01. 2013年11月06日 09:54:59
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山崎元のマルチスコープ 【第303回】 2013年11月6日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] ブラック企業の「経済合理性」を検討する若者の2割以上がブラック企業勤め? どの企業・職場がそうかは判断が微妙 連合総研が行ったアンケートによると、民間企業で働く20代の社員の23.5%、30代の20.8%が、自分の勤め先を違法な働かせ方で若者を使い捨てにする「ブラック企業」だと感じているのだという。 何が問題なのか。厚労省が9月に行ったブラック企業に関する無料電話相談では、賃金の支払われないサービス残業(53%)、長時間あるいは過重な労働(40%)、パワー・ハラスメント(16%)などの訴えが多かったという。 ただし、どの企業・職場が真に「ブラック」なのかは、判断が微妙な場合があろう。 たとえば、筆者は直接職場を知らないが、ユニクロを展開するするファースト・リテイリング社はブラック企業なのだろうか。同社は、新卒採用者の3年内離職率が5割を超えると報じられたことがある。他方、同社に適応して、年齢の割に、高収入な店長がいたり、海外の店舗で責任ある仕事を任されている社員もいたりするようだ。 直感的には、筆者にはファースト・リテイリング社が「ブラック」であるようには思えない。(1)好業績を上げた場合に仕事と収入と両方で報われるチャンスがあり、(2)社員のスキルを高めるよう教育しようとする姿勢があるからだ。同社に勤めて、自分の人材価値を上げることができる社員もいるのだろうし、彼らにとってはユニクロの職場はブラックではない。 ただし、3年内に5割の離職率という数字は、採用か、教育か、使い方か、いずれかが最適ではないような気がする。 ユニクロに限らないが、「この職場は合わないかもしれない」と思った若手社員は、頑張って「慣れる」ことにするのか、別の職場に「逃げる」ことにするのか、早く方針を決めるべきだろう。 「逃げる」というと後ろ向きに聞こえるかもしれないが、余計な時間をかけて消耗するよりははるかに賢い選択だ。ただし、「必ず」次の職場を確保して辞めるのでなければならない。 なお、「ブラック」ないし「ブラック的」だと思った職場に対しては、「慣れる」と「逃げる」の他に「戦う」という選択肢があり、社会的にもそれなりに意義深いが、勤める本人には負担が大きいし、得にならない場合がかなりある。個人的には「戦う」を推奨したい気持ちがあるが、本稿では「戦い方」の解説は割愛する。 ところで、主に若い人にお伝えしたいが、一般に良い会社・良い職場とは、「優秀な人が多くて、忙しい」会社・職場だ。 商社・銀行・官庁・放送局など、人気の職場の多くにあって、優秀な若手社員に課される働き方は、他人が見ると大なり小なり「ブラック的」であることが多い。 職場にあって、自分の能力、組織における将来のチャンス、仕事のスキルの身に着き方、それらと「ブラック度合い」を、できる限り客観的に検討することが大事だ。会社が理不尽な場合もあれば、単に自分の能力が足りない(あるいはその仕事に不向きな)場合もあるだろう。 社員が辞めても惜しくない ホワイト企業とブラック企業の違い 仮に、仕事は忙しいけれども社員にとっていい職場で、多くの人が入社したいと思い、離職したくないと思う、大筋は「いい職場」である企業を「ホワイト企業」と呼ぶことにしよう。ブラック企業とホワイト企業は何が違うのか? ブラック企業もホワイト企業も、共に経済合理的に経営しているのだとすると、両者の最大の違いは、ブラック企業は社員が辞めても惜しくないと思っているし、ホワイト企業は社員に辞められることを損失だと思っていることだろう。 この差をもたらす要因は2つ考えられる。 1つは「採用」の違いだ。ホワイト企業は自社が雇うことのできるベストなレベルの人材を採用しているから、社員が辞めることは「もったいない」。同レベル以上の人材を補充するのは簡単ではないからだ。 他方ブラック企業では、辞める社員と新たに雇える人材に差がないので、「(現在の社員を)辞めさせて、(新しい社員を)雇う」というシステムのコストが小さい。「辞められると惜しい」と思うような人材を雇うことができるようになると、ブラック企業の行動が変化する可能性がある。 