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安倍政権の経済政策がうまくいかないことは、すでに欧米でも説明済み
量的緩和のやりすぎは、日本人を不幸にする カビ臭い経済理論を実践する、安倍政権の罪
http://toyokeizai.net/articles/-/23121
2013年11月01日 中原 圭介 :エコノミスト 東洋経済
私はこれまで、1年間に2冊〜3冊のペースで本を書いてきましたが、今年はすでに5冊出版し、年内にあと1冊か2冊出版される予定です。
なぜ、今年はそんなにも意欲的に書くつもりになったのかというと、「金融緩和のやり過ぎは国民を不幸にする」と確信しているからでした。多くの人々にそのことを論理的に分かりやすく説明し、理解してもらいたかったからです。
■量的緩和をやり過ぎると、国民の生活が苦しくなる
前回の連載では、「日本経済は2014年〜15年にかけて最も暗い状況になるが、アメリカ経済が想定通り14年〜15年に復活すれば、日本経済も15年以降にその恩恵を受けることができるようになる。そして、エネルギー価格が今よりもずっと安くなる17年には、企業の生産性向上と国民生活の向上が両立できるようになり、日本経済の復活が実感できる状況になる」と述べました。
ただし、そのような状況になるためには、今行われている大規模な量的緩和が失敗し、日本がインフレにならなかったという結果にならなければなりません。量的緩和をやりすぎてしまうと、たとえ物価を上昇させることができたとしても、国民の所得は上がらず、むしろ国民の生活が今まで以上に苦しくなってしまうからです。
今回はその点について、この連載でも改めてご説明したいと思います。
グローバル経済下では、「所得の上昇→消費の拡大→物価の上昇」というプロセスは成り立ちますが、安倍政権が想定する「物価の上昇→所得の上昇→消費の拡大」という従来のカビ臭い経済理論は成り立ちません。実は、長くインフレ経済下にあるアメリカや欧州でも、リーマンショック以前からすでにこの好循環が成り立っていません。
経済学では机上の空論が多く、その机上の空論が国の経済政策や金融政策を動かしている例が少なくありません。それは、物事の本質から見ると完全に間違っているにもかかわらず、権威のある経済学者の持論が経済政策や金融政策に反映されてしまうからなのです。今の日本が、まさにその状況に当てはまってしまっています。
■戦後最長景気下でも、サラリーマンの給与は横ばい
過去30年間で世界的に最も景気が良いと言われていた05年〜07年の3年間を思い出してください。この3年間であっても、日本の名目経済成長率は平均して1.3%しか増えなかったばかりか、給与所得者の平均年収は横ばいで推移するのが精一杯で、ついに増加に転じることはありませんでした。さらに、戦後最長景気と言われた02年1月〜08年2月までの6年1カ月の間、すなわち02年〜07年の6年間で見ると、名目経済成長率はわずか0.6%に低下し、平均年収は2.4%も下がってしまっているのです。
その一方で、大企業は通貨安の恩恵をフルに享受し、04年から07年まで4期連続で上場企業は史上最高益を更新しました。しかしながら、大企業の社員といえども、史上最高益に見合った所得の増加を得ることができたとはとても言えない状況でした。当然、中小零細企業の社員にいたっては所得が減少の一途をたどっていくこととなりました。つまり、大企業に勤める人々と、それ以外の人々との格差が拡大してしまったと言えるのです。
ここで疑問として残るのが、05年〜07年の間に世界経済が史上空前の絶頂期であった中で、どうして国民の所得は増えなかったのでしょうか。どうして大幅な通貨安が進んだはずなのに、その間の物価上昇率が0.3%程度で済んだのでしょうか。
これは、ただでさえ世界的に原油などのエネルギー価格が右肩上がりで上昇していた時期に、大幅に円安が進んでしまったことで日本が輸入するエネルギー価格がさらに急騰してしまったことに起因しています。企業は売上げが伸びても、将来のエネルギー価格の上昇基調に備えて、所得のアップにまわすはずのお金を出し渋ってしまったのです。別の言い方をすれば、企業がエネルギー価格の高騰分をモノの価格に転嫁せずに、人件費を削るほうに重きを置いた経営を行ったから、とも言えるのです。
これは、戦後続いてきた「景気の拡大=所得の上昇」あるいは「企業収益の拡大=所得の上昇」という関係が、エネルギー価格の高騰によって成り立たなくなったことを意味しています。もはや、通貨安によって景気が良くなるという考え方は、国民生活の視点から見ると楽観的すぎるという現実があります。
