02. 2013年11月13日 13:24:42
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【第386回】 2013年11月13日 山下一仁 [キヤノングローバル戦略研究所研究主幹/経済産業研究所上席研究員(非常勤)] 戦後農政の大転換「減反廃止」は 大手マスコミの大誤報 ――キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁 大手のマスコミがこぞって「減反廃止」を報道した。だが、戦後の農政の中核であった減反の廃止=高米価政策の転換が本当なら、農村や農協はハチの巣をつついたような騒ぎになっているはず。それが起こらないのはなぜか。今回の報道は減反政策の理解不足に端を生じた誤報だからである。農水省が打ち出そうとしている新たな政策は、むしろ減反の強化につながる。これでは、米価の引き下げも、主業農家への農地の集積・大規模化も実現しない。なぜ農村も農協も平穏なのか 主要紙を含め、マスコミが一斉に“減反廃止”を報道した。 やました・かずひと キヤノングローバル戦略研究所研究主幹/経済産業研究所上席研究員(非常勤)。東京大学法学部卒業。同博士(農学)。1977年農水省入省。同省ガット室長、農村振興局次長などを経て、2008年4月より経済産業研究所上席研究員。2010年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹。主著に『企業の知恵で農業革新に挑む!―農協・減反・農地法を解体して新ビジネス創造』(ダイヤモンド社)、 『農協の大罪』(宝島社新書)、『日本の農業を破壊したのは誰か―農業立国に舵を切れ』(講談社)、『農業ビッグバンの経済学』(日本経済新聞出版社)、『環境と貿易』(日本評論社)など。 しかし、私は著名な経済学者や官僚OBの人から、「あの報道は本当なのですか?戦後農政の中核である減反・高米価政策が簡単になくなるとは、思えない。株式会社の農地取得ですら認めない農政が、減反の廃止を進んで提案するなんて信じられません」と、質問攻めにあった。
私の答えはこうだ。「その通りです。マスコミ報道は完全に間違っています。皆さんの直感の通りです。食管制度が廃止されたのは、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉があったからです。これだけの大転換を行うには相当な環境変化がなければなりません。そんなものは、今ありません。TPPでコメの関税は撤廃しないというのだから、減反を廃止して米価を下げる必要はありません。実は、減反は廃止するどころか、強化されます。一連の報道は、減反の本質が何かを全く知らないために起こった誤報です」。私の説明に彼らは肯いた。 戦後の農政は、農産物、特にコメの価格を高く維持することで農家の所得を守ろうとしてきた。これを戦後最大の圧力団体であるJA農協が強力にバックアップしてきた。 周知のようにJA農協は経済・信用(金融)・共済(保険)の3事業を総合的に行っている。経済事業は組合員(農家)の生産物の販売、肥料や農薬などの供給を行う事業である。このため米価を上げることで、これと比例する農協のコメ販売手数料収入も増加した。高米価の下で、コストの高い零細な兼業農家もコメを作り続けた。農地が出てこないので主業農家の規模拡大・コストダウンは進まず、コメ農業は衰退した。 しかし、兼業農家の滞留は農協にとって好都合だった。農業所得の4倍に達する兼業所得も年間数兆円に及ぶ農地の転用利益も、銀行業務を兼務できるJA農協の口座に預金され、農協は日本第二位のメガバンクとなった。減反による高米価こそが農協の発展の基礎である。農協がTPP大反対運動を展開したのは、関税が撤廃されて米価が下がれば、これまでの発展の基礎が危うくなるからである。 減反の本質とは、供給を減少させることで米価を高く維持することだ。減反廃止とは供給の増加による米価の低下である。もし、自民党・政府が減反廃止を提案したのであれば、農村はハチの巣を突いたような騒ぎとなり、自民党・政府はJA農協と全面戦争になっただろう。TPP反対運動と同じく大集会が開催され、永田町や霞が関はムシロ旗で埋まっているはずだ。 しかし、農協も農家も極めて平穏である。なぜか?自民党・政府の見直し案が減反廃止ではないことは、長年農政に関与してきた農協にはよくわかっているからだ。本件については、JA農協の機関紙である日本農業新聞が最も正確で冷静な報道をしている。同紙は減反廃止などという報道は一切していない。 大手マスコミの大いなる誤解 なぜ、このような誤解が生じたのだろうか?私は、最初農水省が中途半端な見直し案を世間に農政の大転換だと高く売りつけようとしたのかと思った。しかし、減反廃止などと言うと、農協や自民党議員から大変な突き上げを食うことになる。農水省の担当課長に聞くと「私達は減反廃止など一言も言っていない」と、迷惑そうに答えた。自民党議員から廃止するのかと聞かれ、余計な説明が必要になったと困惑しているのだ。 