01. 2013年9月11日 09:03:37
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改めて考える消費税と景気をめぐる議論大学の「講義」風に3つの論点から点検してみる 2013年9月11日(水) 小峰 隆夫 政府は消費増税をめぐる集中点検として、各界の有識者から意見を聞く大会議を開いた。結論から言ってしまうと、私はこれは大規模な「茶番劇」だったと考えている。 理由はたくさんある。第1に、今さら意見を聞いてどうするのだろう。消費税をめぐっては、民主党政権時代から(またはもっと前から)散々議論が行われてきており、論点は出尽くしている。心ある人は、消費税に関しては既に自らの意見を固めているはずであり、今さら誰かの意見を聞いて、判断を変える人は少ないだろう。 第2に、「単に聞くだけ」ということが最初から分かっていた。この会議は正式な意思決定機関でも諮問機関でもない。意見の集約が行われるわけではないし、その結果に政府が制約されるものでもない。そもそも、国会で与野党合意の下に決まった方針を変えるかどうかを議論するのだから、まずは国会で与野党が議論するのが筋ではないのか。 第3に、予定通り消費税率の引き上げは行われるだろう。何といっても与野党合意で成立したものだ。各経済主体は既にそれを織り込んで行動している。国際舞台でも堂々とアナウンスしている。そして日本の財政事情は深刻であり、先送りは許されない。結局、丁寧に議論したということを示すアリバイ作りだったのではないかと私は思う。 ただし、私にとってはいいこともあった。私は大学院で経済政策を講じているので、今回のような生きた教材が出てくるのは大歓迎だ。これだけ議論が盛り上がれば、講義で取り上げた時に、院生の側もかなりの関心を持って議論に参加してくれるはずだ。そこで本稿では、私が今後授業の中で紹介し、院生諸君と議論したいと思っている主な論点をたどってみることにしよう。 論点1 そもそも何のために景気と消費税の議論をしているのか 大学の授業のいいところは、「そもそも論」で始まることである。そもそもなぜ今回のような議論の場が設定されたのか。 多くの人は次のように理解しているだろう。政府は、2014年4月から消費税率を5%から8%に、さらに15年10月から8%から10%に引き上げるという方針を決めている。これは法律で既に決まっているからだ。この法律には、引き上げを行うに際しては、経済情勢を見極めて行うとされており、「実質2%、名目3%程度の成長」という条件も明示されている。 その経済情勢の見極めに関して、かねてから安倍総理は、2013年4−6月期のGDPをはじめとする経済統計を吟味したうえで、慎重に決定するという方針を示している。その一環として、政府は各界の有識者を招いて意見を聞くなど検討を続けている。 さてこの理解は、それほど間違っているわけではないが、一本調子でそういう議論が導かれるわけではない。 まず、オリジナルの法律ではどう書いてあるのか(この法律の名前は正式には「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」という、多分誰も言えないよう長い名前なので、以下では単に法律という)。該当部分である法律の附則第18条は次のようになっている。 附則第十八条 1(法律では1という項目は表示されないが、便宜上1としておく) 消費税率の引き上げに当たっては、(中略)2011年度から20年度(ただし法律では平成で表記)までの平均において名目の経済成長率で3%程度かつ実質の経済成長率で2%程度を目指した望ましい経済成長の在り方に早期に近づけるための総合的な施策の実施その他の必要な措置を講ずる。 2 税制の抜本的な改革の実施等により、財政による機動的対応が可能となる中で、(中略)成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分することなど、我が国経済の成長等に向けた施策を検討する。 3 (中略)消費税率の引き上げに係る改正規定のそれぞれの施行前に、経済状況の好転について、名目及び実質の経済成長率、物価動向等、種々の経済指標を確認し、(中略)経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる。 こうして改めて原文を眺めてみると、次のようなことが分かる。 まず第1項については、私はこの項目そのものがほとんど無意味だと思っている。まず、「名目3%、実質2%程度の成長」は、それを目指した施策を実施すればいいことになっている。その施策は既に成長戦略で実施されつつあるのだから、第1項については実行済みということになる。それに「2011年度から20年度までの平均」で実現を目指すのだから、13年度や14年度の単年度の成長率はあまり関係がない。さらには20年度までの平均がどうなるのかは、2021年度にならないと分からないのだから、当面のガイドラインとしては全く機能しない。しばしば「名目3%、実質2%程度の成長が消費税率引き上げの前提だ」という議論が出るが、どこにもそんな縛りはない。 第2項は、私に言わせれば、ない方がいいような項目だ。これを1回読んだだけでは意味がつかめないだろうが、これは要するに、消費税率の引き上げで財源に余裕が出来たら、(民主党が主張する)社会保障だけではなく、(自民党が主張する)国土強靭化関係の公共投資(事前防災及び減災等に資する分野への資金投入)にも予算を付けろという趣旨である。かなり露骨な予算の分捕り合戦であり、いかにも筋が悪いという感じがする。 第3項が、まさに現在進行中の経済情勢の点検である。