06. 2013年8月30日 03:10:40
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気象庁は東海地震予知をやめてしまうのか!?「南海トラフ巨大地震」は予知できる!? 地震予知の“最前線”でズバリ聞く(2) 2013年8月30日(金) 渡辺 実 、 水原 央 日本で唯一、「地震予知のための観測」を続けてきた公的機関・気象庁。その観測の歴史は40年近く、世界でも有数のデータとノウハウの蓄積を誇る。しかし、内閣府の南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループが「現在の科学技術では地震予知は困難」と発表して以来、「もう予知なんて無理ってことでしょ」「予算の無駄なんじゃないの」というあきらめと否定のムードが世間を覆ってしまった。はたして気象庁は地震予知のための観測をやめてしまうのか!? 今回は“防災の鬼”渡辺実が、気象庁の地震予知担当者を直撃する! 難しい立場に置かれているという気象庁。はたして東海地震予知体制の未来は……? 東京・大手町の気象庁本庁舎を訪れているチームぶら防。前回は、全国の地震・火山活動を24時間365日、リアルタイムに監視している防災の最前線、地震火山現業室を訪問した。 そこは日本で唯一、大震法(大規模地震対策特別措置法)という法律に基づいて、公的機関が行っている、東海地震予知のための観測の現場でもあった。 だが、我らが“防災の鬼”、防災・危機管理ジャーナリストの渡辺実氏は、「いま、気象庁の東海地震予知体制は岐路に立たされているとみている防災関係者もいる」と指摘。約40年間データとノウハウの蓄積を続けてきた東海地震の予知体制が大きな変化の波にさらされているというのだ。 その直接のきっかけは、内閣府の南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ(以下、南海トラフWG)が5月28日に公表した最終報告書だ。「現在の科学技術では確度の高い地震の予知は困難」という一文を新聞・テレビが大きく取り上げ、「予知は困難!」と伝えた。そのため、国民的にも「なんだ、結局地震の予知はできないのか」「もう観測に税金を投じるのは無駄なのでは」と、あきらめと否定のムードが広がってしまったのだ。 一方で渡辺氏は、日本の地震研究者のコミュニティーのなかでも、「予知なんて不確実なものは地震学でやるべきものではない」「社会に甚大な影響を与える予知よりも、こつこつと純粋科学として地震のメカニズムを研究すべきだ」という強い意見があると指摘した。 ……と、ここまでは前回のおさらい。はたして気象庁は、東海地震予知のための観測をやめてしまう、という事態に追い込まれるのか!? 地震火山現業室を出たチームぶら防は、次なるインタビューのため会議室に案内された。 「最近、官庁に来ると、ちょっと一服できる場所がないんだよなあ……」というチーム唯一の愛煙家、渡辺氏の言葉は一同スルー。ほどなく、今回のキーマンがやってきた。 気象庁のなかでも唯一、部署名に「予知」の語を冠する、地震火山部地震予知情報課の、山本剛靖課長補佐だ。 快くインタビューに応じてくれた、気象庁地震火山部地震予知情報課の山本剛靖課長補佐 「お手柔らかに……」と、にこやかに席に着いた山本氏。「いやいや」と微笑み返した“防災の鬼”だったが、いきなりズバッと斬りこんだ。
「あの南海トラフWGの最終報告書が出て、影響はいかがですか。これからも東海地震の予知のための観測を、続けていくことができるんでしょうか。もっとはっきり言えば、これから来年度の予算折衝のなかで、気象庁としては東海地震予知観測関連の予算を計上していけるんでしょうか」 げげげ、いきなりそんなこと聞いちゃって大丈夫ですか?? 内閣府の報告書は「予知は不可能」なんて言ってない!? 語り合う山本氏と“防災の鬼”渡辺氏 いきなり核心に斬りこんだ渡辺氏。だが、地震予知情報課の山本氏はあくまで冷静だった。
