05. 2013年9月12日 10:22:06
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中国は「しがみついてでも残るべき市場」ですチャイナリスク再考(第4回) 2013年9月12日(木) 菅野 寛 企業のビジネスを巡って日々流れるニュースの中には、今後の企業経営を一変させる大きな潮流が潜んでいる。その可能性を秘めた時事的な話題を毎月1つテーマとして取り上げ、国内有数のビジネススクールの看板教授たちに読み解いていただき、新たなビジネス潮流を導き出してもらう。 9月のテーマは、日本企業が直面する「チャイナリスク」。2012年9月11日に日本政府が尖閣諸島を国有化してから1年。中国国民の間でくすぶり続ける反日感情は、現地に進出している日本企業の事業活動にどのような影響を及ぼしているのか。また、賃金の高騰などによって、「世界の工場」としての中国の位置づけは変わりつつあると言われるが、実態はどうなのか。国内ビジネススクールの教壇に立つ4人の論客がリレー形式で登場し、持論を披露する。 今回も、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の菅野寛氏に登場していただく。「巨大成長市場」として中国が抱えるリスクを読み解いたうえで、規模、成長性を考慮すれば、日本企業にとっては依然、可能性の大きな有望な市場であると説く。 (構成は小林佳代=エディター/ライター) 前回に説明したように、チャイナリスクには「世界の工場」として中国が抱えるリスクと「巨大成長市場」としての中国が抱えるリスクの2つがあります。今回は、巨大成長市場としての中国が抱えるリスクについて考察します。 中国市場のリスクとして第1に挙げられるのは「経済成長鈍化」、第2が「成長に伴うひずみ」、第3が「政治リスク」、第4が「反日リスク」です。 第1〜第3までのリスクは、日本企業に限るものではなく、すべての国の企業に共通するリスクです。尖閣諸島国有化をきっかけに勃発した激しい反日デモの影響で、第4の反日リスクが、エモーショナル、センセーショナルに誇張され、多くの人が過大に見る傾向にありますが、本質的には第1〜第3のリスクの方が大きいと言えます。 チャイナリスクを判断するには、これら4つのリスクを冷静に分析していくことが必要です。 第1の経済成長鈍化リスク。高度成長を遂げていた中国経済がスローダウンし、今年から来年にかけて、何らかの「調整」局面が起きる可能性があります。バブルがはじけるようにハードランディングするのか、ゆっくり安定成長に移行するソフトランディングできるのかは、中国政府のさじ加減次第。経済合理的に予測するのは難しい。ここにリスクがあると考えられています。 中国経済の成長は10年前に比べ、確かにスローダウンはしています。けれど、今も7%台の成長を続けている。欧米、日本は3%未満ですから、それに比べれば信じられない高成長です。インド、ブラジルなどほかの新興国に比べても成長性の上で何らそん色はありません。世界第2位の経済大国と規模も大きいうえに、まだまだ非常に魅力的な市場。手を引くことはあり得ず、むしろ投資してリターンを取りに行くべきだと私は思います。 第2のリスクが成長に伴うひずみ。その典型例が大気汚染などの公害問題です。水、食品などの安心・安全にかかわるリスクも懸念が高まっており、北京市に駐在していた外国人ビジネスマンと家族は、半分以上が帰国したと言われています。 しかし、こうしたひずみは、過去、経済成長に伴って、あらゆる国で起きてきたことです。日本でも1950年代半ばから70年代半ばの高度経済成長時代には、水俣病、四日市ぜんそくなど公害の問題が生じました。産業革命の時の英国、米国も同様です。当たり前の、いつか通る道を中国もたどっているということです。 日本企業から見ればむしろビジネスチャンスでもあります。高度成長時代に直面した公害問題に対処した経験から、日本は中国が必要とする技術やノウハウを備えているからです。 安心・安全に関しては、中国国民も非常に不安視しています。きちんとした対策を打たない政府への不信感もものすごく強い。国内企業は信用できないということで、外国ブランドの人気が高まっています。