03. 2013年9月04日 09:19:52
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【第294回】 2013年9月4日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] 経済を「合計で考える」ことの重要性と有効性 ベーシックインカムが わからない人の盲点 今回は、経済の問題を考えるにあたって、見落とされがちだが、重要な発想法についてお伝えしたい。それは、「合計で考える」視点の転換だ。 先般、本欄に「小泉進次カ氏に知ってほしい『ベーシックインカム』」というタイトルで、ベーシックインカムについて書いた。ベーシックインカムには賛否両論があるが、これに反対する人にしばしば見られる考え方は、ベーシックインカムの給付の部分だけを見て、必要性や公平性を論じることだ。 たとえば、「高額所得者にも一律に現金を配るのは無駄で、不公平でしょう」という類いの論法だ。民主党政権時代に「子ども手当」が議論された際にも、受給の条件として親の所得に制限をつけるべきだという意見があった。 しかし、ベーシックインカムでも、子ども手当でも、高額所得者に給付が渡ることが問題なら、彼らに対する課税を適切にすればいい。一律にお金を渡しておいて、実質的な再分配の公平性は税制で調節する方がシンプルだ。 受給に所得制限を設け、制度を複雑にし、手続きを面倒にして、官僚の仕事や裁量を増やすことは、行政の効率を損ない、国民にとってのコスト増につながる。 また、ベーシックインカムの場合、給付と税負担後の可処分所得の「合計」を見ると、これがいわゆる「負の所得税」(「給付付き税額控除」という冴えない別名もある)と同じ効果であることがわかる。 効果が同じなのだから、優劣に大差はないが、所得補足が完璧でなくても、また税源を消費税に絞ったとしても、簡素な手続きで再分配の効果を得られるベーシックインカムの方が優れているといえるだろう。 個人のお金の運用でも 「合計」が大切に 個人のお金の運用でも、「合計で考える」ことができないと、適切な判断を下すことができない場合がある。個人が現実に損をするのだから、気をつけたい。 たとえば、確定拠出型年金はそれなりに普及を見せているが、適切に使えていない加入者が多い。確定拠出年金の大きな長所は、運用過程で運用益が非課税になる税制上のメリットだ。このメリットを活かすには、自分の金融資産運用の中で期待運用利回りが高い資産を、確定拠出年金の口座で運用するといい。 たとえば、確定拠出年金に300万円の残高があり、その他、自分で管理しているお金が700万円あるサラリーマンがいたとしよう。彼は、合計1000万円のうち、半分程度を内外の株式でリスクを取って運用してもいいと思っているとしよう。確定拠出年金では、どのような運用を行うのが正解か。 300万円を150万円ずつに分けて、リスクを取る資産と元本が確保された資産とに分けて運用するのは、不正解だ。期待利回りの高いリスク資産の運用を確定拠出年金に全額集中させて、それでも足りない200万円分は、自分で別途リスク資産に投資して、残り500万円は預金や個人向け国債などで堅実に運用するのが、確定拠出年金の税制上のメリットを最大限に活かす方法だ。 この場合には、確定拠出年金での運用資産と、自分が別口座で運用している資産との「合計」を最適化するために、確定拠出年金部分にどの資産を割り当てたらいいかを考えるべきだ。 同様の発想方法を持てば、名前だけはバランスが取れていて、年金運用に向いていそうに聞こえる「バランスファンド」(債券と株式と両方の資産に投資する運用商品)が、実は確定拠出年金に不向きであることがわかる。 確定拠出年金の部分だけで運用を考えると、最適な運用から外れる場合が多くなる。最終的に問題なのは、あくまでも自分の運用資産の「合計」の状態だ。 なお、確定拠出年金では、確定拠出年金でラインナップされた商品と、一般に投資できる商品との間の手数料(主に信託報酬)の差に注目することも、重要なポイントになる場合がある。 特に、外国株式に投資する商品(インデックスファンドがいい)で、一般向けに売られている商品よりも手数料が安いものが利用可能である場合がある。こうした場合、外国株式で運用したい資産を確定拠出年金での運用に集中することで、総支払いコストを抑えることができる。 NISAも確定拠出年金と同様 注意すべきは途中の資産売却 来年から始まるNISA(少額投資非課税制度)の運用でも、確定拠出年金と同様のことがいえる。NISA口座内の運用益は非課税になるので、NISA口座とそれ以外の場所での運用とを「合計した状態」を最適化することを考えるべきだ。 確定拠出年金の場合と同様に、期待収益率が高い資産の運用をNISA口座に集中するのが、基本的な考え方になる。 確定拠出年金との大きな違いは、NISAは5年間の非課税期間の途中に資産を売却すると、非課税投資の枠がその金額だけ減ってしまうことだ。期待リターンが高く、同時にすぐに売りたくなる可能性の小さい資産を充てるのがいい。 結論を先に言うなら、内外の株式に投資するインデックスファンドで手数料の安いものがいい。国内株式なら「TOPIX連動型上場投資信託」(コード番号1306)のようなETF(上場型投資信託)が有力候補だし、外国株式なら「SMTグローバル株式インデックス・オープン」のような信託報酬が安い投資信託に、ノーロード(販売手数料ゼロ)で投資するのがいい。 ところで、金融機関はNISAの取扱商品をまだ全て発表していないケースが多く、そうであるにもかかわらず口座開設の勧誘を行っており、そのこと自体が大きな問題だ。 少なくとも、銀行はETFを扱えないし、扱う投資信託の手数料が高い傾向があり、NISA口座を開くにあたって最適な場所ではない。 