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ユーロ圏債務危機国の構造改革の成果と課題−増大する貧困と社会的排除
2013/10/18
伊藤 さゆり
Weekly エコノミスト・レター2013/10/18号全文ダウンロード(357KB)
ユーロ圏では緩やかな景気の回復が続いている。債務危機国でも失業の増大には歯止めが掛かりつつあるが、失業率はユーロ圏平均を大きく上回る状態が続いている。
債務危機国はEU・IMFの構造調整プログラムや、強化されたユーロ圏の政策監視の枠組み、そして厳しい市場の監視に後押しされ構造改革に取り組んだ。その結果は、経常収支や対外競争力指数、景気循環調整後のプライマリー・バランスの改善などに表れている。失業期間の長期化を招くとされる解雇規制の緩和も進展した。
その半面、就業率は大きく低下、貧困と社会的排除のリスクに直面している人口の割合が増大するなど、社会的な痛みが広がっている。
債務危機国の成長と雇用の問題は依然深刻であり、支援の継続・強化が望まれる。
貧困と社会的排除のリスクに直面している人口の割合
( 緩やかな回復続くも、債務危機の影響は深刻 )
ユーロ圏経済の緩やかな回復が続いている。今年1〜3月期までの6四半期にわたる景気後退局
面では、内需は総崩れで、外需のみが成長に寄与する状態が続いた。外需の寄与も主な要因は輸入
の減少であった。しかし、今年4〜6月期は内需・外需が揃って回復、7四半期ぶりのプラス成長
に転じた。欧州委員会統計局が公表するユーロ圏の月次統計は、季節的な要因を除去したベースで
も月ごとの振れが大きいが、8月まで鉱工業生産、建設業生産、小売数量などの緩やかな回復基調
が続いていることが確認できる(図表1)。財貿易の統計では、輸出数量の緩やかな拡大基調が続
き、内需の低迷で減少が続いた輸入数量も回復に転じた(図表2)。
債務危機の拡大に阻まれてきた景気の回復がようやく定着するようになり、裾野が広がりつつあ
ることは朗報だ。しかし、輸出以外の指標の水準は、世界金融危機・同時不況前のピークを大きく
下回っている段階にあり、世界金融危機に続いたユーロ圏の債務危機の影響と後遺症は深刻である。
( 失業問題にもようやく改善の兆し )
長期にわたる不況はユーロ圏の失業率を現行統計で最悪水準の 12.1%まで押し上げた。しかし、
景気の持ち直しとともに、失業問題にもようやく僅かな改善の兆しが見え始めた。失業者数は今年
5月の 1921 万人をピークに前月を下回るようになり、失業率も7月には 12.0%に低下した。15
歳〜24 歳の若年層の失業率は 23.7%で全年齢層(15〜74歳)の倍近くと依然深刻だが、失業者数
は今年1月の 3604万人をピークに減り始めており、全年齢層よりも早く改善の兆しが現れている。
昨年6月のEU首脳会議での「成長雇用協定」などで、特に若年層の失業対策が強化されたことが
一定の効果を挙げていると推察される(注1)。
ユーロ圏の失業率を押し上げたのは南欧を中心とする債務危機に見舞われた国々である。2008
年以降、ユーロ圏では失業者数が 800 万人余り増大したが、うち、およそ半数をスペインが占める。
債務危機に見舞われた国々でも、失業率の上昇、失業者数の増大には歯止めが掛かり始めたが、ス
ペイン、ギリシャを筆頭に、債務危機国の失業率はユーロ圏平均を大きく上回る状態は続いている
(図表5、図表6)。
(注1)ユーロ圏の失業問題と若年雇用対策についてはニッセイ基礎研レポート2013-5-31「ユーロ危機の新たな段階
債務危機から雇用危機へ」をご参照下さい。
図表3 ユーロ圏の失業率と失業者数増減
( 財政健全化とともに構造改革を求められた債務危機国 )
ギリシャ、ポルトガルなど債務危機に見舞われ、欧州連合(EU)・国際通貨基金(IMF)の支
援を受けた国々は、支援条件である構造調整プログラムを通じて、財政赤字削減と競争力回復のた
めの構造改革に取り組んできた。包括的な支援には追い込まれなかったが、銀行増資のための支援
を受けたスペインや、政府債務残高の水準の高さや政治の安定性から市場の圧力が加わったイタリ
アでも財政健全化への取り組みと構造改革が進展した。
債務危機を教訓にユーロ圏では、政策監視の枠組みが手直しされ、従来から導入されてきた名目
GDP3%を超える過剰な財政赤字の是正手続き(EDP)を強化すると同時に、構造改革の実行
を求めるようになった。ユーロ参加国のうち、自力での資金繰りが困難になる債務危機に陥った国
は、危機の前段階で政府債務残高が過大であった国に限られた訳ではない。支援要請国に共通した
のは、民間部門も含めた債務の水準が大きく、かつ、経常収支の大幅な赤字を計上し、結果として
対外債務への依存度を高めていたことである(図表7)。こうした潜在的な債務危機のリスクを早
期に発見するために導入されたのが「マクロ経済不均衡是正手続き(以下、MIP)」である。M
IPは、経常収支や対外純資産など対外不均衡と競争力の指標と、住宅価格や民間部門の債務など
対内不均衡の指標から、マクロ的な不均衡を発見し、当該国に取り組みを求めるものである(注2)。
(注2) マクロ経済不均衡是正手続きの詳細についてはWeekly エコノミスト・レター「過剰なマクロ不均衡是正を求
められたスペインとスロベニア」2013-4-19をご参照下さい。
図表7 2008 年末時点のユーロ圏の対外純資産残高
( 進展した債務危機国の構造改革 )
債務危機国がEU・IMFの構造調整プログラムや、MIPの導入など強化されたユーロ圏の政
