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日本の問題を考えるだけでアップアップなので米国の問題に触れる余裕はないが、TPP発足が近づくなか日本にとっても無関係ではない問題になりそうなので簡単に取り上げたい。
「オバマケア」をめぐる争いについては、リベラルで弱者の立場を尊重するオバマ大統領や民主党 Vs. 保守的で反連邦政府の立場にあるティーパーティ(茶会党)系共和党の争いと簡略化されて説明されているが、それほど単純な話ではない。
まず、政府や医療業界とは医療観や生命身体観で距離があるが、日本の健康保険制度はあったほうがいいと考えている。
世界に誇る「超長寿社会」が悲惨な姿になっていない一つの大きな要因が、健康保険制度を核とした老人向け医療サポートにあると思っている。過度な医療や検診が現役世代の負担を膨らませているという問題はあるが、生活保護制度と相俟って、日本という社会を穏やかで安定的なものにしている。
ただし、医療に関する皆保険制度は、国民多数派のための福祉政策というより、病弱者や難病者に対する支援を別にすれば、投資原資の確保(預金と同じ意味)・インフレの抑制・医療関係者に対する支援である。
投資原資の確保やインフレの抑制という目的は、設備投資やインフラ整備を必要としつつも、それがインフレを亢進させ国際経常収支にも悪影響を与えていた高度成長期を思い起こせば理解していただけると思う。
公的保険制度が国家総動員体制時の戦中に設立されたことを思い起こせば、インフレ抑制という役割は理解できるだろう。ただでさえ消費財の供給が乏しい状況で、総動員で家計の給与総額が増大する事態を放置すれば、インフレが激しく亢進することになる。
医療関係者に対する支援という目的も、現在の米国が証左だが、医療を受けるたび高額の費用を支払わなければならない状況だと人々が医院や病院に通う頻度が大きく減少することを考えればわかるだろう。
70歳から75歳未満の医療費自己負担が1割に抑制されてきたことが問題視されているが、それで助かるのは、病弱な老人や“医者依存症”の老人だけでなく、医者を含む医療機関もである。
公的保険制度で診療報酬や薬価などが強制的に抑制されるとしても、トータルでの収支は保険制度があるほうがずっといい。
TPP問題や混合診療解禁問題で、日本の健康保険制度は優れたものでなんとしても維持しなければならないという主張もなされているが、多数派にとって、公的医療保険制度への加入を強制されることで得られるメリットは意外に少ない。ほとんどないと言ってもいいくらいだ。
病弱者や難病者そして“医者依存症”の人には大きなメリットがあるが、その他の過半数を占めている人たちは、健康保険料相当分(企業負担分を含む)を自分で積み立てて、そこから必要になった医療費を支払ったほうがずっと“得”である。
少し考えればそれが当然のこととわかるが、健康保険制度を端的に言えば、健康で稼ぎがある人が病弱者や“医者依存症”の人たちの過大な医療費負担を助けるためのものである。
健康で支える側にある人たちのメリットは、将来の罹病を別にすると、自分の責任での積立が不足していていざというとき医療費が支払えないという問題が生じないことくらいである。(後から保険料で“返済”し、いつの日か“過払い”に転じる)
健康保険料は、定額の国民年金とは違い、国民健康保険も所得比例制となっており、健康であっても所得が多ければ支払う保険料は増える。
応能負担か受益負担かという観点で考えると、健康保険料がもっとも応能負担に傾いた公的負担と言える。
年間支払い医療費(自己負担+保険充当)が30年間平均で5万円ほどでありながら、保険料は80万円(企業負担分を含む)平均という人も少なくない。死ぬまでにどうなるかはわからないが、2400万円もの保険料を負担する一方、受益は105万円(150万円の7割)という話である。
非婚者が増え、子どもがいない家庭も増えている昨今、この傾向はさらに強まっているはずである。
それでも、改善を続けながら、公的健康保険制度は維持した方がいいと考えている。
「オバマケア」は、米国で初めての医療に関する“皆保険制度”と言われている。
米国は、現状、国民の15%およそ5千万人が医療保険の枠外にあると言われている。
連邦政府が、法律を盾に、一定の条件にある医療保険未加入国民を強制的に医療保険に加入させる政策だから、“皆保険制度”と言っても間違いとは言えないかもしれない。しかし、「オバマケア」の内実は、クリントン大統領夫妻のヘルスケア構想とは違い、日本でイメージされる“皆保険制度”とはまったく違うものである。