生命保険会社を「ブラックだ」というつもりはないが、生保のセールスパーソンは新たな顧客開拓力を持っている特に適性のある人材を除くと、持っている人間関係を使い尽くしてしまった段階では、未使用の人間関係を持っている新しいセールスパーソンと入れ替わることが、保険会社にとってむしろ好都合だろう。 もう1つの要因は、社員教育の効果の有無だ。研修であれ、仕事の実地経験(いわゆる「OJT」)であれ、社員に教育機会を与えて、その教育によって社員のスキルが向上するなら、教育投資を行った社員が辞めることは惜しいはずであり、これがホワイト企業の事情だろう。 他方、ブラック企業では、会社から見て大半の社員は雇われた段階から大きな進歩なしにできる仕事をしていて、ただ大量の労働を安価に提供してくれればいい。そして、働いていても進歩するわけではないので、辞めたら次の社員を補充すればいい。企業側から見ると、「使い捨て」に合理性があるのだ。 傾向として、「誰でもできる仕事」「経験を積んで進歩しない仕事」は、「ブラック」な職場になりやすいといえる。 景気回復で雇用が逼迫すればいい? 「ブラック企業」を減らす方法 ブラック企業が発生する理由は、企業の側に立つと、社員を入れ替えることに大きなコストがかからない(と認識している)からだとわかった。 社員の入れ替えがメリットよりもデメリットになるなら、ブラック企業は減るはずだ。ブラック企業を減らすにはどうしたらいいのだろうか。 まず、サービス残業の強要、過重な労働、パワハラなどは、それぞれが違法行為であり、許されない。原則論として、社員は会社と戦っていいし、社会はこの戦いを後押しすべきだ。「はっきりブラック」な企業・職場には、法律を適用することを中心に考えるべきだろう。 さて、この原則自体の白黒ははっきりしているが、現実問題として、たとえばどこまでの労働が過重なのか、どの線を超えるとパワハラなのかなどが判断しにくい場合が多い。これは社員側でも会社側でも、判断の難しいポイントだ。 別の観点として、社員の再調達が容易だから既存の社員を簡単に退職に追い込むのだから、景気が良くなって雇用市場が逼迫してくれば、企業はすでに採用した社員を大切にするはずだという議論があり得る。 景気好転の効果がどの程度のものになるかは、業種や個々の企業が「なぜブラックなのか」の事情により変わるだろう。 法令遵守に景気回復。共に建前的には、文句は出ることがあるまい。 ブラック企業が執拗に迫る 「自己都合退職」強要の問題 もう1つ現実的な問題が、会社都合退社と自己都合退社の差にあるのではないか。現実の職場でしばしば問題なのは、社員に重い労働を提供させつつ、これに耐えない社員を自己都合退職に追い込むような、会社のやり方だろう。 まず「自己都合」で辞めた場合、退職金が半減するケースが多い。ただし、そもそもブラックに近い職場では退職金が出ない場合が多い。 一方、「会社都合」で辞めることにすると、社員側は雇用保険の給付をすぐに受けられるし、自己都合の倍くらいの期間受給することができる。しかし、「会社に辞めさせられた」形になると、会社を不当解雇で訴えることができる場合があるし、社員を辞めさせた会社として会社の評判が悪化する場合もある。 会社としては、退職させたい社員に継続的にプレッシャーをかけて精神的に参らせつつ、「あなたには、この会社で働いてもらう場所がない」「あなたの名誉のために、自己都合退社ということにしてあげる」などと言いくるめて、社員が自分から辞めた形(自己都合退社)に持ち込もうとする。 しばしば報道される「追い出し部屋」の状況は、精神的な職場環境としては限りなく「ブラック」に近いが、会社は合法的に社員を自己都合退社に追い込もうとしている。これは、社員にとって「ひどい」状況であると同時に、会社にとっても非生産的な行為だ。しかし会社にとっては、現在ある種の経済合理性があるので実行されている。 職場のブラック化を回避するには 解雇の金銭補償ルールを確立せよ 自己都合退職の強要などから生じる職場のブラック化を回避するには、会社側からの解雇を一定の金銭補償で実行できるように定める解雇の金銭補償ルールの確立が、有効かつフェアではないだろうか。 たとえば、1年以上勤務した社員に対して、企業は3ヵ月分の月収に相当する補償金を払うことで解雇できるとしよう。