02. 2013年8月31日 11:32:14
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経済財政白書特集 目次 政策分析インタビュー 経済の好循環の確立に向けて 白川 浩道 クレディ・スイス証券チーフ・エコノミスト 戸堂 康之 東京大学新領域創成科学研究科国際協力学専攻教授 トピック 平成25年版経済財政白書のポイント 水田 豊 政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当)付参事官補佐 経済財政政策部局の動き:経済の動き 経済財政白書はいかに作られたか 室屋 孟門 政策統括官(経済財政分析担当)参事官(総括担当)付 経済財政政策部局の動き:政策の動き 「中長期の経済財政に関する試算」について 吉村 卓也 計量分析室政策企画専門職 経済理論・分析の窓 ミクロ計量経済早わかり(2) 大森 義明 横浜国立大学国際社会科学研究院教授 研究レポート 中国における過剰投資について 中塚 恵介 政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(海外担当)付参事官補佐 特別寄稿 官庁エコノミストを育てる 齋藤 潤 内閣府本府参与(慶應義塾大学大学院特任教授) 最近のESRI研究成果より ESRI国際コンファレンス「日本経済の新たな成長に向けて」の模様 花垣 貴司 経済社会総合研究所研究官 ESRI統計より:国民経済計算 GNIを読み解く 前川 恭子 経済社会総合研究所国民経済計算部企画調査課 コラム:平成25年4−6月期の四半期別GDP速報の概要 岡ア 勇至 経済社会総合研究所国民経済計算部国民支出課 ESRI統計より:景気統計 機械受注統計調査における欠測値補完方法の検討について 高野 正博 総務省統計局統計調査部国勢統計課労働力人口統計室 http://www.esri.go.jp/jp/esr/esr.html http://www.esri.go.jp/jp/esr/data/esr_002.pdf
日本経済の立て直しに向けて(2013年夏号) http://www.esri.go.jp/jp/esr/data/esr_001.pdf 経済の好循環の確立に向けて
白川 浩道 クレディ・スイス証券チーフ・エコノミスト 戸堂 康之 東京大学新領域創成科学研究科国際協力学専攻教授 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当) 増島 稔 経済財政の現状と課題について ― お忙しいところご足労いただきましてありがとうございます。 本日は、7月23日(火)に公表しました年次経済財政報告、経済財政白書(注)を題材に、日本経済の現状、課題についてご議論いただきたいと考えております。 今年の白書は、副題にありますように、「経済の好循環の確立に向けて」ということで、三つの好循環を考えているのですが、一つは持続的成長といいますか、需要と生産と所得の好循環です。それから、もう一つは経済再生と財政健全化の好循環。これは、経済再生、経済成長率が高まっていけば財政再建がやりやすくなるし、財政再建が進めば金利の上昇圧力が弱まって経済再生も進みやすい、そういう好循環です。三番目の好循環は、マクロ経済環境の好転と成長戦略の推進ということで、現在、マクロ経済環境は少し好転してきているわけですけれども、そうすると企業が前向きな行動をとる。それから、成長戦略を進めれば企業の行動が変わってマクロ経済も好転していく。そういった三つの好循環を念頭に置いて、それを確立していくためにはどうしていけばいいのかという問題意識でまとめております。 内容は三章構成になっておりまして、第一章が「経済財政の現状と課題」ということで、景気、金融政策、財政、社会保障を扱っています。第二章、第三章は日本経済の成長力をどう高めていけばいいのかという観点から、第二章では、「日本企業の競争力」、この競争力というのは生産性や収益性を向上して付加価値を生む力ということですけれども、それをどう高めていけばいいのかという話。それから、第三章では、企業が活動しやすい基盤をどう整えていけばいいのか、具体的には人材、金融、インフラを扱っております。 まず第一章からご議論いただきたいと思います。第一章では、足下の景気が持ち直してきているわけですけれども、政策に対する期待などもあってマインドが好転し、個人消費主導で景気が持ち直してきたという話を書いています。それから、円安を背景に企業収益が改善してきて、設備投資や賃金、こういったところにも少し持ち直しの動きが出てきて、最初に申し上げた需要、生産、所得の好循環が少し見られているということを書いております。 それから金融政策ですけれども、レジーム転換があって、期待物価上昇率などが上がって、実際の物価も横ばい圏内になってきて、少し上がってくる兆しも見られている。そういった中で家計の行動、低価格志向に変化が見られるということを言っております。 また、企業にこれから賃上げをしていってもらいたいということで、どういう環境が必要なのかということをアンケート調査などで分析していますけれども、ここでは成長期待を高めていく必要があるというようなことを言っております。 財政については、リーマンショック後赤字がかなり拡大しているわけですが、それは基本的に構造的な収支が悪化していて、その大きな要因は社会保障、それから景気対策といったところです。足下の財政の持続可能性に対する市場の信任は確保されているわけですが、債務残高の増加ペースは速く、財政状況は悪いということです。これから消費税増税が見込まれているので、EU諸国の経験をまとめております。