06. 2013年10月01日 22:41:13
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コラム:NISAは日本人の円売りを後押しするか=唐鎌大輔氏 2013年 10月 1日 18:38 JST 唐鎌大輔 みずほ銀行 マーケット・エコノミスト(2013年10月1日)来年1月より投資収益が非課税となる「NISA(少額投資非課税制度)」が導入される運びとなり、「貯蓄から投資」の掛け声が頻繁に聞かれるようになった。円相場を見通す上では、投資の中でも外貨投資がどの程度進むかに注目している。 外国人投資家らと話をすると、必ずと言って良いほど「ミセスワタナベ(日本の個人投資家)」の投資行動を尋ねられる傾向があり、かつて生命保険会社が「ザ・セイホ」と呼ばれ存在感の大きさが認知されていた姿と重なる。昨年8月のコラム(「日本人の円売りは出てくるか」)で「基調的な円安には日本人の円売りが必要」と述べたことがあるが、そうした観点からすると、特に注目すべきはNISAが「日本人の円売り」を後押しする契機になるかという点だ。今回の主題ではないため詳述は避けるが、経常黒字の上、国債がほぼ内国債となっていることを考えると、日本円が基調的に安くなるためには、あくまで「日本人の円売り」が必要というのが筆者の考えである。 家計金融資産が外貨に向かった場合のインパクトは小さくない。日銀資金循環統計を見ると、今年6月末時点で家計金融資産約1590兆円のうち約53兆円(筆者試算)が外貨性資産であり、全体の僅か3.3%だった(日銀試算方法とは若干異なる)。この外貨性資産比率が仮に2000―08年の上昇トレンドを続けていた場合、6月末時点では4.5%程度になっていたイメージだ。現状はそこから1.2ポイントほど下振れしている。この下振れ分は金額にして17兆円弱と、12年の経常黒字(5兆円弱)3年分に相当する。そう考えると、逃した魚(円売り)は小さくないように見えてくる。 外貨性資産比率の上昇は、リーマンショックを機に明らかに腰折れした。「家計金融資産の約1%でも外貨性資産に向かえば3年分の経常黒字に匹敵する円売りが出る」という切り口で見ると、円相場見通しを作成する上で、家計部門の外貨運用動向を観察する重要性が分かるかと思う。 <「貯蓄から投資」を促す絶妙のタイミング> NISA対象資産の中で為替に直接影響を与え得る資産としては、外国株式、外国ETF(上場投信)、外国REIT(不動産投信)そして株式投信の中で運用される外国債券および外国株式などが想定される。だが、NISAが「日本人の円売り」を後押しする契機になるかという論点を考える上では、間接的な影響も想定する必要がある。つまり、仮にNISA導入後に国内株式などが上昇し、家計部門のリスク許容度が改善するならば、NISA対象外の外貨建て公社債投信や外貨預金、そして外国為替証拠金取引(FX)などが盛り上がる展開も可能性としてはあるからだ。 円相場の歴史から1つ言えることは、「国内株式(広く言えば国内資産価格)が軟調な時に、円安基調が根付くことはほとんどない」ということである。一般的に「円安が株高につながる」という因果関係は理解されやすいが、堅調な国内の株価(あるいは資産価格)という土台があって初めて個人ないし機関投資家の目が外に向く、つまり「株高が円安につながる」という側面も無視できない。その意味で、NISAを契機として国内資産価格が上昇することは、「日本人の円売り」の萌芽となる可能性を秘めている。NISAを「貯蓄から投資への起爆剤」と表現する向きが多いことからも分かる様に、制度導入を契機として対象資産に限らずリスク資産全般に興味を持つ層がどれだけ増えるかが来年以降の家計金融資産の見所だろう。 今年6月末時点で、日本の家計金融資産における株式・出資金の割合は約8%だが、米国では約30%(13年3月末)、ユーロ圏では約16%(12年12月末)だ。欧米並みを目指すことが正しいとは言わないが、金融資産の過半(約54%)が自国通貨建ての現預金に傾斜している日本の家計金融資産の状況は主要国でもかなりユニークであり、一定程度の変化を受け入れる余地はあるだろう(ちなみに、米国は約14%、ユーロ圏は約38%が現預金)。 