しかし、経済状況を総合的に勘案せよといっているだけだから、安倍総理が言うように4−6月期のGDPを特に重視しなければならないわけではない。 消費税率の引き上げを考える時、どんなことがあっても機械的に引き上げるのではなく、経済情勢を見るべきであることは当然だ。問題は「どの程度まで勘案すべきか」ということであり、この点についての基準は存在しない。そして、この基準が論者によって異なることが、消費税に関する意見の違いを生むことになるのだ。 論点2 消費税率引き上げの経済的影響をどう考えるべきか 消費税率を引き上げると、せっかく回復しつつある景気が腰折れしてしまうのではないか。これが多くの人の心配するところである。この点は前回かなり詳しく議論したが、もう一度再整理しておこう。(前回の「増税しても堅調な成長は維持できる」を参照) また「そもそも論」から始めよう。そもそも消費税率の引き上げは、経済にどのように、どの程度影響するのだろうか。 消費税率の引き上げは、「駆け込み需要の出現とその反動」「消費税率の引き上げによって家計の実質所得が減少することによるマイナスの影響」という2つのルートで経済に影響する。 まず、駆け込みの影響を見よう。前回述べたように、民間エコノミストの平均的な予測によると、日本経済の成長率は2013年度の2.8%から、14年度の0.6%へとかなり大きく減速する。14年度は「駆け込みの反動」と「消費税増税そのもののマイナス効果」の両方が経済を減速させるからだ。 ただし、これも前回議論したように、この減速のかなりの部分は駆け込みの反動によるものだ。駆け込みの影響がGDPの0.7%程度だとすると、駆け込みを除いた「実力ベースの成長率は、「13年度2.1%、14年度2.0%」となる。つまり、消費税率引き上げのマイナスの影響を織り込んでも景気はそれほど悪くはならないということである。 要は、消費税の議論をするときには、「駆け込みの影響と、消費税そのものの影響を区別すること」「見かけ上の成長率と、駆け込みの影響を除いた実力ベースの成長を区別すること」が重要になるということだ。しかし現実には、このような区別が行われるとはとても思えない。すると、結果的に14年度の成長率は相当下がるから、「消費税率を上げたから景気が悪くなった」「だから景気対策を打て」という議論が出やすくなるのだと思う。 では、「消費税率引き上げそのものの影響」はどうか。この点についても、既に本連載で取り上げたことがあるのだが、もう一度考えてみよう(「景気が良くても悪くても消費増税の影響は同じ」2012年5月30日を参照)。 前回のコラムで詳しく述べたように、消費税を5%から8%に引き上げると、経済成長率は0.5%程度下がるということだった。もう少し詳しく考えると、次のような点が浮かび上がってくる。 第1に、しばしば「消費税増税は成長率にマイナスかどうか」という議論があるが、これは「増税」であり、国民負担を求めるものなのだから、成長率にマイナスであることは避けられないと私は思う。 なお、この増税によるマイナスの影響は、ほぼ「1年だけ」の影響である。1年目は、増税によって、前年比で家計の実質所得が減るので経済にマイナスとなるが、2年目にさらに実質所得が減るわけではないので、成長率への影響はほとんど消えてしまう。 問題はその程度である。「14年度の成長率を0.5%引き下げる」についての判断は、論者によって分かれるが、間違いなく言えることは、「消費税率の引き上げだけで97年のような大不況がもたらされることはない」ということだ。 97年4月の消費税率の引き上げ(3%→5%)の時は、その後の経済が大停滞に陥り、96年度2.7%だった成長率は、97年度0.1%、98年度はマイナス1.5%へと落ちていった。しかし、消費税率2%の引き上げによるマイナス効果は0.3%程度なのだから、これで成長率の大減速が起きるわけがない。この時の減速は、アジア通貨危機、国内金融不安などが同時に発生したことによると考えるのが自然だ。 第2に、「かえって税収が減る」ということもあり得ない。今回の有識者ヒアリングでも「消費税率を引き上げて経済が落ち込むと、かえって税収が減る」という意見を述べた人がいるようだが、0.5%程度の落ち込みで、消費税の増税分を打ち消すほどの税収減が生ずることはあり得ない。もし本当に「かえって税収が減る」と信じている人がいれば、その人は「だから消費税増税は見送るべきだ」と主張するのではなく、「だから消費税率を引き下げろ」と主張すべきだ。消費税率を上げるとかえって税収が減るのであれば、消費税率を下げればかえって税収が増えるはずだからだ。 第3に、景気情勢によって消費税増税のマイナス効果そのものが変化するわけではない。景気が良くても悪くても、消費税率を上げれば国民負担(0.5%程度の成長率のマイナス)が生ずることに変わりはない。違うのは、景気がいい時であれば負担が「目立たない」ということだけである。 消費税増税の経済的影響をめぐって多くの議論があるが、それは「増税の影響をどの程度と考えるか」「財政バランスへの影響をどの程度と考えるか」「景気の局面による差をどう考えるか」といった点それぞれについて、論者によって判断の違いがあり、それが意見の違いを生んでいるのである。 論点3 消費税の影響に対して政策的にどう対応すべきか 最後に、消費税の経済的影響に対して政策的にどう対応すべきかについて考えよう。政策的対応をめぐっては、「住宅投資に対してローン減税を拡充せよ」「自動車取得税を軽減せよ」「景気の落ち込みに対して、補正予算を組んで景気対策を採れ」などの議論が出ている。 ここでも、消費税の影響を「駆け込みの反動」と「消費税そのものの影響」に分けて考えることが必要だ。 まず前者の駆け込みの影響については、「政策的に対応する必要はない」というのが私の考えだ。