付加価値税を引き上げた国では、リーマンショック前はそんなにマイナス成長になる国も多くなかったわけですが、リーマンショック後、景気が悪くなって追い込まれて増税しているような国では、マイナス成長になっている国もあるということで、計画的に中長期的な観点から財政再建を進めていかなければいけないと書いております。 (白川) まず、金融政策の評価で、三点くらいあります。一つ目は、実質金利が下がって円安になったということです。円安からくる企業利益への効果というのは、白書の中では製造業などを取り出して分析されていますけれども、必ずしも安定的に円安でプラスになるかどうかというのは、かなり微妙ではないかと思っています。最近の日銀短観でも、実は中堅とか中小の非製造業は今年減益予想になっていたりしますし、我々の分析でも、円安がかなり急激に進みますと、非製造業の最終価格への転嫁が結構時間を要するので、やはり短期的にはかなり利益率が悪化する可能性もあります。 また、これも我々が分析してみたら、製造業の国内でのオペレーションの利益率へのインパクトと、海外での生産・営業活動の利益率へのインパクトを比べると、実は円安の効果は海外の方が多く出る可能性がある業種がいくつかあります。必ずしも国内企業利益が強く拡大して国内の雇用とか設備投資にフィードバックするというイメージではなくて、もともと海外の方が利益率が高いのですけれども、むしろ格差が広がるイメージなのですね。したがって、金融政策で円安になったことが企業利益を通じて内需を刺激する効果というのは、実はかなり限定的になる可能性があります。 それから二つ目は、ポートフォリオリバランスという話があって、日銀が長期国債をかなり買えば、民間金融部門はその長期国債のリスク、特に今回日銀は残存期間が長い国債を多く買いますので、いわゆる金利リスクが日銀に移転されて、理論的にはその分、民間の金融機関は他のリスクをとれるようになり、貸出しが増えてくるといった議論が多いと思います。しかし、実際今のところ、それが観測されているわけではないということです。 これには、一つは規制の問題があると思います。やはり国債を持つケースと貸出しをするケースでは、やはり金融機関の自己資本へのインパクトが随分違うということです。国債は、国内の格付け機関ですとまだトリプルAのところもあって、リスクウェートゼロだったりしますので、なかなか国債を日銀に売ったからといって金融機関がリスクをとるわけでもなくて、サプライサイドはそんなに改善するわけではないということです。需要サイドはまさにインフレの期待とか所得の期待に影響されると思うのですけれども、ここはやはり工夫が要るのではないかと思っています。 経済の好循環の確立に向けて 例えば、PFIなどの議論が最近よくなされます。単に民間がリスクをとってお金を貸すというパターンに比べて、仮にリスクを何がしかの形で圧縮できれば、日銀の金融緩和の効果が出やすくなる可能性があると思います。ですから、PFIなどで民間が信用リスクをとりやすくする。そういうことをセットで考えると、もっと金融政策の効果が出る可能性があるというのが二つ目です。 三つ目は、期待インフレ率がマーケットでは上がっていて、ブレークイーブンインフレ率などは上がってきておりますが、なかなか個人とか企業の期待インフレ率が上がっているかどうかを読むのが難しい。これはどうしても消費税増税が見込まれていますので、来年にかけての期待インフレ率が上がっている理由が単に消費税を織り込んでいるだけなのか、それとももう少しファンダメンタルズとして期待インフレ率が上がっているのかの判断がなかなかできない状態で、経済見通しをつくる上でも非常に難しいのですね。ですから、持続的に消費とか住宅投資が刺激されるのかどうか、現時点では、来年度の消費税との関係で非常に見にくい状態で、今のところ、やはりそこは簡単に議論できないのではないかと思います。 それに絡んで申し上げると、一部の業種ではかなり需給ギャップがタイト化している一方で、全くそういう兆しのない業種があり、典型的には有効求人倍率なども、職種によってものすごくばらつきがある状態です。今、建設業などは人の面でも非常にタイト化が進んでおり、最近はそれが一般的なサービス業などでも出てきていますけれども、一方で製造業などはまだ労働需給がタイトではないです。むしろまだ非常に緩い状態ですし、普通の企業で働いている管理職とか一般職は、相当労働需給は緩いと思うのですね。そういったことからすると、日本経済全体にまんべんなく期待インフレとか期待所得が上がるとはちょっと考えにくいという感じを持っております。 (戸堂) アベノミクスの金融政策の評価は白川先生のおっしゃるとおりだと思います。そもそも私は、日本の問題は本当にデフレなのかということが非常に疑問です。デフレは、いつの間にか、物価の下落という意味だけではなく景気後退という意味まで含めてよく言われるようになったわけですけれども、本来の定義である物価の下落が本当に日本経済の停滞を引き起こす要因になってきたのかすごく疑問です。というのも、デフレの問題というのは、単純には実質金利が高くなり過ぎるということですけれども、現実には日本の実質金利って、デフレになっているにもかかわらず、そんなに高くはないわけです。 例えば、白書の81ページ、82ページにある実質金利は、政策金利から消費者物価上昇率を引いているもので、これは諸外国に比べてリーマンショック後、高止まりしているとされています。確かにそう見えるわけですけれども、絶対的な数字をとれば実質金利1%です。実質金利1%というのが高いかというと、私は相当疑問があると思うのですね。