01. 2013年9月20日 12:52:40
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2013年9月19日 橘玲 シェール革命でアメリカは中東情勢に興味を失っていく [橘玲の世界投資見聞録] 前回、ドバイをはじめとする中東産油国のバブルについて書いた。 [参考記事] ●ほとんど問題にされない巨大な経済格差、"法外な幸運"を享受する産油国の実態 ところで、石油の価格はどのように決まるのだろうか? 石油価格の高騰は先物市場への投機マネーの流入だとしても、その仮装をはげば「商品」としての需要と供給の実体が現われてくるはずだ。 原油価格の受給要因については、水野和夫+川島博之編著『世界史の中の資本主義』(東洋経済新報社)所収の「シェール革命が進むも原油価格の大暴落は起こらない」で、昭和シェル石油チーフエコノミストの角和昌浩氏が簡潔に解説しているのでここで紹介しておきたい。 原油の生産コストはいくら? まず、油田を探し、地中から原油を掘り出して運搬可能な状態に製品化するには相応のコストがかかる。この費用は、探鉱・開発コストと、生産・操業コストに分けられる。 IEA(国際エネルギー機関)は『2005年世界エネルギー見通し』で、油井ごとの総生産コストを推計している。それによれば世界の原油の探鉱・開発コストは平均して1バレル当たり4.8ドル、生産・操業コストは7.7ドルで、原油の総生産コストは平均12.5ドルとなる。 それに対して中東の主要産油国の原油生産コストはきわめて低く、サウジアラビアが3ドル(開発コスト1.5ドル+操業コスト1.5ドル)で、それ以外の中東諸国の生産コストも5ドル以下だ。これらの国の油田は地中から汲み上げた原油をそのままパイプラインに流すだけでよく、この圧倒的なコストの安さが中東の富の源泉であることは前回述べた。 では、それ以外の油井のコストはどうなっているのだろうか? 同じくIEAの推計では、アメリカやヨーロッパの沖合海底油田(大深水海底油田)は操業コストだけで10ドルを上回り、探鉱・開発コストを加えた総コストは13〜15ドルになる。 カナダなどで採掘されているオイルサンドは原油を含んだ砂岩で、そのままではコールタールのような状態なのでパイプラインで輸送できない。そのため総生産コストはさらに高くなり、民間会社の年次報告書(2005年)から概算すると、生産・操業コストが12.34ドル、簡易精製して輸送可能な合成原油にするのに8.01ドル、これに管理費・研究開発費を含めたトータルの生産コストは21.74ドルになる。またオイルサンドの生産自体にかなりのエネルギーが必要で、エネルギー価格の上昇が生産コストを押し上げるという悪循環に陥りやすい(これは後述のシェールガス/オイルでも同じだ)。 こうした原油の生産コストから、石油開発が事業採算に乗る価格が決まる。それは2005年時点では、在来型の油田開発が1バレルあたり25ドル、大深水海底油田が35ドル、オイルサンド開発が40ドルで、原油価格がこの水準を下回ると生産するほど赤字が増えるから、この採算分岐点が供給面でのフロア(下値)と考えられていた。 産油国の予算もこの採算点を基準にしていて、2006年のカタールの国家予算は原油のFOB(出荷)価格を36ドル、サウジアラビアも輸出価格を35ドル程度にしていた。 その後、原油価格は急速に上がり2008年6月に瞬間的に147ドルに高騰、翌年2月には世界金融危機で40ドルに反落したものの、その後は100ドル前後で高値安定している。1990年代は1バレル=20ドル台だったのだからまさに“異次元”の価格で、これによってドバイなどで巨大な不動産バブルが起きたことも前回書いた。 シェール革命の恩恵 エネルギー価格の上昇は、“シェール革命”というイノベーションを生み出した。 頁岩(シェール)層にオイルや天然ガスが含まれていることは古くから知られていたが、これまでそれを効率的に開発する方法がなかった。ところが2000年代になると、高価格を誘因に資源開発のベンチャー企業がアメリカに登場し、頁岩層に長い横穴を掘り、高圧の水で割れ目をつくってオイルや天然ガスを採集する技術が確立した。 シェールガス/オイル資源は北米大陸、ヨーロッパ、中国、オーストラリアに分布するとされ、他国に先駆けてその開発に成功したアメリカは、2017年までにサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になり、天然ガス生産でも3年以内にロシアを上回って世界一になると予測されている。 「今後10年で、アメリカ、カナダ、メキシコを合わせた北アメリカ大陸は全体としてエネルギーの自給自足を達成する」――2012年のIEA報告書でシェールガス/オイルが石油・天然ガス市場だけでなく、世界経済や国際政治の地政学的な構図にも大きな影響を及ぼすことが明らかとなり、“革命”と呼ばれるようになった。 