駆け込みの影響は、単に14年度に実現するはずの需要が13年度に前倒しされたものであり、それが国民福祉に影響するようなものではないからだ。確かに、14年度は反動で、自動車・住宅関係企業の売り上げ・収益は減るだろうが、その分は13年度に先取りしているのだから文句は言えないはずだ。 ただし、「経済が大きく変動することそのものが国民福祉を損なう」という議論はありうる。しかし、今回の駆け込みとその反動は、予想されていることであり、各経済主体は当然必要に応じて対応措置を講じているはずだから、やはり気にする必要はないというのが私の考えだ。 後者の消費税そのもののマイナス効果については議論が分かれるが、私はこれも「やむなし」と考える。この点の判断は、ひとえに財政再建の緊急性をどの程度と見るかにかかっている。財政再建を急ぐ必要はないと考えれば考えるほど、経済へのマイナス効果の評価が相対的に大きくなるから、消費税率の引き上げには弾力的に対応せよという考えになりやすい。 逆に、財政状況は深刻であり、財政破綻の日が迫っていると考えれば、一時的な成長率へのマイナス評価は相対的に小さくなるので、予定通り消費増税を実行すべきだという議論になる。 この点については、私自身は、財政の状況を極めて深刻に考えている。政府は、「PB(プライマリーバランス)を15年度に10年度比で半減する」「20年度までにPBを黒字化する」「21年度以降、公債残高のGDP比を安定的に低下させる」という3つの目標を明示している。詳しい説明は省略するが、仮に「消費税を予定通り引き上げ」、「名目3%、実質2%という成長環境が実現した」としても、このうち、2015年度のPB半減目標は厳しいとはいえ達成可能だが、20年度のPB黒字化は極めて困難であり、その後の債務残高のGDP比低下は絶望的に困難だというのが私の評価だ。よって今さら消費税をどうするかの議論をやり直している余裕はないと私は思う。 しかし、現実には「消費税増税による景気の落ち込みをカバーするような対策が必要だ」という議論が出ている。景気対策としての補正予算もほぼ間違いなく編成されるだろう。しかし、一方で歳入の増加を図るための消費増税をしておいて、他方で景気対策としての歳出増加を図るのは、矛盾している。 また、来年の春闘になれば、労働組合からは「家計の実質所得が減ってしまうから、これをカバーすべく賃金も引き上げるべきだ」という主張が出るだろう。しかし、消費税分だけ販売価格を引き上げても企業が儲かっているわけではないのだから、仮にこの分賃上げをしても、単に家計の負担が企業に移し替えられるだけであり、マイナスの影響を防ぐことにはならない。 「住宅や自動車の売り上げの落ち込みを避けよ」「補正予算を組んでマイナスの影響を小さくせよ」「消費税の分だけ賃金を上げろ」。こうした要求の数々は、「景気の減速を避けよ」ということを大義名分として、「増税しても自分には負担が及ばないようにして欲しい」と言っているに等しいと私は思う。 誰もが納得する回答を出すことはできない 以上、消費税の経済的影響について考えてきた。議論を講義風に始めたので、講義風に議論を結ぶことにしよう。消費税と経済については、誰もが納得する回答を出すことはできない。これは経済問題の宿命である。今回の議論を踏まえて私の考えを述べると、次のようになる。 1. 景気との関係では、駆け込みの反動の影響は大きいが、政策的にも景気判断としても無視すべきものだ。 2. 消費増税実施のタイミングとの関係で景気をどの程度重視すべきかについては、財政再建の緊急性を考えれば、リーマンショックのような大きなショックでもない限りは、予定通り増税を実施すべきである。 3.増税である以上は、国民的負担が生じることは当然であり、その負担を政策的に小さくしようとすることは無意味である。 何度も言うように、これは私の考えであり、他にも多くの考えがある。講義を聴いている諸君は、私の考えを参考にしつつも、私の考えは間違っているかもしれないということも忘れずに、最終的に自分の頭で考えて、自分の考えを決めていってほしいと思う。 連載をまとめた本が出版されました 『日本経済論の罪と罰』 〈私が注意すべきだと思うのは、「経済の枕詞」である。私が「枕詞」と呼ぶのは、我々が議論を始めるときに、冒頭で一般的な問題意識を述べるような場合に登場する何気ない表現である。(中略)こうした何気ない表現の中に誤った常識が含まれることが意外と多い〉(本書「はじめに」より)。 日本経済の将来と巷で流布する「誤った常識」を危惧する著者による日本経済論です。人口減少問題、公共投資主導型の経済成長論、反TPP論などについて論じます。ぜひお読みください。
2012年、トップヘッジファンドマネジャーの年収は2200億円
世界で最も儲けている人々 2013年9月11日(水) 慎 泰俊 世界で一番高収入を得ている人々が誰かご存じだろうか。 大抵の人は、一時期の投資銀行の人々だと考えがちだ。確かに、バックオフィス以外の職務に就く人々は、初年度から1000万円以上の年収を得て、その後も日本企業のサラリーマンとは全く違うスピードで昇給していく。2007年以降は、破格の給料を得られることは減ったが、それでも世間一般とは全く違う水準の年収を得ている。 2006年、世界中の金融機関が沸きに沸いた年、投資銀行のトップランナーである米ゴールドマン・サックスのCEO(最高経営責任者)、ロイド・ブランクフェインのボーナスが5400万ドル(54億円、以下すべてにおいて便宜的に1ドル=100円換算とする)だったことは、世間の注目を集めた。この年は、ウォールストリートの金融機関の多くが過去最高益を叩き出し、そのCEOたちは一生暮らしても使い切れないほどのボーナスを手にしていった(とはいえ、多くのボーナスは株なのですぐに現金化されないが)。 