02. 2013年9月10日 08:31:11
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オリンピックの「純」経済効果は不透明企業誘致に必要な投資をして、東京の国際競争力維持を 2013年9月10日(火) 慎 泰俊 東京にオリンピックが56年ぶりにやってくる。その効果には様々なものがあり、ウェブ上でも様々な立場から論評がされているが、筆者が特に関心をもっている、オリンピックの経済効果や都市の競争力について感じていること、願っていることについて書いておきたい。 経済効果は、準備段階から開催後まで続くが… 厳密ではないが、オリンピックの招致を単純化すると、「持ち回りでやっている大パーティを、7年後に自分の家でやることになった」ということだろう。もてなしのために家の掃除や設備更新をしたり、近所と騒ぎを起こさないようにしたりする。そうすることによって、近所の工務店などの景気がよくなるだけでなく、その設備更新などが長期的に我が家の過ごしやすさを高めるとともに、世間における印象が良くなり我が家にやって来ようと思う人が増える、というのがオリンピックの経済効果だ。 経済効果は、準備の段階から始まり、開催後まで続く。Oxford Economicsによる「2012ロンドン五輪の経済効果(The Economic Impact of the London 2012 Olympic & Paralympic Games)」というレポートによると、ロンドンオリンピックの開催は2005年から2017年にかけて、165億ポンド(1ポンド=156円で換算すると、2.57兆円)の経済効果をもたらしたという。この経済効果のうち、7割は開催以前のもの、3割は開催後のものとされている。経済効果の4割はロンドンに帰属するが、3割はイギリスの他の地域にも波及したと考えられている。 ただし、この経済効果は、グロスの測定であって、ネットで実際に効果があるか、については意見が分かれている。オリンピック開催の経済効果が、それにかけられたコストに見合わないものであれば、ネットの経済効果はマイナスとなる。冒頭の例でいえば、パーティにかこつけて無駄遣いをしたら後で財布がキツくなる、という当たり前のことだ。 この点については、米カリフォルニア大学バークレー校のAndrew Rose氏とサンフランシスコ連邦準備銀行のMark Spiegel氏が面白い研究結果を発表している。過去のオリンピックのデータを検証した同氏らは、オリンピック開催は確かにネット(純)でもプラスの経済効果をもたらすが、その経済効果は、オリンピック開催国だけでなく、招致活動をしてきた国にも生じていると指摘する。 つまりRose氏とSpiegel氏の結論は、実際にこうした大きなイベントをホストすること自体よりも、招致に向けた活動がもたらす「シグナリング」(情報の伝達)が五輪の経済効果(貿易に対するプラスの効果にあらわれる)をもたらすというものだった。そして、五輪開催そのもののもたらす純経済効果は明確でないことが少なくなく、マイナスになることも多いと、同氏らは説く。 必要な投資をして、東京の国際競争力維持を 前掲の論文は過去データに基づく事実を指摘したものであって、五輪開催の純経済効果が多くの場合においてマイナスになることの理由までを詳細に説明しているわけではないし、2020年のオリンピックがネットでマイナスの効果をもたらすと結論付けるものでもない。 実際に五輪開催準備がプラスの効果をもたらすかマイナスの効果をもたらすかは、一言でいえば「無駄遣いをするかしないか」にかかっているのだろう。多くの公共投資がそうであるように、様々な利害関係者がいる状況で無駄遣いをしないことは容易ではなく、だからこそ多くの国においてオリンピックの純経済効果はマイナスになっているのではないだろうか。 違った見方をすれば、政治家、官僚、その他関係者の努力によって、本当に必要な投資だけをすることによって、ネットでプラスの経済効果をもたらすことも可能かもしれない。必要ではあるものの、反対の声も強く通常時ではなかなか押し切りにくいようなテーマについてこそ、「五輪開催の錦の御旗」を掲げて投資を進めるべきではないかと筆者は考えている。 個人的に、特に注力してほしいと思うものは、空路の拡充をはじめとした、海外企業の誘致力を高めるための投資だ。