シェール革命のもっとも重要な貢献は、人類が「エネルギー資源の枯渇」という恐怖から解放されたことだ。 エネルギー価格が上昇すると、採算ラインに乗る油井がそれだけ増えていく。2011年のIEAの見解では、1バレル=100ドルの価格レベルを前提にすると、世界全体の埋蔵量は6兆5000億バレルで、人類はそのうち1兆2000億バレルを消費しただけだから、現時点で5兆3000億バレルものエネルギー資源が生産可能な状態のまま地中に眠っている。 また「従来型の油田・ガス田は40ドルであれば十分利益が出るし、オイルサンドも採算性のよいプロジェクトは40ドルで十分。80ドルレベルを前提とするなら、オイルサンドの資源量は1兆7000億バレルも残っている」として、エネルギー危機を煽るような議論は無意味になったと角和氏はいう。 [参考記事] ●エネルギー危機はなかった! 報道されない"不都合な真実" しかしこれは、湯水のようにエネルギーが使える夢のような時代が到来するということではない。シェールガス/オイルは、従来型のガス田や油田に比べて生産コストがはるかに高いからだ。 角和氏は、西アフリカや北海の大水深海水プロジェクトの生産コストを1バレル=50ドル程度、シェールガス/オイルを40〜60ドル程度と推計している。採算分岐点は1バレル=70ドルで、原油価格がこれを下回るとシェール開発プロジェクトは軒並み赤字に転落してしまう。シェール革命を推進するアメリカは原油価格が1バレル=70ドル以下に下落することに強く抵抗するだろうから、ここが当面、供給面での価格のフロアになるだろう。 原油価格が下落したら? 供給側からの価格のフロアがわかったとして、需要側からの価格の天井はどうなっているのだろうか。今後、原油価格はふたたび上昇に転じ、1バレル=147ドルの史上最高値を上回るようなことはあるのだろうか。 シェール革命によって石油や天然ガスの生産量が大幅に増えた以上、原油価格のさらなる上昇には角和氏は懐疑的だ。過去の石油危機に見られるように、原油価格が上昇すると代替エネルギーや省エネシステムへの転換が進み、石油に対する需要が低下する可能性が高い。 さらに原油の場合、需要減に対して生産調整が簡単にできないという問題もある。 大水深海底油田などの大型プロジェクトでは、いちど生産体制に移行すると、装置の不調でもないかぎり生産を止めることはない。いったんつくった大型生産・出荷施設は最低でも20年くらいは使用されるから、仮に原油価格が低下して開発・生産コストを下回り採算割れになっても、変動費用部分の生産コストさえ回収できれば生産は継続されるのだ。 原油価格の高騰の理由は先物市場への投機マネーの流入で、現物需給のプライマリ(一時)情報で考えれば、いつ1バレル=70ドルまで下落しても驚かないと角和氏はいう。 ところで、原油価格が下落したらなにが起きるのだろうか? 10ドル程度のコストで生産できる大規模油田はコスト割れするおそれはまずないが、生産コストの高い新規開発油田は採算割れとなり、石油開発会社の経営は破綻してしまう。さらにはロシアやブラジルなど、資源価格が経済を支えている新興諸国は深刻な経済の失速に陥るだろう。 それだけでも大混乱は必至だが、じつは中東産油国も無傷ではいられない。資源価格バブルのなかで、国家予算が前提としている原油価格のレベルが大幅に引き上げられたからだ。 2011年のIEAの推計では、カタールの国家予算が前提としている原油価格レベルは35〜45ドルと以前と変わらないが、アラブ首長国連邦(UAE)は60〜80ドル、サウジアラビアにいたっては80〜90ドルまで上がっている。これはアラブの春の混乱を受けて、社会を安定させ王族による支配を維持するために、国民に大盤振る舞いをするようになったからだ(ロシアの国家予算はさらに厳しく、1バレル=100ドルの原油価格が前提になっている)。 石油価格が1バレル=80ドルまで下落すると、サウジアラビアでは国家予算の採算分岐点を割り込んで、中東から欧米に向けたオイルマネーの還流が止まる。これはおそらく、世界経済に大きな影響を与えることになるだろう。 シェール革命のもうひとつの大きな論点は、石油の供給安全確保へのアメリカの関与が大きく変わることだ。エネルギーの自給自足を達成すれば、アメリカはイスラエルの安全保障以外に中東情勢に興味を失うだろう。 アメリカに代わって中東問題に最大の利害関係を持つ国は中国になる。世界最大のエネルギー輸入国となった中国は、中東からのエネルギーの安定供給がないと経済が崩壊してしまうのだ。 日本もまた、エネルギーを中東に依存していることでは中国と同じだ。このことによって、いずれ日本と中国はエネルギー問題で「運命共同体」になるだろうと角和氏は予想している。 |