04. 2013年11月13日 20:02:17
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「金利オーナス」で財政はどうなる?改めて財政再建について考える(上) 2013年11月13日(水) 小峰 隆夫 日本の財政についてはほとんど語り尽くされており、財政事情が厳しいことは誰もが知っている。しかし、語り尽くされている割には、一向に事態は好転していない。消費税の8%への引き上げ問題が一段落し、これから2015年度の予算編成を控えているという段階で、財政論議はこれから再び注目されることになるだろう。また、今回の一連の消費増税騒ぎで改めて分かってきたことも多い。この時点で、改めて日本の財政について考えてみる必要がありそうだ。 毎度のことだが、以下の内容は、私が「経済政策論」という大学院の講義で説明していることを基本にしている。 日本の財政事情を再確認すると 財務省は、10月に「日本の財政関係資料」という冊子を更新して、ウェブサイトで公開している。財政に関する基本資料を、図表を中心に分かりやすく整理してあって大変便利である。また、国際比較という点では、OECDが毎年2回“Economic Outlook”という資料を出しているのだが、この巻末に Statistical Appendix という統計集がある。これまた大変便利な資料集である。単に統計を集めただけではなく、「構造的財政収支」「プライマリー・バランス」「国際的に定義を統一した失業率統計」「潜在GDP」など、複雑な計算を施さなければならない数値まで掲載されている。私などは三拝して感謝したいほどのありがたい資料集である。私の授業で財政問題を取り上げる時は、最初にこの2つの資料の抜粋を配布して、財政の現状を概観することにしている。 これら資料から確認される主なポイントは次のようなことである。 第1に、フローという点で見ると、日本の財政赤字の名目GDP比は2013年で10.3%となっており、主要先進国中で最も大きい。ちなみに、OECD全体の平均は4.3%である。なお、財政が破綻したギリシャは2012年は10.0%だったが、2013年には4.1%に低下している。 第2に、ストックという点で見ると、日本の公的部門の債務残高の名目GDP比は2013年で228.4%となっており、これも主要先進国中で最も大きい。OECD平均は111.9%、ギリシャは183.7%である。 なお「日本の財政問題は大したことはない」という論者が、しばしば、日本の公的部門は負債の一方で資産も保有しており、ネットの純債務残高を見れば危機的なレベルではないという議論をすることがある。ネットで見た場合は、確かに純債務残高のGDP比は145.2%に下がる。ただし、次のようなことがあるので、全然安心するわけにはいかない。 まず、公的部門が資産を持っているのは日本だけではないから、OECD平均もまたネットで見ると、この比率は74.0%に下がる。グロスで見ても、ネットで見ても、債務残高のレベルがOECD平均の2倍であるという事実に変わりはない。また、そもそも日本の公的資産のかなりの部分は将来の年金支払い用の積み立て金なので、勝手に使うわけにはいかないものだ。 第3に、債務残高の名目GDP比率が上昇経路に乗っている。この比率が無限に上昇することはありえないので、このことは日本の財政がいつかは破綻するということを意味している。つまり、持続可能(サステナブル)でないということだ。 この債務残高の名目GDP比率の上昇がストップする条件は2つある。1つは、基礎的財政収支(プライマリー・バランス、政策的経費と税収を比較した収支)が均衡または黒字であることで、もう1つは、名目成長率が長期金利以上であることだ。 ところが、日本の財政の現状は、この2つの条件を全く満たしていない。まず、国・地方を合わせた政府の基礎的財政収支の赤字は2013年で名目GDPの8.5%にも達している(OECD平均は2%の赤字)。また、直近10年(2004〜2013年平均)についてみると、名目金利は1.3%でかなり低かったのだが(金利については、OECD平均がないので、ユーロ地域の平均で見ると3.8%)、名目成長率はマイナス0.4%であった(OECD平均は3.6%)。債務残高の名目GDP比は、完全に上昇経路に乗っていることが分かる。 財政再建目標は達成可能なのか では、これに対して日本政府はどう対応しようとしているのか。これについては、2013年6月14日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太方針)」の中で財政再建の目標が明示されている。それは次の3つから構成されている。 