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特集ワイド:続報真相 大地震起きたら五輪どうなる？
http://sportsspecial.mainichi.jp/news/20130920dde012050002000c.html
毎日新聞 2013年09月20日 東京夕刊
◇懸念は埋め立て地液状化 湾岸のコンビナート火災
２０２０年東京五輪の開催決定で、祝福ムードが続いている。しかし、ちょっと待ってほしい。２０日未明には福島県で震度５強の地震があったばかり。もともと、開催地・東京には首都直下地震の懸念がある。「もし大型地震が来たら五輪はどうなる？」との不安は消えない。実際、どうなのか。
選手村やテニス、バレーボール、体操などの競技が集中する「東京ベイゾーン」。この地区で新橋から豊洲まで１４・７キロを走るのが「ゆりかもめ」だ。改めて平日朝のラッシュアワーに乗車してみた。
観光船やレインボーブリッジが目に入り、気分は爽快。ただ東日本大震災の時は車両が止まり、乗客が走行路で避難した。地上からの高さはかなりあり、ここを歩くと思うと怖い。大地震があったら大丈夫か。
東大地震研究所に平田直（なおし）教授（観測地震学）を訪ねた。平田教授は「今回の五輪立候補都市は、いずれも地震の多い国でしたね」と、過去の大規模地震を赤い点で示した世界地図を指した。スペインでは１１年にスペイン南部地震が発生。トルコでは１９９９年に２度マグニチュード（Ｍ）７クラスが発生し、２万人以上が犠牲に。赤い点は日本が他の２国より明らかに多い。
東大地震研は昨年、首都圏直下を震源とするＭ７クラスの地震発生確率を「３０年以内で７０％」と予測した。これは地震予知の世界では「極めて高い確率」（平田教授）だ。Ｍ７クラスは阪神大震災と同規模。では五輪開催中に発生する可能性はどのぐらいか。
平田教授は「五輪開催期間にＭ７クラスが発生する可能性は非常に低いと思います」と説明する。ひとまずほっとした。
では五輪開催までの７年以内ではどうか。
「『３０年以内で７０％』は、計算上は『７年以内では２０〜３０％』と同じ意味です」。では、発生確率はそう高くないと考えていいのか。
平田教授は「確率の計算ではそうなりますが、その考え方には注意が必要です。なぜならば、７０％というのは決して３０年後に地震が起こる確率ではなく、その地震は今日起きても明日起きてもおかしくない。３０年のうちどこかで起きる可能性が７０％という意味だからです」と解説する。さらに「東日本大震災後は日本中で地震活動が活発になっており、まだ震災前の状態に戻っていない。以前より大地震の可能性は高まっていると考えていい」と警鐘を鳴らす。
東京都防災会議は昨年、東京湾北部を震源とするＭ７・３の首都直下地震が発生した場合、９７００人が死亡するとの想定を発表した。負傷者は１４万７６００人、全壊・焼失建物は３０万４３００棟、避難者数は３３９万人、帰宅困難者は５１７万人に上る。
もし五輪準備期間中にこの地震が起きたら、開催は可能なのか。
都総合防災部の震災対策担当者は「地震がいつ起きるか分からない以上、お答えするのは難しいと思います。現在はこの被害想定に基づき、耐震化の充実や、死者や倒壊家屋などを減少させるなどの防災計画を進めている、としか言いようがありません」。
国の中央防災会議は０５年に首都直下地震の被害額は１１２兆円に達すると予測している。都は、電気、ガス、上下水道、通信などライフラインを６０日以内に９５％復旧させることを目標に掲げるが、達成できるかは状況次第だ。
「もしも五輪前に大地震が発生して大きな被害が出れば、無理してまで五輪を開催する必要はないと思います」
そう語るのは首都直下地震を描いた小説「Ｍ８（エムエイト）」の作家、高嶋哲夫さんだ。神戸市在住で阪神大震災を経験した。
阪神大震災の経済被害は約１０兆円。首都被害想定の１０分の１だったものの、住宅１０万棟が全壊、約４万戸の仮設住宅完成までに半年、ガス、水道の復旧に３カ月かかった。震災３年後も２万４０００世帯が仮設住宅暮らしだった。
