01. 2013年10月31日 09:38:39
: e9xeV93vFQ
【第5回】 2013年10月31日 小林美希 [労働経済ジャーナリスト]激務でも生活保護並みの収入、宝くじに将来を託す! アベノミクスの光明遠き中小企業・非正社員の闇路 ――労働経済ジャーナリスト・小林美希 まさに「アベノミクス効果」ということか。東京商工会議所が2013年8〜9月に行った『中小企業等の賃金に関するアンケート』の調査結果が、10月15日に発表された。同調査では、今年4〜7月に支払った賃金総額と前年同期との比較について尋ねている。中小企業等の賃金や雇用の状況について会員企業2628社が回答した結果は、東京23区の中小企業の3分の1が賃金総額を増加させたことがわかった。全体の35.8%に当たる928社で「毎月支給の基本給を上げた」(64.1%)、「一時金(賞与)を増額した」(37%)などの賃上げが行われ、一見景気の良さそうな雰囲気も漂う。 しかし、果たして中小・零細企業の社員、非正社員らの状況はどうか。取材を行うと、アベノミクスの恩恵など微塵も感じられない想像以上の生活苦の実態が浮き彫りとなった。巷で喧伝されるアベノミクス効果がいつ“下々の者”に届くのか、その見通しはつかない。「安定した経済」と表裏一体の関係にあるはずの「安定した雇用」を目指す構造改革が急務である。(取材・文/労働経済ジャーナリスト・小林美希) 130時間の労働で月収はわずか13万円 “下々の者”にアベノミクスは届かない アベノミクスの効果は徐々に実体経済へと波及し始めている。しかし大企業はともかく、零細・中小企業の社員にとって、給料アップは夢のまた夢だ。アベノミクスの効果が本格的に出始めるのを待つばかりでなく、足もとでは「安定した雇用」を目指す抜本改革も必要なのではないか ※写真と本文とは関係ありません Photo:AFLO 「僕ら“下々の者”には、アベノミクスの恩恵など全くないですよ」 都内に住む木村純一さん(仮名・40歳)は、ため息混じりに言った。 純一さんは、非正社員の時期が長い。製造業で工場の請負社員や、酒の量販店での契約社員など、働き口があれば何でもやってきた。直近では、今年3月末まで飲食・サービス業の会社で約3年働いたが、失職した。 次の仕事がなかなか決まらず、派遣で清掃の仕事などをしてつないだ。しかし、力仕事は体力的に続けることが困難だった。そのため、やむなく生活保護の申請をして、月13万円を受け取り、生計を維持した。公営住宅の家賃が3万8000円のため、それでも何とかなった。 生活保護を受けながらハローワークに通い、20社ほど面接を受けると、5月から銀座の老舗高級飲食店で洗い場のアルバイトが決まった。時給は900円。東京都の最低賃金869円(10月19日から改正)と、さほど変わらない水準だ。 月に約130時間の労働で、月収は13万円程度。生活保護を受けているのと差がない。さらには社会保険が未加入のため、“安定”とはほど遠いが、一定した収入を得られる安堵感は大きい。 アベノミクスの恩恵か、来客数は上々。売上は上がっているようだ。しかし、その恩恵はアルバイト社員には全くなかった。9年働いている同僚はずっと時給900円のままだという。 それを聞き、純一さんは「自分の時給が上がる見込みはない。どうやって収入を増やせばいいのか」と悩み始めた。同僚には外国人労働者や、子どものいる50代の男性社員もいるが、皆ダブルワーク、トリプルワークをしている。 まだ独身の純一さんは、「せめて年金などの必要最低限の対策はしよう」と、社会保険への加入を勤務先に打診しているところだ。本来なら、アルバイトでも2ヵ月以上雇用され、労働時間が正社員のおおむね4分の3以上であるなどの条件を満たせば、健康保険や厚生年金保険の社会保険に加入できる。純一さんや周囲のアルバイト社員は、その条件を満たしているが、誰も社会保険に加入させてもらえていなかった。 純一さんは、独自に会社側に社会保険への加入について交渉しているが、会社側はコスト増を嫌い、嫌な顔をしている。無理に頼めばクビを切られかねず、純一さんの心は晴れない。 安倍晋三内閣は、7年前の第一次安倍政権下でも若者の雇用について「再チャレンジ」を提唱したが、当時から非正社員の純一さんにとって、いくらチャレンジしても社会保険の加入さえもままならず、生活保護すれすれの状況が続いている。 失業でアルバイトを3つかけ持ち 幼い子の保育料で収入は全て消える 「アベノミクスはテレビで見る大企業の話。中小企業や末端の非正社員に恩恵はない」 藤田信也さん(仮名・37歳)の状況も切実だ。2年前に失業してから後は、トリプルワークで家計を何とか維持している。連日連夜働き詰めで、妻と2歳の子とはほぼすれ違いの生活だ。 