http://www.asyura2.com/13/hasan84/msg/238.html
Tweet |
首相をはじめとして公的なウソが何故ここまでまかり通るのか?
国民は考えなしにその思いを直ぐ吐露し、だよねーを欲し分かり易いを当然とするのか?
現在の日本の状態とは、電子宗教改革を早急に仕上げ、国民をコクミンからセカイコクミン=敬虔なbeingに仕立てなければならない時である。
以前から政治家よりも経済学者のいい加減さに疑問を感じていた。学者というよりは広報マン。己の言葉になんの責任をとらないのは個人の資質以上のものがあるはずだ。
安部首相にも同じ臭いを感じる。要するに彼は経済の宣伝マンなのであり、宣伝広報マンとはそもそも政治家でも学者でもない、ただその様な存在である。ここからそれの妄想的解説を試みよう。
その昔、一神教的"支配"には人間はコクミン=beingでなければならなかった。今もそうだが支配を大きな儲けに繋げるにはそれに次いで神的進歩時間概念、comingを必要とするのである。
支配を儲けに繋げるにはcomingの活性化が必須である。
その時こそ経済学者の出番なのだ。
神的な"流れ"には真実はなく、事後的でしかないからね。それ故責任がない。信仰が全て。(現実に合致する事もある)
comingの真実とは"信じること"である。これぞ神実。
つまり、コクミン経済からセカイ経済へ日本は移する時。経済とは誤訳でしかない。それは儲けの方策。
国民よりもセカイが大事は当たり前。
新しい中世への変革期に論理を説いても通用しない。
かくして指導者は神官、広報者となり、敬虔なコクミンは正直になったのである。
Twitter というリアルタイム懺悔装置により、内面は消失し、外面出来事的世界がやってくる。
安い 便利 安心のセカイである。
この先には原子宗教改革と人体市場主義、そして人類補完世界が待っている。
シアワセナラシンデモイイ!
- 補足 山鳩ポスト記者 2013/12/01 18:07:15
(0)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。