渉するのかも予測することはできません。つまり、このような地球環境に内在する長周期変動と関連するプロセスの発見と理解は、信頼度の高い気候変動予測システムの構築に必要不可欠です。 そこで、本研究では北半球長周期気候変動の鍵とも考えられるグリーンランド海の変化・変動が気候にどのような影響を及ぼしているのかを、メキシコ湾流、黒潮・親潮、アガラス海流に関する同様の研究で構築した新しい手法を用いて解析しました。 3.研究方法の概要 解析にあたっては、ERA-40の再解析データ、NCEP/NCARの再解析データ、Hadley Centreの海面水温データを基盤データとして用いました。これらのデータを基に、中高緯度域の大気・海洋間の相互作用を調べる上で有用な大気最下層部の傾圧性(地・海上付近気温の南北勾配及び東西勾配:温度差)を計算し、その変動と変動に伴う大気・海洋の状態を検証しました。まず、中高緯度の大規模大気場変動の最も重要な力学要因である大気最下層部の傾圧性の気候値からの偏差パターンを抽出するために、1957年9月から2002年8月まで月ごとに、グリーンランド海付近の領域内で経験的直交関数(Empirical Orthogonal Function、以下EOF)分析(※6)を行いました。そして解析から得られたEOFの第一パターン(領域内での傾圧性に最も強く見られる偏差パターン)に着目し、月ごとに実際の傾圧性偏差がEOFの第一パターンに酷似した年を選び、それらの年の対象月の風、低気圧や高気圧の強さや通り道、海面水温、地・海上2メートルの気温、大気の下層境界での熱放出の偏差を平均したコンポジット(※7)を作成しました。それらのコンポジットを基にEOF解析対象月の大気と海洋の状態、及びその関係を検証し、傾圧性に起こりがちな偏差パターンに伴う大気や海洋の状態を調べました。さらに、その偏差パターンが起こった頻度及びその時間変化も詳しく調べました。 4.成果 4.1 観点とデータ解析 上記のEOFを利用した解析の結果、グリーンランド海付近の大きな傾圧性変動は、グリーンランド海の水面温度の偏差によって引き起こされて大気に強い影響を与えており、グリーンランド海の水面温度が高い状態では北半球に強い影響を持つ「北大西洋振動」(※8)と呼ばれる変動パターンの正の状態に、逆に水面温度が低い場合は北大西洋振動の負の状態になることが分かりました(図2−3)。 この結果に基づき、グリーンランド海の月・領域平均水面温度をグリーンランド海水面温度指標(Greenland Sea surface temperature index、略してGSSTI)として定義し、1957年9月から2002年8月までの時系列に見られる変動と、それに伴う大気の変化・変動を分析しました。その結果、グリーンランド海、特に温水と冷水の境界付近の平均海水温の基本値(※9)が1979年の2月から3月にかけて急激に2℃近く上昇し、大規模大気場に力学的強制を与えることで北半球中高緯度域の気候変化をもたらしたことが見出されました(図4, 図5, 図6)。ちなみに、他研究によって、1977年〜1979年頃にフラム海峡経由の南への海氷輸送が大幅に減り、グリーンランド海周辺の海氷南限が大きく北へ移動したことが分かっており、この急激なグリーンランド海の水温上昇は、温かい海水と海氷を伴う冷たい海水との境界が移動したことを反映するものと考えられます。この水面温度の基本値変化でその付近の傾圧性の基本値が変化して、大気の温度や風等の気候値が変化しただけではなく、経年変動すなわち年々の気候値からの標準偏差のパターンも大きく変化したことが判明しました(図6)。 分かりやすく言うと、「月ごとの平年並みの天気と起こりやすい異常気象が変わった」ということです。 気候変化・変動では、平均値がどの程度変わるのかが注目されがちですが、実は平均からのズレがどう変わるのかも人間社会や生態系にとっては非常に重要です(※10)。例えば日本付近では、1979年以降、8月平均気温の平年値からのブレが大きくなっています(図7)。つまり、毎年8月に期待される「平年並み」の気温から外れる度合いが大きくなり、猛暑や冷夏が起こりやすくなったというわけです。これらの変化が顕著なのは北緯45度から北ですが、北緯30度付近でもある程度の変化が見られます。