04. 2013年9月04日 09:30:54
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>党機関紙が李首相の政策に反対する記事を掲載するのは極めて異例 李克強・リコノミクスのゆくえ
改革は進むのか、あるいは左旋回するのか 2013年9月4日(水) 福島 香織 中国では毎年8月ごろに「北戴河」と呼ばれる非公式の党中央幹部・長老らの会合がある。河北省の海辺の避暑地、北戴河に続々と訪れる幹部・長老連、各省庁高級官僚や専門家が、当面の懸案事項や秋の党中央委全体会議での合意にむけて意見交換し、地ならしする場である。 荒れた北戴河での“長老会議” もちろん期間も決まっておらず、公式発表などないのだが、しばらくすればその非公式の会合でどんな話がなされたか、香港メディアや台湾メディア、在米華字ネットメディアあたりからぽろぽろと漏れてくる。そういうリークというのは、当然情報戦の様相を呈しているので、鵜呑みにはできないのだが、全くのガセというわけでもない。 今年は8月の頭から2週間にわたって開かれていたようである。ずいぶん剣呑な雰囲気だったらしい。 まず保守派・太子党の政治局常務委の代表格である兪正声が公然とこの会議を無視して、この時期、チベット自治区で公務を行った。また北戴河沖には3隻の巡邏軍艦が出ていたとか、街中の警官の警備がすごかったとか、そういう緊張感も伝えられた。警備の厳重化が意味するのは、集まる政治家、官僚たちがそれだけ自分の暗殺やテロ、妨害を恐れている、ということであり、敏感なテーマが話し合われる証拠とも、政権が安定していない証しとも、いえるだろう。 会合が剣呑な雰囲気となる敏感なテーマとは、1つは前回のコラムで紹介した薄熙来裁判の量刑についての話し合いである。そして、もう1つは香港英字紙・サウスチャイナモーニングポスト(SCMP)が先週報じた周永康・前中央政法委書記の汚職調査方針の同意取り付け。 だが一番、議論が紛糾したのは、11月に開かれる予定の三中全会(中央委員会)の主要テーマの1つ経済改革方案、いわゆるリコノミクス(李克強経済学)についてだったと聞いている。三中全会にはまだ間があるが、予習もかねて、李克強首相が推し進めようとする経済改革の前に立ちはだかる障害について、考えてみたい。 アベノミクスをもじって、リコノミクスと翻訳されている李克強経済学とはどのようなものか。いまさらかもしれないが、中国独立系メディア「財新」がリコノミクス研究の経済学者らの発言をわかりやすくまとめていたので、それを参考に紹介する。 (1)市場強化、管制緩和、供給改善 政府のマクロ経済への干渉を少なくすることで、市場を活性化し、供給を改善し、減税によって投資を促進。福利制度を改善し、国内利益分配を調整し、利益を国有部門から民営部門に移譲してゆく(民生証券研究院副院長・管清友の発言から)。 (2)大規模財政出動をしない、金融のデレバレッジ、構造改革を行う これにより経済成長が減速するなどのリスクが起き、一時的にハードランディングの様相を呈するかもしれないが、比較的速やかに回復するだろう(リコノミクスの名づけ親、バークレーズ・アジア主席エコノミスト・黄益平の発言から)。 (3)サプライサイド経済学に類する 非市場価格のねじれを10年以内に市場メカニズムに従い調整する。それには行政申請制度の簡素化、投資制限の緩和、戸籍管理制度の解放が必要。財産権改革、政府改革、土地所有制度改革、医療改革、生産主体改革、生産方式改革、生産構造改革などの重点領域改革をサプライサイドから始める(みずほ証券アジア主席エコノミスト・沈建光)。 李克強はどこまでやる気なのか リコノミクスの最大のキモは、国有企業の民営化や土地制度などに踏み込む可能性があることだった。そうなると「中国の特色ある社会主義」の根幹である「公有経済を基礎とする」という前提や、それを支える戸籍制度や土地所有制度に切り込むことなる。経済改革は法制改革となり、政治改革につながる。体制の形すら変える可能性もはらむ。 特に、今現在、資源市場や金融市場を牛耳っている上海閥、あるいは太子党と呼ばれる既得権益層にしてみれば、李克強はどこまでやる気なのか、と空恐ろしい思いをしていることだろう。