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「合理的期待」なんて、金融政策には関係なかった
世界の中銀が注目するマイケル・ウッドフォード氏の主張
2013年10月22日(火) 平口 良司
今年のノーベル経済学賞はシカゴ大学のハンセン氏、ファーマ氏、エール大学のシラー氏に与えられた。彼らの貢献は資産価格の形成要因を解明したことにあるが、資産価格を考察する際、人々が今後の経済状況を予想(経済学でいう期待)するメカニズムを経済モデルに組み込む必要が生じる。しかし10月17日の日経ビジネスオンラインにて大垣昌夫慶応義塾大学教授が、そして同月18日の日経新聞経済教室にて依田高典京都大学教授がそれぞれ説明しているように、この3人の共同受賞者、とりわけハンセン氏とファーマ氏は、期待形成メカニズムの捉え方に大きな違いがある。
ファーマ氏の研究は、人々が資産の売買を行う際、利用できる情報をすべて入手して経済を予想するという合理的期待形成を仮定していた。この仮定より、経済モデルは経済の真の状況を正確に描写していることになるが、彼はそのモデルの解として資産価格を捉えたのだ。分析の容易さから、合理的期待を仮定した経済分析は金融論だけでなく、景気循環論などほかの分野にも頻繁に用いられるようになった。その一方で、実際問題として情報入手には時間も費用も莫大にかかり、合理的期待を現実に行う人は皆無といえ、期待の合理性に基づく政策分析には批判が根強い。
ハンセン氏は、それらの批判に応えるため、投資家が今後の先行きを予想する際に念頭に置く経済モデルと、真の経済の動きのあいだに確率的なずれが発生している状況(大垣教授の記事における「モデル不確実性」)において、資産価格がどう決まるかを分析した。より現実的な期待形成を仮定して経済モデルを分析するこのハンセン氏の研究は、株価の決定理論だけでなく、経済政策、とりわけ金融政策分析にも応用され始めている。
金融政策と期待という2つの言葉の間に距離感を覚える読者もおられるかもしれないが、実は日本の金融政策においても最近「期待」がよく使われるようになっている。日本銀行の黒田総裁は3月の就任会見で、金融緩和の効果を社会全体に波及させるには、市場の期待に働きかけることが重要だと述べた。
期待に働きかける金融政策の1つに、数年先に及ぶ政策の中身、例えば政策金利や通貨供給量の値を前もって宣言する時間軸政策がある。日銀が人々から信用されている限り、この宣言は人々の将来予想に変化をもたらす。植田和男東京大学教授(2003年12月25日付日経新聞)によれば、日銀が初めて時間軸政策を採用したのは1999年4月である。当時すでに政策金利が0%となり、更なる金融緩和が難しい状況下にあった。
日銀の金融政策はインフレ期待に一定の効果
そこで日銀は、デフレ懸念が払拭されるまで、具体的には消費者物価指数が安定的に前年比プラスとなるまでゼロ金利政策を続けると決めた。現総裁の黒田氏は更に踏み込み、マネタリーベースを2年で2倍に、そして国債保有残高を毎年50兆円のペースで増やし、インフレ率を2年で3%にすると宣言した。日本相互証券株式会社が公開しているデータによれば、市場関係者の予想インフレ率は今年3月を境にプラスの値をとるようになり、今年9月時点では約1.5%である。電力事情も原因の1つではあるが、今の金融政策はインフレ期待の形成に一定の効果をもたらしていると筆者は考えている。
期待に働きかける金融政策を企画立案するためには、人々の期待がどのように決まるかを考える必要がある。期待形成を考慮して金融政策を分析する枠組みを確立した人物の1人が米コロンビア大学のマイケル・ウッドフォード教授である。ブルームバーグ社は9月、世界経済に対し影響力のある50人のリストを公表し、日本からはソフトバンクの孫社長などが選ばれたことで話題となったが、ウッドフォード教授もそのリストの中に入っている。
彼の選出理由は、不況を脱するための金融政策の手法に関する彼の研究を、世界の中央銀行が注目しているからである。ウッドフォード氏は、中央銀行が目標とすべき社会厚生を、現在から将来にわたるインフレ率と国内総生産の値に依存する2次関数として表現し、その関数を、人々の期待を考慮しつつ最大化するような金融政策を導出した。近年では、自身の研究結果に基づき、中央銀行の政策目標を物価指数ではなく名目国内総生産にせよと主張し話題となった。
「合理的期待」の仮定を外して研究
前述したように、従来の経済学は合理的期待形成を前提としてきた。ウッドフォード氏はその非現実的ともいえる仮定を外し、より現実的な期待形成の下で望ましい金融政策を研究している。具体的には、ハンセン氏らの研究に基づき、人々の期待が真の確率分布と乖離する際、その乖離の度合いの程度によらず望ましい、つまり「頑健」な金融政策を研究した。
2010年のAmerican Economic Review誌における彼の論文(Robustly optimal monetary policy with near-rational expectations)によれば、人々の期待形成に非合理性があったとしても望ましい金融政策の構造自体に大きな変化はなく、毎年の政策金利をその年および過去のGDP(国内総生産)ギャップの増加率や物価上昇率の値に応じて1次関数的に変える非常にシンプルなルールの採用が望ましいことが分かった。つまりルールの重要性は人々の将来予想が合理的か否かに関わらず、変わらないのである。
中央銀行が金融政策を常にルールに基づいて決め、そして中央銀行のその姿勢が将来もぶれないと人々が信頼する事が大切という結論は、今や経済の教科書にも載る基本事項である。しかし累積債務を抱え、国債を通じ中央銀行と政府が一蓮托生となっている日本において、この結論は政府にとっても無視できないものである。
現在日銀は国債を毎月7兆円も購入しているが、引き受けた国債が日銀内で消滅するはずはなく、政府が償還の責任を負い続ける。従って債務不履行となれば、財務省だけでなく日銀への信用も揺らぐ。財政赤字を維持可能な水準にまで減らす計画を政府が立てないまま、ただ金利決定だけがルールに従っても金融政策全体への信頼度は上がらない。
これまで毎年の裁量が当然とみなされてきた財政政策についてもしっかりしたルール作りが必要となろう。単年度予算の仕組みを変えることも政策の一つとしてあげられるであろう。
ぶれない税財政のあり方を10年スパンで明示せよ
税収が国家予算額の半分という状況下で、消費税率を10%にする時期すら不明という今の事態は憂慮すべきである。例えば消費税率を2023年まで毎年2%ずつ上げていく、あるいは年金給付の実額を一人当たり毎年3%ずつ下げるなど、税財政のあり方を少なくとも10年のスパンで明示する必要があると筆者は考える。
不況期の増税中止は無論やむを得ないが、その場合も政権が毎回裁量で増税中止を決めるのではなく、事前に規則を定めてはどうか。失業率が前年より1%以上上がった年には税率を変えないなどとルールを明示しておけば、財政運営の透明性が増し、期待に働きかける金融政策も今まで以上に効果を上げるであろう。
このコラムについて
「気鋭の論点」
経済学の最新知識を分かりやすく解説するコラムです。執筆者は、研究の一線で活躍する気鋭の若手経済学者たち。それぞれのテーマの中には一見難しい理論に見えるものもありますが、私たちの仕事や暮らしを考える上で役立つ身近なテーマもたくさんあります。意外なところに経済学が生かされていることも分かるはずです。
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