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連載:ジエンド・オブ・イルネス 〜 がん治療医がたどり着いた「病気の真実」
2013. 10. 9
第3回 なぜ、我々はがんに勝てないのか?(その3) がんは遺伝子がもたらす病気ではない
著者プロフィール
デイビッド・B・エイガス氏 米国南カリフォルニア大学(USC)ケック医学校教授、USCビタビ工学校教授、USCウエストサイド・がんセンター長および応用分子医学センター長。プロテオミクスとゲノミクスを応用したがん予防法の開発に取り組む。アップル創業者である故スティーブ・ジョブズ氏の担当医も務めた。
連載の紹介
なぜ人類は、がんに打ち勝つことができないのか? 気鋭のがん研究者がまったく新しいアプローチで病気や健康の真実に迫り、米国で50万部のベストセラーになった『ジエンド・オブ・イルネス:病気にならない生き方』(日経BP社、野中香方子訳)が、このほど出版されました。本コラムでは、その一部を抜粋して紹介します。
長く私たちは、何ががんを引き起こすのか、あるいはなぜ腫瘍が成長するのかを知らなかったが、がんは全身のシステムの問題(手術や薬では治せない、深刻な機能障害)に関わるものだと漠然と予感していた。
がんは現代病であり、工業社会の罪、たとえば公害、ファストフードや加工食品、環境汚染が、その罹患率を急上昇させているという見方もあるが、私はそうは考えていない。確かに、がんは、物が過剰な現代文明の象徴のように見えるが、人類と同じくらい昔から存在し、古代の記録にも残されているのだ。紀元前3000年から同1500年までに記された、七つのエジプトのパピルスには、がんの症状に一致する記述がある。特に「エドウィン・スミス・パピルス」(1862年にエジプト、ルクソールの古物商からこの長さ4.5メートルのパピルスを購入したか、くすねとった人物にちなんで名づけられた)には、胸部の腫瘍か潰瘍の、八つの症例が記されている。おそらく紀元前17世紀頃に書かれたもので、この病気の治療法は知られていない、とあり、熱した器具で患部を焼く「焼灼術」を勧めている。
今日の外科手術や放射線治療も、基本的にはそれと同じだ。違いは、現代では鋭利なメスと、ありがたいことに麻酔があるということだけだ。古代エジプト人は、腫瘍が良性か悪性かによって、異なるプロトコルを発達させた。これには、皮膚腫瘍の切除も含まれる。悪性腫瘍に対しては、複数の要素からなる対処法が示され、オオムギ、ひまし油、ブタの耳なども推奨された。人間ががんにかかったことを示す最も古い証拠は、青銅器時代の女性の頭蓋骨で、紀元前1900年から同1600年までのものだ。その腫瘍痕は、頭頸部がんに似ている。また、2400年前のペルーのミイラには、メラノーマ(悪性黒色腫)がはっきりと残っている。
それから数千年が過ぎたが、その間も人間は、老いも若きも体をがんに破壊され続けてきた。より近い古代の医師のなかでも、最も洞察力があり、明敏であったのは、ローマ帝国時代(紀元2世紀)のギリシャの医学者、ガレノスで、解剖学、病理学、薬理学などがまだ揺籃期にあった時代に、疾病に関する理論をいくつも提唱した。医術を実践しながら、ガレノスはヒポクラテスの医学を研究し、その普及に貢献した。よく知られるように、ヒポクラテスは古代ギリシャ時代、紀元前400年頃の医師で、健康について多くの説得力ある理論を確立し、「医学の父」と呼ばれている。その生理学的で理性的な観察は、近代医学の土台となった。ヒポクラテスは、病気は自然に生じるものであり、迷信や神がもたらすものではないと述べた最初の人物である。さらに彼は、初めて、悪性腫瘍と良性腫瘍の違いを描写した。体の各部のがんを詳述し、進行して潰瘍化した状態を「カルキノス(karkinos)」と名づけたが、それはギリシャ語で「カニ」を意味する。
がんがカニのように見えるかどうかは別として、カニのイメージはヒポクラテスにとってふさわしいものだった。彼が描写しようとした腫瘍は、周囲に炎症を起こした血管の隆起があり、四方に脚を広げて砂の中に埋もれているカニを連想させたのだ。彼が念頭においていたのは、内臓のがんではなく、体の表面に近いか、表面にあるがん(胸、皮膚、首、舌などの腫瘍)だったのだろう。