そこで一連の資料を集めてみると、産業競争力会議に民間議員が出した資料に、国から都道府県、市町村、農家へのコメの生産目標数量の配分を廃止することを減反(生産調整)の廃止と受け止めていたような文章(「平成28年度には、生産目標数量の配分を廃止し、生産調整を行わないこととする」と記述)があった。マスコミ関係者はこれにとらわれてしまったようだ。 マスコミは、農水省が自民党に提出した「5年後を目途に、行政による生産目標数量の配分に頼らずとも、国が策定する需給見通し等を踏まえつつ生産者や集荷業者・団体が中心となって円滑に需要に応じた生産が行える状況になるよう、行政・生産者団体・現場が一体となって取り組む」という部分をとらえて、減反廃止を明記したと報道している。 大いなる誤解である。生産目標数量の配分を止めることは、イコール減反廃止ではない。実は、産業競争力会議やマスコミ関係者の理解とは異なり、今の減反制度では、生産目標数量の配分はなんら拘束力のない、意味のないものとなっている。これは、農水省が産業競争力会議に提出した資料からも、よくわかる。だから、農水省は生産目標数量の配分を止めると抵抗なく書くことができたのだ。 産業競争力会議の民間議員提案に、林農水大臣は次のように述べている。「生産数量目標の配分について、産業競争力会議では、28年度にも生産数量目標を廃止するというような意見も出されたと、こういうことは承知をしておりますが、既に、自主的に、選択制になっておるということで、かつてのような、ペナルティを伴った上での義務ということではなくなっておりますので、既に、そういうふうになっていることをまず申し上げた上で、更にですね、経営判断により需要に応じた生産を行える環境を更に整えていくということが大事だと、考えております」(不要な部分は筆者省略)。つまり、農水大臣は、生産目標数量は、既にペナルティーを伴わない、達成してもしなくてもよい、意味のないものになっていることを強調しているのだ。 そもそも国が生産目標数量の配分を止めて、農業者や農業団体の自主的な生産調整に移行する、つまり政府・行政の関与を止めて減反を農協に任せることは、2003年に政府・自民党で決定し、2007年度に実現していた。しかし、たまたま2007年度産米価が低落したため、西川公也衆議院議員を筆頭とする農林族議員の強力な要求によって、この政策変更は実施初年度で撤回され、国・都道府県・市町村が減反実施の主体となるという元通りの体制になってしまった。今回減反廃止と報道された生産目標数量の配分の廃止は、2007年度の姿に戻るだけである。2007年にどの報道機関も、当時の政策転換を減反廃止とは呼ばなかった。 今減反推進のコアになっているのは、減反面積に応じて払われる減反補助金(今の名称は「水田活用の直接支払交付金」)である。減反補助金を維持する以上、減反廃止ではないし、米価は下がらない。 廃止されるのは戸別所得補償だけ 図にそって詳しく説明してみよう(なお、図の数字は2013年度の予算額または2012年度の実績値である)。減反は1970年から始まった。食管制度(食管)の高米価政策によって、生産が増え消費が減り、コメが過剰になったからだ。食管の過剰在庫の処理に、政府は3兆円を費やした。当初は、生産を減らして食管が買い入れる数量を減らし、財政負担を減少させることが狙いだった。 農協は食管による無制限買い入れを主張し、減反に反対した。農協をなだめるために、政府は減反する水田面積に応じた補助金、アメを交付した。それでも過剰米を買い入れて飼料用等に処分するよりも安上がりだったからだ。のちに、減反補助金は余っている水田に麦や大豆などの作物を植え、食料自給率を向上させるという名目で交付される。減反ではなく転作だと言われるようになった。しかし、言葉は違っても、コメの生産を減らすという本質は同じである。 国から都道府県、市町村、農家へ、コメの生産目標数量(2003年度までは減反面積)が配分された。アメに加えて、減反に協力しない地域や農家には、翌年のコメの生産目標数量を減少(減反面積を加重)させたり、機械などの補助金を交付しないなどのムチ(「ペナルティ」と呼ばれた)も用意された。減反補助金も生産目標数量を遵守する農家にしか交付されなかった。例えば、1ヘクタールの水田農家が0.4ヘクタールの減反面積配分を受けている場合、0.4ヘクタール全ての水田で減反(他作物の作付)を達成しなければ、一切減反補助金は受けられなかった(なお、95年に食管制度がなくなった後は、農協にとって減反は米価維持の唯一の手段となっている)。 拡大画像表示 民主党政権は、コメの生産目標数量と関連していたムチを止めた。農家が生産目標数量(割り当てられた減反面積全ての減反)を守らなくても、コメ以外のものを作付した(減反した)面積の部分には、減反補助金を交付することにした。先の例で、0.4ヘクタールの目標を達成しなくても、0.2ヘクタールでも減反していれば、0.2ヘクタール分の補助金を支払う仕組みに変更した。
