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【第14回】 2013年10月8日 吉田典史 [ジャーナリスト]
子育て苦を言い訳に“疑惑の残業”をやりたい放題!
会社にたかりしゃぶりつくす「黒いイクメン」の被害
育児を言い訳にやりたい放題の社員も
職場で本当に守られるべきなのは誰か?
今回は、育児にいそしむある30代の男性社員と、その同僚や上司が織りなす職場の「悶える人間模様」をお伝えしよう。
少子高齢化が進む日本では、男性の育児参加の必要性が唱えられている。育児への意識が高い男性社員は「イクメン」と呼ばれ、注目を浴びる。
しかし、男性に限らず、仕事と育児を両立できる風土は、いまだ職場に根付いていない。そのため専門家やメディアは、「企業は育児にもっと理解を示すべき」というように、当事者の声のみで職場の課題を判断しようとする傾向がある。
しかし、そのようなアプローチだけでは実態を的確に捉えることはできないと筆者は思う。職場では、様々な立場の社員の利害関係が複雑に絡み合っている。連載第12回、13回でも紹介したとおり、育休明けやうつなどの理由で職場の協力を優先的に受けられる立場にある社員の中には、その「特権」を必要以上に利用しようとする者も散見されるからだ。
その結果、第12回で紹介したように、本来は善意で彼らを手助けしている周囲のまじめな社員たちの負担や不公平感が増大し、職場が混乱するケースなども報告されている。だが、この手の「ブラック社員」が抱える問題を炙り出すことは難しい。パワハラやセクハラといった上司からの圧力ばかりでなく、一般社員が「悶える職場」の原因をつくるケースもあるのだ。
こうしたケースでは、周囲の社員の言い分を聞かないと、真の課題は見えてこない。そのため、今回も管理職への聞き取りを行うこととした。
舞台は、社員数90人の音響機器製造販売会社。ある頃から、営業部(約20人)の男性社員(32歳)が膨大な量の残業を申請するようになった。それは、「疑惑の残業」と囁かれた。
直属上司である営業課の課長や総務部などが残業の実態を確認するが、彼は答えようとしない。その後、男性は依願退職した。今も営業部を中心に、男性社員への批判は残る。
話を聞いたのは、この男性とは違う部署の男性管理職(経理課長・43歳)。ここでは仮にA氏とする。実際に悶えた社員は誰なのか。その理由はどこにあるのだろうか。
男性管理職とのやりとりについては、よりニュアンスを正確に伝えるため、インタビュー形式とした。取材の内容は、実際に話し合われた内容の9割方を載せた。残りの1割は、会社などが特定できる可能性があることから省略した。
僕は2人の子どもを1人で育てる身
会社はもっと育児に協力してほしい
取材に応じてくれたA氏(都内・品川にて)
筆者 その男性社員(32歳)は、1年前に退職したのですね。今振り返って、どんな感想を持っていますか。
A氏 はっきり言えば、いなくなってくれてせいせいした……。社長以下、役員や管理職たちの本音は、彼にはもっと早い段階で辞めてほしかったんじゃないかな。
彼は会社をゆすり、たかり、しゃぶりつくし、苦しくなると泣き落として、甘い汁を吸い続けた。彼と同じ営業課には、同世代の優秀な社員が数人いた。その社員たちが、「なぜ、彼だけを特別扱いにするのか」と不満を覚え、辞めてしまうようなことがなかったからよかった。実際は、みんな不満たらたらだったけど……(苦笑)。
1ヵ月で最大100時間、額面は基本給以上
仕事をしないイクメンの「疑惑の残業代」
筆者 彼のどこに問題があったのですか。
A氏 まず、同世代の社員と比べると仕事が著しくできない。そして、「疑惑の残業」が多すぎる。
筆者 疑惑の残業?
