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【後篇】 2013年10月9日 田中慎一 [企業財務コンサルタント/株式会社インテグリティ・パートナーズ代表取締役]
自分でコントロールできるものは何か?
業務改革は「時間」「粗利率」「経費」の見直しから
カッシーナ・イクスシー社長・森康洋氏【後篇】
高級家具大手の株式会社カッシーナ・イクスシー(以下、カッシーナ社)は、2007年12月期に103億円あった売上高が僅か4年の間に半減し、2010年12月期には3期連続で経常赤字を記録するという深刻な経営不振の状態に陥っていた。2010年末に同社の再建を託されたのが日本では数少ない「プロの経営者」の一人である森康洋氏。森氏は万年赤字体質のカッシーナ社をたった1年で黒字化し、借入金を半減させることに成功。そんな同氏が会計やファイナンスをどう活用しながらカッシーナ社の再建を果たしたのか、『あわせて学ぶ会計&ファイナンス入門講座』の著者が迫った。
結局、キャッシュフローは「粗利率」と「在庫回転率」で決まるんですよ
田中 衣・食・住と社長をやる会社が変わっていくにつれて、必要な会計とファイナンスのエッセンスって違うものですか?
森 それは違いますね。
田中 例えば、どういうところでしょう?
森 康洋(もり やすひろ)
株式会社カッシーナ・イクスシー 代表取締役社長執行役員 1955年7月15日生 慶応大学法学部卒業 株式会社レナウンで米国法人社長、本社執行役員を務めた後、株式会社アクタス代表取締役社長、株式会社グレープストーン常務取締役を経て、2010年11月、株式会社カッシーナ・イクスシー執行役員副社長に就任、2011年3月より現職。慶応大学では体育会ラグビー部で活躍。
森 やはり在庫回転率が全然違いますよ。というのも、食料品のビジネスはキャッシュフローがとても早く回りますよね。毎日口に入れて消化されていくわけですから。当社の家具など耐久消費財は、買い替えるのは何年かに一度です。ですから、そんなに回転しません。アパレルは春夏秋冬の季節で変わるから、その中間ぐらいでしょうか。例えば、前にいた会社は、売上が月20億あっても、月末在庫なんて1億円ぐらいしかないわけですよ。しかもその中身は原材料で製品在庫はゼロ。当社は月間4億から6億円の売上に対して、在庫が10億円もありますよ。これは商材の違いに起因しています。
田中 在庫以外ではどうでしょう?
森 粗利率が違います。ラグジュアリーブランドとユニクロでは、圧倒的に粗利率が違います。ルイ・ヴィトンのバッグの原価率はいくらですか?というお話しですよ。
田中 塩化ビニールの原価って安いですもんね(笑)。
森 結局、キャッシュフローは、「粗利率」と「在庫回転率」で決まるんですよ。
田中 それでは、森さんがこのカッシーナ社を仮に卒業されて、ほかの会社の社長をやってくれと言われたときに、この業種ならできるとか、できないとか、そういう得手不得手というものはありますか?
森 特にありませんね。衣食住にかかわるビジネスなら何でもできると思います。
田中 ところで、森さんは、社長として、原価の中身をどこまで見ていらっしゃいますか?
森 家具でもお菓子でもアパレルでも同じですが、原価計算は机上で行うものではなく、自分で必ず製造現場を見に行って理解するようにしています。コスト構造の中身を教えなさい、と聞くんですよ。
田中 会計やファイナンスに対する関心とか理解度というのは、経営者によって全然違うんですよ。日本では数少ないプロの経営者である森さんは、どんな姿勢かなぁと思いましてお聞きしてみました。
森 経営者というのは、マーケティング、人事、営業、マーチャンダイジング、ファイナンス、全部のプロでなければできませんかというと、そんなことはありません。社長がどこまで知っているかということは重要ではないと思うんですね。それはもちろん知っていたほうがいいに決まっていますが。
田中 知識よりリーダーシップの方が大切ということですか?
森 ダメになった会社を再生するといっても、いろんな方法があるわけですよ。ですから、私は私なりのやり方をただやっただけで、違う人が来たら違うことをやっていたと思いますよ。リーダーシップにもいろんな型があるわけですから。カリスマ型から調整型の人もいます。私みたいに変革が好きな人もいますし。私は毎年同じことの繰り返しが嫌なんですよ(笑)。どれが正しいというのは、ないと思うんですよね。それぞれの持ち味があっていいじゃないですか。ただ、ダメになった会社に共通しているのは、社員のモチベーションが低いということですよ。負け犬根性が染みついています。だから、そこを直してあげるだけでもずいぶん違いますよ。
「売上を上げましょう」そんな指示はハッキリ言って意味ないですよ
田中 森さんが社長に就任してからの2年半におけるカッシーナ社の再建ストーリーについてお伺いします。端的には粗利率の改善によってずっと赤字だった業績が黒字化しましたよね?
