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http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131010-00010002-bjournal-bus_all
Business Journal 10月10日(木)3時49分配信
昨年12月に自民党・安倍晋三政権が発足し、上場企業の2013年4〜6月期決算では、営業利益が前年を3割強も上回るペースとなり、政権発足前には9000円を割り込んでいた日経平均株価終値は、一時1万5000円台にまで回復。為替相場でも円高是正が進み、政権発足直後の1ドル=85円前後から、5月には約4年7カ月ぶりとなる103円台まで下落し、メディア報道などにより、アベノミクス効果で日本経済が急回復しているとのムードが広がっている。
だが、こうした見方に異を唱えるのが、7月に『日本経済 ここだけの話』(朝日新聞出版)を上梓し、ぐっちーさんのペンネームで知られる山口正洋氏だ。
モルガン・スタンレーなどを経て、現在は投資会社でM&Aなどを手がける投資銀行家であり、「AERA」(朝日新聞出版)や「週刊SPA!」(扶桑社)などに連載コラムも持つ山口氏に、
「経済情報を正確に伝えないメディア」
「アベノミクスで景気回復のウソ」
「円安進行は生活にマイナス」
などについて聞いた。
--本書では、第1章から「メディアも評論家もウソつきだらけ」と手厳しいですね。
山口正洋氏(以下、山口) 新聞やテレビで報じられている経済情報を見ると、現場の人間が感じていることとはあまりにも違っていて、この情報を信じる人がいるのかと思うほどひどいですね。きちんと取材せずに、発表されたものをそのまま掲載しているだけだからでしょう、論理展開の無理やごまかしに気づいていません。
例えば、総務省が7月30日に発表した6月の完全失業率は、リーマン・ショック当時の2008年10月以来4年8カ月ぶりに4%を下回り、3.9%となりました。また、同日に厚生労働省が発表した6月の有効求人倍率は0.92倍となり、08年6月以来、5年ぶりの高水準となりました。
この発表を受けて日本のメディアは、「円安を起点とする景気回復の動きが雇用にも広がり始めた」「外国からの観光客が増えて宿泊業の求人が増えるなど、サービス業の雇用も拡大」と、いかにも“すごいこと”が起きたという論調で報じています。
しかし、果たして本当に“すごいこと”が起きたのでしょうか? リーマン・ショックが起こる前、日本の景気はよかった。その時の失業率が3.9%でした。それがリーマン・ショックの影響で5%になり、今また3.9%に戻ってきただけの話です。だから、驚くようなことではありません。アメリカのように、5%の失業率が12%にまで悪化し、それがやっと7.6%にまで改善してきたという話とは次元が違います。
そしてメディアはこぞって、日本の失業率の改善は“アベノミクス効果”だとも書いています。政府の発表資料をそのまま垂れ流すから、こういう記事になるのです。まるで政府の広報機関であるかのようです。
メディアの役割は大事ですよ。政府の発表を精査し、「ここの論旨は矛盾しているのではないか?」「あまりにも数字をうまく使いすぎているのではないか?」そういう分析をした上で、情報をきちんと読者に伝えなければいけないと思っています。今の日本のメディアは、まるで戦時中の大本営発表のようです。大本営発表では毎日戦いに勝っているはずなのに、いつの間にか敵は沖縄にまで攻め込んできたという、まさにそれと同じことが起きているわけですね。
--プロの投資家たちは、日本のメディアの情報を信じていないということですか?
山口 一般の投資家の方々はメディアを信じ、メディアが配信する情報を信じていますが、プロの投資家は絶対に信じません。ロイターやブルームバーグ、そういう情報端末から出てくる情報も信用性が低い。というか、「間違ってはいけない」と思うために、すでに既知となった情報しか出さないわけですから、先行しなければならないという観点からすると、それを使っている限り、絶対に勝てません。プロは明かさないだけで、誰もが独自の情報ネットワークを持っています。「マーケットに影響力のある投資家は、次にどう動くだろうか?」マーケットにいる者同士でそういう情報交換ができるようなネットワークがあるわけです。きわめてヒューマンな世界ですよ。そういうヒューマンネットワークがない限り、この世界では勝てません。
日本でプロの投資家と呼ばれている方々には、サラリーマンが多いですね。でも、私は以前、米投資銀行のモルガン・スタンレーにいた時には5000億円くらいのポジションを持っていて、勝てば私のボーナスですが、負ければクビになるという状況にいたわけです。勝っても負けても決まった給料をもらえるサラリーマン投資家とでは、置かれている立場が全然違います。勝つための情報が必要なのです。だから、日本のメディアのひどさが余計に目につくわけです。
--一般の投資家の方々が正しい情報を入手するためには、どうすればいいのでしょうか?
山口 ある程度の知識を身につけて、メディアの情報を読みながら「これはウソだ」「ちょっとおかしい」という鑑識眼、選球眼を養っていただくしかありません。でもそれは決して難しいことではなくて、先ほど紹介した6月の完全失業率であれば、「リーマン・ショック前に3.9%だった失業率がリーマン・ショックの影響で5%に悪化した。それが今3.9%に戻った。このことは新聞が言っているほどすごいことなのか?」というようなことを、自分の頭で考える習慣をつけることです。つまり、情報を鵜呑みにしないということです。
安倍晋三首相は「日本を、取り戻す」と言っていますが、15〜24歳の若い年齢層の失業率を指す若年層失業率は、日本は10%以下です。さらに成人失業率も6%以下と、世界で見るとダントツに低くて、経済が好調だといわれるドイツの6.8%よりも低いのです。つまり、日本経済は安倍首相やメディアが言うほど悪くはない。でも安倍首相が「日本を、取り戻す」と言うので、「今の日本経済はかなり悪い」と勘違いしている人も多いのではないですか? こういう数字を見て、「悪くない」と読み取れるかどうかです。
●アベノミクスは伝統的な自民党の政策手法
--アベノミクスについては、どのように評価されていますか?