それよりさらに多くのボーナスを得たのは、企業を買収してその価値を高めた後に売却することで利益を得るファンド、すなわちプライベート・エクイティ(PE)のCEOたちだった。欧米では「資本主義の王」と呼ばれ、金融と企業経営の双方の知見を高度に必要とするPEのトップランナーであるブラックストーンの経営者、スティーブ・シュワルツマンは、同じ年に4億ドル(400億円)のボーナスを手にしている。 しかし、上には上がいる。ヘッジファンドだ。ヘッジファンドのマネジャーのトップ25人の収入は2億4000万ドル(240億円)、その中でも最高に富をかき集めたマネジャー達の収入は10億ドル(1000億円)を超えたといわれている。 一部のヘッジファンドは、今もその高収入を維持し続けている。参考まで、2012年におけるヘッジファンドマネージャートップ10人の収入を紹介しよう。2012年ランキング1位のデビッド・テッパーの収入は22億ドル(2200億円)だった。 ヘッジファンドマネージャーの2012年収入トップ10 順位 名前 会社名 収入(百万ドル=億円) 1 David Tepper Appaloosa Management 2200 2 Carl Icahn Ichan Capital 1900 3 Steve Cohen SAC Capital Advisors 1300 3 James Simons Renaissance Technologies Corp 1300 5 George Soros Soros Fund Management LLC 1100 6 Ken Griffin Citadel LLC 900 7 Ray Dalio Bridgewater Associates 800 8 David Shaw D.E. Shaw & Co., L.P. 625 9 Leon Coopermar Omega Advisors, Inc. 470 10 Daniel Loeb Third Point 425 出所:Forbs つい先々週も、ピアノ"Steinway"の製作で有名なスタインウェイ・ミュージカル・インストゥルメンツ社が、業界の風雲児であるジョン・ポールソンのヘッジファンドに5億1200万ドル(512億円)で買収されるという報道が世間をにぎわしていた。ポールソンのヘッジファンドは、サブプライムローンの空売りで大儲けをしたことでも知られている。今回は、何かと世間を騒がしているヘッジファンドについての解説してみたい。 ヘッジファンドの収益構造は手数料と成功報酬 あまり馴染みのない人々もいると思うので、ファンドの仕事がどういうものなのか、簡単に話しておこう。より詳しいことは、大きめの本屋にあるファンドの実務の本を読めば大抵書いてあるので、そちらにあたっていただきたい。 ファンドの運営者である人々は、ジェネラル・パートナー(GP)とよばれる。GPは、自分たちの過去の実績や投資戦略を説きながら、投資家からお金を集める。この投資家のことをリミテッド・パートナー(LP)という。 ファンドの運営者であるGPの収入源は2つだ。1つは、ファンドの総額に対して支払われるマネジメントフィーというもの。その相場はだいたい2%。この手数料が、オフィスの賃料や役職員のベース賃金になる。 もう1つが、キャリードインタレスト(「キャリー」と呼ばれる)という成功報酬だ。ヘッジファンドの祖であるアルフレッド・ウィルソン・ジョーンズがこのビジネスを創始して以来、ずっと存在しているこの成功報酬の基本相場は、キャピタル・ゲインの20%。すなわち、100億円のファンドから100億円のキャピタル・ゲインが出れば、その20%である20億円がGPに成功報酬として支払われる。 なお、大抵の場合、優先リターンというものが設定されており、例えば優先リターンが10%(複利)で運用期間が5年であれば、(1+10%)の5乗×100億円=161億円を上回った部分からがキャピタル・ゲインと見なされる。 このキャリーが、先に述べた途方もないボーナスの源泉となる。例えば、1兆円規模のファンドが1兆円のキャピタル・ゲインを叩き出したら、その20%である2000億円がGPである運営会社に支払われることになる。 世間が思うほど「ウハウハ」な世界ではない なお、このタイミングでくぎを刺しておくが、これを読んで「よし、自分もアメリカのヘッジファンドで働こう」と安易に思わない方がよい。儲けられる人はほんのわずか、大抵のファンドは運用開始して5年以内に消え去ってしまう、競争の激しい業界だ。 しかも、この業界では、儲けられる人が絶対的に偉く、人間的に素晴らしい人間であるとか、学歴があるとか、賢いとかいったことはほとんど考慮されない。自分の担当している分の運用成績が悪ければ、ボーナスはおろか基本給も支払われず、さらにはクビということも珍しくない。 一度、「無能なファンドマネジャー」と見なされたら再就職は難しいし、ヘッジファンドの仕事は、とにかくトレードで儲けることに特化しているため、ほかの仕事に生かせる技能は身につきにくい。実際に、トレーディングの仕事をしている人が一番悩むのは、その後のキャリアの選択肢の狭さである。 そんなギリギリの環境で働いているからこそ、多くの人々は、必死に勉強して、必死に市場を出し抜く投資戦略を探そうとしている。市場を出し抜くことによって得られる、市場平均よりも高いリターンのことをアルファと呼ぶが、ヘッジファンドのマネジャーたちはある意味で、永遠にアルファを探し求める人種であるということもできる。 アルファを探し求める投資戦略のうち、主要なものを紹介しておこう。