世銀のデータで、リアル・インテレスト・レートと定義されているものをそのままとってきたら、1970年代では、インフレ率が高かったですから、実質金利はマイナスだったりして低いのですけれども、1980年代に比べれば、むしろ停滞の20年の方が実質金利は低いくらいです。本当に現在のデフレが金利を高くし過ぎているのか、それがあまり議論されないのが、私にはむしろすごく不思議です。 ― 確かに水準としてそんなに実質金利が高いわけではないと思いますけれども、期待成長率との関係が問題です。成長率が相当下がっている中で金利が高いというのは経済にとって大きなマイナスですし、特にリーマンショック後、他の国が金融緩和する中、実質金利が相対的に高くなっています。それにより、日本の為替が増価して、それがまたデフレをスパイラル的に悪化させていったという面もあるのではないかと思います。 (戸堂) 今おっしゃったのは、リーマンショック後のことだと思います。ただ、日本の問題はもう20年続いているわけです。円高ではなかった時代にも日本経済は停滞していましたし、リーマンショック前から停滞していたわけですから、やはり日本経済の20年の停滞の問題というのは、金融政策の失敗ということでは絶対に説明できないと思います。そういう意味では、逆に金融政策だけで日本の経済成長を引き起こせるかというと、それは無理だと思います。むしろ、金融緩和し過ぎることによる将来的な弊害とか、第二の矢である財政出動の弊害の方が将来的には大きいのではないかと考えております。 経済の好循環の確立に向けて ただ、アベノミクスの第一、第二の矢は、やはり人々の期待を変えた効果が非常に大きかったと思います。期待が経済成長に与える役割についてはクルーグマンなどが理論化しています。理論的には、期待を変えることによって、いわゆる「貧困の罠」の状況から経済成長の経路に乗ることは十分に可能なわけです。例えば現在の状況で言えば、潜在的に高い成長が見込めるような産業があったとして、みんながそれを始めれば実際に成長できるわけですけれども、みんなが本当に成長できるのかという疑念を抱いているために、なかなかそれに投資できない。それがために潜在的に高度成長できるような産業が育っていかないという問題があると思います。それをアベノミクスが大きく動かして、ある程度潜在的な産業に投資するという、そういう機運をつくったことは非常に評価できると思います。 そういう意味では、経済の好循環を期待で動かすことはできると思うのですね。ただ、やはり期待だけでは長期的に経済成長できませんので、一番大事なのは第三の矢ということになろうかと思います。 ― 白川先生からのご指摘に、簡単にコメントさせていただきたいと思います。円安の効果ですけれども、まず評価益ということで効果が出てきて、しばらくしてから円安で価格競争力がつくことによる効果が出てきます。前者は、白川先生がおっしゃったように業種によって差があります。どういうタイミングで効果が出てくるのか、円安で交易条件が悪化することによる効果の方が大きいのかどうかはちょっと読めない。一方、後者の効果で輸出数量が増えるのはむしろこれからでしょう。不確実性があるというのは、おっしゃるとおりだと思います。 ポートフォリオリバランス効果については、白川先生がおっしゃるように、現状ではあまり出ていないと思います。しかし、金融政策の効果ということでは、一時、日本国債の金利はかなりボラタイルな動きをしていましたけれども、その後、アメリカの金利が上がる中で、かなり低位というか、0.8%台の後半くらいで安定しているということは、リスクプレミアムを抑える効果が出ているのではないかと、そこは評価できると思います。 期待については、戸堂先生からもご指摘がありました。戸堂先生はマインドが変わった、白川先生はまだはっきりしないのではないかという御意見だと思いますけれども、全般的に、アンケート調査などを見るとやはりマインドが変わっているのではないかと思います。期待物価上昇率は、内閣府の消費動向調査とか日銀の調査を見ても、上がる方向が出ていると思います。 (白川) そうですね、確かにそれはある。金融政策の効果というか、為替の効果というのは当然あると思いますね。 ― まずは期待が変わり、それから為替を通じた効果、さらにリスクプレミアムを抑制する効果が出ているということではないかと考えています。 (白川) そうですね。多分80円くらいの為替が100円になったという、この20円の変化が物価にも出るでしょうし、期待インフレ率にも出るでしょう。しかし、実はこうした水準の変化で入るショックは、大体3四半期くらいでフェードアウトします。ですから、その意味で私はあまり意味がないと思っています。つまり、断続的にショックを入れ続けることができないと、例えば一回為替が100円になりましたということで終わると、大体一年で効果が終わってしまいます。しかし、その後に二次的な効果が持続的に発生しないと相当苦しいのではないでしょうか。つまり、日本銀行は毎年為替をターゲットにして20%ずつくらい減価させられるかとか、それは本当にいいことなのかなど、議論し始めると多分果てしないと思います。 ― 幸いなのは、アメリカの方がどちらかというと出口に近づいていて、金利差という観点では先行き円安が見込めると思います。それは政策効果ではありませんが。足下で円安が進んでいるのも、政策効果というよりは、景気のフェーズの違いと言う面もあるかもしれません。 (白川) そうですね。うまくすれば、日本の方がずっと金融が緩和的であるとマーケットが思い続ければ、じわじわと円安が進んでいくというのはあると思います。 日本企業の競争力について ― 白書の第二章では、成長の原動力、要するに付加価値を生んでいくのは企業なので、その企業の所得を生む力をどう高めていけばいいのかという点を分析しています。 