中国国民は安心・安全な日本製品が大好きです。化粧品、食品、赤ちゃん用品など、中国製品には不信感がある一方で、日本製品をものすごく高く評価しています。 三菱樹脂が中国で立ち上げつつある植物工場なども注目されています。大気汚染の心配のない密封された空間の中で、安心できる日本のテクノロジーで作られた野菜は、高くても喜んで買う消費者がいるのです。 環境や安心・安全面だけではありません。中国の賃金が高くなる中、少ない工員で効率的に生産する日本企業の技術やノウハウは間違いなく必要とされます。また、やがて到来する高齢化社会では、日本企業が工夫しながら開発してきた高齢者向けサービスや高齢化社会のビジネスモデルが中国で受け入れられることでしょう。 日本は中国に必要なものを補完できる 距離的にこれほど近い国で、こんなに都合の良い、強力な補完関係が成立する。しかも、相手からそれを求められている。これを逃す手はないと思います。 一橋大学大学院国際企業戦略研究科の菅野寛教授(写真:都築 雅人) 第3の政治リスクでは、政治汚職や経済格差に対する国民の不満が非常に高まっています。不正に資産をため込んで、資産と妻子を先進国に移し、タイミングを見計らって本国から逃げ出そうとする高官も多く、「裸官」という言葉が一般に浸透しているぐらいで、汚職に対する目は非常に厳しい。成長している時には表面化しない不平等の問題も、成長が鈍化した途端、噴き出すと考えられます。
インターネットやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及により、情報は一般市民にも広く浸透し、政府は情報をコントロールできなくなりつつあります。政府は国民の不満を抑えるのに四苦八苦しています。デモも頻発し、今や国内治安維持費は国防費を上回っているほどです。 共産党一党支配の国ですから、当局が、こういう国民の不満を汲んで産業政策を恣意的に変更することもあり、進出企業は振り回される可能性があります。 けれど、こうした政治リスクは、中国だけに特異なものではありません。ロシア、インド、ブラジル、中東、アフリカなど、ほとんどの新興国は行政指導の不透明さや腐敗等の政治リスクを抱えています。 心地良いビジネスができる欧米諸国は低成長。これらの先進国相手にビジネスをしていて、企業の将来があるとは思えません。成長を期するのであれば、政治リスクのある新興国に出ていくことは必須です。リスクをいかにマネージするかが問われます。 第4の反日リスク。尖閣事件後には反日デモが史上最大規模となり、日本製品の不買運動が激化しました。けれど、こうした反日の動きは、中国以外の国でも起き得ることです。 例えば、かつて、米国との間でも日米貿易摩擦が起きました。反日感情が高まり、論理的根拠に基づいてではなく、政治的理由で米国から様々な要求を受けました。それに対し、日本企業は米国で現地生産するなどの手立てを打ち、乗り越えてきたわけです。 中国と米国の間でも、同様のことは起きています。米国が人権問題などで中国を非難するたびに、中国が米国企業に対して、経済合理性では説明できない締め付けをすることがあります。 2006年には中国の検査当局がマックスファクターの化粧品「SK-U」から禁止成分を検出したとして販売禁止としました。日本、韓国、シンガポール、台湾などでも大騒ぎになりましたが、各国政府は、「SK-Uは安全である」と宣言しています。1カ月後に中国もあいまいな安全宣言を出して収束させています。 マックスファクターは米P&G傘下の企業。ちょうど、中国がSK-Uを販売禁止にしたのは米国が人権問題で中国を叩いた時期の出来事だったため、その報復ではないかという見方が出ました。 何が起きるかを合理的に予測できないいらだたしさはあります。が、中国ではある程度の頻度で、こういう事態が起きることを織り込んだうえで、ビジネスを考えるべきだと思います。 一時的に2〜3割売り上げが落ちることはあり得るが 2012年の尖閣諸島問題の後、自動車、家電、化粧品、日用品など日本企業の消費財の売り上げは下がりました。けれど、1年たって、かなり回復しています。 日本と中国の政治的関係は冷え込んでいますから、再び、尖閣事件のような衝突も起こり得ます。