また、このグリーンランド海の急激な水温上昇とほぼ同時に、オホーツク海の海面水温が、冬季に限ってではありますが、基本値が大きく下がったことも分かりました。これはグリーンランド海の通年変化とは違い、大西洋数十年規模振動に伴う季節風の変化による大気主導の変化であると考えられます。 4.2 考察 この1979年のグリーンランド海の変化によって大気循環場は北大西洋北部周辺で特に大きく変わり、大気と海洋による北極圏への熱輸送が増加し、北極海から大西洋への海氷輸送は減らされる傾向に変わりました。この地域・海域では、北向きの海洋熱輸送と北向きの大気熱輸送・風力強制がポジティブのフィードバックを形成しており(※11)、変化が始まると急激に進行する可能性があります。 実際、北大西洋振動は1970年代中盤冬季に北向きの海洋熱輸送と大気熱・風力強制が強まる正の状態になる頻度が高まっており、これが上記のフィードバックを通じて1979年の急激なグリーンランド海の変化をもたらしたと考えられます。 さらに、この1979年の変化がアイス・アルベド (氷・雪と太陽光線の反射率)フィードバックの助けをかりて、1980年代以降の北半球の気温上昇と北極の海氷減少を引き起こしたとも考えられます(※12)。また、同じ力学的要因が大気循環に影響を与えて冬の北半球中高緯度の平均気温に強い影響を与えていることも分かりました。このグリーンランド海の変化による大気力学要因の変化は、北半球の1940年代から1970年代にかけての寒冷化、そして1980年代から2000年代前半にかけての温暖化の気温変化の傾向とも一致しており、1980年代以降の北半球冬季温暖化は、この力学要因の変化が大きな要因となっている可能性が考えられます。 4.3 北半球長周期気候変動 また、このグリーンランド海の急激な変化は、大西洋数十年規模振動に伴う大きな変動のタイミングを決める鍵であった可能性があります。実際、長周期GSSTIは大西洋数十年規模振動指標の変遷を10年〜15年先行して同様な長周期変遷を示しています(図4)。この10年〜15年の時間差は、グリーンランド海を通過した水温変動シグナルが大西洋熱塩循環流に影響を与えて、そのシグナルが大西洋数十年規模振動シグナル(基本的に北大西洋平均水温)に現れるのに要すると推定される時間とほぼ一致しています。このことからも、グリーンランド海は北半球の長周期気候変動・気候変化に重要な役割を果たしていると推測できます。 4.4 総論 本研究で見出されたグリーンランド海と大西洋数十年規模振動の関係に基づいて推測すると、2015年前後にグリーンランド海において1979年に起こったのとは逆の現象が起こると考えられます。最近10年ほどの地球温暖化停滞の傾向は、大西洋数十年規模振動の周期から推測される傾向と一致しており、北大西洋振動が強い負の状態になる頻度が高くなると、上記のフィードバックが働いて数年間で北半球寒冷化へ移行する可能性もあり、今後は北大西洋近辺の変動を注意深く観察する必要があります。 5.今後の展望 本研究で見出された変化・変動の再現シミュレーションは、北半球の社会経済活動の基盤情報となり得るような長期環境変動予測システムの性能ベンチマークとしての利用価値が大きく、これらが反映された気候解析・予測モデルの創成は、安全・安心な社会と安定した経済社会の構築に寄与することが期待されます。そのためには、少なくとも数十kmから数百kmスケールの海流とそれが大規模な海洋場と大気場に与える影響を正確に表現できる高解像度海洋・海氷モデルを気候シミュレーションモデルに導入し、さらに海氷の運搬・生成・融解と海氷が海洋場と大気場に与える影響を正確に表現できるように気候シミュレーションモデルを改善することが強く望まれます。 ※1 ERA-40再解析データ ERA-40(European Centre for Medium-Range Weather Forecasts 40 Year Re-analysis)再解析データは、ヨーロッパ中期予報センターによって作成された再解析データで、1957年9月から2002年8月までについて、様々な観測データを高度なデータ同化技術を用いて解析された大気データセット。大気最下層温度のデータは、他の再解析データの物よりも精度が高いとされる。本研究で使用したほとんどのデータは、このERA-40の物である。 ※2 NCEP/NCAR再解析データ NCEP/NCAR(National Centers for Environmental Prediction/National Center for Atmospheric Research)再解析データは、アメリカ海洋大気庁によって作成された再解析データで、1948年1月から現在までについて、様々な観測データを高度なデータ同化技術を用いて解析された大気データセット。ERA-40よりも長期間をカバーしているが、残念ながら、大気最下層温度のデータは、実際の観測ステーションの報告を同化していないために精度が悪い。ここでは、ERA-40にはない、地・海表面気圧のデータのみを使用した。 ※3 Hadley Centre海面水温データ 全球の観測データに基づいてイギリス気象庁が作成した1870年から現在までの全球海面水温データ。 ※4 長期気候予測に使われてきたシミュレーションモデルでは、海洋モデルの水平方向解像度は約50km以上のメッシュであり、そのような解像度では、大規模場に対して非常に影響が大きい数十kmから数百kmスケールの海流による熱・塩・運動量の輸送と拡散が、約半数の地点及び場合において全く逆の方向に表現されており、その結果、解像された海洋は非常に非現実的な状態に陥って、当然大気との相互作用も歪められている。具体的に言うと、そのような海洋モデルでは、数十kmから数百kmスケールの海流による輸送・拡散は、解像された温度場や塩分場の水平勾配を緩めるように強制されているが、現実では多くの場合その全く逆の効果を持つことが確認されている。解像されない海流による輸送・拡散が、物理場の水平勾配を強めるような表現方法は、数値不安定を引き起こしてシミュレーションモデルを止めてしまうので、低解像度では海洋による輸送・拡散を質的にさえ正確に再現することはできない。このことから、少なくとも質的に正しい輸送・拡散効果を表現するためには、約10kmメッシュの水平方向解像度が必要となる。 ※5 大西洋数十年規模振動 大西洋数十年規模振動(Atlantic Multidecadal Oscillation)は、大西洋の熱帯域から北緯70度付近までの海面水温が、ほぼ同時にゆっくりと60年〜80年周期で上昇したり下降したりする現象で、北半球のほぼ全域の気候が影響を受ける。 ※6 経験直行関数分析 経験直交関数は、主成分分析で計算されるベクトルで、ここでは、指定領域内の傾圧性の気候値からの偏差について経験直交関数(EOF)を計算することで、傾圧性偏差を重複のない各偏差パターンの組合せで表現できる。第一EOFは最も頻繁に起こりがちな偏差パターン、第二EOFはその次に頻繁に起こりがちな偏差パターン、といった具合である。そして、それらのEOFの主成分の時系列を検証し、主成分の値の大小によって、該当時の偏差がどのEOFパターンに近いかどうかを判断できる。 ※7 偏差のコンポジット平均 ここでの偏差のコンポジット平均は、解析の対象となる月それぞれについて選ばれた年の対象場の偏差(例えば風や海面水温の平年からのずれ)を足して平均することで得られる。この場合、一つのEOFパターンについて、正と負のケースがあり、図2−5に表示してある値は正のケースの平均から負のケースの平均を引いたコンポジット差である。正のケースはグリーンランドの東側で東西表面温度勾配が強くなる場合。負のケースはその逆である。したがって、正のケースの平均そのものの偏差値は、図に示された値の約半分である。 ※8 北大西洋振動 北大西洋振動(North Atlantic Oscillation)は、北大西洋において中緯度域を中心に亜熱帯側では高気圧、亜寒帯側では低気圧であることは基本的に変わらず、気圧がシーソーのように上下することで南北の気圧差が振動する現象。この南北の気圧差の偏差を表す北大西洋振動指標が正の状態では気圧差が大きく、負の状態では小さい。現象の中心は北大西洋であるが、北半球中高緯度の広範囲にわたって大気循環場や気温に強い影響を及ぼす。冬季においては、正の状態と負の状態の差は、図3に見られるようなものとなる。北大西洋振動指標は月々の変動が大きく振動のように振舞うが、数ヶ月間にわたって同じ符号が続く場合もある。 ※9 ここで言う基本値とは、10年〜20年の期間において高低に振れる値のほぼ中心になる値で、いわゆる「平年並み」の値。 ※10 例えば、二つの期間で日本付近の月ごとの平均気温は変わらないとする。