策監視の枠組み、そして厳しい市場の監視に後押しされ、構造改革に取り組んだ結果、ファンダメ
ンタルズは大きく変化した。
経常収支は、アイルランドが2010年にすでに黒字に転じているほか、他の国も均衡に近づき、
MIPで過剰な対外不均衡とみなされるGDP比マイナス4%を超える国はなくなっている(図表
7)。
対外競争力にも改善が見られる。ECBがユーロ参加国について作成している対外競争力指数の
うち、単位労働コストを物価指標として使用した指数は、雇用と賃金を通じた調整により大幅に低
下、すなわち対外競争力の回復が見られる(図表9)。
財政の面でも、大規模な財政赤字削減への取り組みが進展したことが、裁量的財政政策の規模の
目安となる景気循環調整後のプライマリー・バランスの改善ぶりから把握できる(図表10)。第
3次の支援を必要としているギリシャも例外ではない。
労働市場の改革も進展した。労働市場の機能は、債務危機国の対外競争力の回復のための構造改
革の課題として特に重視されたからである。その成果は、経済協力開発機構(OECD)が作成す
る雇用保護指標で確認できる。同指標は、解雇規制の厳しさの度合いを指標化したもので、0が最
も保護の度合いが低く、6が最も高いことを示す。図表11〜12はOECDが作成する3種類の
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雇用保護指標のうち、最新の第3指標を図示したものだが、世界金融危機がおきた2008年の段
階ではユーロ圏のコア国よりも高かった債務危機国の雇用保護の度合いは、2013年初にはコア
国を下回るようになっている。
図表9 ユーロ参加国の競争力指数
図表11 OECDの雇用保護指標
ここでは常用雇用と臨時雇用に関する解雇規制、集団
解雇に関する規制、さらに常用雇用と派遣社員との均
等待遇などを加味した第3指標を図示
このように債務危機国の改革の取り組みが、一定の成果を挙げていることは、危機の再燃を繰り
返してきたユーロ圏の金融市場が小康状態を保てるようになった背景の一つと考えることができ
るだろう。市場の落ち着きは、企業や家計のマインドの改善を通じても、ユーロ圏経済の回復に貢
献している。
( 中期戦略「ヨーロッパ2020」からの乖離する債務危機国 )
ただ、この間の急激な対外不均衡の是正や財政赤字削減の副作用として、債務危機国は極めて大
きな社会的な痛みを負っている。
ユーロ圏が導入した新たな政策監視の枠組みは、将来の債務危機につながるリスクを早期に発見
し、是正を促すだけではなく、2010年に立ち上げたEUの10カ年の成長戦略「欧州2020」
を達成する目的もある。「欧州2020」が目指すのは、賢い成長、持続可能な成長とともに包括
的な成長である。具体的な数値目標は、2010年までの10カ年計画「リスボン戦略」を引き継
ぐ就業率の引き上げや研究開発投資の対名目GDP比率3%に加えて、環境、教育、そして貧困の
削減も加えた、5つが掲げられた(図表13)。
図表13 EUの10カ年の成長戦略「ヨーロッパ2020」の目標
賢い成長 持続可能な成長 包括的な成長
smart growth susutainable growth inclusive growth
イノベーションの促進 気候変動、エネルギー対策 雇用と技能の向上
教育の充実 競争力の強化 貧困の削減
デジタル社会促進
【雇用】20歳〜64歳人口の就業率の引き上げ(69%→少なくとも75%)【「リスボン戦略」から継承】
【イノベーション】GDP比3%の研究開発(R&D)投資の目標達成【「リスボン戦略」から継承】
【環境】気候変動、エネルギー対策の「3つの20%(*)」の目標達成
【貧困】貧困ライン以下の人口を削減、2000万人の貧困からの脱却を図る
3つの優先分野
5つの数値目標
【教育】前期中等過程で教育を終える比率の引き下げ(15%→10%)と30〜34歳人口の高等教育卒業
比率引き上げ(31%→少なくとも40%)
(*) 90 年水準から温室効果ガス排出量を 20%削減、エネルギー最終消費量に占める再生可能エネルギー比率を 20%
に引き上げ、エネルギー利用効率を 20%向上
(資料)欧州委員会
債務危機国は、資金繰りの危機克服への取り組みに成果を挙げた半面、就業率は大きく低下、E
U全体の目標である75%から乖離が拡大、研究開発投資は伸び悩み、貧困と社会的排除のリスク
に直面している人口の割合は増大している(表紙図表参照)。
5つの目標のうち、環境と教育については改善しているが、これらは構造改革の成果というより
は不況の副産物である可能性が高いように思われる。
( 引き続き成長と雇用の支援が必要 )
債務危機国の努力と欧州安定メカニズム(ESM)、ECBによる新たな国債買い入れプログラム(O
MT)の導入によってユーロ圏で大規模な資金繰りの危機が発生するリスクは封じ込められた。しかし
ながら、債務危機国が負った痛みは大きく、「ヨーロッパ2020」が掲げる柱の1つである「包括的
な成長」とは逆方向に向っている。
市場の安定に続いて、景気の緩やかな回復が続くようになったことは明るい材料であるが、債務危機
国の成長と雇用の問題は依然深刻である。その克服に向けたEU・ユーロ圏としての支援の継続・強化
が望まれる。
図表14 20歳〜64歳人口の就業率
http://www.nli-research.co.jp/report/econo_letter/2013/we131018eu.pdf
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