一時的に2〜3割売り上げが落ちることもあるでしょう。 けれど、最終的には経済合理性が勝つと見ています。中国は日本企業にとって魅力的な市場。そして中国は日本企業を必要としている。日中は補完関係にあるのですから、それを危うくするレベルにまで日中関係を悪化させることは、双方とも考えていないはずです。 「反日感情で一時的に売り上げが落ちることがある」と覚悟して、どれぐらいの頻度で起きるのか、どれぐらいの期間で売り上げが戻るのか、起きた時にはどう対応するのかということをマネージしていくことが必要です。 中国市民は歴史の授業などで、反日的な教育を受けていますから、底流に反日感情があるのは致し方ないことです。中国でビジネスを進める際には、それを踏まえた工夫をすることも必要です。 まずは行政当局と良好な関係を築くことに力を注ぐこと。賄賂を贈れというわけではありません。「あなたの市民に貢献しようとしている」ということをしっかり伝え、そのために一緒にやっていこうと地道に呼びかけるのです。 当局はエスカレートする市民の不満を逸らすため、時々、“日本カード”を切りたいという誘惑に駆られてしまう。それを防ぐには、良好な人的関係を構築しておくことが重要です。 例えば、大連市はずいぶん前から日本企業を誘致することで経済を発展させてきた経緯があり、尖閣事件の時もほとんど問題が起きませんでした。日本企業と市当局が良好な関係を築いていることが良い結果につながっていると考えられます。 時には日本名を隠すしたたかさも必要 市民に対しても、「我々は中国市場を大切に思っている」「中国人のための中国企業になっていく」とアピールし、中国人消費者を「日本びいき」にすることが必要です。 例えば、トヨタ自動車は中国で設立した合弁会社に中国人幹部をどんどん登用しています。また、反日デモで、日本車であるがために傷つけられた場合、無償で修理し、「顧客を大切にする企業」というイメージを高めることに成功しています。 また、LIXILは、買収したばかりの米アメリカンスタンダードのブランドを中国市場で使う戦略を講じています。日本企業であることをあえて見せない戦略です。 オムロンヘルスケアの体温計・血圧計の中国での販売は尖閣諸島問題の影響を全く受けませんでした。これは、オムロンヘルスケアの製品が既にナンバーワンのマーケットシェアを取っており、揺るぎない信頼を勝ち得ていたからです。 さらに加えて、これは全くの偶然ですが、中国ではオムロンの会社名は「欧姆龍」という漢字を当てて「オムロン」と読ませています。中国の消費者は「欧」、すなわち欧州の企業であると思っているらしい。 これは、台湾企業が欧州市場でビジネスをする時によく使う方法です。欧州で台湾製品は「安かろう、悪かろう」と思われている。そこで欧州企業にしか見えない製品名や企業名を付け、本社をブリュッセルに構えたりしています。 日本企業だってそれをやればいい。ネガティブなイメージを持たれているのなら、それを変える努力をする。中国市場や中国国民のためと思ってやっていることはきちんと宣伝する。一方で日本色を薄めることにも注力するのです。台湾企業の名前を借りたっていいし、中国企業と合弁会社を作って、中国企業を前面に出してもいい。 日本企業の中には、「そんなことはプライドが許さない」「日本人なのだから、堂々と日本名を名乗りたい」という意見もあります。私からすれば、それは感情論であって、ビジネス論ではない。身を捨てて実を取るしたたかさも必要です。 中国は世界第2位の経済大国。ほかの新興国に比べて特別にリスクが高いわけではありません。しかも、日本が持っているもので、中国が必要としている技術・ノウハウは多く、日本企業にとっては大きなビジネスチャンスがあります。 前回、世界の工場としての中国のリスクを考えた際、「中国一本足からの脱却」が必要と指摘しました。もちろん、市場としての中国を考えた時にも同様に、多角化は必要です。ただし、中国市場から撤退するとか、中国の優先順位を極端に下げるという選択はあり得ない。中国は「しがみついてでも残るべき魅力的市場」だと私は思います。 (次回は、9月18日水曜日に早稲田大学商学学術院の太田正孝教授の論考を公開する予定です) このコラムについて MBA看板教授が読むビジネス潮流 |