「ご質問にお答えするには、いろいろなことをお話しする必要があると思います」 山本氏は最終報告書のプリントアウトをファイルから取り出した。 「ご承知の通り、実はこの最終報告書には、『予知は不可能』とは書いてあるわけではありません」 え、それってどういうこと?? あっけにとられるライター水原に渡辺氏はニヤリとして言う。 「実は、そうなんだ。最終報告書にはなんて書いてあるかな?」 山本氏の示す最終報告書の文章を、もう一度じっくり見てみる。問題の「現在の科学的知見からは、確度の高い地震の予測は難しい」という一文は、前後も含めて読むと、こうなっている。 <……以上からわかるとおり、現在の科学的知見からは、確度の高い地震の予測は難しい。ただし、ゆっくりすべり等プレート間の固着の変化を示唆する現象が発生している場合、ある程度規模が大きければ検知する技術はある。検知された場合には、不確実ではあるものの地震発生の可能性が相対的に高まっていることは言えるであろう>(原文) なんと、予測は難しいという文章の次に、「検知する技術はある」なんて書いてあるじゃないですか! 山本氏はうなずいた。 「そうです。地震の前兆となるかもしれない変化が、ある程度大きく起こっていれば、それを検知することはできるでしょう。 でも、地震のなかにはそうした前兆を見せないものもある。前兆となる変化があったとしても、ごくごく小さい場合もある。あるいは、前兆になると考えられているような動きがあっても、実際には地震が来ない場合もあるんです」 つまり、「前兆があった! さあ、地震が来るぞ」と、前兆と地震そのものを1対1に結び付けて考えることはできない、というのだ。 「さらに言えば、前兆と考えられる現象があってから、どれくらい後に地震が来るのかも明確ではないんです。地震の予知・予測では『場所・時間・規模』を示すことが重要ですが、それをはっきり示すことはまだできない。しかし、不可能だとは言っていない。最終報告書にも、『地震発生の可能性が相対的に高まっていることは言える』と書かれています。 つまりこれは、あくまで現時点での科学技術ではまだ、場所・時間・規模をはっきり示した予測は難しいと言う意味であって、地震予知はもう不可能だとわかった、というような内容ではないのです」 ふーむ。どうも最終報告書に関する報道を見て、ごく素人の私たちが受けた印象と、専門家の言いたかったことの間には、ずいぶん隔たりがあるようだ。 「むしろ、報道の仕方に大きな問題があったと言えるね」と渡辺氏は嘆息した。山本氏も苦笑いする。だが、“防災の鬼”は再び鋭く山本氏に問いかけた。 「しかし、それだけならあらためて南海トラフWGに指摘されるまでもないことですよね。 そもそも、予知推進をうたった大震法についてさえ、『予知できなかったらどうするか』『予知が外れたらどうするか』まで考えた運用がなされてきた。予知体制があるから、絶対に予知できる、なんて誰も言ってこなかったはずでしょう。 だからこれまでも、国や大震法の定める強化地域にあたる静岡県などは、『予知あり』『予知なし』の両方の場合を考えて対策をとり、訓練を繰り返してきたわけですよね。 それをいまさら、『予知は難しい』なんて内閣府が取り立てて発表した背後には、何があるんでしょうか? いまの東海地震の予知体制、さらには、その根拠となる大震法を、変えていこうという流れがあるとは感じませんか?」 「予知は困難」騒ぎの背景に防災の鬼が斬りこむ! 「どうでしょうか……」と一瞬、言葉に詰まった地震予知情報課の山本氏。 「いまのところ、気象庁の観測態勢を変えるという具体的な議論はありません。これは一番最初のご質問への答えにもなると思いますが、当面はこれまで通り、東海地震予知のための観測を続けますし、そのために必要な来年度予算も計上していくことになるでしょう」 渡辺氏はさらに踏み込む。 「しかし、観測体制を維持するなら、ですよ。今後、南海トラフ巨大地震を視野に入れなければならないときに、東海地方だけを観測していて、いいんですか。南海トラフに対応するためには、むしろ観測網を広げなければならないはずでしょう」 山本氏は慎重に言葉をついだ。 「まだ議論も始まっていないことについて、仮定や憶測を申し上げるわけにはいきませんが……。 しかし、おっしゃるように、今後、南海トラフ巨大地震を視野に入れて、体制の再構築をするとしたら、観測範囲を広げることもありうると思います」 「ようやく、僕が訊きたかったポイントまでたどり着いたよ、水原くん」と渡辺氏は膝を打って、熱くとうとうと語り始めた。 「山本さん、ここまでいろいろ話してくださったあなただから、お尋ねしたいことがあります。 このぶら防の連載第9回にも登場してもらったんですが、私は静岡県庁で危機管理部の危機報道監を務めている、岩田孝仁さんともよく話をするんです。 大震法の強化地域に指定されている静岡県では、この約40年間、住民も自治体も、防災訓練を重ねるなど、地震に強い街を作ろうと必死に努力してきた。 ひとたび、地震の前兆を気象庁がとらえたとなれば、総理大臣から警戒宣言が出されて、新幹線はもちろん強化地域内のすべての鉄道も止まる。工場も休業する。学校も休みになる。そして行政も住民も巨大な地震に備えるわけです。 