NISAの口座開設の申請は、今年の10月1日からなので、銀行に口座開設の申込書や住民票の写しを送ってしまった人でも、まだ撤回が可能だ。NISA口座は1人1口座しか持つことができない。少々面倒だが、ぜひ撤回することをお勧めする。 なお、複数の金融機関に申込書を送ってしまった場合は、税務署への到着日が早い申し込みが受理される。10月1日に同時に着いた場合は、両方が無効となるとのことなので、別の金融機関(早く着いた場合には、そこで口座開設してもいいと思う金融機関がいい)からも申し込んで、いったん両方を無効にして、新たに申し込み直す手があるが、郵便の到着や税務署の処理に不確実性があるので、今の時期なら申し込みの撤回がベターだ。 なお、NISAについては「投資元本100万円、期間5年」が運用益非課税のメリットが適用される範囲の限界なのだが、積立投資(期間が有効に使えない)や分配金の多い投資信託(元本が成長しにくく税制メリットが生きにくい)を勧めるなど、明らかに適切でない利用方法が方々で推奨されているので注意したい。 対象者がいかに投資の初心者であっても、「合計で考える」という原則を理解すれば、あとは中学生程度の計算でわかる話なのだから、正しい利用方法を教えるべきだ。金融機関の商売の先棒を担ぐような「腐れFP(ファイナンシャルプランナー)」の誤ったお勧めに引っかからないように注意してほしい。 企業年金による投信押し売り? 「合計」で考えると面白い年金 年金の世界は、「合計で考える」と面白い事例の宝庫だ。 たとえば、時価総額が1兆円の企業が、1兆円の確定給付型企業年金を持っているとする。これを、投資家から見るとどう見えるか。 もちろん、株式投資だから、その企業の事業にどのような将来性と価値があるかが問題になるが、投資家はこの企業の本業の価値以外に、企業年金資産の運用の成否にも投資していることになる。 年金運用部分は投資信託に似たリスクを取っており、その投資資金は年金積立金から借りている形になっている。つまり、確定給付の企業年金を持っている企業に投資すると、通常の株式投資のような「事業への投資」に加えて、借金をして投資信託を買ったような損得が付随していることになる。 一般的にいって、これは事業に投資したい普通の株式投資家にとって、あまり都合のいい状況ではない。「企業年金」は、会社にとって節税した形で社員に報酬を払うことができるメリットのある仕組みだが、その制度設計と運用の内容によっては、株主に欲しくもない投資信託(と借金)を押し売りしているに等しい状況を強いている。 運用のリスクを大きく取る形での確定給付型の企業年金を保有することが、経営的に優れていない事情の1つだ。 株式投資を公的年金の 積立資産内でやるべきか? 公的年金の運用を考える場合にも、「合計で考える」と見えて来る風景がある。 公的年金において株式投資は、リスクはあるものの、長期的に均すと期待収益率が高いとして、加入者の将来の保険料負担の軽減に資するという建前で、積立資産内のある程度の比率で行われている。 しかし、本当に株式のリスクと期待収益率とが共に高いとした場合、これを公的年金の積立資産内で行う必要があるだろうか。「国民全体」を単位として資産運用の内容を考えると、国民は公的年金資産のオーナーでもあるので、公的年金を通じて持っている株式と、自分で(民間が)持っている株式とを合算してみると、公的年金で株式を持っていなくとも、民間が保有する株式の投資収益率が高いなら、それでもいいことになる。 もちろん、株式の保有状況には個人差があるので、結果的には個々の国民がみな同じ損得というわけではないが、民間保有している株式のリターンが高ければ、それだけ民間の所得が増して、年金保険料の負担能力が大きくなる。 社会全体の制度設計で考えると 公的年金に株式保有は不都合 一方、公的年金が民間企業の株式を大量に保有することには、いくつかの明白なマイナス要素がある。 まず、実質的に政府が民間企業の株主になると、政府の民間企業経営への介入の懸念が生じる。公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、議決権行使を運用会社に任せているから介入していないと言い訳するかもしれないが、彼らは運用会社の議決権行使をチェックしているのだから、これは言い訳になっていない。 チェックは形式上のもので、個別企業の経営内容に及ぶものではない、と言い訳するなら、それにはGPIFが「受託者責任」を十分に果たしていないと批判することができる。 また、市場運営の一般論として、市場には参加者が多くて多様な方が、多くの投資主体の意見と監視が個々の企業とその株価に及ぶので、好ましい。 加えて、政府の投資行動が個々の企業の株価に影響を及ぼす。政府は株価に対する影響力が大きく、情報の不公平性も大きな、実質的インサイダー投資家だ。また、個々の業界で企業に対する監督者の役割も担っている。企業に対する監督と投資家の両方を、政府が兼ねるのは拙い。 小泉純一郎氏が首相だった時代に、「民間でできることは民間に」というキャッチフレーズがあったが、お金の運用は政府よりも民間がやった方がいい仕事の典型だろう。 政府は、民間企業の株価が上がるような経済運営を行う事こそが、国民全体に対して真の貢献となる。賦課方式の年金としては過大な年金積立金を抱えて、民間の株式に余計なチョッカイを出すことを、親切と勘違いしない方がいい。 公的年金が民間の株式を保有する仕組みが、社会全体の制度設計として不都合が多く、不細工なものであることも、「合計で考える」とわかってくる。 視点を変えて「合計で考える」ことは、有力な思考方法の1つなので、有効に使いこなしてほしい。 |