01. 2013年9月13日 17:18:27
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コラム:公的年金運用改革はアベノミクスの追い風となるか=丸山俊氏 2013年 09月 12日 18:18 JST 丸山俊 BNPパリバ証券 日本株チーフストラテジスト(2013年9月12日)昨年10月、厚生年金と国民年金の積立金を一元的に運用し世界最大の機関投資家と言われる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は会計検査院より「基本ポートフォリオの検証」を促され、それを受けて所管官庁である厚生労働省からも「必要に応じ見直すよう」要請された。 GPIFの基本ポートフォリオの見直しは5年ごとに行われているが、2006年度を最後にしてリーマンショックを契機とする世界的な金融ショックを経た時期にも変更されていなかった。金融市場に携わる者の一般的な理解として、08年以降の世界的な金融ショックをきっかけに政治・政策・規制といったマクロ環境が激変したにもかかわらず、(「暫定的」であるとかいかなる理由があるからと言って)運用方針を見直さないということはおよそ信じられないことである。 結局、GPIFは金融ショックを経た時期を含めてリスク・リターンのプロファイルを点検し、政府の有識者会議に先立つ今年6月に発表した中期計画で運用配分(カッコ内は変更前)を国内債券60%(67%)、国内株式12%(11%)、外国債券11%(8%)、外国株式12%(9%)に見直すと発表した。要は、お上に言われたからきちんと点検してみたところ、最適なポートフォリオが違っていたということである。 そのGPIFに業を煮やしたのか、年金制度の抜本的見直しを意識したのか、安倍政権は6月に閣議決定した成長戦略で公的年金の運用について、1)株式などへの分散投資の促進、2)リスク管理体制の見直し、3)運用利回りの向上を明記し、公的年金の運用見直しを議論する有識者会議を設置した。 かつてインフレターゲットの主唱者であり、日銀による外債購入などにも積極的であることで知られる東京大学大学院の伊藤隆敏教授を座長とする有識者会議は、今秋までに提言をまとめることになっている。その内容は遅くとも2015年4月から始まるGPIFの次期中期計画に反映される見通しである。有識者会議で公的年金の運用について見直しの対象となっているのはGPIFだけでなく、国家公務員共済組合連合会(KKR)や独立行政法人、国公立大学などで運用資産額は合計で約200兆円に達し、株式市場では公的年金による国内株式への運用配分引き上げに対する期待感が高まっている。 <縦割りが阻む改革> 漏れ聞くところによると、リタイヤしつつある団塊世代が死亡するまで(平均寿命に基づくとあと20―30年くらい)、逼迫する年金財政をなんとかして維持しようと腐心する厚労省側と、財政負担を極力減らしたい財務省や金融市場活性化を望む金融庁などとの間で綱引きが始まっているという。つまり、公的年金の株式での運用に厚労省は慎重だが、財務省・金融庁は積極的であるというわけだ。 そして、省庁の利益を代表する縦割り社会が霞が関だとすれば、永田町もまた縦割り社会である。公的年金の受給者である高齢者層は一般的に公的年金が株式などのリスクの高い資産で運用されることに消極的である。なぜなら、年金が運用で高いリスクを取っても、受給者に対する年金支給額は物価スライド(物価や賃金の変動に応じた改定)で調整される分を除けば一定であるからだ。つまり、年金受給者である高齢者層には、リスクの高い運用をしてまで運用利回りを向上させようとするインセンティブがないのである。 高齢者層の政治力を考えたとき、政治家も彼らに嫌われる政策を推し進めようとするインセンティブはないだろう。異次元緩和のおかげもあって国債利回りが超低水準に張り付く中、マクロ経済スライドを導入しても高齢者層の生活への配慮から年金支給額の引き下げすら困難なほど閉塞した政治の状況では、諸外国の年金基金に比べても低い日本の公的年金の運用利回り向上を求める声が強まるのは当然の流れだ。