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大迷宮となる新・渋谷で災害が起きたらどうなる?
【緊急報告】変わりゆく“超複雑空間”、巨大になる渋谷駅サバイバル術(1)
2013年10月9日(水) 渡辺 実 、 水原 央
進化しつづける街、渋谷。新名所・ヒカリエの誕生など商業施設の再開発も急速に進む。さらに首都圏に住む人々の生活の流れを変えたのは、2008年に開通した東京メトロ副都心線が今年3月16日に、ついに東急東横線と直通運転を開始したことだろう。より便利に、より楽しく、より豊かに――。誰もがそう願って発展させてきた渋谷だが、“防災の鬼”渡辺実氏には気がかりなことがあった。渋谷駅周辺は多数の路線が絡みあい、商業施設が地下空間でつながりあう、複雑な“巨大地下迷宮”になってしまっているのではないか。毎日膨大な数の人が行きかうこの場所は、ひとたび大地震などの災害に見舞われたら、どうなってしまうのか?
【お知らせ】
本来であれば、今回は「地震予知の“最前線”でズバリ聞く」のPart5を掲載する予定でしたが、早急に渋谷の現状を報道するべきと判断し、急遽内容を差し替えました。地震予知編に関しては後日再開する予定です。
複雑怪奇な模型を前に呆然とする渡辺氏。これが今回の特集のはじまりだった……
「む!? こ、これは一体何なんだ?」
チームぶら防が取材のため移動していると、我らが“防災の鬼”防災・危機管理ジャーナリストの渡辺実氏が思わず声を上げた。8月某日、渋谷駅構内を通過しようとしたときのことだった。
渡辺氏が足を止めたのは、渋谷駅のなかでも道玄坂近くにある、「渋谷区観光協会」と書かれた区営のイベントスペースの前。
といっても、多数の建物がつながり、複雑に絡みあう渋谷駅とその駅ビル群のなかのこと。どこのことだかわかりにくいかもしれないが、京王電鉄井の頭線のホームの上、岡本太郎の壁画『明日の神話』のあるホールから道玄坂に抜ける通路の途中だ。
正確な名称で呼べば、「渋谷マークシティーWEST4階」にある「クリエーションスクエアしぶや」である。
「こらこら水原くん。そんな名前を言ったって、パッとイメージできる人はほとんどいないだろう。ネットで検索でもしないと、この複雑な駅のどこに何があるかなんて、なかなかわからないよ。
この複雑な模型が、まさにそれを示しているじゃないか!」
そう、イベントスペースに展示されていたのは、まさにこの生まれ変わる渋谷駅を表した100分の1縮尺の模型だったのだ。
渋谷駅を100分の1の模型にしたというこの作品。まさにアリの巣のような複雑怪奇な構造をしている。
地下4階、地上5階。鉄道を見れば、地上ではJR山手線、湘南新宿ライン、京王電鉄井の頭線。地下には東京メトロ銀座線、半蔵門線、副都心線が走り、しかも半蔵門線は東急電鉄田園都市線に、副都心線は東横線にそれぞれ直通運転する、複雑な構造だ。
しかも、「渋谷」という名前の通り、谷地である渋谷の地形のため、たとえば地上を走るJR山手線のホームが地上駅の2階にあるのに対し、地下鉄である銀座線のホームは山手線のさらに1階上の地上3階にあるという奇奇怪怪ぶりなのである。
普段、渋谷駅を利用している方は、「そんなの当たり前じゃないか、別に何の不便もないよ」と思われるかもしれない。だが、こうして各フロアが模型として目の前に現れてみると、その広大さ、複雑さ、迷路性には圧倒されるものがある。
模型をのぞきこむ“防災の鬼”渡辺氏の表情は、純粋な好奇心と驚きから、すぐに不安と困惑のそれに変わっていった。
「渋谷駅は、たしか1日に約200万以上の人々が乗り降りする巨大ターミナル駅でもあるんだよ。その人たちが、もし万が一、こんな巨大な“迷宮”のなかで大地震に遭ったら……」
そして、渡辺氏は顔を上げてこう宣言したのだ。
「こんな難しい駅にも、きっと防災計画はあるはずだ。巨大地震が発生したとき、この大迷宮からどうやって脱出するか、どうサバイバルさせようと管理者や行政は考えているのか、ぜひそこのところを聞いてみようじゃないか!」
こうして、チームぶら防は渋谷駅をめぐる取材に突入した!