主要なスタイル別に紹介しているが、ファンドの多くが下記に挙げる手法を複数用いていることをお断りしておく。 ロングショート、グローバルマクロ..ロングショート戦略: これは投資戦略というよりは、ヘッジファンドの一番基本的な運用手法ともいえる。高値になりそうな株を買い(ロング)、安値になりそうな株を空売り(ショート)する。空売りは理論上損失が無限になり得る取引ではあるが、株式相場全体が下落しているときにも利益を上げることもできる。 空売りで最も有名なヘッジファンドの1つはデビッド・アインホーン率いるグリーンライト・キャピタルであり、破綻直前にあったリーマン・ブラザーズ株の徹底的な空売りで話題を呼んだ。 グローバル・マクロ: 政権交代や、政府の経済政策の変化、外交などを分析し、国家のマクロ経済の行く末に賭ける運用形態。ロングショートを組み合わせて、伸びる(落ち込む)と思われた国の金融商品を取引する。 最も有名なのは、ジョージ・ソロスによるポンドの大量の空売りだろう。ジョージ・ソロス、ジム・ロジャーズ、スタンレー・ドラッケンミラーによる伝説のヘッジファンドであるクオンタムファンドの運用哲学は、Reflexivity(反転性)に賭けるものだった。マーケットに歪みがあれば、それは伸びたゴムが戻ってくるように、必ずどこかのタイミングで歪みを是正させる力が作用するので、その戻りに賭けるというわけだ。 マーケットニュートラル: ロングショートにより、株式市場における特定のリスクの影響を全く受けないポートフォリオを組むことをうたう投資戦略。例えば、「理論上は」、金融商品のロングショートによって、市場リスク(マーケット・リスク)を全く負わないポートフォリオを作ることは可能であり(「ゼロベータ・ポートフォリオ」という。ベータは市場リスクのこと)、同様に特定のリスク要因の影響を全く受けないポートフォリオを構築することは理論上可能である。 「理論上は」と断っているのは、実際に特定のリスク要因の影響を完全に受けないポートフォリオを組むのは非常に難しいからだ。 イベントドリブンスタイル: 特定のイベントが生じるかどうかに賭けるスタイルの投資戦略。一番ポピュラーなものの1つはM&Aアービトラージ(裁定取引)で、ある企業のM&Aの情報が報道された後、それが実際に成立するか、不成立するかについて研究し、そのシナリオにベットする。 このスタイルで有名なヘッジファンドにはファラロン・キャピタル・マネジメントがある。創業者であるトーマス・ステイヤーは、その儲けからは想像もつかない質素な暮らしや、慈善活動で知られている(なお、同社はライフネット生命の設立時の株主でもあった)。 その他アービトラージ戦略: アービトラージの機会(裁定機会)には2種類がある。1つは、市場に存在している明らかな価格の不均衡を突いて無リスクで利益を上げることができるもので、これが従来裁定機会といわれてきたもの(ファイナンス理論では裁定といえばこれを指す)。しかし、ヘッジファンドにおけるアービトラージとは、彼・彼女らの考える理論価格と実際の価格の乖離に由来するもので、これはリスク裁定(リスクアービトラージ)と呼ばれている。裁定機会の発掘先となる資産は、株式、債権、為替など様々だ。 理論派で有名なファンドの1つは、数学者であり暗号解読者であったジェームズ・サイモンズの設立したルネサンス・テクノロジーズ。同社は高度な数学モデルに基づいた取引を行うことで知られており、経済学者でなく科学者を雇用することで有名。 その他にも、少し前までに世を賑わしていた、HFT(High Frequency Trading)もアービトラージ取引の1つといえるだろう。コンピューターの演算能力を活用して、市場に存在するほんのわずかな裁定機会をかき集めて利益を上げるスタイルだ。コンピューターの演算速度と、注文発注の伝達速度がモノを言うので、各社コンピューターの演算能力強化、プログラムの質向上、サーバーの位置改善(場所によって若干ながら発注の伝達速度が変わるため)に努めている。 アクティビストファンド: 非効率が存在しているとみられる企業の株式を取得し、遊休資産の売却や、経営陣の交代、配当金額の引き上げなどを迫るファンド。つい最近であれば、米ヘッジファンドのサード・ポイントが、ソニーの株主となり、映画などを含めたエンターテインメント事業の分離を提案していた。先に紹介したグリーンライト・キャピタルはアップルの大株主であり、スティーブ・ジョブズ亡き後のアップルが大量の現金を保有する必要はなく、それを株主に配当するべきだと主張している。 以上、最もポピュラーな投資戦略について書いてみたが、実際のところ、「儲かるためであればどんな手法でも取り入れる」というのがすべてのヘッジファンドの基本方針であり、多くのファンドは上に述べた手法を組み合わせている場合が多い。 なお、ヘッジファンドのこういった話について一番よくまとまっている本は、「ヘッジファンド−投資家たちの野望と興亡」だ。原題は"More Money Than God"というとんでもないタイトル。「ジュピター(神の中の神)」と呼ばれた、ジョン・ピアモント・モルガンの当時の収入よりも、ヘッジファンドのマネージャーたちが多くの金銭を手にしていることからつけられたタイトルだ。 余談だが、「ヘッジファンドで働く人=欲望の亡者」と単純に図式化するのは間違いで(そういう人は確かにいるし、そうした人々の行為はかなり目立つが)、例えば、極めて優れた教育資料や講義をオンラインで無償提供していることで知られるカーン・アカデミーの創業者、サルマン・カーンもヘッジファンドのアナリストだ。先ほど紹介したファラロンの創業者であるトーマス・ステイヤーもその慈善活動で知られている。