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糞便移植で病気治癒?腸内細菌研究の衝撃 病気・肥満・認知症に多大な影響
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150404-00010002-bjournal-bus_all
Business Journal 4月4日(土)6時0分配信
●腸内フローラ分析とは
この7年ほどで、腸内フローラ(腸内細菌叢)分析の分野において、画期的なイノベーションが起こっている。腸内フローラは、アレルギー、肥満とやせ、がん、糖尿病、うつ、認知症、アンチエイジングと、現代人の関心の高い健康の問題にことごとく関係している。英有力科学誌「Nature」も特集増刊を出版し、今年2月にはテレビ番組『NHKスペシャル』でも特集され話題となった。ビジネスでは、ヒトゲノムの分析よりも短期的かつ直接的に大きな影響があるだろう。
ひとりの人間が持つ腸内細菌は1〜1.5kgで、最大の臓器である肝臓と同じくらいの重さだ。細胞数は人体の60兆を超える100兆以上、種類は約1000種類あり、それぞれが相互に必要な物質を供給し合い、主に大腸の中で共生している。エコシステムというか、それ以上のちょっとした「宇宙」ともいえるだろう。腸内細菌の多くは、嫌気性で酸素に触れると死んでしまい、しかも他の菌と共生関係にあるので、99%は実験室で分離培養できない。だから、従来の研究のように糞便を酸素に触れないように取り出して、その中から一つの菌を単離培養して性質を調べるという方法では、分析がなかなか進まなかった。
しかし、2007年に服部正平東京大学大学院教授が、ヒトゲノムの解析で培った遺伝子解析技術を駆使して腸内細菌を「メタゲノム解析」したのがブレークスルーとなった。分離培養せず、13人の腸内細菌の遺伝子をまとめて調べたのだ。07年当時、一人の腸内フローラを調べるのに1000万円かかった分析費も、今では数万円程度にまで大幅なコストダウンがなされ、世界中の研究者がさまざまな人種や環境の人の腸内細菌を調べている。DNAが同じ一卵性双生児で、肥満と痩せで体形が異なる2人は、腸内細菌が違っているという。
●腸内フローラの重要性
(1)免疫系との関係
人の免疫システムの60%以上が腸に集中しているので、腸内フローラは人間の免疫がうまく機能するかどうかに大きく影響する。腸内フローラの働きによって、免疫機能を適切に働かしたり、抑えたりしている。だから、腸内フローラのバランスが悪くて免疫が過敏になるとアレルギーがひどくなるし、働きが鈍くなると免疫機能が弱り、病気にかかりやすくなる。そこで、腸内フローラの分析により、花粉症やアトピーをはじめとするアレルギーなどの免疫系病気の解決策を見いだせる可能性がある。この分野では、本田賢也慶応義塾大学教授が世界をリードしている。
次に、がんを引き起こすアリアケ菌なる腸内細菌も見つかっている。がん研有明病院の研究者が見つけた。大腸がんは、日本女性のがん死亡原因1位、男性でも20年に2位になるといわれており、腸内フローラの状態が大腸がんと密接に関係していると思われる。
さらに、最近では、抗生物質が特定種類の腸内細菌を減らしてバランスを悪くしてしまい、大腸炎を起こす可能性があることも確認されている。この治療に欧米で使われているのが、糞便移植法という豪快な治療法だ。健康な人の糞便を100gとり、内視鏡などで病気の人の大腸に直接入れる。テレビでも、何年も倦怠感が強くて動けなくなっていた人が、糞便移植を受けた翌日からピンピン元気になった例が放映された。
(2)代謝・肥満との関係
腸内細菌は、代謝・肥満との関係が深い。人間が分解できないものを分解してくれる細菌もある。例えば、海藻を分解する腸内細菌を日本人は持っていて、欧米人は持っていない。
最近、同じ量を食べていても太ってしまうデブ菌ともいえる腸内細菌の存在の可能性が報告された。前述の糞便移植を受けた患者は病気が治った一方で、62kgBMI26だった体重が移植の16カ月後に77kgBMI33まで増えてしまった。ドナーである実の娘の糞便に太りやすい菌が入っていたので、太りやすい体質になってしまったのだ。また、太りにくくなるやせ菌の報告も出ている。
(3)脳との関係
腸と脳は、血管・血液を通じて脳内でつくられた物質を取り入れ、相互に影響を与え合っている。このことを「腸脳相関」ともいい(『免疫力は腸で決まる』<辨野義己/角川学芸出版>)、腸のことを「第二の脳」ともいう(『セカンドブレイン』<マイケル・ガーション/小学館>)。臆病で活動的でないマウスと好奇心旺盛で活発なマウスの腸内細菌を入れ替えると、性格が入れ替わったという実験の報告もある。腸内フローラのバランスは、自閉症、うつ、認知症とも関係している可能性がある。
このように、がん、アレルギー、肥満、自閉症、うつ、認知症など、現代社会で注目される健康の問題に、腸内フローラがことごとく関係している。
