http://www.asyura2.com/13/hasan82/msg/670.html
Tweet |
債券投資家と日銀の「不適切な」政策
http://toyokeizai.net/articles/-/11883
2012年11月27日 森田 長太郎 :SMBC日興証券 チーフ金利ストラテジスト
12月の総選挙において「金融政策」が争点となっている。自民党の安倍晋三総裁は「これまでと次元の異なる金融緩和の実施」を主張しており、為替市場と株式市場は大きな反応を示している。一方、金融政策に最も近いところに位置するはずの債券市場の動きは、現状では小さなものにとどまっている。
これは、自民党の狙っているところが何よりも「為替円安」であると市場では認識されているからだろう。
実際、金融緩和の強化によって長期金利を押し下げることが重要であるというような発言は、今のところ政治家の間からは聞こえてこない。「金融政策は為替水準を決定し、為替水準が実質成長率とインフレ率を決定する」という考え方が、現在の自民党の主張の背景にはあるようだ。
■2国間マネタリーベース比率で為替水準は決まらない
「金融政策が為替水準を決定する」という考え方を最もシンプルな形で表現した分析が、「ソロス・チャート」であろう。この分析は、日米のマネタリーベース(銀行券+貨幣流通高+銀行準備)の比率とドル円相場の動きが類似していることを根拠に、中央銀行がマネタリーベースをコントロールすることで為替水準を自由に動かすことができると結論づける。
もしこの考え方が正しいのであれば、「日本のデフレ脱却」の処方箋は極めてシンプルである。すなわち、日銀が市場からの資産の買い入れを大幅に増やし、現在120兆円程度のマネタリーベースの水準を2倍、3倍に増加させればよいということになる。
しかし、この考え方は残念ながら幾つかの点で重大な間違いを含んでいる。
まず、第一に、為替水準が2国間のマネタリーベースの比率で決定されるという一見して「実証的」とも見える分析結果の誤りである。マネタリーベースの比率と為替水準は確かにある期間においては連動しているように見えるが、実は長期的に見て、最もドル円相場の動きを安定的に説明できるのは、日米の金利差である。
日本のマネタリーベースが相対的に多い時期は米国の好況期で、金融引き締めが行われているため米国の金利水準が相対的に上昇している。
インフレ率が高く経常赤字国でもある米国では、長期金利のボラティリティが高く、世界経済の好況期には金利の上昇幅が日本よりも大きくなるためドル高になりやすく、不況期には逆の現象が起きやすい。
マネタリーベースの相対比率は、そういった日米経済の特徴を表す一断面に過ぎず、このデータをもって中央銀行が自由に為替水準を決定することができると結論付けるのはあまりにも恣意的な議論である。
■量的指標の概念自体が非常に曖昧
中央銀行がマネタリーベースの量を変動させて自由に為替水準を決定できるという議論のもう一つの問題点は、そもそも量的指標の概念自体が非常に曖昧なものだということである。
2国間の通貨の需給を測る際の最も適切な指標が、銀行券の量なのか銀行の準備預金を含むマネタリーベースの量なのか、あるいは預金通貨を含むより広義の金融ストックの量なのか、理論的に特定することは実は簡単ではない。
例えば、現状において日銀が銀行などから国債を買い入れて銀行の準備預金を増加させようとする場合、銀行側からすれば、売却する資産が6カ月物の短期国債であれば、それが準備預金に置き換わっても金利は全く変わらない。
つまり、銀行にとって短期国債は既に完全にキャッシュと同等の資産であり、現在、170兆円ほどの短期国債残高をマネタリーベースに含めてみても実質的な意味合いは殆ど変わらないことになる。短期国債を含めるだけでマネタリーベースの規模は一気に2.5倍に跳ね上がってしまうわけであり、このような曖昧な概念の指標を通貨需給の指標として使うことに意味はない。
このように見てゆくと、中央銀行がマネタリーベースの量を通じて為替水準を自由に決定できるという考え方は極めて安直なものであることが分かる。日銀がこれ以上市場からの資産買い入れ額を増やしてマネタリーベースを拡大しても、それ自体が果たして為替市場ひいては実体経済にどの程度本質的かつ持続的な影響を及ぼせるのかは疑問である。
■長期金利の押し下げは金融システムを脆弱化
しかし、一つの思考実験として、日銀がFRBのようにツイストオペ(市場から長期債を買って短期債を売却する金融政策)に踏み切り、マネタリーベースの伸びとは関係なく10年債金利を現在の0.7%台から短期金利並みの0.1%近辺まで低下させ得たとしたらどうだろうか。
生保や年金といった機関投資家は、日米の長期金利格差の拡大を受けて、国内債を売却して外国債などにシフトするかもしれない。
そうなれば、市場で円売りドル買いが起こり、円安の動きがある程度促されるだろう。金融政策によって円安を目指すということであれば、量的な拡大ではなく徹底的に金利政策を追求することによってそれをある程度実現することはできるかもしれない。
しかし、日銀がツイストオペによって長期金利を強引に押し下げた場合、銀行は生保や年金と違ってリスク管理上の制約から外貨資産の保有をそれほど増やせないため、債券投資から得られるインカム収益の大幅な低下に直面することになるだろう。銀行の収益悪化は、長期的には日本の金融システム脆弱化という重大な副作用をもたらすことになる。
そういった副作用を回避するためには、日銀が長期国債を大量に購入するのではなく、政府が市場で直接ドルを購入して円を売却する「為替介入」を行う方が本来はるかに健全である。
しかし、現実には、「為替介入」は米国や欧州などの政府の同意が得られなければ容易に実施できないため、副作用発生のリスクを敢えて冒しても日銀の政策によって為替に影響を及ぼそうと政府は考えつつあるのかもしれない。
債券投資家は、資金運用者の現実として、そういったある種「不適切」な政策にも対応して行かざるをを得ない。長期的な債券投資利回りの低下は、反面、短期的には債券保有によるキャピタル・ゲインをもたらすわけであり、その部分の利益獲得の機会を逸するべきではないだろう。
日銀が、「不適切」ではあっても為替市場への限界的な効果を狙った政策に向かって行くのだとすれば、債券投資家はイールドカーブのブル・フラット化(金利が低下する中でのイールドカーブの強気の平坦化)を狙った投資を今後数四半期にわたって試みていく必要がある。
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。