法規に触れたり、評判が悪化したり、職場の雰囲気が悪くなったりする可能性がある、企業の「ブラックすれすれの行為」は減るのではないか。 また、金銭補償が法律でルール化されれば、事実上社長の一存で何の補償もなく解雇されることが多い、中小・零細企業の社員が解雇される場合にも、これが適用されることになるので、労働者全体に対する保護は、特に労働市場の弱者を中心に現在よりも拡大するだろう。 雇用保険財政の改善も考えると、失業保険の支給は退職理由のいかんを問わず3ヵ月経過後からとして、会社都合解雇の場合に当初の3ヵ月分の生活費を会社からの補償金で賄う仕組みとする手もあるだろう。 また、個々の社員の退職に当たって「ブラック行為」があったと労働基準監督署に訴え出て、これが認定された場合、解雇の補償金の積み増し(たとえば、通常3ヵ月にもう3ヵ月分加えて6ヵ月分とする)を課する仕組みを設けると、会社はブラック行為を行いにくくなる。訴えて辞めそうな社員に対しては、気を遣うようになるだろう。 外食チェーンの厳しい職場で 社員を丁寧に扱わせるには? たとえば、過重な労働と過酷な精神的プレッシャーを与える外食チェーンの具体的な職場を想像してみよう(思い浮かべる会社は自由でいい)。1年間勤めたある社員が、自分の働かされ方について記録を取り、これを労働基準監督署に持ち込んで退職する手続きを取ると、半年分の補償金を払わなければならないなら、この会社は社員をもっと丁寧に扱うようになるだろう。少なくとも、店長は店員の使い方に気を遣わざるを得ない。 この会社の採算が悪化して、雇用が減るかもしれないが、そもそもブラック労働を前提とした採算計算ではいけないし、ルールとしてブラック行為の線引きは必要だ。 また、現在も違法な行為に関する規定はあるが、仮に会社のブラック性を社員が訴えて勝ったとしても、その個人が元の職場に残って以後幸せに働ける場合が多いとは思えない。 元の職場で働き続けるよりも、会社の不当度合いに応じた金銭補償の積み増しを速やかに受け取って、別の就業機会を探す方がいいことが多いだろう。こうした考え方のための、手軽な選択肢は確保しておきたい。いちいち裁判が必要なのでは、個人にとってハードルが高すぎるし、時間がかかりすぎる。 退職金の廃止や中立化も 社員の側でも「適切に」戦うべし もう1つ、ケースによっては無視できないのが、退職金や企業年金だ。現在の退職金制度では、自己都合退社の場合は、会社都合退社の場合の5〜6割程度の支給とするようなアンフェアな退職金制度が認められているし、退職の際の企業年金の扱いも勤続年数で大きな差がつくような酷い制度が認可される。 これでは、会社は自己都合で社員を早く辞めさせようとするインセンティブを持つことがあるし、そもそも退職金も企業年金も、労働者の過去の労働に対する対価なのだから、この払い方に差をつけることによって、社員を企業に縛り付けておくような制度はフェアでない。 退職金は、会社都合と自己都合の別を問わず同額を支給するように定めるべきだろうし、そもそも退職金という制度に必要性はない。個人は各年ごとの報酬の一部を好きなだけ貯めておけばいいし、そのための支援制度として確定拠出年金やNISA(少額投資非課税制度)もある。 労働者に対するアンフェアな扱いを助長するような、退職金に対する現在の優遇税制を止めると、退職金の形で報酬を払うインセンティブがなくなるので、退職金制度そのものが消えて、雇用と報酬の制度全体がよりシンプルでフェアなものに変わるだろう。 ただし、現在退職金に対する優遇税制の最大の受益者群の1つは、「天下り」と「渡り」を繰り返して、その都度退職金を有利な形で貰っている官僚たちなので、税制を変えることは容易でないかもしれない。 この場合、セカンドベストの方法として、退職理由による差別を禁止することが考えられる。これでも、やらないよりはフェアになる。 もちろん、現行の法規にあっても社会常識にあっても、違法な「ブラック行為」を認めてはならない。法規は厳密に適用される必要があるし、社員の側でも適切に「戦う」必要もある。 しかし、真にブラックなのかの判定が難しい場合もあるだろうし、企業側の条件を厳しくするだけでは、企業は雇用を減らしてしまうだろう。労働者、企業の双方の為になる改善を見つけたら、速やかに進めていくべきだ。
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