競争力を測る一つの指標として収益性、ROAに着目して、ROAが低い理由を分析しています。一つは企業の活動のしやすさです。「六重苦」などと言われますけれども、企業活動を制約するいろいろな問題があるという話です。それから、リスクテイクに消極的な企業マインドがあるとか、新陳代謝が進まないということです。これは、政策的に保護されていてゾンビ企業と呼ばれる企業が残っているという面もあると思います。それから高コスト構造です。ここで取り上げているのは流通業ですけれども、他にも電力料金など、そういった問題があると思います。 また、デフレの中で設備投資が抑制され、設備の老朽化が進んで生産性が上がってこない。それは製造業だけではなくて、非製造業の例えばICT投資が進んでいないといった面もあると思います。それから、無形資産では、研究開発投資の効率性も決して高くない。日本の企業は、金額としては相当研究開発投資をやっていますけれども、収益に結びついていないという問題もあると思います。 そういった中で、企業はグローバルな活力を取り込んでいかないといけないということで、製造業のみならず非製造業も貿易可能性を高めていくとか、海外進出していかないといけないという話をしています。特に製造業ですけれども、アウトソーシング、特に海外へのアウトソーシングなども生産性を高める一つの有力な手段ではないかという話をしております。 (戸堂) 同じようなことしか言えないのですけれども、とにかく、グローバル化が生産性の成長を促すということは、かなりはっきり実証されているわけです。しかし、日本経済のグローバル化は進んでいないということでして、やはりグローバル化が少ないことによる生産性の停滞がかなり収益性の低さを説明しているのではないかと考えられます。 さらに、グローバル化の負の側面ということで、この白書にも201ページに、海外進出によって国内雇用は縮小すると言われているわけですけれども、実際には、きちんとした計量経済学的な分析をやりますと、必ずしもそうではないという結果が出ています。場合によっては、むしろ海外進出した企業の方が雇用が増えるという結果が出ているのです。これは一つの例ですけれども、海外進出することによって雇用の成長率は、むしろしない企業よりも12%増えるというRIETIの研究があります。こういう研究は、計量経済学的な手法によって、海外投資した企業と、同じような企業だけれども海外投資しなかった企業を比べているわけで、単純に二つの種類の企業の雇用成長率を比べるよりも、直接的に比べていると言えるわけです。ですから、そういう意味で、負の側面があると言われるのはどうかと思いますけれども、いずれにしても、雇用にもそんなに悪い影響はなくて、生産性に対する正の影響があるということで、やはりグローバル化が一つの成長戦略のキーとなるのは明らかだと思います。 ただ、海外進出に当たって注意すべきなのは、やはり進出するためには人材の高度化をしなければならないということです。これは白書の第三章にもつながっていくわけですけれども、日本全体としては、海外進出することによって生産性が増えるとしても、やはり海外との競争に負けて廃業する企業も出てくる。もしくは衰退するような業種も出てくる。そういう人材を再教育して、うまく成長産業に移していく工夫は確実に必要だと思います。ですから、やはり人材の高度化ということを踏まえつつ海外進出をすることが必要だと思いますけれども、しかし、ではどうしたら海外進出できるのか、もしくはグローバル化できるのかという話が次に来るわけです。やはりそれは、まず第一にはTPPを始めとして、自由度の高いEPAをたくさん結ぶことによって門戸を広げていくことだと思います。 経済の好循環の確立に向けて TPPについても、いろいろな政府の出されている試算があるわけですが、一般的な試算は、TPP、もしくは海外グローバル化に伴う成長効果をほとんど無視しているわけですね。つまり、グローバル化することで企業が生産性を高めていくことを無視して、TPPをして関税が低くなるので輸出が増えるとか、そういう部分に焦点を当てて推計をしている。グローバル化による成長効果も含めた上でTPPの効果を試算すると、ざっくりした試算ですけれども、私自身が試算すると、例えば10年後には1人当たり実質GDPが40万円くらい増えるという結果になるのですね。このかなりの部分は、実は対日投資が増えることに伴う効果です。今、安倍総理は、10年間で名目GNIを150万円以上増やすとおっしゃっているわけですけれども、TPP一つでその4分の1くらいが、もしくはこれは実質GDPですから、名目にすれば場合によってはもうちょっと上がるわけで、いずれにせよかなりの部分がTPP一つで達成できると言えます。ですから、やはりEPAが非常にキーになってくる。 もう一つ大事なのは中小企業の国際化です。実際、日本には技術力の高い、本来は国際化できるにもかかわらず国際化していないようなもったいない中小企業がたくさんありますけれども、そういう企業に対して国際化支援をしていくことが必要です。これも白書で言われていますけれども、国際化支援に関しては情報の支援がキーになるべきです。やはり中小企業はどうしても情報を得るための人手が足りないということがありますし、そもそも情報をとるということ、もしくは海外にネットワークを広げること自体には、いわゆる経済学でいう外部性があるわけですよね。自分で情報をとってきても、その情報がどうしても他の同業者に漏れてしまうと、その情報をただで使われてしまうという面がありますから、市場経済においては情報をとることが十分に行われない可能性があります。ですから、そういう部分はやはり政府がやるべきです。