A氏 給与が、月に額面で50万円をゆうに超えていた。基本給が30万円前後で、残りの20万〜40万円分が残業代。年収では700万円を超える。うちは社員数が100人に満たない。業績もさほどよくない。30代前半の社員にこれほどの額を支給する前例なんてない。
筆者 残業代だけ見ると、過労死してもおかしくないほど多いですね。
A氏 彼は退職する2年ほど前から、1ヵ月の平均残業時間が少ないときで60時間、多い場合は100時間を超えていた。しかしその間、本当に働いていたのかどうかは疑わしい。その意味で、「疑惑の残業」と囁かれていた。
全社員の月平均残業時間は、20時間。過去にも、さすがに100時間を超える人はいない。だからこそ、営業課長である上司や総務部(人事部)の部課長が、早い段階から「これほどの仕事を君には与えていない」と指摘した。厳しいノルマも当てがっていない。むしろノルマは、部内20人ほどの中で相当に少ない部類だった。仕事ができない人だったから……。
上司に指摘されると、彼は興奮して言い返したようだ。「僕には、子どもが2人いる。妻とは離婚し、父親の自分だけで育てる身。会社としてもっと協力をしてほしい」。
筆者 「イクメン」ですか……。
A氏 「イクメン」路線で迫られると、上司や総務部、他部署(経理課)の管理職である私も何も言えなくなる。今や世の中の空気が、育児をする社員を支援するようになっている。うちは小さな会社だから、労働環境の整備は遅れている。それでも、社内には1年間ほど育児休業で休み、復帰し、働く女性が2人いた。
「1人で子育てする大変さがわかるか?」
注意したくてもできない錦の御旗の威力
筆者 彼は、育児休業で休むことはなかったのですか。
A氏 それはない。2人の子が幼稚園と小学校に入った頃に、夫婦は離婚したみたい。それまでは、奥さんが育児をしていたのだと思う。その頃は月の残業は数時間程度で、「マイホームパパ」として早々と帰宅していた。離婚し、1人で子育てをするようになると、毎月の残業時間が60〜100時間で推移するようになった。
筆者 それはなぜでしょうか。
A氏 噂では、奥さんに払う慰謝料、2人の子の養育費、生活費などに多額のお金がかかるみたいだった。1人の子は、私立の小学校に通っていた。20代後半のときに、横浜郊外にそこそこ高級のマンションを買ったようだった。車も2台購入した。
どう見ても、メガバンクや外資系金融機関の社員と同レベルの生活をしようとしていたようにしか思えない。うちは中小企業なんだけど……(苦笑)。
本人は、上司にこう報告をしていたらしい。「営業先を午後10時頃まで回った」「休日出勤した際、取引先の社長らの家で食事などに誘われ、午後11時頃まで接待をしていた」。その合計が、月に60〜100時間に及ぶということだった。
筆者 報告には、具体的な証拠が欲しいですね。会社にとっても、後々のトラブルを防ぐために必要でしょう。
A氏 不審に思った上司が、名前が挙がった社長十数人に電話で確認した。すると、誰もが「〇〇さん(男性のこと)とは、休日に会っていない」と答えた。さらに、彼が「毎日午後10時頃まで営業をしていた」と報告をするから、上司が「その会社名を教えてくれ」と尋ねた。すると彼は、「子どもの面倒をみないといけない」「子育ての大変さがわかるんですか!」と逆ギレする。
筆者 そんないい加減な報告を受けて、残業を認めていたのですか。
A氏 とりあえずは、認めてしまったようだった。「僕は、1人で子育てをしている。その大変さがわかるんですか」という叫びが、錦の御旗というか、時代劇の「水戸黄門」の印籠のようになる。総務部長らも渋々と認めてしまう。小さな会社だから、なあなあなところがある。それが彼につけ込まれたきっかけだと思う。
筆者 そのまま放置すると、何か問題が生じたときに、労基署から膨大な残業量が指摘される。当然、会社の監督責任が問われるのではないでしょうか。
A氏 総務部長もそれを察知していた。そこで何度か確認をした。だけど、彼は明確に答えない。結局、月に60〜100時間にも及ぶ残業の中身がわからない。そんな状態が数ヵ月続いた。耐えかねた総務部長が「業務命令違反」として、始末書を書くように指示をした。彼は、「それなら、もう辞めます!」と脅す。
筆者 そのように会社にたかり、しゃぶりつくしたわけですね……。
A氏 さすがに総務部長が怒り、「役員会で君の扱いを検討する」と言ったみたい。彼は今度は「育児をする僕や、子どもはどうなるんですか……?」と泣き始める。
筆者 それで最終的に残業を認め、多額の残業代を支給したわけですね。世間では、残業不払いの会社が増えているのに、立派なことに見えます(苦笑)。ただ、人事の公平性の観点からは問題があるでしょうね。
最も仕事ができないのに最も高給