折しも、海外では米連邦準備理事会(FRB)が金融政策の正常化をにらみ始めている一方で(9月時点では頓挫したものの)、国内ではアベノミクスによって通貨安・株高が煽(あお)られた上に、7年後の東京夏季五輪に絡めた幅広いマインド改善まで期待される状況にある。このことを踏まえれば、今が「貯蓄から投資」を促すにあたって絶妙のタイミングと言えなくもない。こうした時宜を捉え、以下では家計部門の代表的な外貨運用の展望について簡単に整理してみたい。 ちなみに、本コラムは情報提供のみを目的としており、特定の取引の勧誘を目的としたものではないことをお断りしておく。 <海外金利動向がカギ握る外貨建て投信> 冒頭で言及した、家計部門の外貨建て資産(約53兆円)は主として「外貨建て投資信託」「外貨預金」「対外証券投資」の3つを想定しているが、その内訳は外貨建て投資信託が約39兆円であるのに対して、外貨預金は約6兆円、対外証券投資(外国株式等への投資)は約8兆円だ。 要するに、日本の家計部門にとって外貨運用と言えばイコール投資信託というのが現状である。だとすれば、投信における外貨運用比率を考えることは、やや大雑把とはいえ、家計部門の外貨運用全体を考えることにつながるだろう。それゆえ、今回は外貨建て投資信託について多く言及し、外貨預金や対外証券投資は簡単な紹介にとどめたいと思う。 結論から言えば、収益部分を非課税にするだけで家計部門の外貨投資が目に見えて積極化することは難しい。「日本人の円売り」を考える際、NISAのような制度的支援が追い風になることは否定しないものの、FRBを筆頭とする海外金融当局の政策運営が正常化(引き締め方向)に向かうことが必須条件という月並みな結論に帰着せざるを得ない。投信における外貨運用比率は、為替や株価の水準そしてNISAのような新制度よりも、海外の金利動向に左右される部分が大きい。 そもそも昨年11月以降で株価が最大80%以上、ドル円相場が同30%以上も上昇したにもかかわらず、公募投信全体に占める外貨運用比率は下がり続けている(NISA対象となる株式投信だけで外貨運用比率を計算しても同じく下がり続けている)。この事実は、為替や株が盛り上がるだけでは「日本人の円売り」を後押しするには不十分であることを示していよう。 もちろん、来年以降、NISAの追い風を受けて、日経平均株価やドル円相場が上値を追う展開になれば、家計部門から「日本人の円売り」が出てくる可能性はあるので、その意味でNISAに期待する価値はある。だが結局、「円を売って、外貨で運用する」という動きが活発化するためには、為替や株の水準はもとより、最も基本的なファンダメンタルズである内外金利差が十分に拡大してくることが不可欠だ。 事実、株や為替と違って、たとえば日米金利差(ここでは最も多く使われる2年物を想定)は11年以降、ほとんどフラット化した状況が続いており、米国以外でも主要国の金利はほぼ押しつぶされたままだ。こうした状況が、外貨建て投信(のみならず外貨建て資産全般)へ向かう誘因を減じていると考えるのは自然である。 FRBが本格的な出口(利上げ)に至るとみられる15年を目途に外貨建て投信(を筆頭とする外貨建て資産全般)の妙味は増してくることが予想されるが、外債投資を主柱とする投信などが隆盛を誇っていたリーマンショック直前(07―08年)の水準までを期待するならば(当時そうした動きは為替相場に影響を与えるとも言われた)、米国のみならず、ユーロ圏や新興国といったドル以外の通貨にも金利が付いてくることが必要だろう。今後1―2年以内にそのような状況変化が起こると考える市場参加者は決して多くない。 要するに、NISA導入を契機に国内資産価格が上昇しても、家計部門の外貨運用が積極化するためには米国を含む外部要因が前向きに変化してくる必要がある。これまでの経験上、国内要因が改善するだけで家計金融資産が海外へ押し出される可能性は低く、ここにNISAと「日本人の円売り」を結びつける難しさがある。端的に言えば、家計部門の外貨運用の中核をなす投信運用に関しては、「結局はFRB次第」という部分がどうしても拭えない面がある。 <地道な円売りを誘う外貨預金と対外証券投資> 一方、投信以外の外貨建て資産では、外貨預金や対外証券投資はボリュームが小さい(2つ合計で家計金融資産の1%弱)ながらも「日本人の円売り」を地道に惹きつける存在になる可能性がある。 