しかし、霞が関や永田町それぞれの縦割り構造や、年金の安定支給を望む高齢者層の政治力により、株式市場が望む公的年金による(国内)株式への大胆な運用配分の引き上げには至らない可能性が強い。筆者はGPIFの国内株式への配分比率は現在の12%から段階的に最高でも15%に引き上げられるに過ぎないと予想しているが、残念ながらこの程度であれば株式市場にとって大きなサプライズにはならないだろう。 <公的年金が株式を保有する意義> 市場の関心は公的年金による国内株式への配分比率引き上げに集中しがちであるが、もっと大事なことは運用の中身を変えることだ。つまり公的年金が相場任せの運用を止めて、もっと積極的に議決権や株主提案権を行使して自らの投資価値を守ること、コーポレート・ガバナンスの強化に貢献することが必要である。 そもそも論として、公的年金は民間の投資機会喪失を招く株式保有や、民間への介入である議決権行使を行うべきではないとの考え方がある。しかし、公的年金による株式保有には、次のような利点がある。国民のポートフォリオがリスク分散できること、期待収益も向上すると考えられること、そして高齢者層に集中している株価変動リスクを何らかの阻害要因(貯蓄不足など)で株式投資を行わない若年層にも担ってもらい世代間のリスクシェアリングを促進することだ。 また、長期保有の公的年金が市場に参加することで、年金受給者である高齢者層が保有する株式資産から得られる金融所得が向上する可能性がある。これを相続税強化の流れと合わせて考えると、高齢者層に偏在する金融資産からの所得を増やしてリタイヤを迎えつつある団塊世代を含めたシニア消費の拡大を図る一方、税制による世代間の所得移転を通じて勤労世代の可処分所得を下支えることが、消費税率引き上げを伴う財政再建と経済成長を両立していく最善の方法ではないだろうか。 財政・金融政策総動員による株価回復で、富裕層を中心とした家計の資産効果を刺激して100年に1度の金融危機から見事に立ち直りつつある米国経済から学ぶことは多い。つまり、人口減少・少子高齢化に直面する日本で需要を増やすには、株式を最も多く保有している高齢者層の金融所得を増やし、資産効果を刺激するだけでなく、税制を通じて現役世代への所得移転を促し、現役世代の消費も増やすしかないのではなかろうか。 経験則上、日本の資産効果は米国のそれより小さいと考えられるから、高齢者層にもっと株式に投資してもらわなければいけない。ただでさえ団塊世代がリタイヤすることでボリュームが増大するシニアの消費が拡大すれば、日本経済へのインパクトは大きいだろう。 <公的年金が株主権を行使する意義> ただし、公的年金が株式保有を増やすだけでは目的を達することはできない。公的年金に限らず投資価値を守るには、株主権を適正に行使することが重要であると考えられるからだ。過度に消極的な公的年金の運用は(議決権を行使しないということは「賛成」と同じであるとみなされるため)、株主権を積極的に行使している他の年金基金や投資信託の影響力を殺いでしまうというだけでも害があるのだ。 また、そもそも「年金基金」は株主権の濫用が制限されるべき「政府系ファンド」ではない。たとえば、米議会が挙げる政府系ファンドの性質として、1)政府設立または政府出資の投資手段、2)債券以外の外国資産に投資を行う、3)財政余剰、貿易黒字、中央銀行準備金、国有資産売却益を原資とした基金、4)年金基金ではないことがある。その点、年金基金は公的機関が管理を行うが、加入者(国民)の保険料を原資とした基金であり、出資者たる保険加入者の株主権を行使する義務があると考えられる。 それでも、職域年金や企業年金と異なり、国民年金制度によって運用されている公的年金が株主権を行使すれば、私企業への過度な経営介入を招くだけでなく、政治的な意図によって株主権が恣意的に運用される恐れがないとは言えない。株主権を行使すればしたで、その政治的影響が問題視されるし、行使しなければしないで市場機能を害したり、受託者として国民(株主)の権利を損ねたりすることになる。これらの問題を解消するには、公的年金では株式の運用を一切しないか、運用するとしても投資判断は外部の独立機関に委託するしかないだろう。 