37. 2013年9月19日 03:29:47
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商業打ち上げと技術開発――2つ未来を追えるか甦る日本の固体ロケット「イプシロン」(2) 2013年9月19日(木) 松浦 晋也 9月14日午後2時、「イプシロン」ロケット初号機は、鹿児島県・肝付町の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた。打ち上げは成功し、搭載された惑星分光観測衛星「SPRINT-A」を予定の軌道に投入した。 今後イプシロンは、H-IIA/H-IIBと共に日本の宇宙開発を支える宇宙輸送システムとして利用されることになる。しかし、その前途にはいくつかの不確定要素が存在する。 まず、どのようにして打ち上げ回数を増やすかだ。これはH-IIAと共通する課題である。イプシロンは低コスト設計を徹底したロケットだ。打ち上げ回数が増えなければ、量産効果が働かず、1回当たりの打ち上げコストをより一層低下させることができない。国の宇宙予算が頭打ちになっている現在、打ち上げ回数を増やすには、国際的な商業打ち上げ市場に進出する必要がある。しかし、そのための方策ははっきりとは見えていない。 もう1つ押さえておかねばならない観点がある。安全保障だ。固体ロケット技術はミサイルにも応用できる。「安全保障上重要」という理由で、その技術を機密の壁の向こうに持ち去れば、技術革新を停滞させることにつながる。イプシロンは、東京大学のロケットというオープンな学術研究から始まったからこそ、ここまで先進的なロケットたり得た。コア技術を守りつつ、オープンな研究環境を維持する必要がある。 技術的にロードマップは見えている 第1回に書いた通り、イプシロンの開発は2段階で行っている。今回、JAXAが打ち上げたのは「EX」。2017年には「E1」を打ち上げる予定だ。予算が限られていることから取った苦肉の策だが、同時に東大以来のロケット開発の伝統に沿う手法でもあった。 東大から文部省・宇宙科学研究所へと繋がるM(ミュー)ロケットの開発では、同一機種を1年に1機打ち上げ、4〜5機打ち上げたら次の機種に移るという技術開発のサイクルが成立していた。これは、大学院の修士課程と博士課程を合わせると5年で、学生が在学中にロケット開発を1サイクル経験できるという教育面からの要請だった。同時に、技術開発をたゆまず進めて、ロケットをじりじりと進歩させる意味もあった。Mロケットは「絶えず進化していくロケット」だった。イプシロンの2段階開発は、この伝統を継ぐものと言えるだろう。 イプシロンEXとE1。(「イプシロン開発の現状と将来の構想」徳留真一郎、森田泰弘、2013年3月 小型科学衛星シンポジウム発表資料より) この先、技術面で何をやっていくか、ロードマップはかなりはっきりしている。 JAXAは、E1の打ち上げ前から、イプシロン発展型構想をいくつか検討している。今回の成功を受けて、検討作業はさらに加速することになるだろう。イプシロン発展型の推進剤を増やした第2段を、H-IIA後継の次期基幹ロケットの固体ロケットブースターに使用する構想もある。今後次期基幹ロケットと絡めて、イプシロン発展型の検討が進むことは間違いないだろう。
打ち上げ機会増加の方策は不明確 その一方で、イプシロンの打ち上げ機会をどうやって増やしていくかの方策は、必ずしも明確ではない。計画を検討していた段階では、主に科学衛星を年2回、打ち上げることを目指していた。しかし、予算が逼迫したことからその後年1機になり、2010年度にイプシロンの開発を開始した時点では「5年に3機」にまで後退した。H-IIAで打ち上げる中型科学衛星2機を含め、科学衛星を年1機のペースで打ち上げるという意味である。 ところが、JAXA・宇宙科学研究所が立ち上げた小型科学衛星シリーズは、2番目のジオスペース探査衛星「ERG」が大幅な予算超過を起こしたために頓挫してしまった。JAXA・宇宙研は予算を組み替え、年内にも3番目の衛星を公募するとしているが、少なくともシリーズとして小型科学衛星をコンスタントに打ち上げる体制の構築には失敗してしまったわけである。 ERGを搭載するイプシロン2号機「E1」の打ち上げは、2015年度を予定している。打ち上げペースは、Mロケット時代よりも遅い。 国が開発する科学衛星以外では、汎用小型衛星システム「ASNARO」と、イプシロンによる打ち上げをセットにして販売できないかという構想もある。「ASNARO」は、経済産業省が小型衛星市場への販売を目指し、NECと共に開発しているものだ。この構想を実現するためにはまず、イプシロンによるASNARO打ち上げの実績を国費を投じて作り、「こんなに便利ですよ」と市場にアピールする必要がある。ところが、ASNAROとイプシロンの開発のタイミングが合わずASNARO初号機の打ち上げは、ロシアの「ドニエプル」ロケットで行うことになってしまった。 発展途上国には、雲を通して地上を観測できるレーダー地球観測衛星に強い需要がある。ASNAROはレーダー搭載が可能な設計となっている。