たとえば、ファンダメンタルズを考えれば、長めの運用期間を想定する外貨預金にとって追い風となりそうな材料は多い。まず、金融政策の出口を見据えている通貨(ドル)と出口に完全に背を向けている通貨(円)の格差はやはり大きいと言わざるを得ない。 9月のテーパリング(QEの段階的縮小)見送りは意外だったにせよ、日銀の出口がFRBのそれよりも近いと考える向きはほとんどいないだろう。また、慢性的に赤字化している貿易収支や改善の目途が立たない政府債務問題が劇的に変化する兆しはなく、「長期的には円安」という見通しに異論は少ないと思われる。 もとより、現預金を志向する傾向の強い日本の家計部門にとって、預金は最もハードルが低い外貨運用方法の1つと考えられる。外貨預金に関しては、今でこそボリュームは小さく、NISAの恩恵を直接受ける商品でもないが、長期的な外貨運用の受け皿として「日本人の円売り」を地道に惹きつける立ち位置を維持するのではないか。 また、対外証券投資は、たとえば米国株式などの海外株式へ投資するケースとなるが、その際は為替リスクや小さくない追加手数料を負担するケースも多い。それゆえ「貯蓄から投資」が進展するにしても、有力な投資候補にはなりにくいかもしれない。 ただ、外国株式はNISAの直接的な対象商品であることや、米国経済が日本経済に先んじて景気回復基調に乗ってくるという大勢のシナリオを踏まえれば、「ボリュームこそ小さいものの今後の増勢が期待できる」という点で、外貨預金同様に「日本人の円売り」を地道に惹きつけるかもしれない。 <FX取引は安定的な円の売り手にはならない> 最後に、外国為替証拠金取引(FX)について触れておきたい。リーマン危機後も、その存在は断続的に注目されており、NISAなどの制度的支援を抜きにしても、すでに盛り上がっている商品である。 家計部門のFX取引に関しては逆張り傾向の強さが注目されることが多く、特に円高時に外貨を積極的に買い進める印象が強い。実際、金融危機直前の07年6月末からアベノミクスが取りざたされる直前の12年9月末までの間に、ドル円が50円弱円高になったことに合わせ、主要4通貨(ドル、ユーロ、英ポンド、豪ドル)の買い持ち高合計は倍増した。あくまで東京金融取引所の公表データで捕捉できるイメージであり、実際の金額はもっと大きい可能性もある。少なくとも相場への感応度という意味で、FX取引は外貨預金よりも格段に大きそうである。 だが、周知の通り、FX取引における持ち高は短期売買を主とするものが多く、「日本人の円売りにより円安基調が根付く」というシナリオにはあまり貢献しないかもしれない。そもそも、昨年11月以降、「アベノミクスでインフレ・円安・株高」との掛け声が相場を支配してきたが、これに伴いFX取引における円売り持ちが増えた形跡はない。正確には今年5月までは円売り持ちによる順張りで応じる傾向が確かに見られたが、6月以降、その動きはストップしている。 逆張りを好む性質を踏まえれば、急騰するドル円相場に乗らないというのはセオリー通りの投資行動だが、かといって、下落した円を積極的に買い戻す動きも出ておらず、どこか煮え切らない様子がうかがえる。結局、これは「アベノミクスに賭けて良いのかどうか」踏み切れない個人投資家が増えていることの表れであり、今は次のエントリーポイントを探っている状況と推測される。 FX取引に参加する個人投資家は、他の外貨建て資産に比べて、相場を比較的丹念にウォッチする参加者が多そうであり、日々のニュースフローに応じ細かい売買を繰り返す傾向が強い印象がある。円の先安感に賭ける運用ニーズは今後増してくる可能性があるものの、長い目で見て外貨を買い持ちしたい投資家はFX取引ではなく、投信や外貨預金を選択するだろう。FX取引はボリュームこそ拡大傾向にあるが、それが円相場の方向感を規定する姿は想像しにくい。 *唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェ トロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より現職。欧州委員会出向時には、日本人唯一の エコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位。 |