経済的なハードランディングだけでなく、政治的ハードランディングを起こす可能性もあるわけだ。 北戴河では李克強はかなり苦労したようだ。 李克強首相がリコノミクス始動の第一手としてぶち上げたのはすでに報道されているように「上海自由貿易テスト区」の設置である。これは7月3日に国務院会議で原則、認められてはいたがその中身については、従来あった保税区が自由貿易テスト区に変えられるといった程度で、詳細については発表されていない。ただ保守派、既得権益層、銀行監督管理委員会(CBRC)、証券監督管理委員会(CSRC)あたりからものすごい抵抗を受けており、どの程度の自由化になるかは、蓋をあけてみないとわからない。これにあたって、上海市は年間GDPの12・5%にあたる2500億元の融資を農業銀行から受けるそうだ。だが最大の争点である「金融市場の開放」については限定的、と見る向きが多い。 8月12日付け「国際金融報」(人民日報系)の記事は、李克強と上海市側との攻防の激しさの一端をにおわせる。上海市委副書記の楊雄市長はこう言っている。「彼(李克強)は、『上海に改革は必要ないのか?』と言うので、私は非常に断固とした態度で『我々に政策がないのなら、改革が必要でしょう』と答えました」。 つまり、上海市現地の抵抗に業を煮やした李克強が「改革やるのか、やらんのか、はっきりさせろやコラァ」とすごんで、楊市長が「俺らの政策がいらん、というなら改革やれや」みたいなケンカ腰の交渉の末、上海閥の妥協を引き出したというのである。 またSCMP(8月15日)の報道だが、国務院のクローズドの会議の席で、上海自由貿易テスト区について、李克強が海外の投資者に上海金融サービス市場を開放する計画を説明したおりに中国銀行監督管理委員会と中国証券監督管理委員会が猛然と反対し、李克強はこれに机をたたいて激怒したこともあったという。 北戴河で李克強は上海自由貿易テスト区についても「法律的に問題がある」という理由でかなりやり込められたらしい。当然、法律云々は建前で既得権益層の市場を荒らすな、ということである。北戴河終了後の初の国務院会議(8月16日)で李克強は「上海自由貿易テスト区の実施をいったん停止し、先に関係法律規定を整備する」と発言。「先に法律整備する」と気を取り直したものの困難は予想される。 国有企業改革はすでに挫折したという見方も 「国有企業改革」も、やはり厳しい抵抗にあったという。李克強はかねてから国有企業の民営化による国有資産の民間への移転・分配を主張しており、なかでも今年1月の国務院会議上で中国石油天然ガス集団(CNPC)、中国石油化工集団(SINOPEC)、中国海洋石油総公司(CNOOC)、中国電信、中国移動の五大中央国有企業については、一部一族・派閥の利権の温床であると指摘、「整頓もせず、大改変もせず、問題が発覚しても誰も責任を取らない」と声を大に批判したことがある。 ちなみに石油、電信、銀行などの中央企業がいわゆる上海閥・太子党利権の温床であることは公然の秘密である。石油業界は周永康ファミリーと曾慶紅・元国家副主席ファミリーの二大太子党一族が牛耳っている。江沢民の長男の江綿恒は電信業界のキングだ。金融業界で幅を利かせているのは劉雲山の息子・劉楽飛らほか。 国有企業改革とは、こういった利権構造にメスを入れるということだが、北戴河ではやはり強い抵抗にあった。8月9日付「経済日報」では、「国有企業改革は国有企業解体ではなく、国有企業を改善することだ」「国有企業を私有化することではない」「ロシアは国有資産の民間分配によって、重大な経済災難を引き起こした」といった論評が掲載されたが、これは北戴河で李克強が保守派、太子党陣営から言われたことだったという。このことから、リコノミクスのキモの1つであった国有企業改革はすでに挫折したという見方もでている。 また、「大型財政出動をしない」という方針もゆらいでいる。江蘇、安徽、重慶、四川、貴州、陝西など36都市で、2020年までに4兆元規模の鉄道など交通インフラプロジェクトの申請が7月までに通過した。