高嶋さんは「阪神大震災での被害や復興がどれだけ大変だったかを思い出してほしい。東京のように一極集中化した大都市では被害を予測しきれない。五輪にこだわっている場合ではないこともありうるのでは」と訴えた。
Ｍ８〜９級の南海トラフ巨大地震も怖い。政府の地震調査委員会によると「３０年以内の発生確率は６０〜７０％」。死者最大３２万３０００人、経済被害は最大２２０兆円と想定される地震が発生したら、「開催は許されるのか」との議論も予想される。
かつて災害を理由に五輪開催が返上された実例がある。１９０８年の第４回大会。本来はローマだったが、０６年にイタリアのベズビオ火山が噴火し、復興のため財源を使う必要が出てきたため、ロンドンで開催された。
「日本国内でも、地震被害でスポーツ大会が中止された実例があります」
教えてくれたのは、東京電機大の安田進教授（地震工学）だ。前回の東京五輪直前、１９６４年８月に予定されていた新潟国体夏季大会だ。６月に新潟県粟島南方沖４０キロを震源としたＭ７・５の地震が発生、開通したばかりの昭和大橋の橋脚が傾いた。「液状化による被害が広く認識され、研究が始まったのはこの新潟地震から」という。
２０２０年東京五輪では、臨海部の「東京ベイゾーン」で多くの競技が行われる。安田教授は「ほとんどが埋め立て地で、もし首都直下地震が来たら液状化が一番の問題になります」と断言する。
液状化では、地下水を含んだ砂の地盤が強い震動を受けて泥水のようになる。構造物が傾いたり、水道などライフラインの破壊や、緊急車両が通行できない恐れがある。
東日本大震災直後、安田教授は東京・台場から千葉市までの液状化を調査し、発生面積を４１平方キロと推計した。阪神大震災の４倍で、世界最大だった。台場でも液状化が確認された。
安田教授は強い口調で言う。「Ｍ７・３の首都直下地震だと、東京湾の震動は東日本大震災より強く、液状化の可能性も高まる。競技場建設では、建物の下にくいを打つなどが現行基準ですが、範囲を広げて駐車場などにも地盤の締め固めを施すべきです」
都の五輪招致担当者によると、東日本大震災で液状化した競技場候補地はない。「今後地盤調査をし、費用対効果を考えてどこまで対策を行うかを検討していくことになると思います」。「ゆりかもめ」の広報担当者は「液状化しても駅や走行路が倒れないよう、くいを深く打ち込んでいます」という。
臨海部では別の危険もある。浜田政則・早大教授（地震防災工学）は「東京湾にある臨海コンビナートの火災が危ぶまれる」と懸念する。東日本大震災では、地震の揺れで千葉県市原市の液化石油ガス（ＬＰＧ）タンクが倒壊。ＬＰＧが漏れ出して着火し、タンクが次々に爆発、炎上した。
タンクから重油や原油が海に流出する可能性もある。「海に流出した油は引火の恐れがあり、回収作業や海上封鎖が必要になる。それらに約２カ月かかるとの試算があります」と指摘する。東京湾では災害時に救援物資を荷揚げする「基幹的広域防災拠点」が川崎市に整備されているが、海上交通が閉鎖されれば使えない。
浜田教授は「都は『都の港湾部にはコンビナートはほとんどない』と言うが隣県の被害に目をつぶることはできない」と力説。「安倍（晋三）首相は最終プレゼンテーションで『東京は今も２０２０年も世界有数の安全な都市だ』と表明した。それは将来地震が発生しても、安全が担保されているという意味でしょう。危険の存在は明白なのだから、徹底した対策の必要がある」と注文をつけた。
五輪開催期間中に東京を訪れる観光客や関係者は１日９２万人、期間中で延べ約１０００万人と推定されている。これだけの人が押し寄せるところに大規模地震が発生すれば相当の被害が考えられる。都総合防災部の担当者は「五輪の競技場は、個々の施設で避難計画が定められます。ですが現在は、五輪のために都全体で新たな防災対策を作る状況にはありません。もちろん五輪を想定した防災訓練をする可能性はあります」。
五輪誘致の最終プレゼンテーションでは「おもてなし」が話題になった。地震国の最高のおもてなしは、万全を期した安全対策を提供することだろう。【江畑佳明】
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