例えば、現在JETROなどがそういうことをされているわけですけれども、より積極的に政府が情報をとってきて、それを皆さんに開示するという支援のあり方が大事だと思います。 あと、その反面、中小企業に対する過度な保護が、逆の意味で海外進出やグローバル化の足を引っ張っている部分があったと思いますので、そういう過度な保護をやめる、能力のある企業にどんどん海外進出にチャレンジしていただくことが大事だと思います。過度な保護をやめることによって、中小企業が、例えばM&Aなどを通じて本当の意味で成長できるという、経済のダイナミズムをつくって新陳代謝を起こして成長できるという環境がつくられていくと思います。 ― 先ほどご指摘いただいた、白書201ページの海外進出で国内雇用が減るという話ですが、リーマンショック前をとると雇用が増えるという姿になっていまして、過去の白書でも、戸堂先生のおっしゃったように、グローバル化や海外進出によってグローバルな生産の最適なアロケーションができて、国内の効率性も上がって国内の雇用が増えるというような話をしています。しかし、リーマンショック後だけとってみると、雇用が減っている動きが見られていて、特に海外生産をした企業にマイナスの影響が出ているということを書いています。その背景としては、やはりリーマンショック後の円高が影響しているのではないかという認識でおります。 (白川) グローバル化というのは、なかなか定義が難しいと思いますけれども、私のイメージでは、やはり日本の企業は収益の源泉として海外を求めています。これは、国内の需要が伸びない中で、もう必然として海外の売り上げを伸ばしていくインセンティブがあるということだと思います。 その中で、グローバル化で海外に進出していくことが雇用にどう影響するかはなかなか難しいと思うのですけれども、基本的には国内には資本集約型の産業が残って、海外には労働集約的なものがシフトすることからすると、相対的には雇用が伸びにくくなるだろうと考えています。ただ、それは生産性には多分プラスに寄与するはずですし、収益性にも多分プラスに効くはずなので、海外に進出することは合理的だと思いますし、当然日本経済全体としても、マクロ的に見ればメリットがかなりあるのだろうと思います。 それで、先ほど申し上げたように、円安の効果も実は海外の方が強く出るということもあって、かなり海外に進出しているために利益の拡大がグローバルに起こって、そして、それが株価に反映されたりする形でフィードバックしてきますので、直接的に雇用への効果はないとしても、間接的には海外に進出したことのプラスがかなりあるというイメージを持っています。 経済の好循環の確立に向けて 国内では労働集約的なものが減っていくのは、もう当然起こってくることだと思うのですけれども、非製造業の生産性が低い、なかなか伸びてこないという中で、この非製造業の生産性を上げた方がよいという議論もよく聞きます。直感的には、非製造業はやはり人を切った方がよいと聞こえるわけですね。つまり、製造業がなかなか伸びにくくなっている中で、非製造業も労働生産性を上げるべく努力していくべきということです。非製造業については資本蓄積が不十分か、蓄積されている資本のクオリティーが低いか、のいずれかの意味において生産性が低いということですが、それを改善するということは、非製造業でも資本と労働の代替を促進すべきという議論に発展します。これは、非製造業では労働力が余っているとか、要らないとかいう議論です。ここで、重要なのは、労働のモビリティをいかに高めるかであると思いますが、気になるのは、雇用の受け皿となるような高成長産業をまだあまり思い浮かべられないことです。つまり、製造業を代替して中所得層を増やすような産業が国内に出てくるのかどうか非常に微妙だと思っています。 その中で、日本から外という話ではなくて、外から日本という話が、実はかなり重要になっているのではないかという気がします。ですから、アベノミクスの第三の矢の中でも対内直接投資を増やしていくという議論がありますが、これはいろいろ研究する余地があると思います。対内直接投資を多く受け入れている国は相対的に成長率が高いかどうかという議論は、あまりよい答えがないのですね。日本は供給能力が相対的に落ちていく経済なので、海外からの資本であれ人であれ、もう少し受け入れて、日本の供給能力を上げていくという意味で、対内直接投資はかなり意味があると思っているのですが、いろいろな過去の分析を見てみると、対内直接投資と成長率の関係は、あまりはっきりした関係がない。これは、第一次産業と第二次産業と第三次産業とで違うようですけれども、対内直接投資を促していくことがどのように成長に影響するのか、潜在GDPや供給能力にプラスになるのかなど、この議論は今後もう少し深めていく必要があるのではないかなと思っております。 (戸堂) 私も対日投資が非常に重要だと思っています。白川先生はあまりエビデンスがないとおっしゃいましたけれども、対内投資を受け入れることによって経済成長率が上がるというエビデンスはかなり積み上がっています。ただ、それなりに条件が必要で、例えば金融市場が発達しているとか、教育レベルが高いとか、そういう条件が要るのですね。 (白川) それはGDPそのものというよりも一人当たりGDPの成長率というイメージですね。生産性の効果ですね。 (戸堂) そうですね。一人当たりGDPの成長率が上がるということですね。やはり外から資本とともに知恵もやってくるということで、その知恵が他の国内企業に回って生産性も高まるということですね。 それで、今申し上げたのは、いわゆるクロスカントリーのパネルデータによるものですけれども、さらに私自身がやった研究で日本の企業レベルデータを使ったものもありまして、企業レベルデータで見ても、対日投資を受け入れている産業にいる国内企業の生産性成長率がより高くなることが示されています。