模型の製作者を直撃! その真意とは
まず、チームぶら防が向かったのは、昭和女子大学。え、なぜかって? それはこのユニークな模型を製作したのが、昭和女子大学で建築デザインを研究する、田村圭介准教授だったからだ。
会場で説明役をしていた女子学生にも、思わず防災を説いてしまった渡辺氏。最初に話を聞くべきは、やはりこの模型を作った人物だろう。ちなみにこの渋谷駅の100分の1模型は、11月9〜10日に開催される昭和女子大学の学園祭に再度展示される予定。見逃された方は是非!
「田村先生、お忙しいところすみません。私、都市防災を専門にやっております、渡辺実と申します……」
女子大学の、デザイン系の研究室とあって、なーんとなく門外漢な雰囲気を醸し出しながら取材現場にたどりついたチームぶら防。
田村准教授も、「いや、私も、とくに防災という観点については、専門ではありませんので……。展示会場で案内していた学生から、『防災の話をしたいので田村先生にアポイントをとってほしい』という方がいる、との報告をもらったときは驚きましたよ」と遠慮がちだ。「ただ、私も今日はぜひ渡辺さんに防災の観点からあの模型をどう見たか、おうかがいしたいと思っていました」。こうして取材は始まった。
若々しい印象の田村准教授。ジャンル違いの取材にも多忙な時間を割いて応じてくれた
「まず、先生はどうしてあの模型を作られたんですか。ちなみに、渋谷区民でいらっしゃるんですか?」
渡辺氏が口火を切ると、田村准教授は、
「いや、私は隣接する区の住民なんですが、まあ、渋谷駅は何かとよく使ってはいるもので……」と語りだした。
「私がまず興味を持ったのは、渋谷駅の変遷だったんです。言葉で渋谷駅が語られた例というのはたくさんあったんですが、しかし具体的に目で見るとどうなのか。形で記述をすることができないか。
それで、渋谷駅の模型を作るという研究を始めました。これをいまの区長が気に入ってくださいまして。そういうご縁で、あの渋谷区のスペースで展示させていただくようになったんです」
そうするうちにも、渋谷駅はどんどんその姿を変え、複雑になっていった。そのたびに模型も更新し、新しいものに変えている。学生の1人は「置き場所がないので、もったいないけど毎回分解して、捨ててしまうパーツもあるんですよ」と話していた。
模型にしてはじめて全体像がわかった
谷地である渋谷の地形に駅の全体を乗せた構造模型。地下鉄が地上の路線より上を走る不思議な構造も、この地形が原因だ
田村教授が続ける。
「ちょうど今年は、3月16日に東横線の駅が地下に降りた。地上2階にあったホームが、いきなり今度は地下5階になってしまったんですね。
インターネットやツイッタ―では、『地下で迷った』とか『乗り換えるのにどこへ行ったらいいかわからない』と利用者の戸惑いの声がいくつも発信されていました。テレビなど報道でも、同じように『困惑する利用者』といったような取り上げ方をされていましたよね。
『いきなり、こんな大変化が起こって、地下のホームに降りるのが大変だ、場所がわからない、時間が余計にかかる』というような話が多くの方々から指摘された。迷路状態だからお手上げだ、というんですね。
そこで、今回は渋谷駅がたどりついた現在の姿を見てみようじゃないか、という企画になったんです。それまで500分の1で作っていた模型を、5倍大きい100分の1の縮尺にして、人型のパーツを模型の上に置いてみるというイベントをやった。
そうすると、作った私にしても、参加されたお客さんにしても、これではじめて変化をつづける渋谷駅の、いまの全体像がわかった、というふうになったんです。区のほうでもずいぶん評価してくださいました」
なるほど、と渡辺氏はうなずく。