昨年の原油価格は05年〜07年の円安期よりも平均して40〜50%高いのに加え、液化天然ガスは約130〜150%も上昇している状況にありました。おまけに、液化天然ガスの輸入量は約1.5倍にも増加していました。エネルギーや原材料を輸入に頼る日本企業にとって、110円〜120円台の過去の円安期と比べても、昨年のほうがエネルギーコストの負担が大きく増えていたのです。
このように資源価格が高止まりしているときに、昨年末から進んで円安によって資源の輸入コストがさらに2割前後も膨らんでしまっています。円相場が1円安くなるごとに、液化天然ガスや原油の輸入コストが2700億円〜2800億円ほど増加することを考えると、円安が急激に進むことは一昔前と違って喜ばしいものではありません。11年の平均為替レートが1ドル79円であるので、仮に13年の為替が100円であったとすると、貿易赤字がエネルギーだけで5兆6700億円〜5兆8800億円も増加する計算になってしまうのです。
■なぜ日本国民の生活水準はアメリカ国民よりマシか
今年になって企業経営は厳しさを増しています。消費者離れを恐れる企業はエネルギーコスト増加分を価格に転嫁することをできるだけ抑えます。その結果、05年〜07年の好況期と比べてもなおさら従業員の給与をアップさせることなどできませんし、世界の不透明な経済情勢を意識して内部に利益を貯めておくことになるのです。
さらに、インフレは格差を拡大させるメカニズムを孕んでいます。日本は1980年代後半のバブル期でも2%程度の物価上昇率で済み、デフレになって16〜17年たちますが、他の主要な先進国と比べて日本で格差の拡大が進んでこなかったのは、物価上昇率が低かった恩恵によるものです。
日本はGDPに占める企業利益の比率が減っている一方で、GDPに占める雇用者所得の比率はあまり下がってはいません。ほかの先進国を見ると、グローバル経済下では企業利益率と労働分配率が概ね反比例の関係にあります。グローバル化の進展後、米欧の企業は人件費を削って、株主配分を増やしてきました。労働分配率が低いのはそのためです。とくに顕著なのが、アメリカでの労働分配率が低いことです。
いまのところ、日本はアメリカとは対極にあります。日本の企業は株主の配分を重視せずに、人件費をあまり削ってきませんでした。だから、日本国民はアメリカ国民よりもマシな生活ができているのです。
インフレ経済を進めるのは、株式などの資産が買われる環境をつくりだすということですが、そうなると日本株を買い続ける外国人株主の発言力がいっそう強まっていきます。企業の利益配分は労働者よりも外国人株主を意識したものになっていきかねません。これは懸念すべきことです。日本がアメリカ型の格差社会に近づいていくことにほかならないからです。
すでに日本の企業でも、一部の企業は労働者を使い捨てにするような環境で株主配分を強めています。従業員を消耗品のように使っている企業には、利益率が高いところが多く、中には新卒社員の5割が3年以内に辞めるような、まさに資本家重視のアメリカ型企業といえるところがあります。
■バーナンキ議長はアメリカ経済を救っていない
企業利益率が最高でも、国民の3分の1が貧困および貧困予備軍であるアメリカと、これまでの日本とでは、どちらがいいでしょうか。国民は真剣に考える必要があります。
必要以上に量的緩和を行い、円安と物価上昇、株価上昇を起こすことができたとしても、円安が進んで恩恵を受けるのは一部の輸出企業や資産家のみで、むしろ物価上昇で国民生活は疲弊し、格差の拡大が進むことが十分に理解していただけると思います。
繰り返しますが、15年ほど前にポール・クルーグマン教授が提唱した「インフレ目標政策(インフレ期待)」は、ここ10年のアメリカ経済を見ても成り立っていません。資源価格が高止まりしている時には、景気が回復し、企業収益が向上したとしても、所得の上昇にはつながらないからです。
10年以上もこの政策が機能していないのに、クルーグマン教授という権威ある学者の提唱した政策であることから、日本は間違った理論がいまだに正しいと思い、それを信じて国の金融政策を進めてしまったのです。
FRBのバーナンキ議長は「アメリカ経済をデフレから救った」と評価されていますが、その認識自体が大きな間違いです。本当の景気回復とは、国民生活が豊かになることであり、株価が上昇することではないからです。株高による資産効果があるのは、ほんの一握りの資産家だけです。
金融危機後のアメリカ国民は所得が下がり続けている中で、量的緩和によってもたらされた物価上昇によって生活が年々苦しくなってきています。そうした歴史的な過ちを検証せずに、なぜ日本はアメリカの量的緩和にならえと、日銀に積極的な金融緩和をさせたのでしょうか。物価を無理矢理に上昇させることができたとしても、企業は従業員の給料を上げることが難しくなっているという歴史の教訓を、なぜ権威ある経済学者たちは学ぶことができていないのでしょうか。
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