http://www.asyura2.com/13/hasan82/msg/370.html
Tweet |
ジャン=クロード・トリシェ前欧州中央銀行総裁
日銀の独立性が失われれば、インフレ率は高くなる
http://president.jp/articles/-/10528
PRESIDENT 2013年4月1日号 一橋大学大学院商学研究科教授 小川英治=文 平良 徹=図版作成
■ユーロ圏のソブリン危機を引き起こした要因
筆者は、例年、お正月にアメリカに出かけて、世界中から経済学者が集まるアメリカ経済学会年次総会に参加している。そこでは、経済学の最新動向のほか、現在注目されている経済問題に関して様々な情報を収集し、議論できるので、大変有益な場である。今年もお屠蘇気分をそこそこにして、1月3日から6日にかけ、温暖の地という予想を裏切って寒風の強かったサンディエゴで開催された年次総会に参加した。
多くのセッションの中で、ジャン=クロード・トリシェ前欧州中央銀行(ECB)総裁が登壇した国際政策協調のセッションはきわめて興味深かった。トリシェ前ECB総裁は、ユーロ圏のソブリン危機を引き起こした要因として、財政規律を確保するための安定・成長協定が政治的理由からまったく機能しなかったこと、生産性や単位労働費用の点からユーロ圏諸国の対外不均衡が発生していたこと、銀行が国債に過度に投資していたこと、危機管理のシステムが確立していなかったこと、単一市場において賃金・価格の伸縮性が失われていたこと、そして、構造改革が進んでいなかったことを挙げている。
そのような反省を踏まえて、現在、財政規律の回復を目指した財政安定同盟や危機管理のための欧州安定メカニズムの設立や統一的に金融監督を行う銀行同盟が少しずつ進んでいることを指摘して、経済・金融連邦に向けたユーロ圏の動きを論じた。
もう1つの興味深いテーマの下で行われたセッションがあった。それは、トリシェ前ECB総裁にも深く関連するが、「中央銀行の独立性」というテーマである。今、日本でも日本銀行の金融政策を巡って、政府・国会と日本銀行との間の関係および日本銀行の金融政策の独立性が話題となっている。アメリカでも連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策の独立性が関心を呼んでいる。そのセッションでは、スタンフォード大学のジョン・テイラー教授(インフレ率と産出量ギャップ〈長期トレンドからのGDPの乖離〉の二つの経済変数を金融政策の目標としたテイラー・ルールを考案したことで有名な経済学者)などがそれぞれの学問的立場から中央銀行の独立性について発表した。テイラー教授は、金融政策のルールと対比させながら、中央銀行の独立性、とりわけ金融政策の独立性が常に政府・議会から政治的圧力にさらされているので、金融政策のルールを導入すべきであると論じている。
■金融政策を考えるカギ「時間不整合」とは
しかし、多くの国で裁量的に金融政策が行われてきたのが事実である。ルール対裁量に関する議論において、中央銀行が、労働市場の需要と供給が均衡するという自然失業率水準よりも下回って失業率を減少させるためには、雇用契約の締結時の予想インフレ率に基づく名目賃金率や労働時間を含む雇用契約が設定されたのちに、実際のインフレ率を高める方法しかない。雇用契約が設定されたのちに、実際のインフレ率が高まると、実質賃金率が低下することによって企業が雇用量を増大させる誘因が高まる。一方で、すでに労働時間が雇用契約の中で設定されていることから、実質賃金率が低下したとしても、すでに雇用契約を締結した労働者は雇用契約通りに働き続けなければならない。予想されないインフレ率を裁量的に引き起こすことによって、GDPおよび雇用が増加しうる。
このように、予想インフレ率よりも高い率で物価を上昇させることによって自然失業率以下の失業率が達成されることから、金融政策によって低いインフレ率を選択して、家計や企業の予想インフレ率を引き下げておいて、次の段階において、予想されないインフレを引き起こすという金融政策をとる可能性がある。このような裁量的な金融政策は時間を通じて一貫したものとはならない。このような金融政策を「時間不整合」と呼ぶ。
授業で挙げる「時間不整合」の例として、学生に勉強をさせるために次回の授業で小テストを行うぞと予告するものの、小テストの採点が面倒だから、実際には小テストを行わないというものがある。このような「時間不整合」の小テストは、最初は効果を上げるかもしれない。しかし、何度も繰り返していると、小テストは行われないのだと学生たちが合理的に予想して、学生が勉強してこなくなる。このように、「時間不整合」の小テストは、短期的には有効かもしれないが、長期的には効果をもたらさなくなる。なお、このような「時間不整合」の小テストの長期的効果を理解している筆者は、授業では「時間不整合」に小テストを予告しないので、学生諸君は予習・復習に励まれたい。
ところで、これまで中央銀行がインフレ率および家計や企業が抱く予想インフレ率を直接にコントロールできるかのように書いた。しかし、実際には、価格はその生産物の需要と供給によって決まることから、インフレ率でさえも中央銀行が直接にコントロールすることはできない。生産物市場において中央銀行は需要者として生産物を需要するわけでもなく、供給者として生産物を供給するわけでもない。また、中央銀行は、生産物の価格に対して規制を課しているわけでもない。