彼らは、予知が成功しなかったり、外れたりした場合にどうするかも、当然検討しています。すべては大震法の精神に則って、この40年間、知識と経験を積み上げて築いてきた防災体制なんです」 山本氏も、そうですね、と大きくうなずいた。 「一方で、いま東海地震よりはるかに巨大で超広域な地域に甚大な被害を及ぼす、南海トラフ巨大地震の被害想定が出されました。そのために、巨大地震を前提とした防災計画なんて考えたこともなかった多くの自治体や住民が、厳しい現実に直面しているんです。 先日、高知県の黒潮町に行って、役場や住民の方々とお話しをしてきましたが、はっきり言ってみんな戸惑っていますよ。南海トラフ巨大地震の被害想定で、いきなり国内最大級の34mの津波が来るなんて言われて、もうどうしていいかわからないというんですね。 私は、南海トラフ巨大地震の、あの最大の想定は、ある種のサイエンス・フィクションだと思っているんです。これまでの歴史上、南海トラフで想定にあるような4連動地震なんて、起きたことがないですよね」 「いや、しかしそれは科学的にありうる最大の想定で……」と話す山本氏に、「ええ、それは知っています」と切り返す渡辺氏。 「しかし、私はこんな想定が出た一番の理由は、東日本大震災へのトラウマだと思っている。純粋なサイエンスというよりはね。 多くの研究者や行政担当者が、あの東日本大震災で自分たちが考えもしなかったM9.0という巨大な地震が発生して、甚大な被害が出たことでトラウマを抱えたんだと思うんですよ。 『もう二度と、<こんな事態は想定を超えていた>とは言いたくない』という気持ちや反省から、非現実的なまでに巨大な地震を前提として、内閣府は被害想定を行った。そして、その最悪の結果をストレートに公表したということではないのか。私はそう思うんです」 なるほど、たしかにはじめから超巨大な想定をしていれば、実際の災害は想定より小さくなる。想定外にはならないわけだ。ひと呼吸おいた渡辺氏は、「ただし」と付け加えた。 「国はあれを『最悪の被害想定だ』と言っているけど、そこには巨大地震による原発災害が想定されていないことを忘れてはいけないけどね。現実には南海トラフ巨大地震の想定震源域内には、浜岡原発と伊方原発が立地している。それについて何も言及していない以上、最悪の想定とは言えないだろう」 日本の公的地震予知の行方とは!? 山本氏と渡辺氏の議論は予定時間を大幅に超えて続いた しかしね、と渡辺氏は続ける。
「このままいけば、この南海トラフ巨大地震の想定に対応して、大震法の定める強化地域を紀伊半島や四国、九州と広げていくことになる。気象庁の観測地域が広がるかもしれないというのも、そういうことですよね」 渡辺氏はここがもっとも重要だと言うように、ズイッと前に乗り出した。 「それなら、その新たに指定される地域で、静岡県が積み上げてきたような防災対策――たとえば、建物の耐震化や津波防潮堤・水門の建設など、ハード面の整備。住民参加の防災体制。そういったものをどう作っていくのか。予算をつけたり、人手を割いたり、やるべきことは膨大になります。いきなり地方自治体にポンと任せて、対応できるものではない。 まして大震法の定めに従えば、ひとたび警戒宣言が出されれば、電車も止まる、工場も止まる、学校も休みになる。地域社会全体が一時麻痺するけれども、突然そんなルールを導入されて、各地方は本当に対処できるのか」 さらに、と渡辺氏は言葉を継いだ。 「予知には空振りもあるわけですが、南海トラフ巨大地震で想定される被災地は広大です。ひとつの警戒宣言で、その全地域の経済をストップさせてしまうことが、はたして日本経済全体にとって、受け入れられるのか。これは、地方だけでなく中央の経済界でもコンセンサスをとらなければいけませんよね。 ところが、そういう国民的な議論を行っていくという兆しが、いまはまったく見えない」 “防災の鬼”はどこか悔しそうにこう続ける。 「かつて、東海地震だけを中心に考えて大震法を作ったときには、私たち専門家や政治家、官僚、経済界の人々も、そういう議論をさんざんやりました。でも、いまはそれがない。だから、この巨大な南海トラフの被害想定に振り回されて、地方はみんな大変な思いをしているんです。 そんななかで、気象庁としては『観測態勢を広げていくかも』というようなことだけでいいんでしょうか? 政府の地震調査委員会は、南海トラフ巨大地震が今後30年以内、つまり21世紀前半に発生する確率が60〜70%と非常に高いと見積もっているわけでしょう。国民の生命に関わる重要な事案として、もっと大きな国民的な議論のなかで、気象庁の位置づけを考えていくべきではないですか?」 