02. 2013年9月09日 14:39:11
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JBpress>リーダーズライフ>本 [本]日本の最先端を走っているのは田舎だった 日本人の不安、不信を取り除く「里山資本主義」とは 2013年09月09日(Mon) 鶴岡 弘之 『里山資本主義──日本経済は「安心の原理」で動く』(角川書店)にはこうある。〈世の中の先端を走っていると自認してきた都会より、遅れていると信じ込まされてきた田舎の方が、今やむしろ先頭を走っている〉──。一体どういうことだろうか。 本書は端的に言うと田舎暮らしを勧める本である。田舎暮らしの魅力を伝える本は今までにも数多くあった。だが、本書がそれらの本と一線を画しているのは、ただ単に自然の中で暮らすことの楽しさや素晴らしさを喧伝する内容ではないという点だ。 『里山資本主義──日本経済は「安心の原理」で動く』(藻谷浩介、NHK広島取材班著、角川書店、781円、税別) 本書は、日本が直面する社会や経済の問題と絡めて、田舎暮らしの意義と価値を語っている。今までの“田舎暮らし万歳”の本に比べると、捉え方がジャーナリスティックで巨視的である。 本書はこう唱える。2008年のリーマン・ショックによって「マネー資本主義」の限界があぶり出された。マネー資本主義とは、もともとはアメリカで生まれた、お金でお金を生み出す経済システムのことだ。また、2011年3月の東日本大震災によって、私たちが当たり前に利用している食料やエネルギーの補給路が実は極めて脆弱であることが明らかになった。だからこそ、今、日本では新しい経済システム、社会システムの確立が求められている。本書はそのシステムが日本の田舎で勃興しているという。「過疎」地域とも言える中国地方の山間地で生まれ、立派に機能しているというのだ。 そのシステムが「里山資本主義」である。定義すると、〈かつて人間が手を入れてきた休眠資産を再利用することで、原価0円からの経済再生、コミュニティー復活を果たす現象〉のことだ。 山の枯れ枝や不要な木材を集めて燃料をつくる人、耕作放棄地で野菜を育てて近所の人たちと分け合う人、それらの野菜を調理してレストランで客に振る舞う人、空き家を活用してお年寄りのためのデイサービスセンターを運営する人・・・。本書は、そうやって地域の資源を活用して田舎で生き生きと暮らす人たちの姿を通して、私たち一人ひとりの意識と生活様式の変化が地域再生、ひいては日本再生につながることを解説している。 「里山資本主義」という言葉をつくったのはNHK広島放送局である。2011年秋から同局は里山資本主義の中身と意義を掘り下げたドキュメンタリーシリーズを制作した。この番組が本書のベースとなっている。番組に毎回出演してナビゲーターの役を演じたのが、エコノミストの藻谷浩介氏だった。本書はNHK広島取材班と藻谷浩介氏の共著として出版された。 番組プロデューサーを務めたNHK広島放送局 放送部 報道番組 チーフ・プロデューサーの井上恭介氏に、里山資本主義に着目した理由や、その意義を聞いた。 目の当たりにした「マネー資本主義」の危うさ ──里山資本主義をテーマに番組をつくるようになった経緯を教えてください。問題意識の発端はどこにあるのでしょうか。 井上恭介氏(以下、敬称略) 僕は東京のNHKにいたときに経済番組担当のプロデューサーをしていました。まだリーマン・ショックが起きる前、アメリカのサブプライムローンなどを取材していたんですが、いびつなことやってるなあと思ったんですよね。日本のバブル経済も変だったけど、アメリカのバブルっていうのも相当おかしなことになってるなあと。そうしたらリーマン・ショックがどーんと起きた。 NHK広島放送局 放送部 報道番組 チーフ・プロデューサーの井上恭介氏 一体、どういう仕組みでリーマン・ショックが起きたのか当事者たちに徹底的に話を聞こうということで「マネー資本主義」というスペシャル番組を始めました。すると、取材して当事者の話を集めれば集めるほど、砂上の楼閣といいますか、とても持ちこたえられるとは思えない脆い仕組みに世界中の経済が寄っかかっていたということが分かってきた。 同時に痛感したのが、マネー資本主義にどっぷりつかっていては危険だということです。日本は特に資源がないわけですから違う道を探さないといけない、では、どういう道があるのだろうか、という問題意識をその頃から持つようになりました。 ──東日本大震災から約3カ月経った2011年6月にNHK広島に転勤されました。広島でどんな発見がありましたか。 井上 NHKの地方局にとって、過疎問題や高齢化問題をどうするか、地域経済をどうやって活性化させるかというのは大きなテーマなんです。そのテーマに基づいて、地域を元気にする処方箋やアイデアを取材しては毎日のように放送しています。けれどもそういうのを見ていて、根本的に発想を変えないと地域の問題は解決しないんじゃないかなという気がしていたんですよね。 そんなときに和田さんたちに出会ったんです(注:広島県庄原市に住む和田芳治さん。本書の登場人物の1人。里山の資源を活用した真の「豊かな暮らし」を広めようと活動している。「過疎を逆手に取る会」代表)。 僕が広島に行く直前に、和田さんはNHK広島の討論会番組に呼ばれて出演していました。震災が起きてちょうど電力危機が問題になっている時期だったので、原発に頼らない電力供給の方法について考えるという討論番組でした。和田さんをはじめとする地域の論客が出てきて、「大きな電力会社や外国にエネルギー代を払っている場合じゃない」「自分たちはもうそういう状態から抜け出している」ということをわいわい話していたんですね。 