繰り返しになるが、公的年金が株主権を行使する目的は、投資価値を守ること、そのためのコーポレート・ガバナンスの強化に貢献することでなければいけない。株式の長期保有から得られる投資収益は、値上がり益よりも配当収益が大きいことが知られている。長期保有を目的とする公的年金の運用方針が「短期的な値上がり益」より「長期的なインカムゲイン」を重視する立場であれば、たとえば「自己資本比率が50%以上の会社の自社株買いを含めた総還元性向が30%未満の場合、剰余金の処分に関する議案に反対する」といった議決権行使のあり方が考えられる。 これはある民間運用会社がすでに採用しているガイドラインから引用したものだが、こうした方針を公的年金として中立・公平な立場からガイドラインで明確にし、公的年金が株主として経営陣と対話を重ねていくことでコーポレート・ガバナンスの強化に貢献することが可能だろう。 また、安倍政権が経済団体からの強い反発によって義務化を断念したと言われる社外取締役の導入や選任についても、公的年金が積極的に働きかけていくといったことも考えられるはずである。そして、何よりも効率的かつ効果的に議決権行使を行うために、委託運用機関に一任していてばらばらになっている議決権の行使を一元化し、場合によっては中立・公平な立場から株主提案を行うことも考えるべきだろう。 こうした例を諸外国に求めると、やはり知名度と実践度からカリフォルニア州公務員退職年金基金(以下、カルパース)を取り上げないわけにはいかない。年金の受託者責任を重視するカルパースは1980年代から投資先企業のガバナンスを厳しくチェックし、アクティビスト(活動的株主)と呼ばれるほど議決権行使に関心を持って株主権を積極的に行使してきた。GPIFと同様にインデックス運用が多いため、株価が低迷しても直ちに売却することは少なく、中長期に保有して受託者責任の一環として投資先企業をじっくり分析し、業績悪化や株価低迷の要因がガバナンスにあると判断されれば株主として改善を求めてきた。 なお、カルパースは単独または同意見の他の機関投資家との共同の議決権行使によって株主活動を展開することがあり、彼らが日本の有力企業に対して行った提案には社外取締役制度の導入、配当金政策に反対、役員退職慰労金の支払いに「ノー」を表明するケースがあった。 <公的年金が率先して果たすべき役割と責任> 近年では排出ガス削減目標の設定や環境破壊リスクの削減といった環境関連など、社会的責任問題に関わる提案が米国では増えている。この点について、議決権行使助言会社の米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシズ(ISS)は、社会的責任問題が株主提案として活発に行われるようになったのはBP(BP.L)によるメキシコ湾の石油流出事故がきっかけになったと指摘している。同事故では、出資者であった三井物産(8031.T)のグループ会社も事故費用の負担でBP側に約10億ドルを支払うことで和解した経緯がある。 また、日本では東日本大震災による福島原発事故は株主価値を著しく毀損しただけでなく、様々なステークホルダーの不安を増長した。東京電力(9501.T)には内外の株主だけでなく、あらゆるステークホルダーからリスク開示、透明性、情報開示などに関する厳しい指摘が相次いでいるのは周知の通りだ。今後は「企業価値向上」や「株主価値向上」だけを主張してきた従来型のコーポレート・ガバナンスにプラスして、安全や安心を支える「環境問題」(日本では「震災対応」なども)と企業としての「社会的責任」なども重視した要請を一段と強めていくだろう。 外国人投資家が経営陣に対して「物を言う」だけでアクティビストだと驚かれ、金融機関が「物言わぬ大株主」として君臨し続け、個人投資家が軽視される風潮にある日本の資本市場では、公的年金が率先して果たすべき社会的な役割と責任は従前に増して重くなっているのではないだろうか。 *丸山俊氏は、BNPパリバ証券の日本株チーフストラテジスト。早稲田大学政治経済学部卒業後、三和総合研究所に入社し、クレディ・スイス証券を経て2011年より現職。 |