「先生の最初のご研究、つまり歴史的な渋谷駅の変遷というのをみるとわかるんですが、この駅は各鉄道会社やテナントビルの開発業者――渋谷の場合、主に開発をリードしてきたのは東急系資本ですが――が、それぞれバラバラなコンセプトで建てた構造物が融合して、複雑になってきたものですよね。ご著書でもこれを“迷宮駅”と呼んでいらっしゃる。
私が心配なのは、迷宮へと変遷する場に防災の視点が入ってこなかったんじゃないだろうかということなんです。もちろん、それぞれの建物や施設は、個別には法令にのっとって地震や火災への対策や備えをしてきたでしょう。
しかし、これらが複合体になったとき、トータルの防災計画はあるのか。ただ1棟の商業ビルが建つ場合も、複数の施設につながるビルが建つ場合も、法律が求める備えというのは同じなんですよ。
けれども、先生の模型を見ていると、渋谷駅はもはや、こんな複雑な複合体になってしまっている。それぞれパーツごとの防災対策だけで、この巨大な空間全体の安全性が、はたして確保されるのか。そこに大きな疑問を感じてしまうんです」
全体を把握することで、網の目構造のメリットを活かせ
渡辺氏はさらに続ける。
「たとえば、人の流れ。災害時に地下から避難する人は、単純なビルなら地上階に行けば外に出られると直感的にわかる。けれども、こんなに巨大で複雑な駅のなかにいたら、災害の混乱時には、どこが地上階で、どこが出口なのかさえ、すぐにはわからないかもしれない。
私は『4次元の防災』といつも呼んでいるんですが、大都市では、地上面の縦横の2次元、高層化で空中に伸びている1次元、さらに地下に潜っていく1次元の合計4つのベクトルで防災を考えなければいけない。けれども、こんなに複雑にその4つの次元が絡み合ってしまったら、全体を把握することは非常に困難ではないかと思うのです」
田村准教授は、たしかにそうなんですよ、とうなずく。
「模型を作るにあたって駅周辺の土地利用の変遷も調べたんですが、渋谷駅の地下部分の一部は、いまは暗渠になって見えない渋谷川の水面のレベルより下にあるんですよね。だから、何かあると水浸しになってしまうんじゃないか、と不安に思ったんです。
ただ、関係者の方に話をうかがうと、なかに水門などの設備がちゃんと設置されている。だから安全なんだと。そういう情報を一般の人も知らされるべきだと思うんですよね。
私たちは、日常的に使っている“駅”に対して、それがあまりにも日常的すぎる存在なために、無関心な部分があります。しかし、つきつめて考えれば、渡辺さんがおっしゃるようにいろんな不安もあるんです。
だとすれば、『渋谷駅には水門もあって、こうだから安全なんだ』と管理側ももっとアピールすればいいと思うし、利用者側もどうなっているのかな、と知ろうとする。情報を共有することが大事なんじゃないかと思っています。
『地震とか水害が起きたとき、渋谷駅ってどうなるの?』と聞かれたとき、だれでも答えられるようになっているべきなんだろうと。この渋谷駅の模型を通じて、より多くの人に駅の全体像を把握してもらえればと思っています」
そして、田村准教授は模型を見ながらこう指摘した。
「駅防災を担当しているある電鉄の方とお話ししたことがあるんです。その方は、避難のことを担当していらっしゃる。
で、おっしゃるには、渋谷駅の網の目状の構造は、実は災害時には意外と有利かもしれない、というんですね。
駅の出口が、プラットホームに対して一方向側にしかない、いわゆる“コンコース型”の駅では、たとえば火災が発生して乗客がパニックを起こすと、いっぺんに出口がふさがれてしまう。
それに対して、網の目になっていれば、どこかに逃げる方法があるんじゃないか。そういうお話でした」
「たしかにそうとも言えるかもしれない。
ただ、これほど複雑な構造になってしまうと、本当に迅速に駅から脱出できるのかどうか。同じフロアでの移動も、階段での上下移動も絡み合いますから、平面的にも立体的にも大いに疑問ですが……」
と指摘するのを渡辺氏は忘れなかった。
模型からナビゲーションへ、このアイデアを防災に活かせないか?