僕はその番組を見せてもらって、面白い人たちがいるなあと思いました。実は和田さんたちの活動は、広島ではけっこう知られていたそうなんです。でも、NHK広島としてきちんと取材したことはないという。それじゃあ、ちゃんと取材し直してみようということになって、1回番組をつくってみました。そうしたら、これが非常に面白かったんですね。 和田さんだけじゃありません。手を替え品を替え似たようなことをしている人たちがあっちこっちにいるんですよ。番組をつくって具体的な事例がどんどん増えていくにつれて、私たちの考え方も深まっていきました。つまり、里山資本主義こそがマネー資本主義の歪みを補うシステムであり、日本の様々な課題を解決できる先進的なモデルだということが分かってきたのです。 耕作放棄地も空き家も使わないのはもったいない ──現場を取材していて、どんな気づきや発見がありましたか。 井上 取材しながら「なるほど」と気づかされたことがあります。今まで日本人は、どうやって稼ぐか、どうやって収入を増やすかということばかり考えていた。けれども、別に収入を増やさなくても、支出を減らしていけば生活の収支は実はどんどん良くなるということです。 食品やエネルギーを買ってくるのではなく、身の回りのもので置き換えていけば、収入はそんなになくてもけっこうな暮らしができます。地方ではそれがすごく簡単なんです。だから里山資本主義というのは、ある意味「支出を減らすと生活が楽になって、豊かになります」「特に地方だとやれることがいっぱいあります」ということなんだと思っています。 ──田舎に行くと“宝”がいっぱい眠っていることを実感しますか。 井上 それはもう眠っていますよね。目の前の山は手をつけられていないし、耕作放棄地はいっぱいあります。空き家の数もすごいですよ。それらのスペースを自由に使って暮らすというのは、発想を変えれば非常に贅沢なことだと思います。 ──本書では、里山資本主義はマネー資本主義のサブシステムであり、バックアップシステムである、と位置付けています。マネー資本主義を捨てて全面的に里山資本主義に移行しましょう、ということではないんですね。その点はとても現実的だと思いました。かつてのヒッピー運動のような反進歩主義でも極端な理想論でもない。 井上 僕たちはマネー資本主義を完全に否定しているわけではないんです。今からマネー資本主義から足を洗うとか、マネー資本主義と決別するというのは無理だと思うんですよ。電線を切って原始生活に戻ろうとか、そういうことを言っているのではありません。この本に出てくる人たちは、夜になったら電灯はつけるし、洗濯機も普通に回しています。だけど、使わなくて済むものだってけっこうあるよね、ということなんです。 今の日本人は様々な強迫観念に襲われて、いつも精神的に追い詰められている状態だと思うんです。経済の繁栄こそが正しいという価値観の中で、みんな、収入を増やさなければならない、もっと高い評価を得なければならない、とぎりぎりしている。同時に、水、食料、エネルギーが手に入らなかったらどうしよう、年金がもらえなかったらどうしよう、という不安もあるわけですね。バックアップシステムを持つことで、少しは安心できる状態になるのではないでしょうか。 マネー資本主義と里山資本主義の生活の割合は人それぞれでいいと思います。9対1の人もいれば、5対5の人がいてもいい。完全に里山資本主義に移行しようと気負うんじゃなくて、とりあえず試してみることから始めればいいんだと思います。 スマートシティは「最先端技術版」里山資本主義 ──スマートシティと里山資本主義の共通性を挙げていますね。先端技術を駆使したスマートシティの試みと里山資本主義が通じ合っているというのは興味深く感じました。 井上 ご存じのようにスマートシティというのは、巨大発電所のつくる電力を一方的に配分するのではなく、町の中や町のすぐ近くでつくり上げる小口の電力を効率的に消費しようという考え方です。太陽光パネルや風力発電などでつくった電気をITで制御して、必要なところに必要な分だけ分配するんですね。 広島に行って、里山資本主義を実践している人たちと話をしていたら、まるでスマートシティと考え方が一緒なんですよ。スマートシティでは、原発などから電気を運んできて使い放題使うのではなく、町でエネルギーをつくり出し、みんなで共有します。そして町の支出を減らす。和田さんたちとやっていることは一緒です。スマートシティがやっていることは、要するに「企業版」「最先端技術版」の里山資本主義なんですよ。 ──それらは同時発生的な現象だと考えていいんでしょうか。 井上 同時発生なんだと思います。20世紀は、細かいことを気にしないで資源をぶわーっと使うのが良しとされた時代でした。車もそうですよね。ガソリンを大量に食う大きな車に乗ってスピードを出して走るのが格好いいことだったし、豊かさの象徴だった。ちまちましたのはみみっちいと。 でも、地球温暖化問題、人口問題、エネルギー問題、食料問題といった問題が起きている時代に、今までのような浪費社会を続けていたんでは地球が持ちません。そういう考えにみんなが変わってきました。これは何とかした方がいいに決まってると。都会に住んでいようが田舎に住んでいようが、みんなその意識があると思うんですよ。 その中で「これって、もうちょっとなんとかならないのかね」という人たちが出てきて、自分たちで解決策を模索し始めた。そこで、企業から出てきたのがスマートシティだし、田舎から出てきたのが里山資本主義ということなんじゃないでしょうか。 |