妻は介護職だったが、過酷な労働で退職。介護の現場に嫌気がさして戻りたくはなかったが、家計が厳しく、一時職場復帰した。しかし、その収入は全て保育料に消えてしまって意味がないと感じた。 さらには、勤務先から「働くなら夜勤をやってもらわなければ」と言われた。夜間、信也さんが仕事で家にいないなか、子どもを置いて妻が夜勤をすることはできない。他の介護施設でも、「夜勤をしてフルに働けないなら雇わない」というところが多く、結局は共働きを諦めた。妻は他の業界での再就職も考えているところだが、子どもが小さく、なかなか難しい。 信也さんの勤務先は3つ。全てアルバイト採用で、量販店では時給800円、飲食店で時給750円、公共施設で750円という条件で働いている。実働は1日10〜12時間、ほぼ毎日休みなしでバイトを入れて、働けるだけ働く。 それぞれの移動時間がかかるため、朝家を出て帰宅すれば寝るだけの生活だ。昼食は車での移動中、赤信号のうちに慌てておにぎりを頬張る。そうして稼ぎ出すトータルの月収は約20万円。そこから国民年金保険や国民健康保険の保険料が引かれると、手元に残るお金はわずか。そこへ、食料の物価上昇だけでなく、公共料金の値上げがじわじわと効いている。家賃が公営住宅で月1万円を切るからこそ、やっていける。 羽振りがよさそうでも600円の盛りそば 飲食店や流通店で働くと景気がわかる 量販店の自転車コーナーでは、客は皆「乗れればいい。安いものを」と言って買っていく。「10万円もする電動自転車を買えるような人は、パチンコか何かで一発当たった人くらい」と信也さんは話す。 飲食店でも、客の注文する品で本当の景気がわかるという。高級車に乗っている営業マン風の男性でも、盛りそば600円を注文する。決して、1200円する天ざるそばは頼まない。50〜60代の管理職風のサラリーマンも同じ。「地域の飲食店や流通関係で働くと、景気の実態がわかる気がする」と、信也さんは身震いする。 今夏にあった参議院選挙には、投票に行かなかった。「どうせ自民党が勝つ出来レース。選挙に行く暇があるなら仕事を入れて稼いだほうがいい。なんの期待もしていない」と信也さん。 信也さんは、財布にあった3000円を使って宝くじを買った。それを使えば紙幣がなくなる。清水の舞台から飛び降りる思いだ。「けれど、よく考えたら虚しい。なけなしの金を使ってまで夢をみたいのか……」と、宝くじを持った自分の手をじっと見てしまう。 「働けど働けど なお我が暮らし楽にならざり じっと手を見る」――。かつて習った詩をふと思い出してしまう心境だ。まるで石川啄木の世界だ。 前述した純一さんや信也さんのように、働き盛りの層でも非正社員が年々増加し、全体で2000万人を突破。過去最高の38.2%(総務省『就業構造基本調査』2012年度)となるなかで、アベノミクスの恩恵を受ける労働者は限定的だ。 もともと女性に多かった非正社員だが、男性の非正社員比率はこの20年で倍増し、2002年の9.9%から2012年は22.1%へと上昇しており、雇用は不安定化している。 実は、冒頭の東京商工会議所の調査からも、従業員規模別で見ると、21人以上の中小企業では約5割が基本給を上げたが、20人以下では2割に止まることが示されている。 また、「正社員を増やした」など人員を増やしたのは全体で約4割程度だった。さらに、「賃金総額が減少した」と回答した企業が16.4%だったことも見逃せない。定年などによる人員減を補充しないなど「正社員を減らした」(37.7%)、「一時金(賞与)を減額した」(32.1%)、「毎月支給の基本給が減少した」(23.1%)となっている。 賃金総額の減少率は「5〜10%未満」(34.3%)が最も高く、「15%以上」が20.4%にも上った。中小企業で働く非正社員ともなれば、アベノミクスが“遠い世界”であることは間違いないだろう。 アベノミクスは遠い世界の出来事 中小企業で給料アップは望めない そもそも、国内では赤字の法人の割合が多く、賃金増は固定費を膨らませてしまうため、企業としては避けたいところ。国税庁『会社標本調査』(2011年度分)によれば、72.3%の法人が欠損法人、つまり赤字となっている。 そのようななかで、ある機械専門商社の社長は、「アベノミクスの効果なんてない。為替で多少の利益が出たくらい。消費税率の引き上げ前の駆け込み需要が拡大したが、社員の賃金を上げたくても、ベースアップするのはリスクが大きい」と先行き不安に頭を悩ます。 国税庁が今年9月に発表した『民間給与実態調査』(2012年度)では、サラリーマンの平均年収は408万円と前年より1万円減少。うち正社員は468万円、非正社員は168万円となっている。 