そう、これこそ“防災の鬼”が地震予知の現場で問いかけたかったことなのだ。予知・予測の精度が低いとか、外れるかもとかいう問題も重要だが、国の予知に対する姿勢によって、日常生活まで大きく変えられてしまう人たちがいる。その人たちに、どんなメッセージを国は打ち出そうとしているのか。 渡辺氏の話にじっと耳を傾けていた地震予知情報課の山本氏は、静かにうなずいた。 「そうですね、ご指摘の通り国民的な議論をしていく必要があるだろうという点では賛成です」 そして山本氏は、あくまで私見ですが、と前置きしてこう語ってくれた。 「まず、大震法そのものを廃止するとか、大きく変更する、ということにはならないと思うのです。地震の前兆を観測し、総理に報告するという意味では、気象庁の基本的な立場も変わらないでしょう。 ただ、大震法の運用に関しては、もっと柔軟にしていくことができるかもしれない。たとえば、地震の前兆があったからといって、いまのように何もかもを一度にストップさせてしまう必要があるのか。 わかりやすい例は、新幹線です。大震法の制定時と違って、いまでは新幹線には地震を検知して自動で止まる運行システムが採用されています。ならば、地震がひょっとしたら起こるかもしれない、という段階では、全部を完全に止めてしまうのではなく、徐行するのではいけないのか。 地震を受けとめる側のインフラや建物も耐震技術が進んでいますから、事態の切迫性に応じて、段階的な対応を決めていくことができると思うのです。そうすれば、社会が受け入れやすい形に対応策を緩和していくこともできるでしょう」 これには“防災の鬼”渡辺氏も「なるほど」とうなずいた。さらに山本氏は続けた。 「一方で、ご指摘の今後の気象庁の役割に関してですが、これはもう正直なところ、私たちは『まな板の上の鯉』の気分です。 シンプルに考えれば、より大きな範囲での地震に対応していくわけですから、先ほどお話ししたように観測態勢も、それに応じて大きな構えになっていくのでしょう。しかし、はたしていまの環境でそうすることになるのかどうか……。 私たちは観測を行い、結果を報告する官庁であって、地震国・日本の在り方の議論をリードするというような、大方針を決めていく立場にはありませんので……」 「それはつまり、内閣府に聞いてくれ、ということですか?」 渡辺氏はまたもズバリと斬りこんだ。さすがの山本氏も、これには苦笑いするしかない。 予知新技術導入にも学界という大きなハードルが まな板の上の鯉、と話す気象庁・地震予知情報課の山本氏だが、いまの「環境」で予知体制の拡大が可能なのかどうかは見通しが立たないようだ。方向性を決めるのは、内閣府での議論だということらしい。 だが、その立場は非常に難しいものだろう。とくに、前回渡辺氏が教えてくれたように、世間や学界の一部から、「予知のための観測なんてやるだけ税金の無駄だ」と突き上げを食っていたら、気象庁のほうから予算増額を訴えていくのはつらいことかもしれない。 長時間にわたったインタビューも終わりにさしかかった。最後に、ライター水原は取材開始以来、気になっていたことを尋ねてみた。 「話は変わりますが、気象庁がやっている地震予知のための観測って、結局、地震計・ひずみ計・傾斜計の3種類で、前駆すべり(プレスリップ)と呼ばれる現象をとらえよう、というものでしたよね? それを40年間続けてこられた」 「そうですね」と山本氏。 「でも、それって昔ながらの技術なわけですよね。40年前から、これが地震の前兆だろうと思われているものを追っている。そうではなくて、もっと新しい地震予知の技術みたいなものは、気象庁では開発されたりしていないんですか?」 そう聞いたのにはわけがある。南海トラフWGのなかでも、とくに南海トラフ地震の予測可能性について検討していた研究者の分科会、「南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会」。その報告書のなかに、ポツンと、こんな一文があったのだ。 <……電磁気学的な予測研究については、国際測地学・地球物理学連合(IUGG) のワーキンググループを中心に国際的な研究が進められており、統計的に有意な結果が得られているものの、発生場所及び規模の予測に不確実性がある>(原文) 「電磁気学的な予測研究」って何だろう? これまで気象庁がやってきた地震計での観測とはちがう、まったく新しい地震予知へのアプローチが存在するんじゃないんだろうか?? しかし、水原のとんちんかんな質問に、渡辺氏は肩をすくめた。 「気象庁は、自分自身で新しい予知の技術を研究・開発してはいないんだよ。ここは研究所じゃない。