05. 2013年10月01日 09:54:00
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【第13回】 2013年10月1日 吉田典史 [ジャーナリスト] うつで辞める部下と辞められる上司はどちらが悪いか 閉じこもり社員と情熱マネジャーが悶えた“心の迷宮”
うつになるのは上司が悪いのか それとも部下に原因があるのか? 企業の現場で、うつになる社員が増えている。識者やメディアの多くは、その原因を「労働時間」や「成果主義」と関係があると指摘する。しかし、それは本当に正しいだろうか。 連載第9回、10回では、20代の社員が次々にうつになる企業のケースについて分析した。そこでは、上司の未熟なマネジメントによって生まれた非効率な業務体制が、部下を追い詰めていた現状が浮き彫りになった。 そこで今回は、社員がうつになる原因をさらに深く掘り下げてみたい。テーマは「部下がうつになる責任は上司にあるのか、それとも部下にあるのか」である。 ひとたび職場でうつの社員が出た場合、社内で「犯人探し」の対象にされるマネジャーや同僚社員も多いだろう。しかし、結局原因がよくわからず、責任の所在が曖昧のままで終わるケースは多い。それでは、職場の「悶える構造」を解き明かし、対策を練ることはいつまでも経ってもできない。 そうしたケースでは、本当に上司や同僚に問題があったのか、それとも本人に問題があったのかを、一度検証してみる必要がある。部下がうつになって苦しむ上司、自分がうつになって苦しむ部下の双方に、考えてみてほしい。 舞台となるのは、ヘルスケアの分野で成長する外資系企業(本社・米国)の日本支社だ。この企業で、30代前半の男性社員がうつになり、退職してしまったケースを紹介したい。現在社員数は約150人で、業績は好調だ。 うつで辞めた部下は、IT部(部員5人、いずれも正社員)に在籍し、直属上司である男性マネジャー(現在42歳)とのコミュニケーションを避け続けていたという。そのマネジャー(ここではA氏と記述する)に取材を試みた。 結論から言えば、今回の取材でも「労働時間」や「成果主義」に関する課題を見つけることはできなかった。代わりに見える課題は、むしろ部下の上司に対する接し方、部下本人のキャリア形成や仕事への姿勢における課題だった。 男性マネジャーとのやりとりについては、よりニュアンスを正確に伝えるため、インタビュー形式とした。取材の内容は、実際に話し合われた内容の9割方を載せた。残りの1割は、会社などが特定できる可能性があることから省略した。 部下が辞めたマネジャーの告白 「うつ社員の退職は想定内だった」 取材に応じてくれたA氏(都内・渋谷にて) A氏 彼(32歳)が辞めたのは、1年ほど前だった。いつも通り、直属上司でありマネジャー(課長級)である私を飛び越えて部長に事情を報告し、退職届を渡したようだった。 部長から呼ばれて、「あいつは辞めるよ」と言われた。驚くことはなかった。自席に戻った際、彼に「なぜ辞めるのか」と聞くことはしなかった。うつの人だったからね……。 筆者 その男性は直属上司を飛び越えて、前々から部長に報告をしていたのですか。 A氏 そうみたいね。私を嫌いだったのかな。恨んでいたのかもしれない(苦笑)。私は、それより4年前の38歳のとき、中途採用で入社した。当時、社員数は120人ほど。社内ITの体制を整えたいということで、社長からハンティングされた。 IT部には、40代後半の部長以下、3人の非管理職がいた。当時35歳の男性がリーダー格だった。うつになった男性はその頃、20代後半だったのかな。そして、20代前半の女性がいた。 35歳の男性は優秀だった。それに対し、うつになった男性は仕事のレベルが低い。私がそれ以前の外資系企業で見た、20代後半でITに関わる社員と比べると、圧倒的に仕事ができなかった。適性がないように見えた。女性は入社2年目だから、ビギナーだった。 筆者 Aさんの前任者はいたのですか? A氏 私の前任者はいない。これも1つの問題だったのかもしれない。部長(後に退職)は、英語は抜群にできる。だけど、プレーヤーとしてITのことはわかっていない。それで、ITの実務に長けた私が採用された。 それまでのんびりとした雰囲気の中で仕事をしてきた3人は、私の部下として少々、緊張感のある中で仕事をせざるを得なくなった。 