森 確かに結果はそうかもしれませんね。
田中 粗利率の改善のために取り組んできた打ち手を教えていただけるでしょうか?
森 私はいつも社員に言っているんですよ。自分たちでコントロールできるものから手をつけなければいけないんだ、と。「売上を上げましょう」と言ったって、売上なんてコントロールできないわけです。なぜなら、お客さんがいるわけですから。そんな指示はハッキリ言って意味ないですよ。それには仕組みがちゃんと必要です。だから、「売上を上げましょう」なんていうことは、私は言わなかったんです。
田中 では、どんなメッセージを発信したんですか?
森 自分たちでコントロールできるものは何なのだ?と。まず、自分の「時間」でしょうと。それから自分たちが売り買いしている商品の値段を決められるんだから、「粗利率」でしょうと。あと自分たちでお金を使っているんだから、「経費」でしょうと。売上を上げることよりも、自分たちでコントロールできることをきちんとやれる会社になろうよと。そこから始めたわけです。
田中 森さんがいらっしゃる前はどういう状態だったんですか?
森 粗利率の悪化は、コントロールできない為替レートも要因のひとつでしたが、バーゲンでのディスカウントが大きかったり、納品先に言われるがままの納入率(卸値)で卸していたりしたことが原因でした。自分たちの意思がなかったんですよ。言われるがままの条件でハイハイと商品を売っていたから粗利率がドンドン低下していったわけです。粗利率が悪ければ取引を断ればよいものを、売上が欲しいからと不利な取引条件を受けていたんですよね。自分たちで事業をまったくコントロールしていないわけですよ。
嫌なことをやるのが経営者なんですから、嫌な役回りは「私がやるよ」
田中 こちらの図は、ある会社の得意先ごとの売上と粗利率をプロットしたものです。これを見てわかるように、値決めというのは多くの会社で無秩序に行われているんですよね。
森 現場に任されていますよね。
田中 通常は取引規模にかかわらず粗利率一定か、取引規模が大きくなるにつれて粗利率が下がっていく(大口得意先をひいきする)、つまり、横に平行か右肩下がりにプロットされます。私がこれを社長さんにお見せすると、「あ、取引規模が小さい得意先の粗利率を上げればいいんですね」と言って頭では理解します。でも、実際には実行できないことが多いんです。得意先に対して条件変更を迫るのが嫌ですから。
森 だって、嫌なことをやるのが経営者なんですから。得意先のトップに取引条件の変更をお願いするといった嫌な役回りは「私がやるよ」と。トップ自ら行ってちゃんと話をするんですよ。そして、日々の取引は、現場のあなたたちが自分で管理をしなさいと。
田中 それでも、得意先に怒られたら怖いとか、取引を打ち切られるんじゃないかとか、不安が頭をよぎりますよね?
森 打ち切られてもいいんですよ(笑)。だから、私がこの会社に来たときは「売上が減ってもいい」と言っていたわけですよ。こちらの合理的な条件変更の要請を理解していただけない得意先だったら、良い関係は続けられないからやめようよ、と。それで、現実に離れていった得意先がいっぱいあるんですから。
田中 普通は、その決断がなかなかできないんです。
森 それは中間管理職ではできないんですから、トップが自ら決断しないといけないんですよ。得意先を失うことになる営業担当者は「え〜!?」などと言うけど、「え〜じゃないんだよ!」と切り返します(笑)。
田中 そのときに、どこまで得意先が減っても大丈夫とか、そのあたりの数値的なインパクトは見積もっていたんですか?
森 自分のなかでは、ですね。
田中 それはどうやってはじき出すんですか?
森 それは長年の経験ですよ。ここの部分でこれだけなくなっても、自分がこの部分でこういう手を打っているから大丈夫じゃないか、といったような感じです。
田中 そのときの目算としては、例えばどれくらい得意先の数が減っても大丈夫という計算があったんですか?
森 やはり、粗利率が低い商売をすることが社内にもたらすマイナスの影響を無視できないんです。
田中 得意先の数にこだわるよりもマイナスの影響をなくす方が社内に対する効果は高かったと?