公的医療保険制度をめざした「クリントンケア」は、医療保険会社や製薬会社そして病院企業から強い反発を受けて頓挫してしまう。
「オバマケア」を端的に言えば、連邦政府が医療保険会社から大口契約特典を引き出したので、一定の所得レベルや年齢区分にありながら医療保険に未加入の国民は、並んでいる医療保険のいずれかに加入しろというものである。そして、期限までに選択肢の医療保険のうち一つを買わなければ罰金を課すというムチまで付いている。
忌憚なく言えば、オバマ大統領は、医療保険会社の総代理人となって、医療保険未加入者にどこかの医療保険会社のいずれかの医療保険商品を買うよう押し売りを行うセールスマンに成り下がったのである。
日本にたとえるなら、アヒルかどうかは別として、安倍首相が、“混合診療”の解禁に備え民間医療保険に加入することを国民に義務づけるような話なのである。
「オバマケア」のメリットは、連邦政府が強制することで大量の新規加入者が見込めることから、保険料に“大口割引”が適用されることくらいである。
貧乏な人向けのメディケイドを享受する水準は超えるが低所得であるという層に対しては医療保険を買うための補助金が支給されるが、それは、納税者相互の扶助であり、ある人にはメリットだが別の人にはデメリットになる話である。
この10月1日に、医療保険未加入者国民向けに「医療保険取り引き市場」が創設された。医療保険未加入者は、来年3月31日までにその市場を通じて医療保険を買わなければならない。4月1日になっても買っていないと、罰金を徴収されることになる。
(罰金を徴収されるまえに、「オバマケア」を利用した詐欺が横行し、お金を騙し取れられる人も増えているという)
「オバマケア」として創設された「医療保険取り引き市場」で買う商品も様々であり、新規加入者は自己責任で選択しなければならない。
保険によってカバー範囲に違いがあり、自己負担の割合も違う。安い医療保険は、支払いが認められる範囲が狭く、自己負担率も高い。高い医療保険は、保険料が高い代わりに、適用範囲が広く自己負担率も下がる。
所得が年3万ドルの単身者が自己負担を3割にとどめる医療保険を買おうとしたら、月々の保険料は203ドル〜486ドルの範囲になるそうだ。
この幅が、医療保険が支払いを認める治療範囲の違いである。米国の医療保険は、救急車を呼ぶ費用の充当から、同じ疾病であっても受けられる治療行為のレベルまで違う内容になっている。
このような「オバマケア」が成功するとはとうてい考えられない。保険の適用範囲をめぐる訴訟は頻発するだろうし、保険料未払いも月日を重ねるごとに増大していくだろう。
米国の医療問題は、公的医療保険制度がないこととともに、先進国でも群を抜く医療費水準の高さである。
「オマバケア」ではこの問題に手が付けられていない。
老人向けであるメディケアは、そのシェアを利用して、医療費の引き下げを勝ち取ったが(メディケアの適用を受ける場合、同じ治療でも25%ほど安くなると言われている)、「オバマケア」は公的医療保険ではなく民間医療保険にばらばらに入ることになるから、そのような働きかけはできない。
今でも、民間医療保険会社は、高額の費用がかかる慢性病の治療を国外で行うよう誘引している。「航空運賃+宿泊費+医療費」でも、米国内の半値以下になるからである。医療保険会社は、国外での治療を行ったケースにはわざわざボーナスまで支払っている。
米国の医療保険制度を考えるとき、皆保険もさることながら、診療・手術費や処方箋薬代を抑制することが不可欠である。そして、これを実現するためには、公的保険制度の力をもって追求するしかない。
日本的な保険点数制度に近づければ、「オバマケア」の保険料は半額未満になる。
米国でも、公的医療保険の管理費は2%ほどなのに対し、民間医療保険の管理費は17%も取られている。それだけでも、100ドルの保険料なら85ドルまで引き下げることができる。
つまるところ、「オバマケア」とは、稼ぎがそこそこある人たちからお金を吸い上げて医療保険会社に配り、医療保険に加入させることで加入した人たちが医療機関に通うことになって保険会社とともにお金を支払うことを狙った政策と言える。
医療保険会社と医療機関と製薬会社のための「オバマケア」でしかないのである。
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