02. 2014年10月10日 06:52:40
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依存症ビジネス――「廃人」製造社会の真実 【第1回】 2014年10月10日 デイミアン・トンプソン,中里京子 カップケーキ、iPhone、鎮痛剤 ――21世紀をむしばむ「3種の欲望」とは? iPhone、フラペチーノ、危険ドラッグ、お酒、フェイスブック、アングリーバード、オンラインポルノ……。私たちはなぜこんなにも簡単に「病みつき」になるのか? 約15年間、自らもアルコール依存に陥っていた記者が、綿密な取材と実体験をもとに著した『依存症ビジネス』は、テクノロジーとビジネスの共犯関係、さらに社会が依存症を生み出すカラクリを暴いた。こうした現象は、「危険ドラッグ」にまつわるニュースが日常に溢れ、スマホゲームへの課金が社会問題になった日本人にとっても、決して無関係ではない。第1回となる今回は、いかに我々が「ついつい手が出るもの」に囲まれているのか、そしてそこに潜む危険性についてレポートしよう。私たちを取り囲む「無害を装う」モノたち 21世紀のカップケーキ、それは驚くべき代物だ。たっぷりかけられた砂糖衣やバタークリームの重たい層の下で、素朴なスポンジの土台がうめき声をあげている。それは子どものバースデーケーキに似せて作られたもの。たしかに「誕生日」は、近所のしゃれたベーカリーにいそいそと出かけ、カップケーキを大箱に詰め込んで買ってくるには格好の口実だ。 カップケーキのレトロな魅力は、糖分や脂肪分のとりすぎといった懸念を押しやってくれる。「お母さんの味!」――広告はそう謳う。たとえお母さんにカップケーキを焼いてもらったことがなくても、お利口さんぶったパステルカラーの砂糖衣を見れば、ひと口食べたとたんに幼い頃の思い出に浸れるような気がしてくる。そんな食べ物が、ジャンクフードのはずがない……そうだろう? お次は、現代の暮らしのどこにでも顔を出すもう1つの製品、iPhone。もともと、クールさを顕示する自意識過剰なガジェットだったiPhoneも、アップル社の天才的マーケティングのおかげで、今では車の鍵と同じぐらいありふれたものになってしまった。 無数とも思われるiPhoneの所有者は、大量のアプリを使っている。その機能は、GPSを利用した位置情報から、時間を浪費することがわかっていてもどうしてもやってしまうゲームまで、多種多様。iPhoneにそなわっている機能は、携帯電話に必要なものをはるかに超えている。だとすれば、アップルがつい先日発売した新製品に買い替える必要などないだろう……それとも? そして、バイコディンがある。アメリカでもっともよく処方されている鎮痛剤。というより、アメリカでもっともよく処方されている「お薬」だ。2010年に発行された、バイコディンの処方箋は1億3000万枚。そして同じ年、バイコディンが属す麻薬性鎮痛薬のクラス用に発行された処方箋は、合計2億4400万枚におよんだ。 バイコディンは強い薬だ。ヒドロコドン(習慣性のあるアヘン類縁物質(オピオイド))とパラセタモール(習慣性はないが、多量に摂取すると肝機能障害を引きおこす)という2種類の鎮痛剤が配合されている。この薬のそもそもの目的は、病院の待合室で悲鳴をあげてしまうほどの激痛、つまり、ぎっくり腰や、虫歯が巣くった親知らず、末期癌といった症状がもたらす耐えがたい痛みの緩和だ。 こうした薬をこれほど大量に飲んでいるとすれば、アメリカ人たちは、ひどい痛みにさいなまれているに違いない。いやそれとも、何百万人ものアメリカ人たちは、たいして悪いところもないのに、バイコディンがもたらしてくれる、心地よくてうっとりするような幸福感なしには、すませられなくなってしまったのだろうか? カップケーキとスマートフォンと一般的な鎮痛薬。まったく無害に見えるこれら3種の製品は、職場のデスクの上に置きっぱなしにしても、だれも眉をひそめたりはしない(カップケーキは食べられてしまうかもしれないが)。3つすべてを一度に利用することだってわけない。スマホでメッセージをチェックしながら、腰の痛みを抑えるためにバイコディンをコーヒーで流し込み、おいしいカップケーキのトッピングをつまめばいいのだ。 しかし、この3種類のありふれた製品は、どれもやっかいな問題をもたらす可能性がある。というのも、これらは、依存的行動、それも無防備になっているときに、こっそり忍びよってくるような依存的行動を強めかねない欲望の対象であるからだ。これから見ていくのは、たとえその事実に気づいていなくても、そして完全に依存症に陥ることがないとしても、いよいよ私たちの多くが何らかの形の依存的行動に引き込まれつつある社会環境だ。 