周囲の優秀な社員も問題視を始めた
A氏 そんな状態で、しばらくは基本給の倍以上の残業代をもらっていた。同じ営業課には20人近くの社員がいて、彼と同世代の30代は8人ほどいる。そのうち数人が優秀な社員で、彼のことを問題視し始めた。「俺たちが営業部を支えている。なぜ、あんなやつを特別扱いするのか」と、上司に問いただすようになった。
「疑惑の残業」のイクメンの営業成績は、20人ほどの中で下から数番以内。ところが、残業代は部内ナンバー1。同じ30代で、成績が上位1〜5番を占める社員たちには基本給三十数万円で、わずかの残業代しか支給されない。これでは、ブーイングが出るのが当たり前だと思う。
筆者 確かに、労働基準法などに基づいた額が支給されていないならば、大いに問題でしょう。しかし、事情があって支給しない会社を「ブラック企業」とひとくくりに批判するだけでは、解決しないと思います。
優秀な人を厚遇しない企業のひずみ
「不払い」と「支給のあり方」の根は同じ
A氏 私も、そのように感じますね。
筆者 本来は、残業代の支給のあり方も議論されるべきでしょう。「不払い」と「支給のあり方」は、実は根っこの部分が同じなのです。
少なくとも、労基法の残業時間に関する条文を額面どおりに受け止め、きちんと全額支給をすると、特に中小零細企業の場合はいずれ経営破綻すると思います。もちろん、いかなる理由であれ、労使双方が法を守る必要があります。
法を厳守しつつも、労基法と労働現場の間に、大きな乖離があるのではないか、という深い議論はされるべきでしょうね。その部分を突き詰めていくと、「不払い」と「支給のあり方」は、実は根っこの部分が同じであることに気がつくと思います。ここにメスが入っていないことが、優秀な人がある意味で報われず、悶える一因になっています。
A氏 そのあたりは、根本の根本にある問題だと思う。本来、時間内で仕事を終えて一定の結果を残す人が「優秀」と評されて、支給額が増えて待遇がよくならないといけない。
しかし、うちはそんな人は認められず、なぜか損をする。そして、部内で最も稼げない「疑惑の残業」をするイクメンが最高の待遇を受ける。残業が多い彼のことを、「頑張り屋さん」と評する社員もいた。これは、間違いじゃないかな……(苦笑)。
残業することなく、時間内に仕事をきちんと終えて、その精度も高いならば、たとえば「がんばった手当」などを設けて、支給するべきじゃないかな。だけどうちのような会社では、膨大な残業代を彼に払うと、もう余力がない。だから、優秀な人に「がんばった手当」のようなものを新たにつけて払うなんてできない。
筆者 それに近いことを話す中小企業経営者は多いですね。
A氏 そこに、私は管理職としてジレンマを感じる。優秀な人に高待遇を与えないと、組織が成り立たない。今は、その逆だよね。そこに、優秀な社員の悶えがある。我々管理職層の空しさもあるの。
ついに社長に怒られ残業禁止に
イクメンの年収は300万円も激減
筆者 それで結局彼は、ずっと「疑惑の残業」を認められ続けたのでしょうか。
A氏 2年目になると、さすがに社長が怒り出した。彼と直接話し合い、その場で残業を禁止した。仕事の量も大幅に減らした。もともと、少なかったけれど……。
彼は「相談をするべき人と話し合い、返事をします」と答えたみたい(苦笑)。彼なりの脅しだったのだろうね。社長は応じなかったようだ。実際、彼はほとんど残業をしなくなった。同情する人はいなかったね。
筆者 彼は、それから謙虚になりましたか。
A氏 周囲の社員には、賃金を一方的に減額されたと不満を漏らしていたみたい。残業をしている根拠をいつまでも提示しないから、会社として認めなかったというだけのこと。決して、不当な行為ではないよ。
年収は、300万円以上減ったようだ。噂では、その後水面下でいくつかの会社の転職試験を受けたようだけど、内定を得ることはできなかったんだろうね。
筆者 なぜ、彼はもっと早いうちに転職をしようとしなかったのでしょうか。
A氏 うちの会社には、錦の御旗や「水戸黄門」の印籠を突きつけて、強く出れば上層部はひるむと確信していたんだろうね。ゆすり、たかり、しゃぶりつくし、苦しくなると泣き落とす……(苦笑)。この繰り返しで、味をしめたんだろうな。
A氏 意識の高い優秀な人は、会社に見切りをつけたなら、懸命に勉強をしたり、いくつもの会社を受験して、新たな人生を切り拓く。彼には、そんな考えはない。
実際は私も含め、みんなが彼の傲慢な言動には苦虫を噛みつぶす思いだった。自らの仕事に無責任で、チームワークを高めようという意思もない。一応は同じ職場の仲間だから、困ったときは支え合うべきとは思う。だけど、彼は勘違いをしていた。
イクメンを認める風潮があるからこそ
不正に近いことをして勘違いし続けた
筆者 勘違い?