それはやはり、いわゆる知識のスピルオーバー効果があってということだと思います。 でも、実はそれにもさらに条件があって、普通の対日投資では効果がなく、研究開発を伴うような対日投資でなければ、そういうスピルオーバー効果がないのです。ですから、やはり研究開発を伴うような外資系企業を受け入れることによって、国内の企業がそれを学んでいく余地があって、それによって成長が加速されるということだと思います。先ほどTPPの効果の分析について申し上げましたけれども、かなりの部分が、対日投資が国内の生産性を上げる効果によるものです。しかし、そうはいっても、やはり対日投資が全然増えないという問題があります。 (白川) それは多分、白書の第三章に絡むのですよね。日本の企業にとって世界的にオペレーションしやすいというのもそうですけれども、海外から入ってくる企業にとって、日本の様々なインフラにあまりメリットがないと思われているかどうか。この問題は多分かなり大きいのですよね。 (戸堂) そうですね。ですから、第三章にいった方がいいのかもしれませんが、JETROのやっている調査などを見ても、外資系企業の言われる一番の障壁は人材がいないということになるわけです。やはりグローバル化に対応した人材がいないということが一つの大きな問題だと思います。 ― 第三章の話が出ましたので、第三章にいきたいと思いますが、その前に一言だけお話しさせて頂きますと、雇用が伸びにくくなるというのは、確かにそうだと思うのですね。企業は生産拠点とか本社の雇用は減らして研究開発拠点などを増やしているので、ある意味、高付加価値的なところに雇用が移っていると思います。他方、やはり製造業全体としては人が減っていくので、非製造業に人が移っていかないといけないということですが、資本蓄積で非製造業の生産性が上がらないと給与も上がっていかないということになると思っております。 (白川) この議論は一人当たり給与の話で、やはりどこまでいっても一人当たりGDPの議論でしかなくて、個人部門の所得が日本経済全体で増えるかどうかは、私はやはり微妙だと思っています。むしろ企業や資本に所得が分配されてしまう。一人当たり所得は上がるかもしれませんが、製造業としての所得のパイが減っていく中で、それに対応して増えていくところが、非製造業の雇用者全体としてどのくらいになるかという気がします。 (戸堂) ちょっと前に戻りますけれども、先ほど白川先生は、生産性を上げていけばむしろ雇用が減るから、どうすればいいのか解がないとおっしゃいました。しかし、もしそれが本当に問題であれば、もう生産性を上げないでどんどん人を雇ったほうがいいということになります。 私が思うに、結局、生産性さえ上がっていけば、どこかに雇用が生まれるわけです。みんな資本を何も使わないで全部手書きでやって雇用を増やせば、みんな幸せになるのかというと絶対そんなことはありません。機械を使うことによって余った雇用、人材が生まれる。では、余った人材は永遠に失業するかというと、やはりそうではなくて、そこで何か知恵が出てきて新しい産業が生まれていくといったことが人類の歴史でずっとあったわけです。生産性を上げていく、もしくはイノベーションを起こしていくという土壌が経済にあれば、あるところで雇用が少なくなって一時期人材が経済に溜まってしまっても、それはどこかで絶対吸収できると思うのですね。吸収できないとすると、それこそ規制の問題だとか、企業の新陳代謝が十分でないとか、そういうところにあると思うのですね。 サービス産業も、まだまだ潜在力があって、最近でも観光などの部分でも伸びてきています。 (白川) そうですね。例えば戸堂先生がおっしゃるような観光など、新しく需要が増えそうなところがあるわけで、そこを伸ばしていくことは多分できると、私も思います。 経済活動を支える基盤について 経済の好循環の確立に向けて ― 第三章にいきたいと思います。第三章では、経済活動、企業活動を支える基盤ということで、大きく三つ、人材、金融、インフラを扱っています。人材については、最初は非正規雇用の人的資本の話、それから二番目はICT人材。これは日本的雇用慣行の中で高度専門人材の処遇がなかなか難しいという話をしています。それから、外国人の高度人材を入れていくという話をしています。その過程でTPPなども有用という話です。 金融関係のところは、これからデフレを脱却する中でリバランシングが重要ということ、それから、当たり前ですけれども成長資金の供給が重要で、機関投資家の役割も重要ということ。非製造業の海外展開の関係で、金融機関の海外進出についても触れています。 最後は社会インフラです。大きく三つ、交通インフラと電力と通信を扱っていますが、人が減り、財政制約がある中で選択と集中を進めていかないといけないとか、民間活力を生かしていかないといけないとか、ICTを使ったアセットマネジメントをしていかないといけないとか、もう一つは、人口減少する中でインフラの整備コストが上がっていきますので、コンパクトシティー化などと併せて都市のあり方も見直していかないといけないというメッセージを込めております。 (戸堂) 結局は、この三つのうちの一つの人材に尽きると思います。やはりグローバル化するにも人材が要りますし、人材がいなければ、それこそ結局は研究開発も外に出ていってしまうことになりますので、本当に人材に尽きると。 人材の何が問題かというと、一つにはグローバル対応になっていないということです。例えばどこが悪いかというと、やはり教育が悪いのだと思います。これは教育機関にいる者として自戒を込めて言うわけですけれども、やはり初等教育、中等教育では暗記中心、もしくは問題解決型の教育中心で、問題を発見する、もしくは研究して発表するという教育がほとんど行われていない。