11. 2013年10月02日 00:45:54
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【第112回】 2013年10月2日 森田京平 [バークレイズ証券 チーフエコノミスト],熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト],高田 創 [みずほ総合研究所 常務執行役員調査本部長/チーフエコノミスト] 金融政策の「出口」の一考 〜「2つの損失リスク」と「4つの出口策」〜 ――森田京平・バークレイズ証券チーフエコノミスト 国債大量購入: 高橋財政期よりも強い コミットメント 現行の量的・質的金融緩和(以下、QEE)が4月4日に発表された際、市場が最も驚いたのは国債の買い入れ額の膨大さであった(図表1参照)。発行額の7割に相当する国債を、日銀は買うことになるからだ。 拡大画像表示 金融緩和がデフレ脱却に奏功した例としてしばしば挙げられる高橋財政期(1932〜36年)において、日銀は発行額の8割程度の国債を引き受けたとされる。しかし当時、今日の財政法は存在しておらず、国債の日銀引き受けは少なくとも違法ではなかった。
しかも、それは売りオペを前提とする引き受けであった。実際、日銀は引き受けた国債の9割は市場に売っていた。 一方、QEEでは「銀行券ルール」(注1)を一時停止させるなど、およそ国債の売りオペが想定されているとは思えない。この点で、今日ほど日銀が国債の大量買い入れに自らコミットしたことはないと言えよう。 注1:「金融調節上の必要から行う国債買入れ」(いわゆる輪番オペ)を通じて日本銀行が保有する長期国債の残高は銀行券発行残高を上限とするという考え方(2001年3月19日決定)。 国債買い入れオペ: 引き受けとの3つの違い むろん、日銀はQEEが「財政ファイナンス」を意図したものではないことを再三強調している。また、あくまで流通市場から国債を買うのであり、直接に国債を引き受ける「債務の貨幣化」(monetization)を意図していないとも主張している。 確かに買いオペと引き受けには、@買いオペでは流通市場を通じた金利のシグナル機能と財政の規律付け機能が維持される、A買いオペでは日銀の負債として当座預金が増える一方、引き受けでは政府預金(マネタリーベースには含まれない)が増える(注2)、B引き受けはIMFの「行ってはならない項目リスト」の最上位に掲げられている、という大きな違いがある。 しかし、そもそも金融緩和期、とりわけその初期段階では政府と日銀の利害が一致しやすく、金融政策が財政政策に取り込まれているかは判断しがたい。QEEが財政との関連で何らかの問題に直面するとすれば、それは今日のような初期段階ではなく、皮肉にも成熟段階、あるいは最終段階(出口)となる。日銀が直面しかねない課題として、ここでは「日銀の2つの損失リスク」を検討しよう。 注2:政府預金は、たとえば政府が公共事業などの財政出動をすると、その支払いとして日銀当座預金にシフトする(=マネタリーベースの増加)。つまり、引き受けの場合、マネタリーベースのコントロール主体が日銀(金融政策)ではなく政府(財政政策)に移るという点で、国債買い入れオペと大きく異なる。 2つの損失リスク@: 保有国債の損失リスク 日銀の2つの損失リスクは、@長期金利が上昇した場合の保有国債の損失リスク、A「出口」を出る際の通貨発行益(シニョリッジ:seigniorage)の急減リスクと言える。なお通貨発行益(シニョリッジ)とは、中央銀行が銀行券や当座預金など無利子の負債(注3)を負う形で通貨を発行し、その見合いに有利子の金融資産(国債など)を取得することによって獲得する利益を指す。 注3:ただし、2008年10月31日、日銀は「補完当座預金制度」を導入し、法定準備預金以外の日銀当座預金に付利(現行0.1%)している。 1点目の保有国債について、日銀は「償却原価法」を適用している(図表2)。つまり取得原価と額面の差額が償却期限までの間、毎期均等にP/Lの「利息」で償却される。したがって、長期金利が上がっても「含み損」は表面化しない会計制度をとっている。 拡大画像表示 しかし、今後CPIがたとえば前年比2%で上昇し、流動性の罠から貨幣数量的な世界(金利が非負制約から離脱した世界)に戻ったときに、長期金利(たとえば10年国債利回り)は少なくとも2%には上がるはずだ。まして、財政再建が進まない場合には、それ以上に長期金利が上がってもおかしくない。
この場合、いくら償却原価法で評価されているとしても、市場は日銀の含み損と自己資本比率のバランスに注目せざるを得ない。しかも、QEEの下、日銀は保有する国債の平均残存年限を従来の3年弱から7年程度に延ばそうとしている。これはデュレーションの長期化であり、金利上昇に対して含み損が拡大しやすくなる。 最終支払手段を唯一発行できる中央銀行の場合、含み損の拡大、あるいは債務超過でさえ大きな問題にならないとの見方もある。実際、現日銀副総裁である岩田氏は学習院大学教授であった2000年に、「唯一のハイパワードマネー供給者である中央銀行は自己資本を持っていなくても営業可能」としている(『論争 東洋経済』東洋経済新報社2000年1月)。 確かに中央銀行の場合、「ソルベンシー」(最終支払能力)の問題を定義しにくい。しかし、市場が冷静な反応を示すことの保証にはならない。 2つの損失リスクA: 通貨発行益(シニョリッジ) の減少と4つの出口策 2点目は、通貨発行益(シニョリッジ)の急減である。これは1点目に挙げた国債の含み損以上に、直接的に国民負担を意識させるであろう。ただし、どの程度通貨発行益が減るかは「出口」の出方にかかっている。 現時点で「出口」の選択肢を挙げるとすれば、(i)超過準備の付利水準引き上げ、(A)自己宛ての有利子手形の売りオペ、(iii)保有長期国債の売りオペ、(iv)法定準備率の大幅な引き上げ、の4つであろう(図表3参照)。 拡大画像表示 このうち一般に(i)と(ii)の現実性が高いとされるが、いずれも日銀の利払い負担(負債利回り)を高めることで、通貨発行益の減少につながる。これに対して、(iii)と(iv)は日銀の負債利回りを高めない一方、「量的引き締め」や「信用創造抑制」の色合いがかなり濃い。
(iii)は物価の上昇スピードがあまりに早いときには考えられるが、国債市場への負担が大きいこと、日銀保有国債の含み損が一気に実現すること、銀行の保有国債の含み損が急増することを踏まえると、ハードルはかなり高い。 (iv)は銀行に対して無利子の準備預金を強制的に保有させることになるため、銀行を対象とした事実上の「増税」あるいは「金融抑圧」である。信用創造にかなり強いブレーキがかかると予想されるため、(iv)も現実性は限られる。 (i)や(ii)によって「出口」を出ることで、日銀の通貨発行益が減少、ひいては国庫への貢献(国庫納付金、法人税などの納税額、出資証券の配当金)が減少するリスクが出てくる。これらは、最終的に税金という形で国民負担になる。日銀を国債管理政策に取り込むことの制約がここにある。 ただし、より深刻なリスクは? ただし、より深刻な「出口」のリスクは、出口の必要性が認識されるときに出口を出られないことである。そこでは中央銀行の「政府に対する最後の貸し手機能」(LLR:Lender of Last Resort)、あるいは「国債に対する最後の買い手機能」(MMLR:Market Maker of Last Resort)」が鍵となるが、詳細については機会を改めることにしよう。 金融政策の出口をスムーズ化させるために必要なことは何か? 極めて単純だが、財政再建であることは記憶しておきたい。 http://diamond.jp/articles/print/42444 |