8月14日の人民日報の解説によれば、これはかつての「4兆元出動」とは全く違い、「浪費ではない」として、「新しい財政刺激政策」としているが、リコノミクスで「大型財政出動をしない」といったばかりなのに、という意見は当然ある。 ところで習近平はリコノミクスに対してどのような姿勢であるのか。現政権はいわゆる習・李・王の「トロイカ体制」であると、一般的にいわれている。習近平は中央の保守派・長老派をなだめる役目、王岐山は地方と企業に規律検査、つまり汚職・腐敗取り締まりを名目に圧力をかけて言うことを聞かせる役目、双方が抵抗勢力を抑えてリコノミクスを後押ししている、と言う見方もある。 だが、私には習近平が本気でリコノミクスを後押ししているようには見えない。たとえば、7月、習近平は湖北省視察のおり、「農村の土地譲渡改革は必ず集団所有制(公有制)を前提に考えるべし」と釘をさす発言をしていた。これまでの言動や態度を整理すると習近平は基本、西側の自由主義的思想・価値観に対し強い警戒心を示しており、保守派との調整役を引き受けているように見えて、自由主義傾向を強く見せる李克強の方を牽制しているように見える。そういえば、北戴河開催直前に、中国のネット上で、習近平と李克強が決裂した、という謎の文章が出回った。すぐに削除されたが、あれはなんであったか。 トロイカの3頭の馬は同じ方向を向いていない 中央規律検査委書記の王岐山が主導する汚職取り締まりはどうか。先にのべたように北戴河で、周永康の汚職調査に着手する方針が決まった。周永康は38年間、石油業界の闇の帝王として君臨してきた石油閥であり、本人も1988年から98年までCNPC副総経理、総経理の座にいた。その後、政界での地位上昇ともに、癒着を深め、1000億元以上とも言われる不正利益を得てきたと言われている。薄熙来に加担し、習近平の総書記の座を脅かす存在になったかもしれないと一時は噂された人物。彼の失脚説は何度も浮上したが、江沢民という大物の後ろ盾もあり、規律検査委もなかなか撃ち落とせなかった。 この1週間、CNPCの幹部・元幹部たち5人(閣僚級含む)が立て続けに汚職がらみ規律違反容疑で取り調べを受けていると発表されたのは、当然、この文革以来の大物の捕り物という大事件の前奏である。 周永康事件については、時期を見て改めてまとめたいが、この事件が公正なる法の裁きの執行か、あるいは法制改革につながるものか、といえばそうは言えない。この事件を機に、CNPCの利権構造が解体され、民営化へという話でもないだろう。これまで繰り返されてきた中国共産党的権力闘争の延長だ。薄熙来を微博中継するなど、「司法の透明性」をアピールしているが、結局は負け犬に汚職や腐敗、この世の不条理の責任をかぶせて見せしめとし、大衆の不満を多少和らげ、彼らに敵対する政治家・官僚に恐怖を与え、現政権への抵抗の意志をなえさせるのが本質的な狙いではないか。 中国が現在直面する経済的難局の最大の原因は、いびつな公有制を基礎とする不完全な自由経済により、富が権力側に極端に偏在していることだ。この富の非権力側への再分配を、経済や法の制度・メカニズムの改革によって推し進めようとするのが「改革派」であり、党の集団政治による指導と管理強化、見せしめ、懲罰などの「善政」でもって、非権力側への分け前も増やしていこうとするのが「保守派」だろう。そういう点ではトロイカの3頭の馬は同じ方向を向いているわけではない。 三中全会まであと少し時間がある。北戴河でずいぶん毒を抜かれた感のあるリコノミクスだが、最終的にどういう形になるのかが、中国の未来を占う1つの材料だろう。トロイカが「改革」に向かうのか、あるいは左旋回するのか、あるいは馬の足並みがそろわず、そりが転倒するのか。私は改革に向かうことを期待している。法の下の平等や国民の監督なしに「善政」を行えるような清廉潔白公正無私の政治家なんて、どこの国にもいるわけがないのだから。 このコラムについて 中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス 新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。 日経BP社 |