これが一番問題だと思います。あと、グローバル化という意味ではどうしても英語が外せないわけですけれども、英語教育においては、やはり日本の英語教師の質が悪過ぎます。例えば、中学の英語担当の教員で英検準一級以上を取っている人の割合は28%。準一級でもなかなかちゃんと英語をしゃべれないと思うのですけれども、これはちょっとひど過ぎるという状況です。 では大学は問題ないかというと、これも大ありで、企業が求めるような、もしくは経済に資するような人材を教育できていないというのが、やはり非常に大きな問題だと思います。最近よく議論になっていますけれども、私は大学のガバナンスが問題だと思っていまして、教授会の力が非常に強くてトップダウンの改革が行えないわけです。さらには教員の業績評価もほとんどやっていなくて、業績に基づくような給与とか職務の配置がされておりませんし、結果、特に文系の学部においてはほとんど研究も教育もしていないような教員がたくさんいますし、産学連携という意味でも十分でない。ですから、やはり研究、教育、産学連携、こういうものをきちんと評価するような体制を大学がつくっていくことが必要だと思います。それがやはり自戒を込めて人材についての問題点だと思います。 金融とインフラについてはあまり専門ではないですけれども、特にインフラについては、どうしても国土強靱化ということで物的なインフラに重点が置かれています。しかし、ソフトなインフラも同時に重要で、例えば、私が東日本大震災の被災地の企業に対して行った研究によりますと、被災地企業でも、いわゆるサプライチェーンネットワークに組み込まれている企業で、例えば地域内、地域外に多くの取引先を持っている企業の方が、むしろ復旧が早かったということが見られています。震災直後には逆のことが言われていて、サプライチェーンがあったから震災の被害が広がったということが言われていたのですが、実はそういうサプライチェーンネットワークがソフトなパワーを発揮して復旧にも役に立ったということがあります。そういう意味では、人のつながり、企業のつながりといったソフトなインフラも含めて、強靱な国土をつくっていくべきだと思っております。 (白川) まず人材のところですけれども、人手不足がかなり明確になっているので、この議論はやはり避けて通るべきではないと思います。医療でも建設でも、さらに資本投資をしていくことによってある程度人手不足をカバーできるかもしれませんが、ロボットではなかなかできそうもないという感じもしますし、かなり人手が足りなくなっている業種が広がってきていると思います。もう少し人材受入れを対外的に開放していくのであれば、現状を見ていると、本当に専門的なホワイトカラーだけを対象にしているように見えるので、ここはちょっと議論の余地があるのだろうと思います。 それから、投資資金の供給基盤についてはずっと昔から言われていて、公的金融が大き過ぎるのではないかとか、日銀も今どんどん国債を買っていますけれども、民間の金融がまともにリスクをとっている世界がなかなか見えずにここまで来てしまったということで、やはり私のイメージでは、ある程度規制の影響が大きいと思います。どうしてここまで資産構成が国債に偏ってしまったのかということについては、やはりそれはリスクに対するバランスが悪いと思います。民間のプロジェクトのリスクと国債のリスクを比較して、本当に国債はゼロで民間プロジェクトは100なのか、根っこから議論した方がよいのではないかと思います。そうしないと、日本の金融機関はいろいろなリスクをとれない。100の民間プロジェクトへの貸出しをするには、100の資本を置かなければいけないというのと、100持っても資本はゼロでよいという国債では極端に差があるので、この問題はじっくり考えていく必要性があると思います。 それから、インフラはやはり生産性に影響します。一つは、海外の企業などから見たときに、日本の問題点として、先ほど戸堂先生がおっしゃった人材のクオリティー、国際化していないという点が非常に重要だと思います。 私も今、外資系で働いているので、みんな国際性が要求されているのですけれども、そんなに特殊な能力を要求されているわけではないと思います。おそらく日本の労働の質の問題は、国際性がないとか英語力がないとかいうこともそうなのですが、やはり自立だと思います。つまり、若いときからいろいろなことを任されて、自分の判断で自分でやると、できなければ首になるかもしれないというリスクを背負って働くという人材がグローバルに要求されていると思いますが、日本ではそうではなくて、入社してくると誰か教育係がいて、一人前にしてから仕事を与えてというところがあります。ヒューマンリソースマネジメントを考えないといけなくて、単に語学ができればいいかというとそうではないのですね。 ― 英語教育の話は白書にも書いてあるのですが、戸堂先生の言葉でいえば問題発見型の、白川先生の言葉でいえば自立型の人が育っていないという教育システムの問題があるのかと思います。ただ、企業に入ってから育てられるという部分もあるのではないかと思いますが。 (白川) そうですね。ただ、逆に言うと、今の日本はそういう体質がだいぶなくなってきているようで、最近は会社に入っても誰も助けてくれないといいますから、少し考え方が変わっているかもしれません。 (戸堂) でも、本来は、そこの部分を大学がある程度やらなければならなくて、それを全然果たしていないということだと思います。私が言うのは本当に申し訳ないのですが。 (白川) 人材の議論が高度人材に偏ってしまうのはなぜだろうかと思います。サービス業、広義の非製造業の中でもかなり人手不足がはっきりしてきていると思うのですが、それは別に高度人材が足りなくなっているという意味ではありません。