第1は、2015年度の基礎的財政収支の名目GDP比を2010年度に比べて半減させることであり(具体的には2010年度の赤字のGDP比は6.6%だから、2015年度のGDP比は3.3%が目標となる)、第2は、基礎的財政収支を2020年度までに黒字化することであり、第3は、2020年度以降、債務残高の名目GDP比を安定的に引き下げていくことである。 さて問題は、こうした公約が実現できるかどうかである。これを判断する材料は2つある。1つは、8月8日に閣議了解された「中期財政計画」であり、もう1つが同日、内閣府から公表された「中長期の経済財政に関する試算」である。「中期財政計画」というのは、政府が向こう数年間の財政運営の基本方向を示すもので、これに基づいて翌年度の予算編成が行われていくというものだ。「中長期の経済財政に関する試算」というのは、同じく向こう数年間について、経済条件を仮定した上で、財政の姿がどうなるかを展望したもので、毎年、中期財政計画と併せて公表される。 なお、「内閣府試算」の資料には、わざわざ「この資料は内閣府が作成し、提出するもので、閣議了解の対象ではない」と明記してある。なぜ一方は閣議で了解され、もう一方は単なる公表資料なのかについては、役所同士ではうるさい議論があるようだが、外から見ている分にはさっぱり分からない。ここでは、両方とも政府から公表された資料なのだから同じようなものだろうと気楽に考え、両者一体で議論することにする。 まず、前述の第1の目標「2015年度の基礎的財政収支赤字の名目GDP比を2010年度から半減する」という目標について考えよう。 一般に、今回の中期財政計画は、「どのように財政再建を進めていくかの具体策がない」と酷評された。実際のところ、中期財政計画を見ると、第1の目標をいかに達成するのかについては、「国の一般会計の基礎的財政収支赤字額を、2014年度19兆円程度、15年度15兆円程度とし、これをもって、国・地方の基礎的財政収支赤字対GDP比の半減目標の達成を目指す」としか書いていない。肝心の消費税がどうなるのかは出てこないし、目標は「国・地方を合わせた基礎的収支」なのに、計画では「国の一般会計の基礎的財政収支」のことしか出てこない。確かに、これでは公約が達成されるのかをチェックすることはできないから、酷評されたのも無理はない。 しかし、それは「中期財政計画」だけを見ているからであり、内閣府試算も併せて眺めると、ある程度の評価が可能となる。 内閣府試算は、消費税率が予定通り引き上げられる(14年4月から8%、15年10月から10%)とした上で、経済の前提を2つのケースに分けている。1つは、「経済再生ケース」であり、2013〜2022年度の平均成長率は、名目3%程度、実質2%程度、消費者物価上昇率は、中長期的に2%程度で安定的に推移するというケースだ。要するに、政府の思惑通りの経済が実現するとした場合の姿である。 もう1つは、「参考ケース」で、2022年度までの成長率は、名目2%程度、実質1%程度、消費者物価上昇率は1.2%程度というケースだ。要するに、経済が思ったようにはデフレから脱却できないとした場合の姿である。 この2つのケースの試算結果を見ると、経済再生ケースでは15年度の国・地方の基礎的財政収支赤字GDP比は3.3%となり、目標を達成できるが、参考ケースではそれが3.5%となり、目標は達成できないこととなっている。この時の経済再生ケースの国の基礎的財政収支赤字額は、14年度23.7兆円、15年度19.4兆円となっており、前述の中期財政計画の一般会計ベースに相当するものと考えられる。 以上、長々と述べてきたが、結論は「消費税率が予定通り引き上げられ」「政府が思い描く経済の姿が実現し」「中期財政計画で示されているような歳出抑制が行われる」という3つの条件がそろえば、15年度についての財政再建目標は実現できるということである。 この3つの条件がそろうかどうかは不透明で、結構難しいという気もするが、一応は15年度公約は「頑張れば実現可能」ということであろう。 実現が難しい20年度目標 次に、2020年度に基礎的財政収支を黒字化するという目標について考えよう。 これについては、結論は簡単だ。内閣府試算によると、経済再生ケースの下でも、2020年度の国・地方を合わせた基礎的財政収支は12.4兆円(名目GDP比2.0%)の赤字が残るという結果になっている。経済再生ケースでも達成できないのだから、参考ケースではさらに達成できないのは当然だ。参考ケースでは、2020年度の基礎的財政収支は17.9兆円(名目GDP比3.2%)もの赤字が残ってしまうとされている。 ではどうするのか。