同調査から、事業所規模別の平均年収を見ると、最も小さい従業員1〜9人で322万円(男性395万1000円、女性236万3000円)なのに対して、最も大きい従業員5000人以上では510万円(男性664万4000円、女性263万1000円)と、男性の場合は約1.7倍もの給与差がついており、事業所の規模が小さいほど給与水準が低くなっている。ちなみに、女性はどの規模でも賃金水準が等しく低い。 営業から企画、運営までこなしても 年収は360万円程度の悲しき正社員 都内の広告代理店で正社員として働く長井美佐子さん(仮名・30歳)は、「連日のように寝泊まりしてまで仕事をこなすなかで、全く給与は上がらない」と憤る。 美佐子さんは、顧客の商品案内やホームページの管理などの営業から企画・運営までを担当し、成績も伸ばしているが、ボーナスにわずかばかり反映されるだけ。現在の年収は360万円。働き始めて8年の間で、20万円程度しか年収は上がっていない。 社長は常に「最低でも前年比10%の業績アップを目指せ」と意気込む。今年は、アベノミクス効果なのか、消費税率前の駆け込み需要が後押ししたのか、営業成績が20〜30%アップの社員も続出し、夏のボーナスは3万円増額した。 働き方に見合わないと思うところもあるが、それでも美佐子さんは「正社員になれず、ずっと派遣や契約社員のまま安定しない友人も多い。年収200万円台の友人もいるなかで贅沢は言えない」と感じている。ただ、社長はワンマン経営で「社長の気分次第で降格、減給、クビにもなりかねない」という恐怖も抱えている。 同僚が恒常的なサービス残業について社長に訴え出ると「嫌なら辞めろ」と降格され、給与が大幅に減った。社員の給与の規定や昇給・降格について明確な基準が示されない。労働基準法などもまるで無視の無法地帯の“ブラック企業”ではあるが、仕事のやりがいと転職への不安から、多くの同僚が耐え忍んでいる。 美佐子さんは「景気が良くなって企業に利益が出たとしても、きちんとした社内規定や労働組合がある大企業と違って、社長がワンマンの中小企業では搾取されるばかり」と嘆く。 東京都労働局の『中小企業の賃金・退職金事情』(2012年版)によれば、賃金表がある企業は52.9%で、賃金表がない企業は45.9%だった。労働組合がある企業では賃金表があるのが71%で、労働組合がない企業の50.4%を大きく上回っている。定期昇給についても、実施した企業は53.8%となり、労働組合がある企業とない企業では実施率が69.5%、51.7%と差が出ている。 消費増税に向けてか、経済指標や雇用に関する統計では景気回復をにおわす数値が次々と発表される。総務省によれば、完全失業率は2010年の5.1%から2012年は4.3%へ低下。今年に入っても、8月の月次の数値は4.1%と改善傾向にある。 しかし、前述したように非正社員が年々増加し、全体で2000万人を突破。過去最高の38.2%となった。失業率が改善されたといっても、非正社員のワーキングプアが増加しただけに過ぎない。非正規から脱せない構造は変わらない。そして正社員といっても、中小企業まで影響は出ておらず、先行き不安を抱えた諦めムードが漂う。 大企業の連合体ともいえる経団連は賃上げに意欲を示す一方で、ここへきて、安倍政権下では解雇をしやすくする「解雇特区」や「限定正社員」の導入が提唱されるなど、正社員でも雇用が不安定になりかねない政策が打ち上げられようとしている。 アベノミクスが真に持続的な景気回復につながるのであれば、こうした雇用政策は無用なはず。ここに、経済界との駆け引きが垣間見える。 解雇規制緩和は経済界の悲願という現実 「安定した雇用」を目指す構造改革を かねてより、ある経団連の幹部は「バブル期に大定量採用した社員やうつの社員のクビを切りたいが、法的に難しい」「国内が空洞化するなかで、雇用調整できる環境は必須」と明かしており、解雇ルールに関する規制緩和は経済界の悲願ともいえる。 そうこうしているうちに、「失われた20年」の間に非正社員として働き始めた若者たちは、非正社員のままアラフォーに突入した。若年層でも、なかなか雇用情勢は改善していない。2003年と2013年の25〜34歳の非正社員比率を見てみると、男性は10%から216.3%へ増加。女性は37.6%から41.4%まで増えている。 この伸び率が今後20年続くとすると、単純計算でも同世代の約4割が非正社員になる計算だ。99%を占める中小企業の社員の賃金が上がるには、「安定した経済」と表裏一体の関係にあるはずの「安定した雇用」を目指す構造改革が必要なのではないだろうか。 DIAMOND,Inc. All Rights Reserved.
[12削除理由]:無関係な長文多数 |