渡辺氏はあらためて模型を見ながら、田村准教授に提案した。
「先生。私は、この模型のアイデアを、実際に防災の現場で活かす方法はいろいろあると思うんですよ。
たとえば、この模型のノウハウを活かして、駅の構造をいろいろなアングルから見せる3DのCGが表示されるパネルのようなものを作って、駅構内の道案内に利用する。
画面の前に立つといま自分がいる場所が見えるとか、自動車のナビゲーション技術を応用して、渋滞情報、つまりいま混んでいる場所を避けて、たとえば道玄坂までの最適・最短ルートを行くにはどうしたらいいか。そういうことがわかる情報を利用者へ提供すべきではないか。
それから、防災に役立つ建築デザインを検討するベースとしても、非常に有意義なものだと思うんですね。
たとえば、この巨大な駅のどこかで火災が起きて、煙が建物にはいったとする。そうなると、避難する人は床を這うことになりますから、その目線で見えるところに、自分がどこにいるのかわかる工夫をしていかなければならない。
一番いいのは、各階の床を色分けすることです。1階なら茶色とか、2階なら青とか。それから壁の低い位置に、どちらに避難していけばいいかを誘導するようなサインをつけていく。
これは本当に、デザインというか、インテリアのようなものですよね。学生さんたちに、模型に色をつけて検討してもらえばいいんじゃないか。
日本の若者のファッションの中心地・渋谷なんですから、オシャレに作って、それを渋谷発の防災ユニバーサル・デザインとして日本全国に発信したらいい。全国共通化ができれば、利用者にも覚えてもらいやすくなって、ますます効果的です」
そう話す渡辺氏に、田村准教授も大きくうなずいた。
「たまたまですけど、我々が作ったパンフレットでは、この模型の各階を色分けしたんですよ。まさに、これを現実のものにしていけばいいということですね!」
このあとさらに多数の模型や設計図を見せてもらい、取材は終了。田村准教授の研究室を出た渡辺氏は、再び渋谷駅を訪れた。
「あの模型から受けた、防災の専門家としての恐怖感は、まだぬぐえないなあ。
たとえば東急東横線の、もともとのホームがあった地上部分は、これから大型の複合施設に建て替えられる予定らしいけれども、それは同時に、渋谷駅をさらに巨大に、複雑にすることにもなる。
巨大で、複雑な施設というのは、いくら対策をしたとは言っても、常に災害時の危険性を秘めているんだ。だからこそ、大規模開発を行う場合は、その解決策をもってやるべきなんだよ。『自分たちはこういう空間を作るけれども、そこで生じる危機や危険に対してはこう対処するんです』というプランだよね」
再開発の工事が進む渋谷駅。はたして巨大施設全体を包含する防災のトータル・プランは作られているのか?
そう話して、“防災の鬼”渡辺氏は、再開発のための工事が進む渋谷駅に鋭い視線を投げかけた。
「これはもっともっと当事者に話を聞いていかなければいけない。この地域の安心・安全を所管する渋谷区や、ここに乗り入れている鉄道会社は何を考え、災害にどう備えようとしているのか。ここからの取材が本番だよ!」
大都市・東京の、世界に向けた看板のひとつとも言える街、渋谷。その防災の実情をめぐるぶらり旅は、これからも続く!
このコラムについて
渡辺実のぶらり防災・危機管理
正しく恐れる”をモットーに、防災・危機管理ジャーナリストの渡辺実氏が街に繰り出し、身近なエリアに潜む危険をあぶり出しながら、誤解されている防災の知識や対策などについて指摘する。まずは東京・丸の内からスタート。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131004/254207/
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