部長に可愛がられてぬるま湯状態に 「仕事らしきこと」はしていたが…… 筆者 なぜ、彼は上司を飛び越えて部長と話してばかりいたのでしょうか。そこに、ヒントがあるように思う。 A氏 いくつかの要因があるとは思う。1つは、私の上司である部長が、彼のことを可愛がっていた。彼からすると、私は厳しくウザい印象があったのかもしれない。だから自分に甘く、優しくしてくれる部長に報告をしようと思っていたのかな。 いずれにしろ、直属上司を飛び越えるのは会社の仕組みを知らない非常識な言動だよね(苦笑)。 筆者 彼は、組織に適応できないタイプだったのかもしれませんね。私がここ20年ほどうつになる人を観察していると、職場での言動がやや不器用というか、誤解を招きやすい一面があるように思えます。 A氏 私を飛び越えていたのは、もう1つの理由があるんじゃないかな。私が彼の仕事への姿勢を否定していたことだと思う。 筆者 仕事への姿勢ですか……。 A氏 彼は仕事をなめていた。社内のインフラやネットワークなどへの対応、さらに120人ほどの社員がパソコンの操作で困った際のヘルプデスクなどをしていた。 彼なりに対応をしていたのだろうけれど、私にはいずれもいい加減な姿勢に見えた。だから、他部署の社員からクレームが来る。彼は、そのようなことも一向に報告しない。 そもそも仕事の基本ができていない 問い詰めると心を閉ざしてしまった 筆者 男性は、仕事の基本ができていない気配ですね。 A氏 私が「その後、どうなっているの?」と聞くと、嘘をついたり隠したりする。ITの知識に乏しいから、あり得ないような回答をする。「30代前半でこの額の給料をもらっているならば、きちんとできないといけない」と言うと、「わかりました」と答える。しかし、同じことが続く。こういうことが繰り返されるうちに、彼は心を固く閉ざしてしまったようだった。 筆者 彼の前歴はどうだったのでしょうか。 A氏 派遣会社の社員として、数社の職場でITに関わる仕事をしていたらしい。うちの会社には、中途採用試験を経て入ったようだった。ぬるま湯の職場で、趣味の延長線上で仕事らしきことをしていたが、それを私が否定した。 彼は、自分は仕事ができると思い込んでいるようだった。「ITとはこうあるべき」と理想像を持っている感じだった。しかし、そんな理想を持つ以前のところでつまずいていた。 むしろ、相当にレベルが低い。私は、そのことを気づかせようとした。まずは、身のほどを知らないといけないからね。 まずは身のほどを知らせたかった レベルの高い仕事をあえて与え続けた 筆者 どのようにするのですか。 A氏 少々、レベルの高い仕事をさせてみた。彼は案の定、できなかった。しかし、自分を高いところに置いていて、やや頑固な一面がある。だからなのか、自分ができないとはなかなか認めない。そこで数回、そのような仕事をさせた。その間、私は叱ることは一度もしていない。 彼には、仕事にもっと謙虚になってもらいたかった。数歳上の男性も20代前半の女性も、仕事に懸命に取り組む。彼にはその姿勢がない。 筆者 優秀な男性部下とは話し合うことが多かったようですね。 A氏 私は、逆差別はしたくなかった。仕事ができない彼に必要以上に気を遣い、職場を動かす思いはなかったね。優秀な男性のほうを優遇した。 筆者 残業やノルマなどは、どのような状況でしたか。 A氏 残業は、部員全員が月に数時間あるかないか……。ノルマなんてない。営業部ではないから……。それぞれの分担はあったが、適正な量だったと思う。彼も残業は月に2〜3時間。それで同世代の大企業の正社員よりも、はるかにいい収入がもらえる。 しばらくすると、彼は有給休暇を繰り返し取るようになった。いつも通り、私を飛び越えて部長に申請をする。数ヵ月後のある日、部長に「うつ病になったから、休業させてほしい」と申し出た。たしか、3ヵ月間だった。 筆者 部長は「君が厳しくしたから……」とAさんを責めましたか。 A氏 責める、といったものではなかった。「君はITに強いが、彼はあのレベルだから、荷が重かったんじゃないか」とは聞かれた。私は、「30代前半ならば、対応ができて当たり前のことしか求めていませんよ」と答えた。 筆者 部長の上の人たちからは、何か指摘されましたか。 A氏 社長や役員、人事部からは何も言われなかった。部長も実際のところは、彼の扱いには困っていたようだった。 