「自分にごほうびをあげる」という危険な習慣 現時点ではまださほど顕著にはなっていないものの、21世紀初頭の社会に生じたもっとも影響力のあるトレンドとは、気分を向上させたいときはいつでも、自分に報酬、すなわち「ごほうび」を与えるという習慣がますます強まったことだ。 あともう1個食べようと、オーガニック・チョコレートに手を伸ばすとき、あともう1回だけ、仕事に出かける前にモバイルゲームの「アングリーバード」で遊ぼうとするとき、あるいは、こっそりブックマークしたポルノサイトに新着コンテンツがアップされていないかどうかチェックするとき、その行動は依存症に陥っている者のそれによく似ている。当の行動は、無害のものもあれば恥ずべきものもあるが、いずれにしても、人間にそなわる依存傾向を強めるものであることには変わりない。 この傾向が人間にそなわっているわけは、そもそも人間の脳が、即座に手に入る短期的な報酬を求めるように進化してきたからだ。私たちの祖先は、高エネルギーの果実をその場でむさぼり食ったり、性的刺激にすぐ反応したりしなければならなかった。そうしていなければ、あなたも私も、今、この世にはいないだろう。 問題は、もはや身体的にも必要としておらず、種としての存続にも何の意味もないような報酬に満ちた環境を、私たちが築いてしまったことにある。たとえ必要のないものであっても、そういったものは報酬であるため――つまり、脳の中で期待感と快楽といった特定の感情を引きおこすため――私たちはつい手を伸ばさずにはいられない。 言いかえれば、私たちは「すぐに気分をよくしてくれるもの=フィックス」に手を出してしまうのだ。 依存症は、本当に「病気」なのか? 「フィックス」という言葉を聞くと、哀れな依存者の姿が目に浮かぶ。薬物依存者が薬物を「フィックス」と呼ぶ理由は、お気に入りの薬物を摂取すれば、一時的に「修理(フィックス)」されたような気分になるからだ。それは不思議でもなんでもない。大量の薬物にさらされた依存者は、化学的報酬に頻繁に依存するようになり、その脳は、化学物質が至福感をもたらしてくれる瞬間を待ちのぞんで過敏な警戒状態に陥る。しかし、いったん耐性ができてしまうと、薬物は至福感をもたらすよりも、ただ不安感と身体的不快感を忘れさせ、心身を正常な状態に戻してくれるものにすぎなくなるのだ。 この点までは、だれもが同意しており、異論を唱える者はいない。だが、依存症の専門家はさらに先に進む。依存者の脳は、そうでない人の脳とはもともと違うと言うのだ。依存者は「依存症という病気」によって、報酬を追いもとめるように強いられている、と。 私は、この説に真っ向から対立する。つまり、もし、あなたがチョコレート・クッキーを吐きたくなるまで食べつづけるとすれば、それは、ヘロイン依存者を過剰摂取に導く行為のマイルド・バージョンにふけっているのと同じなのである。もちろん私は、この2つの状況がまったく同じものだと言っているわけではない。この2つの状況は、「依存」という、だれもが陥りかねないスペクトル――軽いものから重いものまで、境目なくつながっている連続体――の異なる点に位置している、と示唆しているだけだ。 蔓延する依存症の裏に潜む 「テクノロジーと社会の共犯関係」 さらに、より重大なのは、私たちの多くが今、このスペクトルの危険なほうの端に引きよせられているという事実である。それを駆りたてているのが、私たち人間のもっとも根本的な本能――欲望――を刺激するテクノロジーと社会の変化だ。 現代ほど、自分の気分を変えてくれそうに見える魅力的な物や経験がこんなにも多量に手に入る時代はない。 たとえば、今、私たちの「フィックス」は、フェイスブックやツイッターといった、友人の輪を操作できるソーシャルネットワークによってもたらされることがよくある。まるでiPhoneのアプリでもあるかのように、人々を「インストール」したり「削除」したりするのは、気分を変えることができるこずるい手段だ(もちろん、自分が削除されたときに思いきり腹が立つのは言うまでもないが)。これはモノを消費するのと同じ経験である。 依存症について語る際には、たとえそれが取るに足らないことであっても、あるいは命に関わるたぐいの問題であっても、「欲望」というコンセプトが、「快楽」のコンセプトと同じぐらい重要になる。というより、たいていの場合、欲望は快楽より重要だ。なぜかと言うと、フィックスを手にすることへの期待感は、フィックスを消費した瞬間に得られる満足感に勝るからだ。消費したあとは、期待したほどではなかったという感覚がよく生まれ、そう感じると、心の中で子どもじみた怒りが爆発することがある。フィックスは私たちを幼児化する。ゆえに私たちは子どもたちと同じように、常に――そしてやっかいなことに――もっともっと欲しいと求めつづけるのである。 (続く) ※本連載は、『依存症ビジネス』の一部を抜粋し、編集して構成しています。 http://diamond.jp/articles/-/60167 |