03. 2013年11月12日 02:11:50
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貧困の連鎖、「無料塾」で断ち切る教育格差の解消に挑む知られざるNPO代表 2013年11月12日(火) 田中 深一郎 経済大国の日本で、約6人に1人の子供が貧困の状況に置かれていることはほとんど知られていない。2007年設立のキッズドアは、教育格差の解消により「貧困の連鎖」を断ち切ろうと挑む、国内では草分け的なNPO(特定非営利活動法人)だ。 積み重ねた実績を武器に、理事長の渡辺由美子は今年、東日本大震災の被災地で、復興を担う次世代のリーダー育成に第一歩を踏み出した。 2013年の年明け。日本中の学校がまだ冬休みでひっそりする中、福島県いわき市の市民施設の一室に、6人の中学生が集まってきた。 コの字に並んだ長テーブルに置かれているのは、生徒1人1人に無料で配られたノートパソコン。プロジェクター画面を前に、男性講師がインターネットへの接続手順やSNS(交流サイト)「Facebook」の登録方法などを解説し始めると、誰もが熱心に聞き入った。 生徒たちは、いわき市内にある中央台北中学校と、福島第1原子力発電所に近い双葉郡の楢葉中学校から来た1〜2年生だ。東日本大震災で大きな被害を受けたこれらの地域には、現在も県外への避難や仮設住宅での生活を強いられている人も多い。生徒のうち、自宅にパソコンがあるなど、ネットを利用できる環境があるのはごく一部。大半が、電子メールやSNSにも馴染みがなかった。 キッズドアの渡辺由美子理事長(写真:村田和聡) 千葉大学工学部出身。大手百貨店、出版社を経て、フリーランスのマーケティングプランナーとして活躍。2000年から2001年にかけて、家族でイギリスに移住し、「社会全体で子どもを育てる」ことを体験する。準備期間を経て、2007年任意団体キッズドアを立ち上げる。2009年内閣府の認証を受け、NPO(特定非営利活動法人)キッズドアを設立。 しかし、3日間続いたこの「冬期集中講座」を終えると、生徒たちのIT(情報技術)のスキルは見違えるほどに上達した。ネットやメールの基本操作はもちろん、全員がFacebookやプレゼンテーションソフトなどの扱い方を習得。最終日には、自ら作ったプレゼン資料を使いながら、全員がみんなの前で英語での自己アピールをこなした。
「Global Stream〜東北の未来を作るグローバル基礎教育プロジェクト〜」と銘打ち、英語とITを集中的に教えるこの講座を実施したのが、NPO(特定非営利活動法人)のキッズドアだ。キッズドアは今年、バンクオブアメリカ・メリルリンチからの資金支援を受け、冬休みや夏休みの期間中に、いわき市や、東京に在住する福島県出身の中学生向けに何度も同様の講座を開いてきた。 「塾や補習など、学力向上を図るだけの支援では、被災地に本当に必要な人材を育てられない」。キッズドアの理事長である渡辺由美子は、こう強調する。震災が起きた2011年から、いち早く宮城県や福島県の子供に無料の学習塾「タダゼミ」などを展開してきた渡辺が、一見唐突とも思える被災地での「グローバル教育」を始めた背景には、それまでの活動を通じて感じたもどかしさがあった。 被災地の子供にこそ「グローバル教育」を 「高校では部活動を一生懸命やり、将来は消防士になるか、自衛隊に入りたい」。今、被災地の中学生に「将来やりたいこと」を問うと、こんな答えが返ってくるという。女子生徒の場合は、「看護師や学校の先生」と答える子も多い。一方で、東京の中学生からはよく聞かれるような、「英語を使って海外で仕事をしたい」「最先端のIT分野で活躍したい」といった夢を語る子は、ほとんどいない。 東北という地理的な条件に、震災を経験した心理的な変化も加わり、被災地の子供のキャリア観が大都市圏と異なるのは、ある意味、当然のこと。それでも渡辺は、「新しい産業を担う起業家や、グローバルで活躍する人材が育たなければ、本当の復興にはつながらない」と危機感を漏らす。 生徒一人ひとりにパソコンを与え、学校の休暇期間には英語とITの講座を開き、eラーニングシステムやFacebookを通じて日々遠隔でも勉強を支援する。成果が形になるまでは息の長い地道な取り組みが必要だが、渡辺らの活動がなければ、誰もその役割を補えない。 社会的には大きな課題になっているが、政府や営利企業では解決することができない問題に取り組むのが、キッズドアのようなNPOの使命だ。しかし、志があったとしても、どんなNPOでもその役割を果たせるわけではない。 当然ながら、資金の出し手となる国や福祉団体、民間企業などは、実際にその組織が課題を解決できるだけの実績とノウハウを持っていることを期待する。その意味で、「十分な教育が受けられない子供たちへの支援」というテーマに取り組むNPOとして、渡辺が2007年に設立したキッズドアは地道に実績を重ねてきた国内の草分け的な存在だ。 渡辺がキッズドアで震災前から学習支援を続けているのは、「貧困」が原因で満足な教育が受けられない子供たちだ。 