森 だから、売上は減ってもいいと私は思っていますよ。もっとも、これでは永遠には続かないわけですよ。企業は、やはり売上を伸ばさなければ成長しませんからね。売上減を認めるというのは、中長期的には間違った戦略だと思いますけど、経営不振の会社を再生するときには、まずコントロールできるものは自分たちでコントロールできる会社にしないと売上を伸ばすことなんかできません。それができるようになったら、では、次は売上を伸ばす会社にならなければダメですよねというのが、いま私が挑戦している3年目です。
再生させる会社には、ひとりで乗り込むし、社員のクビも切らない
田中 森さんの経営スタイルのお話しになるんですけれども、一般的に会社を建て直すときは、いわゆる助さん、角さんを連れていきますよね。例えば、営業のプロなどを連れて、経営再建チームとして乗り込んできます。そして、最初にクビ切りをやりますよね。だけど、森さんの場合、毎回、自分ひとりで乗り込むうえ、クビをバサッと切ることも絶対にしません。それでも会社を再生させられると考える森さんなりの根拠は何でしょう?
森 何でしょうね…。性善説じゃないですか?基本的に、人はちゃんとやれば働くものだと思っています。実は、この会社へ来る前にいろんな人に相談したところ、「もうあの会社には優秀な人間は残ってない」とか「モチベーションは低いし、森さん、行くのはやめたほうがいいんじゃないの?」などと言うわけですよ。でも、それは行ってみないとわかりませんよね。人はいるだろうと。ただ、力の発揮のしかたを知らないだけではないのか?と私はいつも考えるわけですよ。
田中 私が森さんに初めてお会いしたとき、いきなり「お前、声がでかい。うるさいんだよ」と言われて、ずいぶん取っつきにくい人だなぁと思ったんですね(笑)。でも、愛のある厳しさを持った方だなぁと。時には社員に厳しい言い方をされるんですか?
森 「バカじゃないの?」なんて言ったりしますよ。どんな人でも教えればできるようになると思っているからです。思考と行動のスピードについては特に厳しく言っていますね。「お前らは寝てるカメか?」「普通ウサギが寝るんだろ。カメなのに、なぜ寝てるんだ?」ということも時には言います(笑)。
田中 そしたら、もっとできるウサギを連れてくるなり、できないカメを一掃する方がラクだと思うことはありませんか?
森 私はラクなのが嫌なんですよ。普通、会社の再生って、債務をカットして銀行が泣くだけじゃないですか。ああいうやり方は真の再生と言えないと思っています。やはり自分たち社員が立ち上がって、自分たちの力でちゃんとなって初めて企業の再生ですよ。レバレッジをかけてエグジットした後の会社はどうなってもいいという投資ファンドのやり方は「再生」と言えますか?という話じゃないですか。それで「どうだ、私は再生しました」「キャリアを積みました」と言って転職を繰り返している人はいますよ。でも、そんなものを見ても私はそうなりたいと思いません。
田中 「強くなければやさしくなれない」という言葉がありますが、森さんがまさにそうですね。
森 結局、人を信じる、仲間を信じるというところから始まるわけじゃないですか。1回言ってできなかったら2回やらせてみる、2回やってダメだったら3回やらせてみる。チャンスは常に与えて、できなかったらきちっと叱ってあげる。本当の再生というのは、こんな地道なことの繰り返しですよ。
田中 森さんが入られたときに残っていたメンバーがベストメンバーなんだ!と信じるところからスタートするわけですよね。
森 会社が赤字を垂れ流してボロボロになっても、彼らが100%悪いとは言いきれないじゃないですか。経営陣にも責任があったわけですから。彼らにだって責任はありましたよ、当然。それでも、そんな責任を問うたって始まらないじゃないですか。
田中 森さんは、請われた会社に社長として乗り込むとき、全社員の名前を覚えるところから始めますよね。
森 全員のファーストネームも漢字も覚えますし、キャラクターやファッションも全部言えますよ。今日どういう靴を履いていたとか、全部覚えています。そういうふうにしないと会話が始まらないでしょう。だって、上から目線で「俺が社長だから俺の言うこと聞け」なんて言ったところで普通の人はどこから来たかわからない人の言うことを聞くわけないじゃないですか。
たった1年で再生できたのは、「社員がよく働いたからです」
田中 森さんは、たった1年でカッシーナ社の黒字化を果たし、銀行からの借入金も半減しました。たった1年で、これだけの結果を出した秘訣は何ですか?