3ヵ月を終えた後、復帰した。その間、代替要員はいない。彼はもともと仕事の量は少ない。他の部員でフォローはできた。 「辞めてほしい」とは思わなかった 復帰してできるとも思わなかったが…… 筆者 ひょっとして、「辞めてほしい」と思いませんでしたか。私が取材で接する社員数300人以下の中小企業の社長、役員、人事部員などは、ことの是非はともかくとして、そのほぼ全員が「うつで休業した社員は、職場に戻ってもらいたくない」と明言します。 A氏 私には、そんな思いはない。ただ、「仕事が本当にできるのかな?」という不安はあった。実際のところ、仕事はなかなかできなかった。相当に基本的で単純な作業の仕事を、量をぐっと減らして与えた。 だが、それらも一定のスピードではできない。全身から倦怠感を漂わせ、ドヨーンとした雰囲気だった。率直なところ、ハラハラするものはあった。 筆者 その後、どうなりましたか。 A氏 1ヵ月ほど後、「今後、どのような仕事をしていきたいのか」と尋ねたところ、困惑しているようだった。もう、心はうちの会社にない感じだった。 自分を通り越して部長に退職届を提出 「心の迷宮」に入り込んだ上司と部下 筆者 上司として「彼にはこうなってもらいたい」という思いはありましたか。 A氏 彼には、適性があまりにもない。育成する以前のところで行き詰まっている。残念だが、育てる云々ではなかったと思う。 それから3週間後に、私を飛び越え、部長に退職届を出した。最後まで心を閉ざしていた。私には、理解ができない部下だった。向こうも、「あんな小うるさい奴は……」と思っていたのかもしれないね。 筆者 やはり、彼は辞めたほうがいいと思いましたか……。 A氏 少なからず、その思いはあった。ITには向いていないから……。あのまま残ったところで、いい仕事はできない。彼のためにもならない。 筆者 私が取材で他の会社の人事部などに聞くと、うつになる社員は「会社はこうあるべき」「上司はこうするべき」といった理想像を強く持っている場合が多い。それとのギャップがあると感情的になったり、意気消沈するように見えるのです。上司からすると、理解ができないのかもしれませんね。 A氏 彼は、心を開かないから。何を考え、どうしたいのかが私には掴めなかった。 筆者 ところで、彼の私生活はどうでしたか。うつになる社員を取材すると、プライベートで配偶者と離婚したり、死別した人がいたりします。 A氏 彼は退職時に32歳で、独身。競馬などのギャンブルが好きで、数百万円の借金があった。「その一部が差し押さえになっていた」と部長から聞いていた。それがうつと関係があるのかどうかは、わからない。 会社員は、趣味の延長線上で 仕事をするべきではないと思う 筆者 同じ部署の優秀な男性は、その後どうなりましたか。 A氏 彼はその後、マネジャーになった。部長が他の会社の役員になり、退職した。私が部長に昇格し、私の判断で彼を昇格させた。女性も今や、うちの現場のエース。他に2人が入り、部としては滞りなく動いている。 筆者 1年前に辞めたうつの男性のことを、思い起こしますか。 A氏 たまに「どうしているのかな」とは思う。優秀な男性と2人で酒を飲むときには、話題になる。冗談で「俺がうつ病にしたから……(苦笑)」と言うと、彼は「(辞めた男性が)ひどいレベルでしたね。あれには困った」と返す。私たちは、本当に困惑していたからね。 会社員は、趣味の延長線上で仕事をするべきではないと思う。そのようなことも、彼は理解していなかったのかもしれない。何よりも、ITに適性がなかった。 踏みにじられた人々の 崩壊と再生 A氏の話から推察するに、うつになった社員の労働時間が長いとは思えないし、ノルマなどが重くのしかかっていたとは感じられない。むしろ、労働条件は相当にいい部類に入る。上司からのいじめがあったとも思えない。 では、彼はなぜうつになったのか。A氏との人間関係もあるとは思うが、私はそれ以前に本人の問題によるところが大きいと考える。彼はこれまでのキャリア形成の過程に、課題があったのではないかと思う。 大学を卒業し、派遣社員としていくつかの職場で働き、正社員になった――。識者やメディアは、こうした人のことを肯定的に捉える。たとえば、「新卒採用が厳しいから、正社員になれなかった」という具合にだ。 しかし、それはある一断面しか捉えていない。