義務教育制度が整った経済大国の日本で、十分な教育を受けられないほどの「貧困」と言っても、多くの人にはにわかには想像できないかもしれない。事実、渡辺がキッズドアを設立した当時、「日本には貧困の子供はいないということになっていた。だから、それを支援するNPOも存在しなかった」と言う。 日本の子供の6人に1人が貧困に苦しむ しかし、OECD(経済協力開発機構)の調査によれば、日本において、年間に1人当たり112万円以下で暮らす「貧困」の子供の割合は16%と、加盟30カ国の平均(12%)を上回る。実に、日本の子供の6.3人に1人が「貧困」の状況に置かれているのだ。中でも、1人親家庭の子供の貧困率は51%で、OECD加盟国の中で最悪の水準だ。 親が仕事に追われ、子供に勉強をさせる習慣が身につかない。行きたい高校があるが、塾に通う余裕がない。勉強部屋がなく、幼い弟や妹に邪魔されて宿題に集中できない――。 貧困の子供たちが直面する教育格差の問題は今、これまでになく深刻になっている。国の学力テストの結果に基づく分析によれば、2000年以降、子供の学力は最上位層の割合は一定しているものの、中〜高位層が減少し、社会生活に支障が出ると懸念される最低位層がじわじわと増えている。こうした子供たちは将来、収入の高い職に就くことができず、失業などで生活保護の「予備軍」となってしまう可能性が高い。 教育格差解消を目指す「ガクボラ」で、この「貧困の連鎖」を断ち切ることが、キッズドアの活動の目的だ。大学生のボランティア講師を募り、公共施設などに派遣して、中学生向けのタダゼミや、大学受験を控えた高校生向けの「ガチゼミ」を開催する。 現在、登録するボランティア学生は1500人まで増えた。2012年度は、タダゼミにより東京都内で24人の高校合格者、仙台市でも50人の合格者を出した。 無料塾の運営者にとって、先生となるボランティアの確保や、そもそも勉強のモチベーションを見いだせない生徒の意欲を引き出すことは、常に悩みの種になる。キッズドアは、運営するポータルサイトを通じて学生を集めるノウハウや、ボランティア学生を最低1年間は同じ子供に関わらせて信頼関係を築くといった丁寧な運営が、成果を上げている。渡辺は、「生徒の中には、目の前で答案に丸をつけてもらった経験がない子や、本物の大学生を見たことがないという子もいる。学生との交流が、進学への意欲を高めている」と話す。 こうした実績が評価され、今年からは東京都の世田谷区や目黒区などでも、行政からの資金支援を得て、一人親家庭や生活保護家庭の子供の学習支援を始めた。無料塾のノウハウについて教えを請おうと、キッズドアの門を叩く運営者の数も多い。 NPOと民間企業は「同じ」 渡辺はもともと、百貨店で販売促進やブランディングを担当した経歴を持つ。子供の学習支援を手がける契機となったのは、結婚後、1年間家族で在住していた英国での経験だった。 公教育が国の資金に大きく依存する日本と違い、英国では民間企業が学校をサポートする仕組みが出来上がっていた。地元の大手スーパーでは、購入金額に応じて付与されるポイントを、消費者が学校に寄付できるキャンペーンを実施していた。営利企業の販促活動と社会貢献がうまくかみ合っていることに感銘を受けたという。 ここ最近、日本でも20〜30代の若者が、給与水準の高い民間企業ではなく、社会起業家やNPOのメンバーとして働く道を選ぶ例が増えている。賃金や生活の安定が働く意義の全てではないとは言え、彼らはなぜ営利企業や官公庁ではなく、NPOを選ぶのか。 この点を問うと、渡辺からは、こんな答えが返ってきた。「事業の元手になる資金をどこからか調達し、ある課題を解決するための戦略を考える。その基本的な行動は、NPOでも民間企業でも同じ。資金を受益者(顧客)に負担してもらうか、財団などに出し手になってもらうかの違いだけだ」。 事実、キッズドアも設立当初からNPOの組織形態にすることが既定路線だったわけではない。企業と子供を結びつけるポータルサイトからの広告収入を柱に、営利モデルを構築することも想定した。渡辺はキッズドアの専任メンバーに対し、「常に事業費に見合った成果を出すように心がけてほしい」と語りかけている。 日本にも厳然と存在する教育格差に立ち向かう熱意と、冷静に事業モデルを回す経営手腕。そんな渡辺の挑戦は、東京から東北の被災地、そしていずれは全国各地へとその舞台を拡大していくはずだ。=敬称略 このコラムについて 日本の革新者たち 日経ビジネス11月11日号の特集「日本の革新者たち 世界を変える突破力」では、日経BP社が主催する2013年の「日本イノベーター大賞」の発表に合わせて、日本のイノベーターにスポットを当てる記事を掲載した。彼らは、どういう人生を歩み、どのような変革を社会にもたらしたのか。その変化は世界を、企業経営を、私たちの生活を、どのように変えていくのか──。独創的なビジネスモデルの構築、驚くような技術革新、社会が抱える困難の解決に挑むイノベーターたちの今に迫った。本コラムでは、特集に連動し、誌面には収めきれなかった人物やその声を紹介していく。
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