ところがレーダーを搭載したASNAROは550キログラムと重く、極軌道打ち上げ能力が450キロのイプシロン「EX」では打ち上げることができない。「E1」が必要になる。 ここで見えてくるのは、経済産業省主導のASNAROと、文科省のプロジェクトであるイプシロンのすり合わせ不足だ。縦割りの弊害であり、内閣府・宇宙戦略室がどのように調整能力を発揮するかが、今後の焦点となる。 さらには、国が開発する衛星を打ち上げることで、成功の実績を積み上げていったとしても十分ではない。今のところ、商業打ち上げをどのような事業形態で行うかが未定だ。最低でも海外営業を担当する営業会社は必須である。 イプシロン打ち上げ予定。薄くなっている項目は未確定。ロケット名称がE1'とダッシュが入っていることに注意。今後E1がさらに分割されて技術開発が継続する可能性を意味する。(「イプシロン開発の現状と将来の構想」徳留真一郎、森田泰弘、2013年3月 小型科学衛星シンポジウム発表資料より) オープンな研究の場で生まれた技術が安全保障も支えてきた
固体ロケット技術は、発射可能な状態で長期保存が可能なので、有事即応性を必要とするミサイルにも使われる。歴史的にロケットメーカーは、東大の固体ロケット研究に参加することで得たノウハウを、実用衛星と大型液体ロケットを開発する宇宙開発事業団(NASDA)や防衛庁(現防衛省)に売り込み、トータルで業績を黒字にしてきた。オール日本の固体ロケット技術の源泉は、宇宙研のMロケットにあったわけだ。オープンな学術研究としての最先端技術開発が、日本の固体ロケット技術を底辺から支えていたわけである。 意図せずして形成された、大学における最先端技術の研究開発と防衛面での実利用の結びつきは、2006年のM-Vの廃止で崩れた。廃止に当たって、主に自由民主党の国防族議員から文科省に抗議の電話が相次いだ。「日本の防衛力の基盤である固体ロケット技術を、根幹から支えているM-Vを廃止するとは何事か」というわけだ。担当者は対応に苦慮した。が、その時には事務手続きが政治ですら覆せないところまで進んでしまっていた。 森田教授はイプシロン発展型において、新しい熱可塑性の固体推進剤の使用を検討していることを明らかにしている。固体推進剤の製造においては、異常燃焼の原因となる気泡が発生しないように細心の注意を払う必要がある。熱可塑性を持つ固体推進剤は、熱を加えると何度も溶けて液状に戻る。気泡が発生しても、温め直すことで気泡を追い出すことができる。これは大変大きな技術革新であり、安全保障分野も含めて応用範囲は広い。 現在、固体推進剤は、ベースとなるポリブタジエンという合成ゴム、燃焼温度を上げるためのアルミ粉末、酸化剤の過塩素酸アンモニウムなどを混合して練り合わせ、モーターケースに注型して固めることで製造している。固まった固体推進剤は熱を加えても元に戻らない。気泡が発生した場合、固体推進剤をかき出して、最初から製造し直さねばならない。大型の固体ロケットであっても一度に注型する必要があるので、製造設備は大型化する。 ここで考慮すべきは、熱可塑性固体推進剤に代表される斬新な発想に基づく技術は、東大に始まり、そして現在のJAXA・宇宙研へと続くオープンな研究環境の中から生まれたということだ。ところが日本の宇宙開発は近年、1998年の情報収集衛星計画の開始、2001年の米国同時多発テロなどを経て、どんどん情報を秘匿する方向に向かっている。施設一般公開などで以前なら誰でも入れた場所が立ち入り禁止になり、報道機関への実機公開は限定され、審議会は傍聴不可能になり、情報は出てきにくくなっている。 この流れに乗って、「固体ロケットは安全保障上重要な技術なので絶対秘匿」ということにしてしまえば、技術革新を促す場を失うことになる。機微に触れる技術の秘匿は必須だが、研究者らのオープンな議論の場を潰してしまっては元も子もない。 商業打ち上げと継続した技術開発の両立を イプシロンの将来には2つの側面が存在する。1つは低コストで小型衛星を打ち上げるコマーシャルな宇宙輸送系という位置付けだ。こちらは、何らかの形で国際的な商業打ち上げ市場に食い込んでいけるように、政策面で的確にサポートする必要がある。打ち上げサービスには継続性と信頼性が重要なので、どこかのタイミングでロケット仕様をフィックスして、「同一仕様を多数打ち上げる」ということも必要になるだろう。 もう1つは、安全保障も含めて日本の固体ロケット技術を維持発展させるための技術開発プラットホームとしての役割である。イプシロンがこの役割を担うとすると、かつてのMロケットと同様に「どこまでも技術開発を続けて進化し続けるロケット」という位置付けになる。 確定した仕様のイプシロン運営を民間移管し、その一方でJAXAは技術開発を続けるなど、両者を満たす方法は存在しうる。今後、内閣府・宇宙戦略室は、一見矛盾するように見える2つの側面を同時に促進する施策を打ち出す必要がある。 このコラムについて 宇宙開発の新潮流 宇宙に興味がある人は多いですが、人類が実際に宇宙で行っていることや、その意味や意義を把握している人は少ないです。宇宙開発は「人類の夢」や「未来への希望」だけではなく、国家の政策や経済活動として考えるべき事柄でもあります。大手メディアが触れることの少ない、実態としての宇宙開発を解説 |