TCIというイギリスのファンドは、かなり強烈なアクティビズムで儲けた利益の半分を子どものために寄付し続けている。 アルファを出し続けることはできるか ファイナンス理論では、市場は効率的であるといわれている。その意味するところは、金融商品市場は即座に手に入る情報を価格に反映させるので、入手可能な情報を用いて常に利益を出し続けることはできないということだ。そして、皮肉なことに、市場平均を上回る超過利益を上げる機会をヘッジファンドの人々が模索し、取引を続けるほどに、市場は効率的なものになり、超過利益の機会は減少することになる。 ファイナンス理論の学者のほとんどは、市場の効率性の強烈な信奉者だ。その中でも特に有名なのが米プリンストン大学のバートン・マルキール教授で、名著「ウォール街のランダム・ウォーカー」において、いかにファンドが超過リターンを出すことが難しいかを説いている。実際、ここ数年のヘッジファンド全体の成績は市場平均を下回っている。 ヘッジファンドの運用成績は市場平均に見劣りする ヘッジファンドの運用成績は市場平均に見劣りする ソース:日経新聞 しかし、超過リターンを追い求める投資家がいる限り、ヘッジファンドが終わることはない。 市場は確かに効率的かもしれない。しかし、逆説的ではあるが、市場が効率的であるのは、一番最初に市場に存在する非効率を見抜き、取引をする人々がいるからだ。自分たちがその「最初の1人」になるために、今日もヘッジファンドのマネージャーたちは機会をうかがっている。 このコラムについて 越境人が見た半歩先の世界とニッポン この連載では、我々のすぐそこにやってきている新しい潮流について、投資ファンド―NPO、先進国―途上国、日本―世界、と様々なボーダーを跨いでいる筆者の視点から紹介していきます。 連載で取り扱うトピックは100人中で3番目〜10番目くらいに情報取得の早い人が知っているようなものを目指しています。連載を通じて、日本だけにいては分からない世界の変化の躍動感を、垣間見ていただければ幸いです。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130906/253115/?ST=print
【第2回】 2013年9月11日 中野晴啓 [セゾン投信株式会社 代表取締役社長],加藤 隆 [バンガード・インベストメンツ・ジャパン株式会社 代表取締役] タイミングを狙った投資の 多くが失敗に終わる理由 いよいよ来月からNISAの口座開設がスタートします。上場株式および株式投資信託の値上がり益、配当金、分配金に対して非課税になるこの制度。その中核となる商品は、やはり小口で分散投資が出来る投資信託です。資産形成に活かせる投資信託の活用法、選び方はどういうものなのか。バンガード・インベストメンツ・ジャパン代表取締役の加藤隆氏と、セゾン投信社長の中野晴啓氏の熱い対談をお送りします。 投資信託の平均保有期間は2.2年 中野 先日、あるニュースで、日本の投資信託の平均保有期間が2.2年であると報じられていました。しかも、4000本以上あると言われている日本の公募投資信託のうち、7割が毎月分配型をはじめとする多分配型の投資信託なのですね。こうした現状を見ると、日本にはまだまだ投資信託の長期保有が根付いていないという印象を受けます。 加藤 そうですね。最近、新規設定される投資信託を見ていると、毎月分配型ファンドに加えて、通貨選択型ファンドやブラジルレアル建てファンド、あるいはカバードコール戦略を用いた三階建てファンドなど、投資家がそのリスクの特性や、自分の投資目的との適合性を十分理解しているのか、首をかしげたくなるケースが増えています。昔に比べると、長期投資には適さないような投資信託が増えている印象を受けますね。 中野晴啓(なかの・はるひろ) セゾン投信株式会社 代表取締役社長。公益財団法人セゾン文化財団理事、NPO法人「元気な日本をつくる会」理事。1963年東京生まれ。1987年明治大学商学部卒、クレディセゾン入社。セゾングループの金融子会社にて資金運用業務に従事した後、投資顧問事業を立ち上げ運用責任者としてグループ資金の運用のほか、外国籍投資信託をはじめとした海外契約資産等の運用アドバイスを手がける。その後、(株)クレディセゾン インベストメント事業部長を経て2006年セゾン投信(株)を設立、2007年4月より現職。米バンガード・グループとの提携を実現、現在2本の長期投資型ファンドを設定、販売会社を介さず資産形成世代中心に直接販売を行っている。また、全国各地で講演やセミナーを行い、社会を元気にするための活動を続けている。『運用のプロが教える草食系投資』(共著・日本経済新聞出版社)、『20代のうちにこそ始めたいお金のこと』(すばる舎)、『30歳からはじめる お金の育て方入門』(共著、同文館出版)、『年収500万円からはじめる投資信託入門』(ビジネス社)ほか多数。 中野 これは日本独特の背景があるように思えてなりません。高い分配金を出すために、このようないわゆる「三階建て(毎月分配、通貨選択、カバードコール)ファンド」が売れてしまうと、販売金融機関は、「同じタイプのファンド」を投資信託会社に設定しろと迫るんです。 加藤 分配型ファンドの全てが悪いというわけではないと思うんですよ。ただ、問題は誰のためにその投資信託を作っているのか、ということです。たとえば毎月分配型ファンドを、これから長期的に資産を形成していくべき若い人たちに対してどんどん販売していたり、一方、高齢者に対してブラジルレアル建ての通貨選択型ファンドを販売していたりする。こういった販売金融機関の姿勢を見ていると、本当にお客様に対してきちっと商品の内容や、運用にともなうリスクを説明しているのか、疑問に思わざるを得ません。 