空路の拡充については、空港を24時間営業としつつ、(A)成田空港のターミナルを増設しつつ成田―東京―横浜間に新幹線をつくり、成田・東京間を20分程度で移動できるようにする、もしくは、(B)羽田空港のターミナルを大増設することで(願わくば国際線で6ターミナル)、東京がアジアの移動手段におけるハブとなることを目指してほしい(地元住民の感情として難しいことはそれでもあると理解しているが)。 空港の国際線利用者数ランキングにおける日本の順位は13位で、同じアジアでも香港、シンガポール、バンコク、ソウルに遅れをとっている(下図参照)。ターミナルのキャパシティを拡大させることは、空路における東京のプレゼンスを高めるための前提条件となる。 空港国際線利用ランキング(2011年) 出所:Wikipedia "World's busiest airports by international passenger traffic" より 経済活動が一国にとどまらないケースが増えている現状において、空港が国際線のハブであることは、海外の企業を招致するための重要なファクターとなる。近年においては、経済の停滞、規制、言語、そして空路の問題が重なって、アジアの拠点をシンガポールや香港に移す企業が特に金融・IT(情報技術)業界で増えている。しかし、地元贔屓を抜きにしても、これらの国よりも圧倒的に快適である東京が巻き返しを図ることは、まだ可能であるし、そのためにも空路の拡充が果たす役割は大きい(もちろん、空路だけでは十分でないが)。 企業誘致活動は、国際競争力強化に こういった企業誘致活動は、東京の国際競争力強化につながる。大手コンサルティング会社A.T.カーニーとシカゴ国際問題評議会が共同で公表している「グローバル・シティ・インデックス(下図)」において、東京は3位と4位の間をウロウロしている状況にあるが、1位と2位であるニューヨークとロンドンに大きく離されているのは人的資源の不足と政治的関与にかかわる部分だ。 A.T. カーニー・グローバル・シティ・インデックス2012 出所:「2012年度グローバル・シティ・インデックス/新興都市アウトルック調査」(A.T. カーニー、シカゴ国際問題評議会による共同調査) 五輪を契機とした東京へのテコ入れを通じて企業誘致を進めることができれば、人的資源のスコアの大幅な改善が予想され、3位、ひいては2位を狙うことも可能ではないか。そして、アジアの他国が更に成長を遂げる10年後においても、東京が引き続きアジア最高の都市であり続けることができるかもしれない。 このような考え方については、「ただでさえ日本は東京一極集中なのに、五輪を境にそれが更にひどくなるのではないか」という意見もあるだろう。それは確かに一理あるのだが、東京がアジア最高の都市であり続けることができれば、その経済効果は日本全体に分配されるという側面もある。東京にもたらされる恩恵は東京に住む人々のみでなく、日本に住む全ての人に波及していくのだ。 企業活動が社会にもたらすインパクトが国や自治体のそれよりも大きくなりつつある現状において、自国に国際的な主要都市があることの意味は、今後10年、20年にわたって更に大きなものになっていくに違いない。現時点でのアジア最高の都市というポジションが、他国に完全に明け渡されてから対策を取っても手遅れなので、今のうちに不動の地位を確保しておく必要がある。 情報共有がPDCAサイクルを加速させる効果も 最後に、本稿で触れられなかった、オリンピック開催の望ましい効果について触れておきたい。 東京オリンピック開催に伴って世間の関心が高まり、東京のみならず日本の現状に関する情報が国際社会でより広く共有され、結果として、日本社会全体のPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルが回りやすくなるだろう。特に、原発に対して世界の目が注がれ続けるのはいいことだと個人的には考えている。ガバナンスの要諦は情報公開・共有にあり、それはなかなかガバナンスが効きにくい日本の現状を多少なりとも改善させてくれることになるかもしれない。 このコラムについて ニュースを斬る 日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。 |