私が取材を通し、ここ十数年の間に接してきた派遣社員の中には、始めから正社員のような働き方をしようとは思っていない人が少なからずいた。話を聞くと、このような人たちは「生涯にわたって派遣社員として頑張ろう」とも思っていないようだった。 私には、新卒の就職活動の段階で他の学生よりのんびりしていて、正社員になれなかったマイペースな人たちに見えた。聞くと、就活でエントリーした数も圧倒的に少ない。家庭環境は、経済的な余裕がないために大学に進学できない同世代の人と比べると、相当に恵まれていた。 「趣味」を「仕事」にすることが なかなかできない若者もいる そして今回の男性のように、ITなど自分の興味がある分野の仕事に強く魅力を感じ、それで生きていこうとする人が多い印象だった。そのことは尊いと思う。 しかし、経験が浅いために「趣味」を「仕事」にする力に乏しい。「趣味」を「仕事」にして収入を得るところまで、なかなか辿り着くことができない。それで思うようにいかないと、この男性のように殻に閉じこもってしまう。 おそらく、本人としては「殻に閉じこもる」といった思いはなく、何をどうしていいのかわからないのだろう。しかし、職場というところでは通常、そのようには捉えてもらえない。「殻に閉じこもり、コミュニケーション力に乏しい」とレッテルを貼られることが多い。 私の経験から言えば、「趣味」を「仕事」にするためには、ある一時期は力のある人に媚びるしかない。口惜しいが、それが現実である。「趣味」を「仕事」にすることは、簡単なことではない。 ただし、それは「ある一時期」しか通用しないことであり、20〜30年も続けることはできない。わずかな期間の間に、お金に換える力や技術を、「冴えている」人から学び取って身に着けるしかない。 最短距離で「趣味」を「仕事」にする力を養おうとするならば、ある程度の体制が整っている会社の正社員になり、一定水準以上の上司や同僚らに揉まれることである。レベルの低い会社には、それ相応の社員しかいない。そこで開花することは、まずない。 水準以上の組織で良好な人間関係を構築 そうすれば仕事のレベルは一段と上がる 一定水準以上の組織に入り、そこで上司や同僚らと良好な人間関係(インフラ)をつくる技術を身に着ければ、仕事のレベルは一段と上がる。その逆はないと思う。このような経験を積み、連載第7回、9回で説明したような「仕事の再現性」を身に着けることがいいように思う。この引き出しが多いほど、仕事をする「総合力」が強くなる。 今回の男性は、こうしたインフラなどを上司との間でつくろうとしていなかったのかもしれない。「趣味」的な仕事を、ITをさほど知らない部長の下でしていても、いつかは「仕事ができる人」になると思い込んでいたのかもしれない。その姿勢が、上司に一段と不信感を持たせることになったようにも感じる。 A氏について言えば、職人気質であり、甘い考え方の人ではない。物腰は柔らかではあるが、仕事への姿勢は情熱的に見える。私のこれまでの観察では、こういうタイプの上司は適性がない人にもフォーカスを当てる。 情熱的な上司はできない部下にも配慮 自分から殻に閉じこもるのは得策でない 一方で、ある意味で要領のいい管理職は「こんな奴は放っておこう」と軽くあしらう。それで、表向きは「君には期待しているよ」と心にもないことを口にする。 しかし、A氏のようなタイプはそれができない。適性がない部下と真剣に向かい合う。それが硬派な考えの管理職の指導であり、育成法なのだ。だが部下にしてみると、こうした上司と向い合うことそのものが怖い。それで「殻に閉じこもる」ようになる。 この男性は当面、病を治すことが先決ではあるが、「趣味」を「仕事」にして収入を得ようとするならば、前述したようなコースを模索することがいいのかもしれない。適性がないか否かは、労働市場が判断する。 適性は、本人が「ない」と思ったときになくなる。「ある」と思っているうちはあるのではないかと、私は思う。職場では、上司が部下の評価をつける。だが、値打ちは自分で決める。そんなことをこの男性には伝えたい。 自分の値打ちをきちんと持っていないと、今後硬派な管理職の指導や育成を上手く受け入れ、自分を成長させることはできないだろう。自らの値打ちを低く見積もると、今後も壁にぶつかると思う。 「悶える構造」を、部下自らがつくり出しているかもしれないケースもある――。今回は、そんな教訓をお伝えしたかった。 |