しかし、月ごとの平均気温の標準偏差は二倍になったとする。これは、普通に起こり得ると期待される「平年並み」に比べて「暑い」とか「寒い」とかのブレ幅が二倍になるということである。より具体的に言うと、仮に東京の8月平均気温が二つの期間において25℃で同じであっても、一つの期間では毎年プラスマイナス2℃のブレがあったのが、もう一つの期間ではプラスマイナス4℃のブレになったとする。そうすると、ブレが大きい期間では毎年8月の平均気温が21℃になる可能性も29℃になる可能性も、もう一つの期間よりはるかに高くなり、生活や経済活動に大きな支障をきたすようになるということである。 ※11 ポジティブフィードバックは、効果が原因を強めて更に大きな効果に繋がる不安定化プロセスループで、ネガティブフィードバックは効果が原因を弱める安定化プロセスループ。北大西洋北部では、北向きの海洋熱輸送が増えるとグリーンランド海付近の水温が上昇し、それがグリーンランド東側を中心に東西傾圧性の増加に繋がる。すると、それが周辺上空の大規模な大気の流れを北向きに強めて、その北向きに強まった風はグリーンランド海周辺により多くの熱を運んで周辺海域を温め、同時に風力によって北向きの海流を強めてしまう。こうして効果が原因をさらに増強するポジティブフィードバックが成り立つ。 ※12 アイス・アルベドフィードバックは、氷・雪が減ると太陽光の反射率が低くなり、地球表面の熱吸収が増え、温暖化によってさらに氷・雪が減る(またはその逆)という、原因によって引き起こされた効果がさらに原因を増大させて、効果・原因の増幅に繋がるというポジティブフィードバックである。大まかに言うと、北半球では、北大西洋熱塩循環流が強まると海流による北向きの熱塩輸送が増え、大気による北向きの熱と水蒸気輸送が減る。逆もしかりである。北大西洋の表層水の塩度が下がることと温度が上がることは熱塩循環流を弱める方向に働き、逆の場合は強める方向に働く。また、大気による北向きの熱輸送増加と水蒸気輸送増加は熱塩循環流を弱める方向に働き、逆の場合は熱塩循環流を強める方向に働く。また、海氷は海から大気への熱の放出を妨げるので、熱塩循環流を弱める効果を持っている。これらの関係から大気、海洋、氷の間に非常に複雑なフィードバックが生じる。さらに、詳細を見ると、冷やされた表層水が沈み込むと考えられているグリーンランド海及びラブラドール海は、上記のフィードバックが効くタイミングが違うので、この地域・海域における大気と海洋・海氷のフィードバックは複数の時間スケールが複雑に絡み合っている。 図1 図1 北半球中高緯度域の地図。グリーンランド海はグリーンランドの東側にあり、フラム海峡で北極海とつながっている。オレンジ線で示されたメキシコ湾流を源とする温かく塩分が多い海水は、イギリスの北側を北東に流れてグリーンランド海付近に入り込んでくる。そして、グリーンランド海で北極海からの冷たい海水とぶつかり、強い温度勾配を形成する。 図2 図2 1958年から2002年までの期間で計算されたグリーンランド海周辺の東西傾圧性の2月のEOF第一モードを基に作成された海面水温差(カラー、℃)と大気海洋境界面熱フラックス差(白線、一平方メートルあたりのワット、上向きが正の値)について、正のケースの平均から負のケースの平均を引いたコンポジット差。 グリーンランド海の水温差が大きい部分の直上では同様な気温差があり、したがってその部分の西側で東西傾圧性差が大きい。グリーンランド海付近の水が温かい所から大量の熱が大気に放出されて、大気を温めているのが分かる。ここでは1957年〜2002年の全期間において、表示のパターンが極端な正の状態の平均から極端な負の状態の平均を引いた値で、グリーンランド付近東西傾圧性の最も頻繁で大きな変動パターンに伴うシグナルのみを表示してある。 図3 図3 図2で示されたコンポジット差に対応する地・海表付近気温(カラー、℃)及び高度約5,000メートルの風(矢印、メートル毎秒)のコンポジット差。南限は北緯30度。正と負の境のゼロ線は、太い白線で示してある。 図2に見られる極端な海水温度差がある場合、グリーンランドの東側では北向き、西側で南向きの大きな風の差が見られる。すなわち、グリーンランドの東側と西側ではそれぞれ北向きの熱輸送が増加・減少している。