中野 どうして日本には長期投資の文化が根付かないのか。それを今日、加藤さんと徹底的に話してみたいと思うのですが、私はこの問題の根っこは販売金融機関の姿勢にあると考えています。 加藤 それは大きいでしょうね。投資信託会社(投信を設定して、運用を行なう会社)が次々に新しいファンドを設定しているのは、販売金融機関(証券や銀行など投信を売っている会社)の要望が多いからでしょう。 一時はグロソブ(グローバル・ソブリン・オープンという資産残高が日本一の投資信託。一時は5兆円を超えていた。毎月分配型の先駆け)が非常に売れてこの手のファンドが激増したわけですが、そのブームが去ると、今度は通貨選択型ファンドを次々に設定する。 販売金融機関が購入手数料欲しさに、新しいファンドに乗り換えさせようとしていると見られても仕方のない状況です。 その要望に応えるため、投資信託会社は販売金融機関から言われるがままに新しいファンドを設定するわけですね。そして、乗り換え営業によって、せっかく残高が積み上がっても、古いファンドはどんどん解約されてしまう。結果、ほとんど残高のない、死に体のファンドばかりが残るわけですが、この手のファンドも運用されている限り管理コストがかかる。その管理コストを補うために、高い手数料の投資信託を新規設定するという悪循環が続いています。 悪循環に陥る既存の投資信託会社。 これをなくすには新しい参加者が必要 中野 最近、新しく設定されるファンドの信託期間を見ていると、5年というように短いものが増えてきています。日本株であれば、日本経済を応援するために、日本株を組み入れて運用するファンドなのに、信託期間は5年。ちょっとおかしな話ですよね。 加藤 確かに。このような悪循環を断つためにはどうすれば良いのか。そんなことを時々考えるのですが、やはり新しい参加者が必要だと思います。たとえばセゾン投信のようなね。少なくとも、今までのビジネスモデルで経営している既存の投資信託会社や販売会社に改革を求めても、それはもう無理なんじゃないか。なぜなら、今まで長年やってきたことの自己否定になりかねないわけですから。 中野 それと共に、投資家側の意識改革も必要でしょうね。確かに、立派な看板を掲げている投資信託会社はたくさんありますが、それに騙されないことが大切です。日本には現在、70社を超える投資信託会社がありますが、世間では本当に有名な、一流とされている金融機関の名前が掲げられている。でも、そういう金融機関系列の投資信託会社が、蓋をあけてみると、手数料稼ぎの商売をやっているという現実に、もっと目を向けるべきでしょう。 冒頭で、日本の投資信託は平均保有期間が2.1年という話をしましたが、ということは10年間、投資信託で運用している人は、この間に5回、新しいファンドに乗り換えさせられていることになります。仮に購入手数料が3%だとしたら、3%×5回で15%ものコストを、意味もなく払わされていることになります。コストは確実なマイナスリターンですから、その分だけリターンが目減りしてしまいます。そこのところを、投資家はもう一度、よく考える必要があります。 マーケットタイミングを 狙った投資は失敗に終わる 加藤 でも、どうしてそんなに簡単に乗り換えてしまうのでしょう。 中野 それは、販売金融機関が乗り換えさせているからではないのですか。 加藤 もちろん、そうなんですが、次々に新しいファンドに乗り換えることが投資収益をあげることにつながらないということを、もっと投資家が理解して然るべきだと思うんです。その情報が全く投資家に伝わっていない。 中野 もちろん、既存の投資信託会社や販売金融機関が、それを投資家に言うはずがありませんよね。さっき加藤さんがおっしゃったように、それは彼らにとって自己否定につながりますから。 加藤隆(かとう・たかし) バンガード・インベストメンツ・ジャパン株式会社 代表取締役 1977年東京銀行入行。1984年より資産運用業に従事。その間、BOT・トゥーシュ・レムナント(ロンドン)でユーロボンドのポートフォリオマネージャー、インターセック・リサーチ日本駐在代表、シュローダー・ジャパン営業担当役員、ABNアムロ・アセット・マネージメント・ジャパン代表を歴任。2003年から2年余り金融業界を離れ、古民家再生、田舎暮らし、自然農などの普及に専念。2005年4月より現職。現在の目標は、投資家本位の投信事業の発展と、自然循環型生活スタイルの普及に貢献すること。週末には、千葉県鴨川市で築150年余りの里山古民家を修復中。 加藤 投資家が頻繁にファンドを乗り換えることによって、リターンを向上させるためには、Aファンドはそろそろ高値に来たから、それを解約して利益を確定させ、次に、これから値上がりする可能性のあるBファンドに乗り換え、それが実際に値上がりするというように、売り時と買い時のタイミングが見えていることが前提条件になります。 でも、それが分かっていれば、誰でも大金持ちになれるんですよね。実際には、そんなにうまくいくはずがない。 これまで保有していたファンドで値上がり益が得られたとしても、次に乗り換えたファンドも確実に値上がりする保証はありませんし、逆に大きく値下がりしてしまうケースもある。 中野 確かにそうです。 加藤 マーケットタイミングを狙った投資は、当たることもあれば、外れることもある。それを繰り返していても、何も生み出しません。理論上はプラスマイナス0です。しかし実際は、人間の心理は弱いもので、「値下がりしてきたものは売りたくなる、値上がりしてきたものは買いたくなる」という傾向があります。 行動経済学的にも立証されていることなのですが、これを繰り返していると、安いところで売り、高いところで買うことになる可能性が高いのです。