この点について前述の中期財政計画は「基礎的財政収支対象経費の対GDP比を着実に縮小させるとともに、税収等についても対GDPで拡大させていく必要がある」という、極めて当然のことを、極めて抽象的にしか述べていない。 常識的に考えれば、「基礎的財政収支対象経費の対GDP比を着実に縮小させる」ためには、社会保障経費をカットするしかない。今後間違いなく増加が見込まれているのは社会保障経費だからだ。また、「税収等の対GDP比を拡大させる」には、消費税率をさらに引き上げるしかない。しかし、社会保障経費を本格的にカットしようという動きは見られないし、消費税をさらに引き上げようという議論も出ていない。 要するに、消費税が予定通り10%に引き上げられ、経済が政府の思惑通り好転したとしても、2020年度に基礎的財政収支を黒字化するという公約は達成できないと、政府自らが認めているのだ。私も、この公約はまず達成不可能だろうと考えている。 このことは大変重要なことであり、かつ上記のように政府の公表資料からも自明のことである。しかし、この事実は驚くほど一般の人々に認識されていない。事実、大学院の授業でも、以上の指摘に「知りませんでした」と驚く大学院生がほとんどであった。 2020年度に向けての公約が達成不可能であることは、今後時間の経過とともに、よりクリアになっていくだろう。現時点で多くの人が真剣に認識していないという事実は、それが明らかになった時、かなり激しい認識ギャップの修正が起きる(つまり財政の将来に失望する)ことを意味している。それが、日本国債の信認が揺らぐという事態につながっていかないことを祈るばかりである。 2020年度以降の悪夢のシナリオ さて、ここまでの議論でも十分日本財政の厳しさを理解できたと思うのだが、議論はまだ終わらない。最後に「2020年度以降、債務残高のGDP比を引き下げていく」という第3の目標について考えよう。 この点については、「金利ボーナス」から「金利オーナス」への変化ということを考える必要がある。今、国債金利(長期金利)が、低下局面から上昇局面に移行するとしよう。金利が低下する局面で過去の債務を借り替えていくと、債務残高は変わらなくても利払い費は減少していく(利払い費は債務残高×金利だから)。これが「金利ボーナス」である。しかし、逆に金利が上昇し始めると、財務残高は不変でも利払い費は増加する。これが「金利オーナス」である。 これまでの日本の財政はまさしくこの「金利ボーナス」の恩恵をフルに受けてきた。日本の公債残高は2000年の166兆円から2012年には705兆に増加しているのだが、利払い費は10.8兆円から8兆円へと減少している。債務残高は4.2倍も増えたのだが、金利が5分の1になった(2000年6.1%→2012年1.2%)ので、利払い費はむしろ減少したということである。 ところが、今後の日本財政は金利オーナスの局面に入っていく。物価が上昇していけば必ず金利も上昇するからだ。前述の内閣府試算の経済再生ケースによると、消費者物価が2%となる2020年度の名目長期金利は4.2%となっている。すると、今度は、財政再建努力によって債務残高の増加を抑制していっても利払い費はかなりの期間増加し続けることになる。 この点について野口悠紀雄氏は、一定の前提を置いた上で、金利を4%とすると2025年度の国債の利払い費は約50兆円、現在の予算総額の半分近くになるという試算を紹介している(「金利上昇がもたらす悪夢のシナリオ」週刊東洋経済2013年11月2日号)。野口氏は「これは『悪夢のシナリオ』としか言いようがない」と述べている。全くその通りである。 これはアベノミクスの出口問題でもある。誰もがデフレからの脱却を目指すべきだという。それは正しいのだが、デフレから脱却しさえすれば良いわけではない。デフレからの脱却時に政府が巨額の債務を抱えていればいるほど、金利オーナスが財政にとっての大きな負担となり、財政の破綻をもたらしてしまう。平凡な結論ではあるが、三本の矢だけではなく、第4の矢として財政再建に真剣に取り組んでいかないと、日本経済の先行きは悲惨なことになるのである。 (財政についての議論はさらに続きます。次回は、今回の一連の消費増税騒動から分かってきたことは何かについて考えます。掲載は11月27日の予定です) このコラムについて 小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか 進まない財政再建と社会保障改革、急速に進む少子高齢化、見えない成長戦略…。日本経済が抱える問題点は明かになっているにもかかわらず、政治には危機感は感じられない。日本経済を40年以上観察し続けてきたエコノミストである著者が、日本経済に本気で警鐘を鳴らす。
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