■家計や企業はインフレをどう予想するか
かつてインフレ率が高かった時代には、政府が価格と賃金に対して規制を課すという所得政策が採用された国があったが、その場合にも中央銀行がその規制を課したわけではない。中央銀行は、インフレ率をコントロールするためには、生産物の供給者である企業あるいは生産物の需要者である家計や企業に金融政策手段(金利や貨幣供給量)を通じて働きかけなければならない。すなわち、中央銀行は間接的にしかインフレ率に影響を及ぼせない。
さらに、中央銀行は、家計や企業が抱く予想インフレ率を直接的にコントロールすることは一層困難である。さらに、家計や企業が抱く予想インフレ率と異なるインフレ率を中央銀行が一時的に実現したとしても、次の雇用契約更改の段階で、家計や企業は予想インフレ率を修正して、名目賃金の上昇が要求され、結局、一時的に低下した実質賃金率は元の水準に上昇してしまう。すなわち、予想されないインフレを経験した後では、家計や企業は、インフレ予想を修正するのである。そして、その帰結として、自然失業率以下に失業率を減少できず、ただインフレ率を高めるだけとなり、かえって経済の損失を増大させてしまう。
一般論として、政府や議会からの中央銀行の独立性が金融政策の成果に影響を及ぼすという指摘がある。たとえ金融政策を運営する中央銀行がインフレを抑制しようとしても、政府や議会にはそもそも政府債務の実質目減りや雇用重視の政治的配慮からインフレ率を高めるインセンティブがある。そのために、政府や議会が中央銀行の金融政策運営に対して影響を及ぼせるならば、中央銀行はそれに従わざるをえなくなるかもしれない。したがって、政府や議会から中央銀行の独立性が確保されていない国では、インフレ率が比較的高くなる傾向にある。
上述した金融政策の時間不整合性において重要な点は、家計や企業が、中央銀行によって実行された金融政策によってインフレが発生する、あるいは上昇すると予想するかどうかである。もし中央銀行の政策目標が通貨価値の安定、すなわちインフレ抑制にあることが明示され、そして、中央銀行が独立して金融政策を運営できるならば、家計や企業は、中央銀行がインフレを抑制するための金融政策を行うと予想するであろう。その結果として、予想インフレ率が低下する。一方、もし中央銀行が政府や議会から干渉を受けて、インフレを抑制する金融政策を実施できないことが明らかになれば、家計や企業はインフレ抑制の金融政策を信認しないだろう。そして、インフレを起こす金融政策が行われることが予想され、その結果、予想インフレ率が上昇する。
このように、中央銀行のインフレ抑制に対する信認は、政府や議会からの中央銀行の独立性に関係する。中央銀行の独立性が確保されれば、中央銀行のインフレ抑制に対する信頼性が維持され、家計や企業の予想インフレ率が低下する。さらに、インフレを抑制する金融政策をルール化すれば、その金融政策の信認は高まる。
■デフレからの脱却を狙う政府が取るべき道
中央銀行の独立性とルールvs.裁量
http://president.jp/mwimgs/1/b/-/img_1b30d24ce5fb306ff85f1f7fe80af8d422232.jpg
この論理から言えば、逆説的であるが、政府や議会からの中央銀行の独立性が失われれば、インフレ抑制に対する信認が失われ、インフレ率が高まってくるかもしれない。しかし、インフレの抑制を目標として金融政策を行っているかぎりは、インフレが発生するとは家計や企業は予想しないであろう。したがって、失われた20年間のなかで、デフレから脱却し、インフレを起こしたい政府としては、インフレを抑制するという中央銀行の金融政策の目標を変更させるか、あるいは、中央銀行の金融政策の目標設定における独立性を抑え、インフレ・ターゲットというルールを導入することによってインフレを起こしたいのである。
一方において、インフレ・ターゲットというルールを導入することは、中央銀行から金融政策の目標設定における独立性が失われたとしても、政府や議会が裁量的に金融政策を行うことにはならない。その金融政策ルール、具体的には、インフレ・ターゲットの目標インフレ率を決めるのは、中央銀行ではなく政府や議会ではあるが、そのルールに基づいて金融政策が実施される。もちろん、その目標に向かって金融政策を運営するのは中央銀行であり、政府や議会の裁量的な政策のインセンティブは、インフレ・ターゲットの目標インフレ率設定というルール化によって排除される。
このように、政府や議会が目標インフレ率を設定するものの、インフレ・ターゲットというルールに基づく金融政策ルールを導入することは、自らの手を縛ることによって、インフレを起こしながらも、金融政策の信認を維持できるかもしれない。一方、政府や議会が決めたインフレ・ターゲットの金融政策ルールと目標インフレ率の下で、中央銀行が最適な金融政策手段によって金融政策を実施することが、現在、求められているのかもしれない。
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。