山口 アベノミクスが、特別で画期的な政策のように思っている人が多いかもしれませんが、伝統的な自民党の政策手法ですよ。従来の自民党と何も変わったことをやっているわけではありません。だから、安倍首相ではなく、石破茂同党幹事長でも、谷垣禎一元同党党首でも、結局は同じことだと思いますよ。
例えば、金融緩和は1990年代からずっとやり続けていますし、財政投入は80年代からどれだけやってきたことでしょうか。その結果、国の借金が1000兆円にも膨れ上がってしまった。つまり、今までやって効果のなかったものをもう1回やろうとしているのです。国土強靱化計画という名の下に、民主党政権時代にいったん中止となった八ッ場ダム建設も、結局復活しましたからね。日本全国で一度やめたはずの公共投資が復活しているわけですが、元々査定をして不必要となったものを今さらつくって、どうするのでしょうか?
その中で、規制緩和の推進は唯一希望が持てるものでしたが、ゆうちょひとつ民営化できない人たちが規制緩和と言っても信じられないですよね。規制緩和も、薬のネット販売だけで終わってしまいそうですね。ですから私が「アベノミクスは蜃気楼」という所以がここにあるわけです。
--メディア報道では、「アベノミクス効果で企業業績は改善している」と言われています。
山口 それはトヨタやホンダなど、ほんの一握りの輸出企業で、円安になった、つまり円高が修正されたことで輸出の採算が改善したというだけなのです。一方で、食品関連や小売り関連の企業はボロボロですよ。
これは貿易統計を見れば明らかで、5月の貿易統計(速報)によると、輸出は金額ベースでは5兆7000億円と前年比10.1%増となりましたが、数量ベースでは4.8%減です。円安になって輸出量が増えると思ったら、増えなかった。一方で、輸入は、「円安による燃料価格の増加が響く構図」が続いており、前年比10.0%増の6兆7000億円と、5月としては過去最大。この結果、11カ月連続の貿易赤字となり、赤字幅は過去3番目、5月としては過去最大の赤字となりました。
輸出は全部ドル建てと思われているかもしれませんが、ドル建てが50%、円建てが40%程度です。つまり年間60兆円の輸出の内、為替差益が出るのは30兆円分です。一方、輸入は70%がドル建てです。現時点では輸入のほうが多いのですが、仮に輸出と同じくらいの年間60兆円だったとすると、輸入では42兆円分は為替差損が出るわけです。
日本のGDPに対する輸出の比率(輸出依存度)は14〜15%です。皆さんが思っているほど日本は輸出に依存している国ではありません。つまり、「円高は困る」という企業は少ないということです。一方で、トヨタやホンダなどの大手輸出企業は、円高対策もしっかりできています。そういう企業にとって、円高が修正されれば、つまり想定レートよりも円安になれば業績が回復するのは当然でしょう。ただ、その大部分は為替差益で潤っているだけです。
そうした企業たちは、その差益の中から多額の広告宣伝費をメディアに投入する。先日テレビ局で働く友人と話をしたら、「これだけ広告収入が増えたら、自分たちのボーナスはいくらになるか」という話題で持ちきりだそうです。そういう人たちは、アベノミクスに対して表立って批判的な報道はできませんね。なにせ受益者なのですから。
●円安のマイナス面
--メディアの論調は円安歓迎ですが、日本経済にとって円安はマイナスということですか?
山口 円安になって、皆さんの暮らしに何かいいことはありますか? 例えば、給料が上がるとか、円安還元セールがあるとか。逆に、暮らしが厳しくなることはたくさんありますよね。食料品、ガソリン、そして電気料金、何から何まで生活関連の物価がすべて値上がりします。ですから、少し考えればわかることで、大多数の日本人にとっては、通貨が安くなることによるマイナス面のほうが圧倒的に多いわけです。
通貨の強さを決める要因として、経常収支や財政収支、それから金利差、いろいろなことが言われますが、どれか一つの要因だけで決まるというものではありません。それらの要素に、治安のよさ、軍事力なども加えた国力そのものが通貨価値を決定します。つまり、どの通貨を保有しているのが一番安全かという、きわめて曖昧な安全志向の結果なのです。
しかし、通貨が強いということはその国が安全かつ強力だということの裏返しだともいえるからこそ、少し前までは米ドルが世界最強だったわけです。その前は大英帝国の英ポンドでしたね。今、アメリカがよたよたし始めたので、日本円が強くなったわけです。
1971年8月、米国のリチャード・ニクソン大統領は、ドル紙幣と金との兌換停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制の終結を告げる声明を発表しました。これがいわゆるニクソンショックで、その後、71年12月に各国蔵相はワシントンD.C.のスミソニアン博物館で会議を開き、「ドルと金との固定交換レート引き上げ」「ドルと各国通貨との交換レート改定」を決めました。この時の日本の大蔵大臣が水田三喜男氏。日本円は360円から308円へ、16.88%切り上げられました。
さらに各国が変動相場制に移行し、あっという間に1ドル=180円まで円高が進むのですが、「これ以上円高が進むと、日本は輸出ができなくなる」という議論が日本全国に渦巻いたわけですよ。そういう状況を「日本の危機です」と説明する水田氏に対して、昭和天皇は「自国通貨の価値が上がることは、それほど悪いことなのか」とお尋ねになったそうです。その質問に、水田氏は答えられなかったといわれています。
編集部
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