これに伴い、地・海表付近気温差はユーラシア大陸の大部分を含むグリーンランドの東側で温かく、グリーンランドとそのすぐ西側と南側で冷たくなっている。コンポジット気温差を、北緯30度以北全ての領域で平均すると約+0.8度。 図4 図4 上:GSSTIの月ごとの値(細い黒点線と丸印)、月ごとのGSSTI値に5年移動平均フィルターをかけた値(太い黒実線)、大西洋数十年規模振動指標(赤線、スケール調整のために値を5倍にしてある)。表示期間は1957年〜2002年。下:1979年前後の10年間、1974年〜1983年のGSSTIの月ごとの偏差値(ここでは1957年〜2002年の全期間の月ごとの気候値からのずれ)。 大西洋数十年規模振動指標は、基本的には北緯0度から北緯70度までの北大西洋の平均水面温度に10年移動平均フィルターをかけたもので、月ごとや年ごとの値の極大や極小は取り除かれ、長周期シグナルの一部として前後10年間に分散されている。月ごとのGSSTI値を見ると、1980年ごろを境に基本値が高くなっているのが見える。5年移動平均されたGSSTIの長周期変動は、大西洋数十年規模振動の変動を10年〜15年先行して同様な変遷を見せている。月ごとのGSSTI偏差値を見ると、1979年の2月から3月にかけて急激に約2度上昇し、それ以降は値が高い範囲で振れている。1957年から2002年の間に、月ごとの偏差値が1度以上急激に上昇した月はほかにほとんどなく、この急激な上昇は突出している。 図5 図5 1979年〜2002年期間の2月気候値から1958年〜1978年期間の2月気候値を引いた値。地・海表付近温度(カラー、℃)と高度約5,000メートル付近の風(矢印、メートル毎秒)。カラースケールは図3の半分。正と負の境のゼロ線は、太い白線で示してある。 図2とは違って、ここではグリーンランド海水面温度が極端に高い場合もそうでない場合も全て含まれているので、図3に見られるほどの大きな差は見られないが、1979年を境にした二つの期間の平均を比べても、図3同様な差のパターンが見られる。二つの期間の2月平均気温の差を、北緯30度以北全ての領域で平均すると約+0.5度。 図6 図6 2月の地上・海表付近気温の1979年〜2002年期間の標準偏差値から1957年〜1978年期間の値を引いたもの(単位は℃、ゼロ値は太い白線で表示)。ここでは標準偏差はそれぞれ二つの期間の2月の気候値からの偏差に基づいて別々に計算してある。 気温の標準偏差は、月ごとの平均値からの典型的なズレの指標で、大きな値は平年値からの上下双方向への標準的なブレ幅を表す。例えば、2月の平年並み気温が5℃で標準偏差値が0.5℃であれば、2月の平均気温が4.5℃〜5.5℃は「よくある2月の範ちゅう」と考えられる。一般的に、この標準的ブレ幅が大きくなればなるほど生物は適応しにくくなり、人間の社会・経済活動にも支障が起こりやすくなる。 図7 図7 日本付近における8月の地・海上付近気温の標準偏差値。左上:1958年〜1978年期間の標準偏差。右上:1979年〜2002年期間の標準偏差。左下:1979年〜2002年期間の標準偏差から1958年〜1978年期間の標準偏差を引いたもの。標準偏差はそれぞれ二つの期間の8月の気候値からの偏差に基づいて別々に計算してある。 日本付近では8月平均気温の標準的ブレ幅が1979年以降大きくなっており、広い地域において0.3℃〜0.5℃の増加となっている。これは、冷夏や猛暑の頻度の増加や冷夏や猛暑の深刻度が高まったことを示唆している。標準的な月平均気温のブレ幅が0.5℃上がるというのは無視できない値で、例えば、観測史上最も暑かった2010年8月でさえ、東京の8月平均気温は平年の平均気温よりも2.2℃高かっただけである。したがって、標準的なブレ幅が1.0℃から1.5℃まで上がると、2010年に近い猛暑や全く逆の異常な冷夏が頻繁に起こるようになるということである。 お問い合わせ先: 独立行政法人海洋研究開発機構 (本研究について) 地球環境変動領域 短期気候変動応用予測研究プログラム 気候変動予測応用研究チーム 主任研究員 中村 元隆 電話:045-778-5514 (報道担当) 経営企画部 報道室長 菊地 一成 電話:046-867-9198
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