さらにそのうえ、割高な手数料を毎回取られて、確実なマイナスリターンを積み上げることになる。つまり、やればやるほど投資収益率が悪くなる可能性が高いのです。 中野 まさに「敗者のゲーム」(チャールズ・エリス著の投資に関する古典的名著)ですよね。 ギャンブルにたとえるのが正しいかどうかの問題はありますが、たとえばパチンコで胴元が取る割合は投資した額の15%、競馬は30%です。宝くじに至っては何と54%が差し引かれています。これは、言うなれば販売金融機関に対して投資家が払っている手数料のようなものです。 この手数料、いわゆるコストが大きくなればなるほど、勝てるゲームにも勝てなくなる。まさに敗者のゲームです。つまり次々に別のファンドに乗り換えている限り、いつまで経っても資産形成はできません。 加藤 きちんと資産形成をしたいと思うのであれば、まずマーケットタイミングは狙わないこと。そして長期投資を心がけること。これが鉄則ですね。 次回の更新は9/24です。 編集部からのお知らせ 『最新版 投資信託はこの9本から選びなさい』 発売中! 30代でも、定年後でも、本当にいい投資信託を買えば、積立だけで3000万円!
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第78回 米国債金利とドル/円相場の相関 【大橋ひろこのなるほど!わかる!初めてのFX】 先週、米雇用統計発表前の6日に米国の10年債利回りが3.005%と、2011年7月以来で初めて3%台に乗せたことで、ドル/円相場も1ドル100円の大台を突破する上昇を見せました。米国債利回りが上昇し日本国債の利回りがあまり上がらない状態にある場合、日米の金利差が拡大します。これはドル/円の上昇要因のひとつでもあります。預金する時、少しでも金利が高い銀行にお金を預けようというのが投資家の心理ですよね。日本より米国の方が金利が高いなら、円よりドルのほうが志向されるというわけです。為替の変動要因は多岐に渡るため、必ずしも日米の金利差だけで動いているわけではありませんが、米国債金利の上昇が急ピッチであるため、警戒する声も大きくなってきています。 米国債10年物金利は今年5月30日には1.6085%まで下落していましたが、米国のテーパリング(金融緩和縮小観測)が出てきてから上昇に転じており、9月6日には3%の大台にまで上昇してきました。金利が上昇するということは債券相場(価格)は下落しています。債券が売られ人気がなくなるため金利が上がるのです。逆に債券が売られすぎて金利が上昇してくると、金利収入の魅力が増すため、また債券市場に資金が流れ込みます。すると今度は金利が下がるのです。テーパリング観測が高まってくるに連れて、FRBがこれまで買いいれていた米国債の金額が縮小されるとの思惑から、先に債券を手放そうとする動きが加速しているために、金利が上昇しているのだと見られています。 通常、金利が上がるというのは景気回復の証だとして懸念されることではありません。(程度によりますが)例えば米国で景気が回復していると仮定します。景気が回復してくれば企業は設備投資を増やし、事業を拡大します。すると資金需要が増加します。資金を借りる企業が増えるため金利は上昇していきます。米金利が上がってくれば、米国通貨であるドルも買われます。また、安全資産とされる債券ではなく、株などの他のリスク商品に投資する動きも活発になって来ます。債券が売られて株が買われる。これはグレートローテーションと呼ばれ、景気回復時の現象として今年前半にも囃された言葉ですね。 しかし、景気が良くなったとして債券から株へ資金が移動しているという兆候がこのところ見られません。米国株もまたテーパリングを意識して売られており調整相場に入っています。債券も株も売られているというのが最近の米国市場。それほどにテーパリングと呼ばれる量的緩和策の縮小はマーケット関係者の不安要因だということなのでしょう。 昨今の金利の上昇は住宅ローンの上昇に繋がり住宅販売に陰りを見せ始めています。景気が良くて自然に金利が上がっていく分には何の問題もないのですが、景気回復が盤石でないのに金利だけが上がっていってしまえば資金需要も喚起されず、景気回復の腰を折ってしまいます。米国債10年物金利が3%台に乗せたことも、そのスピードが速すぎることが懸念材料となっているのです。 もし、金利上昇が止まらず上がり続けていくようなら米国景気の先行きが不安視され、ますます株が売られてしまいます。日米金利差拡大からドル/円は上昇するだろう、という見方も間違いではないのですが、リスクを回避しようとする動きが加速する事態に繋がれば、金利差を無視して米株売りに連動して日本株が売られ、結果ドル/円相場も円買いに動いてしまうという動きとなることがあるかもしれません。つまり、金利差拡大は必ずしもドル/円相場にとって強い支援材料になるというわけではないのです。 債務問題に苦しむ欧州や新興国の中には、金利が10%前後という国もたくさんありますが、こうした高金利国は財政状況に不安があったり、政治的に不安定であったりすることから海外から資金が流れてこないために、金利を高くしないとならないのが実情です。高金利通貨国というのはリスクが高いということでもあります。米国がリスクだとは言いませんが、急激な金利の上昇が不気味であるのは事実。米国債が急激に売られて金利が急上昇する局面があれば、それはリスクオフ相場。その時は必ずしも教科書通りにドル/円上昇となるわけではないということを覚えておきましょう。 コラム執筆:大橋ひろこ フリーアナウンサー。マーケット関連、特にデリバティブ関連に造詣が深い。コモディティやFXなどの経済番組のレギュラーを務める傍ら、自身のトレード記録もメディアを通じて赤裸々に公開中。 |