●腸内フローラ分析の、ビジネスへのインパクト
足の速い分野でいえば、サプリ、健康食品の既存商品が、効果を証明することによって売り上げを大きく伸ばす可能性がある。どういう仕組みで体調がよくなるのか、どういう状態の人が、どういうかたちで摂ればいいのか、エビデンスを伴って科学的に解明されるからだ。
特に漢方薬への影響も期待できる。そもそも「医食同源」を標榜する漢方では、腸内細菌叢のバランスを重視している。また、腸内細菌叢の状態によって漢方薬の効き目が大きく違ったりする。この漢方薬の作用する方法や、効果が出る腸内フローラの状態を現代の実験科学の手法で実証すると、効果も売り上げも拡大する可能性がある。
一方で、効果が証明できなかったり副作用がはっきりしない商品は、売り上げを急減させるかもしれない。いずれにしても、すでにある大きな市場に直接関係するイノベーションなので、短期的に大きなビジネスになる可能性がある。
ビジネスとしては、「マイクロバイオーム」という言葉で調べていくと、さまざまなビジネスチャンスを知ることができる。マイクロバイオームとは、腸に加えて口腔、皮膚などの常在菌全般を指しており、すでに欧米ではいくつかのマイクロバイオームのべンチャーが出てきている。この分野の新規ビジネスは、概ね3つの種類がある。
(1)シークエンサー
腸内細菌を一挙に遺伝子解析する装置。メーカーおよび装置を使ったデータ解析サービスなどのビジネスがある。このイノベーションの基盤となるビジネスだ。
(2)特定の腸内細菌
効果・効用がある腸内細菌、あるいはそういう菌を育てるエサ(プレバイオティクス)を製造・販売するビジネス。既存の薬・サプリ・健康食の巨大市場を狙える。
(3)個人向けB2Cビジネス
個人の腸内フローラを調べ、個別の対応策を講じる消費者個人向けビジネス。アンチエイジング、エステなどの高額サービス商品で、マスの消費者に売り込むこともあり得る。
ビジネスの視点で見ると、ヒトゲノムの解析よりも腸内フローラ分析のほうに、速くて実利的な可能性を感じる。ヒトゲノムは解析し終わっても、期待ほどには身近に感じる革新的ビジネスがすぐには起こらなかった。
その理由の一つは、人間個人の遺伝子は変わらないのに対して、腸内フローラは食事や前述した糞便移植法で後天的に変えやすい。また、ヒトゲノムは、遺伝子解析を終えてから解決策を探しているが、腸内フローラではサプリ、健康食品など、改善法の候補がすでに世にたくさんある。その処方と作用の仕組みを実証することで、ビジネスがすぐに拡大する。
つまり、ヒトゲノムは個人の遺伝子がわかったところで、「さて何をすればいいか」という解がすぐには提示できなかった。それに対して、腸内フローラは調べた後に打てる現実的な対策の候補がたくさんある。だから、ビジネスとしてすぐに成立する可能性が感じられる。
想定例としては、アンチエージングサービスとして、定期的に各個人の糞便をメタゲノム解析し、腸内フローラの状態に合わせて最適な細菌を腸まで届くカプセルに入れて処方するというような企業が出てくるかもしれない。それで、食べても太らず、アレルギーが軽減され、肌もきれいになり、うつや認知症の予防になるとなれば、富裕層で毎月何万円も払う人がいてもおかしくないだろう。
ところで、話は少しそれるが、個別化医療は病気の治療よりも予防のほうに効果が大きいとされている。がんになってしまったら、治療法の選択肢はそう多くない。しかし、がんになる経緯はまさに千差万別、その人の遺伝子、腸内細菌、生活習慣によって違うため、その予防こそ個別対応で手を打たなければならない。個別化予防に一番効くのは、腸内フローラのメタゲノム解析と、それに応じた適切な細菌バランスの構築だろう。
●科学としての位置づけ
この腸内フローラの話は、科学の方法論としても面白い。ほぼ無限に近い種類ある腸内細菌のシステム全体を把握しようとする点で、最近はやりのビッグデータ解析や人工知能の技術が必要となる。また、モデルをつくるためには、人工生命のシミュレーションが役立つかもしれない。
そもそも20世紀においては、「遺伝子の競争戦略」などとはやし立てられる中で、弱肉強食の世界を生き残るために機能を先鋭化した遺伝子の振る舞いを探っていた。しかも個人は、自分の遺伝子を知ることはできても変えることはできない。なんとも勇ましくも角の立った決定論的世界観であった。
これに対して、腸内フローラの研究は、ほぼ無限ともいえるヒト以外の多様な細菌の遺伝子が共生することで、変化しながら均衡を保ち、維持存続するさまを探っている。そこでは、多様性、冗長性、自律性、共生の原理が支配しており、しかも個人にとっては変更可能なものである。なんとも緩くて複雑系でもあり、21世紀的な科学であって意義深い。
(文=小林敬幸/『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』著者)
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