森 社員がよく働いたからです。私が全部やったわけではありませんから。会計やファイナンスに限らず戦略は大事ですよ。でも、いちばん大事なのは、会社が元気になるためのチームビルディングですよ。やはり会社をグッとひとつにすれば、いろんな力が出てきますからね。それをいかに引き出すかが大切です。
田中 チームビルディングというと、要するに人ですよね。
森 仕事というのは人がやっているんです。コンピュータがやっているんじゃないですから。
田中 テクニックとか戦術とか、それは二の次ですよね。
森 まあ、それもありますけどね。「これをやる」と決めたら、あとは、ちゃんとやりますかという話ですよ。決めても何もやらない会社の方が多いんですから。コンサルタントを入れて素晴らしい再建計画を作っても実行できなかったら何の意味もないでしょう。
田中 完璧な計画をやらないより、できそこないの計画でもやったほうがいいですからね。
森 100%やったほうがいいですよ。やると決めたことを。でも、社員にチームビルディングを腹落ちさせるのは大変ですよね。被害者意識の社員もいれば、いろんな価値観を持った人がいますから、会社をひとつにすることって大変ですよね。
田中 行き着くところはヒューマンスキルですね。相手を落とすテクニックとか話術とか、そういう話じゃないじゃないですか。
森 社長室にいて指示しているだけではダメでしょうね。自分が現場に出て行って、現場でやっている人のことも理解してあげて、それで初めて信頼関係ができていくんじゃないでしょうか?
田中 森さんのチームビルディングの極意を教えてください。
森 よく言われているように、どんな組織だって、「やる気のある人」「どっちでもない人」「やる気のない人」が2:6:2の比率で分かれるんですよ。
田中 上位の2割の人たちに働きかけることによって組織全体にレバレッジをかけるわけですよね?
森 そうですよ。上位の2割がシャキッとなれば、真ん中の6割というのは上位の2割に引っ張られるんですよ。ダメな会社は下の2割が強くて真ん中の6割が下に引っ張られるから組織全体のモチベーションが下がるわけです。だから影響力のある2割を見つけないとダメですね。それを最初にやりますよ。
田中 役職は関係ないですよね?
森 役職やポジションは関係ないですね。役職、ポジションは見栄えがよくて過去に引き上げられた人がいるんですから。
インタビューを終えて:
華やかに見える成果の裏に基本に忠実な姿勢あり
経営不振に陥っていた企業を再建させたという成果だけを切り取れば、それはとても華やかに見えます。森氏の経営者としての豊富な実績とカリスマ性に富んだキャラクターも相まって、カッシーナ社再建の舞台裏では、どのような画期的な取り組みがあったのだろう?と強い興味が湧くのではないでしょうか。
今回のインタビューを通じて、とても印象的だったのは、カッシーナ社の劇的な再建が森氏の基本に忠実な姿勢によってもたらされたということです。当たり前のことを当たり前のように実行することこそ企業経営の要諦であると改めて感じました。経営再建が必要となるような企業に共通しているのは、経営実態が適時適切に把握されていない、つまり、経営が「見える化」されていないという症状です。月次決算に2週間も1ヵ月もかかるというケースはけっして珍しくありません。森氏が社長に就任してからは月次決算を翌日に締めるようにしていますが、上場企業の中でもここまで徹底しているケースは少ないでしょう。現状をタイムリー、かつ、正しく把握して、はじめて筋の良い経営意思決定が可能になります。
そして、森氏がカッシーナ社の再建を果たした要因をもうひとつ挙げるとすれば、経営トップとしての「決断」です。管理会計からはじき出される数字はファクトを示し、経営の打ち手を導いてくれますが、どんなに優れた戦略も経営トップの覚悟と決断がなければ実行に移されることはありません。ややもすれば、経営者の決断というと、論理的な思考とは対局にあるように捉えられがちです。ところが、「社長に就任して以来、元旦以外は仕事を休んだことがない」と語る森氏は、地方店舗を含む現場を自ら徹底的に見て回ることを通じて勝算をしっかり持っていたのではないでしょうか。
森氏は、黒字化しただけの同社の現状について、「経営再建を果たしたとは思っていない」とおっしゃっていました。近年のカッシーナ社は、無駄な資産を売却し、過大となった有利子負債を返済していく、という守りのファイナンス戦略がとられていましたが、今期からは売上拡大を見込み設備投資も必要になってきます。これからの同社の攻めのファイナンス戦略についても注目していきたいと思います。
http://diamond.jp/articles/print/42668
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