2010年度から、生産目標数量を遵守する農家に、コメ作付面積に応じて10アールあたり1万5000円という戸別所得補償を導入した。つまり、生産目標数量の配分を戸別所得補償と関連付けたうえで、減反面積への減反補助金とコメ作付面積への戸別所得補償という、アメとアメの政策に変えたのだ。つまり、今の減反政策は、減反補助金と戸別所得補償という2つの柱で構成されているのだ。 この戸別所得補償を自民党は選挙中バラマキだと批判した。自民党にとって戸別所得補償廃止という既定路線が、今回の自民党・農水省の見直しにつながった。生産目標数量と唯一関連していた戸別所得補償が廃止されることは、生産目標数量が関連する政策や補助金が何もなくなることを意味する。つまり、コメの生産目標数量の配分は、制度上拘束力のない、全く意味のないものとなってしまうのである。 政府が生産目標数量の配分を行わないことと戸別所得補償を5年後に廃止することに目が奪われ、マスコミは減反廃止と書いた。戸別所得補償は、自民党政権となった今では「米の直接支払交付金」と呼ばれている。しかし、これは2010年度から始まったものであり、しかもコメの作付面積に支払うものであって、本来の減反補助金ではない。それなのに、言葉や名称に厳しい注意を払うNHKまでもが、これを“減反交付金”という造語で紹介し、戸別所得補償の廃止が即ち減反の廃止であるかのような報道をしている。1970年以来続いている、減反面積への減反補助金は依然として交付される。これは減反の廃止ではない。 それだけではない。前回の自民党政権末期から、“水田フル活用”と称し、コメ農家には作りにくい麦や大豆に代えて、米粉や飼料用などの非主食用に向けられるコメを作付させ、これを減反(転作)と見なして、減反補助金を交付してきた。自民党・農水省はこの補助金を増額しようとしている。つまり、民主党が始めた政策を止めて、1970年から行ってきた自分達の政策を拡充・強化しようとしているのだ。主食用のコメの作付面積や量は今のままだろうから、主食用の米価は下がらない。むしろ、補助金が効きすぎて、非主食用のコメ作の収益の方がよくなれば、主食用の作付が減少し、主食用の米価が上がってしまうかもしれない。 価格は変動するので、仮置きの価格でおおまかに説明すると、本来、市場価格が8000円の主食用米価を減反で1万4000円に引き上げたうえで、その主食用価格1万4000円と、9000円の加工用米、3000円の米粉用米、1500円の飼料用米の価格との差を減反補助金で補てんしている。つまり、補助金を使って主食用の米価を上げたうえで、非主食用の米価を下げるという、とんでもないマッチポンプ政策だ。それでも米粉・飼料用の需要先が少ないので、非主食用の米価をさらに引き下げて需要・生産を増やそうとしている。つまり主食用のコメの作付が増えないようにするために、自民党は非主食用の作付を増やす補助金を増額しようとしているのである。 減反の廃止どころか、減反の強化 70年代は、生じた過剰米を飼料用にただ同然で処分した。今回はこの過剰米処理を飼料用などへの転作・減反という形で事前に行おうとしているのだ。それだけでなく、主食用のコメが余ると飼料用などへ供給すると農水省の文書は書いている。つまり、米価を維持するために、最終的には過剰米処理をするというのだ。 補助金の数字で示そう。主食用に販売した場合の10アール当たりのコメ収入は10.5万円くらいである。今の米粉の販売収入は2.5万円なので、これと主食用の収入との差8万円を交付している。現在米粉・飼料用のコメ作付面積は6.8万ヘクタールである。減反面積100万ヘクタールの1割にも満たないが、補助単価が大きいので、今でも544億円がこれだけに支払われている。 もし自民党が10アール当たり補助金単価を10万円に増やし、生産者がこれに応じて米粉・飼料用のコメ作付面積を20万ヘクタールに増やすと、総額2000億円となる。残りの80万ヘクタールの減反面積にこれまでと同じ補助金が支払われるとすると、減反補助金は4000億円になる。1600億円の戸別所得補償廃止で浮いた金をこちらに回そうとするものだ。戸別所得補償はコメ作付面積に対する補助金で、減反推進という観点からは間接的なものである。それを減反推進という観点からは直接的な、減反面積に応じた補助金に振り換えようというのだ。これは、廃止どころか、減反の強化だ。 それらの対策を打っても、米価が下がれば補てんする。その対象農家もこれまでは4ヘクタール以上の大規模農家などに限ってきたが、規模要件を撤廃して、小規模農家の集合体である集落営農でも規模に関係なく、受けられるようにするという。集落営農に参加する兼業農家にも価格保証をするので、農地は主業農家には集積しない。つまり、価格を高くして兼業農家を温存し、コメの構造改革を阻害するという従来の政策は、維持・強化される。 向う3年間は大きな選挙はないので安倍政権は思い切った政策を展開できるのではないかという考えもある。しかし、自民党議員が3年だけ議員でいればよいなどと思うはずがない。JA農協がまとめる農民票が3年後の選挙で対立候補に流れることは自民党候補にとって悪夢である。郵政についての小泉元首相のような覚悟や信念がなければ、戦後農政のコアである減反は廃止できない。減反廃止など簡単にできるものではない。冒頭の経済学者や官界OBの直観は正しいのである。 http://diamond.jp/articles/print/44362
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