ヒポクラテスの理論を土台として、ガレノスの概念は築かれた。そのいくつかは、がんの特徴を正しく捉えている。ガレノスはがんを、「治りにくく容赦のない体の一部」と表現し、そのメカニズムをこう説明した。
広範囲に及ぶ過剰な「黒胆汁」が、がんを根づかせ、簡単に除去できないようにしている。黒胆汁は全身に侵入し、それに伴って腫瘍も広がる。これらの腫瘍を切除するのは難しい。なぜなら、黒胆汁がその切除跡を満たすだけでなく、ほかの腫瘍を成長させるからだ――。
洗練された医学用語もなければ、当然ながらシーケンサー(遺伝子解析装置)や顕微鏡もない時代に、ガレノスは、がんの一般的な性質と、その全身への広がり、増殖、再生について、実に的確に描写したのである。
ガレノスの理論の多くはルネサンス時代まで受け継がれ、19世紀に至っても、医学生はガレノスの著作を学び続けた。19世紀になって、顕微鏡でがん細胞を調べた病理学者は、皮肉な事実を発見した。がんの実体は「黒胆汁」などではなく、異常に増殖した私たち自身の細胞だったのだ。もっとも、境界を破壊し、他の組織を略奪する手に負えない存在、という意味では、黒胆汁と同じと言えるかもしれない。がん細胞に共通して見られるのは、異常な形状だけでなく、盛んな細胞増殖、止めどもなく進む、コントロールの利かない細胞の成長である。
遺伝子について言えば、がんは遺伝子が変異した後に生じる。正常な細胞では、遺伝子が、いつ、どのように細胞分裂すればいいかを指示している。いくつかの遺伝子は分裂を促すアクセルのような働きをし、別の遺伝子は、それを抑制するブレーキの役目を果たしている。たとえば、傷ついた皮膚が治癒するときに、傷が治れば細胞の再生が止まり、過剰な皮膚の塊ができないのは、この促進と抑制の絶妙なバランスが保たれているからだ。しかし、がん細胞ではそのバランスが崩れ、「進め」の信号だけが光り続ける。したがって細胞は、いつ成長を止めればいいのか、わからなくなるのだ。
がんは、細胞の成長が制御できなくなった結果だが、さらに重要な特徴は、それが進化し続ける、ということだ。人は、がんを、機械的に増殖していく静的な細胞と見なしがちだが、がんはもっと賢く、動的である。がん細胞の新たな世代が生まれるたびに、新たな変異が起きる。さらに厄介なことに、がんは化学療法にさらされると、変異して薬物耐性を持つことがある。つまり、抗生剤を使うと耐性菌が生まれるように、抗がん剤は薬物耐性がん細胞を生み出す恐れがあるのだ。
ここでもう一度、遺伝子レベルでがんを見てみよう。進化が選択したのは、がんの「外見」であって、「遺伝子」ではない。つまり、がんの遺伝子はそれぞれ異なるが、外見はどれも似ているのだ。たとえば、乳房、大腸、肺、脳、あるいは前立腺などにがんをもたらす遺伝子の変異は、数十種あるかもしれないが、がんの振る舞いは、どれも似たりよったりだ。乳がんは、人によって遺伝子の基盤は異なるはずだが、顕微鏡で見ると、その腫瘍細胞はどれも同じに見える。また、乳がん細胞とほかの臓器のがん細胞の外見は、とてもよく似ている。つまりがん細胞は、どこに発生したものであっても、見かけと振る舞いに多くの共通点があるのだ。これは、がんを理解するうえで重要なポイントである。
しかし、科学者はもっぱら、がんをもたらす遺伝子の変異ばかり追ってきた。がんは遺伝子がもたらす病気ではない。むしろ細胞が遺伝子の変異を利用して、ある特定の外見や振る舞いをする病気なのだ。したがって、がんを治そうとしてある変異の道筋を封鎖しても、がんはまた新たな道を巧みに見つけるのである。(次回に続く)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20131009/368341/?ST=overview&rt=nocnt
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