A氏 今や、育児をする社員を認める風潮がある。そんな世の中が、自分の味方になってくれる。自分を認めない会社にこそ、非があると信じ切っていたようだった。
しかし、育児云々以前に、彼はするべきことをしていない。守るべきルールも守っていない。仕事もできない。そんな甘さや身勝手なものを、「育児」という錦の御旗で覆い隠し、不正に近いことをしていただけのこと。
不正ではないならば、それを立証しないといけなかった。彼にも言い分はあるのだろうけど、会社は結果で判断されるところだから。
筆者 執拗に残業をしようとしたのは、私生活での事情があったからなのでしょうかね。
A氏 それを認めてはいけないと思う。たとえば「離婚をして……」「子どもが私立の小学校だから……」という言い分を受け入れたら、会社が成立しない。90人の社員それぞれに言いたいことがある。それを押し殺し、ルールを守るから、職場が成り立つ。
こういう生活をしている。そのためにはこれだけの収入が必要。ところが基本給はこれだけの額しかない。だから残業をして補う。しかも、その残業時間で何をしていたのか、結局明確にしない。こんな考え方は、根本から誤りだと思う。
会社をゆすり、たかり、しゃぶりつくし、
時には泣き落として、甘い汁を吸い続けた
大人なのだから、自分の収入に見合った生活をするべき。それができないならば生活水準を下げるか、それとも収入を増やすか、どちらかしかない。収入が支出に追いつかないならば、もっと基本給などが高い会社に移るべきだった。ところが、彼は「疑惑の残業」で収入を増やし続けた。
筆者 そうした選択肢は、認めるべきではないでしょう。いったん認めると、禍根を残すと思いますね。
A氏 私には、彼は会社をゆすり、たかり、しゃぶりつくし、苦しくなると泣き落として、甘い汁を吸い続けたとしか思えない。繰り返すが、我々の本音は「彼が辞めてせいせいした」というところだった。
踏みにじられた人々の
崩壊と再生
育児にいそしむこの男性も、ある意味では世の中に踏みにじられたのかもしれないが、今回のケースでは、彼と同じ部署の同僚や上司、総務部や社長らのほうが、より踏みにじられた度合いが強いように思える。
私の取材を通じての観察では、社員数90人ほどの会社は、就業規則や人事制度が社員らの意識になかなか浸透していない。特に労働時間の始業、終業、残業時間などの管理が、隅々まで行き届いていない傾向がある。
こういう状況で、今回の男性のような社員が現れると、問題が生じる。最近中小企業などで頻発する「残業代不払い問題」は、このような文脈からも考えてみるべきだと思う。労使双方の誤解もあるかもしれないが、少なくともその会社にはスキがあるのではないだろうか。
そのためにも、「ルールによるマネジメント」をできるだけ浸透させることだと思う。中小企業の伝統とも言える家族的な雰囲気のマネジメントも大切ではあるだろうが、時代は変わりつつある。
もちろん、「ルールによるマネジメント」は、社員数90人程度の会社では自ずと限界がある。だが、労基法などに該当しないような、たとえば「疑惑の残業」については、早いうちに徹底して否定するべきだった。ここでの初期対応が甘すぎたことが、男性に誤ったメッセージを送り、後々の問題に発展した。
会社の管理職や人事に関わる役職者、役員らは、社員に誤ったメッセージを与えないことを常に意識するべきである。それは、決して社員を抑圧することではない。むしろ、優秀で意識の高い人を大切にしようとするならば、重要視するべきことと思う。
企業はマネジメントにルールを求めよ
時間内に高い成果を出す社員こそ優遇
さらに、残業の扱いと支給との関係で言えば、時間内に仕事を一定水準以上のレベルで終える人を優遇し、何らかの手当てを支給するなどのインセンティブを与えられないだろうか。一方で、時間内で終えることができずに、大量の残業を抱え込む人には、せめて賞与などの査定評価を低く扱い、双方の間で一定の差を設けるべきではないだろうか。
社員数90人の会社ならば、十分可能に思える。このようにしないと、優秀な人の心は報われないだろう。悶えるのは、いじめやパワハラを受ける人たちだけではない。
識者やメディアは、誠実な労働を提供する、良識ある優秀な社員たちの「声なき声」を、きちんと拾い上げるているのだろうか。
http://diamond.jp/articles/print/42706
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