地震火山現業室で見せてもらったように、国が『これを観測する』と決めた事柄や現象を、ひたすら観測していくための組織なんだ」 でも、南海トラフWGの分科会は、「電磁気学的な予測研究では、統計的に有意な結果が得られている」と言ってますよね? それってすごいんじゃないですか? なぜ、取り入れないんですか?? 山本氏は「そうですねぇ……」とひと呼吸おいて話し始めた。 「電磁気学的な予測、という研究については、私たちももちろん承知しています。ただ、私たちとしては、新しい技術が出たら、何でもどんどん取り入れてみる、というわけにはいきません。何かあれば、実際に国民に警告を出す責任があるわけです。 ですから、新しい技術については、『この技術なら地震の予測に寄与するだろう』という、学界のしっかりしたコンセンサスが醸成されてから、導入を検討するという形になりますね」 でも、学界のコンセンサスが醸成された、ってどうやってわかるんですか? 何か新技術を導入する基準があるんでしょうか? そう問うと、山本氏は特別な基準があるわけではないですが……と渡辺氏と顔を見合わせた。 「学界のことですから、たとえば文部科学省の推本(地震調査研究推進本部)などの議論を待つことになります」 山本氏の答えに、渡辺氏はうーん、と苦笑いした。 予知の真実をめぐる旅はまだまだ続く! 新技術の導入には文部科学省所管の地震調査研究推進本部などでの議論が前提になる、と話す山本氏。渡辺氏はボソボソとひとりごちた。 「あそこは地震学界のオーソリティがズラリと並んでいるからなあ……。新しい研究成果が出たからといって『これはいい』とすぐに認めてくれるかどうか。まあ、権威というのはいつの時代もそういうものかもしれないけどね……」 とにもかくにも、気象庁はさまざまな権威や組織に取り囲まれていることはわかった。国として地震とどう向き合うか、大きな絵図は内閣府が描く。新しい地震予知の技術を採用するかは、文部科学省で議論される。 そんな微妙なバランスのなかで、日本で唯一の公的な地震予知を担う“現場”の官庁、気象庁はこの約40年間、こつこつと24時間365日の地震観測を続けているのだ。 山本氏と別れ、気象庁を出たチームぶら防。“防災の鬼”渡辺氏は、ようやく手にした仕事のあとの一服を終えると、力強く宣言した。 「水原くん。今回の、この国の地震予知に対する姿勢を問い直す旅は、長丁場になりそうだよ。しかし、最終地点はもう見えている」 え、どこですか? 「それはもちろん、すべてのおおもととなった、内閣府だよ。内閣府を直撃して、真意を問う。そうしなければ、最終的にこの国が地震予知とどう向き合おうとしているのか、わからないからね」 そうですね! でもその前に気になることもあるんですが……。 「ん、なんだい?」と渡辺氏。 気象庁のやってきた地震予知のための観測は、40年前から存在した技術なんでしょう。でも、地震予知の研究だって、40年間で進んだはずじゃないですか。その最先端を知らないままで、予知の未来を語れるんでしょうか? 「むう……科学少年だった水原くんの興味はそこへ行ってしまったか。結局、まだ確実な予知はできていないんだから、そっちはおいておいてもいいんだが……ボソボソ」 え、なんですって? 「いやいや、なんでもないよ。よし、わかった。それなら、日本を代表するような科学者たちの意見も聞いて、それから内閣府を直撃することにしようじゃないか。 だったら、最初に会っておきたい人がいるんだ」 渡辺氏があげたのは、いまや地震学での功績以上に、その発言・決定に日本中の注目が集まっている科学者だった。 「そう、原子力規制委員会で委員長代理を務める、島崎邦彦先生だよ。島崎さんと私は、もう長い付き合いだ。彼は地震学会の会長として、阪神・淡路大震災のあと、地震学界がどう地震予知と向きあっていくかの方向性を築いてきた人でもある。 科学者と話をするなら、まず島崎さんの話を聞きにいこうじゃないか」 こうしてチームぶら防は、一路、大手町から六本木に移転したばかりの原子力規制庁に向かったのであった。 地震予知の最新技術や悩める地震予知研究者の実像は如何に、次回ぶら防も乞うご期待! このコラムについて 渡辺実のぶらり防災・危機管理 正しく恐れる”をモットーに、防災・危機管理ジャーナリストの渡辺実氏が街に繰り出し、身近なエリアに潜む危険をあぶり出しながら、誤解されている防災の知識や対策などについて指摘する。まずは東京・丸の内からスタート。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130826/252590/?ST=print |