最近は飲食店でも人が足りなくなってきているらしいですから。あとは運輸業などで人が足りなくなってきていて、最近、時々若い女性のダンプのドライバーを見ます。それなりに人手不足が深刻になっている可能性があるのだと思いますが、その議論があまりされないですよね。この白書も、比較的高いレベルの高度人材にフォーカスされています。それはそれで大事なのですが、実はもう少し深刻に供給サイドで議論しなければいけないところとして、スキルセット的にも中度の人材がかなり足りなくなってくる可能性があります。 ― 確かに全員が高度人材になれるわけでもありませんし、全員が高度人材で世の中が成り立っているわけでもないので、ミドルエンドの人材が活躍できる場のようなものが必要ということでしょうか。 (戸堂) 高度人材の定義にもよると思うのですが、高度人材というのは必ずしも大学院を出てというイメージではなくて、トラックのドライバーでも、改善活動などで生産性を上げられるような人を含めての話です。例えばイノベーションという言葉も、本当は改善というようなことを含んでいる言葉なのですが、そういうのと同じで、あまり高度人材という言葉自体がよくないのかもしれません。 (白川) 多分印象論の問題が大きいのかと思いますけれども、例えば外国人の方の在留資格の緩和の議論も、Ph.D.で何とかでとなっていますが、それだけではないと思います。 ― いろいろと御指摘をいただきましたので、内閣府としても分析を深めていきたいと思います。どうもありがとうございました。 (本インタビューは、平成25年7月26日(金)に行いました。) 経済の好循環の確立に向けて (注)平成25年度年次経済財政報告は以下のページからご覧いただけます。 http://www5.cao.go.jp/keizai3/whitepaper.html 強い経済を取り戻す−政策運営に求められる「戦略」
伊藤 元重 経済財政諮問会議議員、東京大学教授、総合研究開発機構理事長 聞き手:内閣府大臣官房審議官(経済社会システム担当) 豊田 欣吾 安倍内閣の経済財政政策と経済財政諮問会議の役割 ― 今日はお時間をいただきまして、どうもありがとうございます。 昨年12月に安倍政権が発足いたしました。それに伴いまして経済財政諮問会議も今年の1月から再起動ということになりました。伊藤教授には民間議員にご就任いただいております。その関係で、まず最初にお話をお聞きしたいのは、経済財政政策の立案のためのの司令塔たる経済財政諮問会議、これがどういう機能を果たしていくべきか、それと諮問会議という合議体の中で民間議員の方々はどういう役割を果たしていくべきかという点です。まずは、そうした点についてお伺いできればと思っております。 (伊藤) これは私見ですが、全ての経済政策はマクロ政策運営、経済財政運営につながるのだろうと思います。具体的にいくつか例を申しますと、例えば社会保障の問題点、日本においては非常に大きなテーマです。個別の医療・年金・介護の政策ももちろん非常に大事ですが、どういうふうに限られた資金あるいは資産の中でそれらを運営していくのかということを考えなければいけないだろうと思います。あるいは雇用の問題、特に雇用というのは非常に人間が絡むものですから、若者あるいは女性、あるいはシニア、あるいは現役の中堅の方、それぞれ違う課題・問題を抱えているわけです。それについてどういう対応をするかということは、もちろんミクロのレベルでも大切ですが、やはり経済全体として日本の雇用あるいは人的資源といったものをどっちの方向に持っていったらいいだろうかというビジョンが必要だろうと思います。これは一例を申し上げました。 こうしたとき、日本に限らず世界でもそうだと思いますが、経済政策全体を議論する場が必要で、日本の場合には経済財政諮問会議の重要な役割はおそらくそこにあるのだろうと思います。ですから主要経済閣僚あるいは中央銀行総裁が常時総理の下に出席されて開催されるということは非常に意味があると思います。これはそこで何かを決めるということだけでなく、そこでどういう大きな議論がされているかを社会全体に発信する、この社会全体への発信というのはもちろん一般の社会あるいはマスコミだけでなく霞が関そのものにも、各個別の案件を扱っていらっしゃるところにもそういう発信をするという意味でも重要だと思います。 そういう中で、民間議員の役割はいろいろな議論があると思います。いわゆるクローズコミュニティといいますか、特定の政治家の方々あるいは役所の方だけで議論をやるというのでなくて、やはり民間の声を入れることは大事だと思います。 いくつかの民間の声の中にも意味があって、1つはエキスパートといいますか、実際に経済政策あるいは個別の産業分野について議論するとき、そういうことをずっと中立的な立場で見てきたアカデミアあるいはエコノミストの声を集めることは非常に大事だと思います。それから、産業人、経済人といった方、実際の現場で経済を見ている経済界の方に入っていただくことは非常に大事だと思います。我々民間議員の役割というのは、外の声あるいは中立的な視点からの声によって、ときには政策の中枢におられる方に対して少し厳しい意見を申し上げる局面があるかもしれませんが、そういうことも含めて中立的な視点から議論をさせていただくことがおそらく一番重要だろうと思います。 総理あるいは財務大臣あるいはその他の大臣の方々にとっても生でそういう声を聞いていただくことは非常に大事だと思います。もちろんいろいろなところでいろいろな方々から現場の声を聞いていらっしゃると思いますが、定点観測というと変な言い方ですが、同じ人たちから継続的に話を聞くことも重要なことなのかなと思います。 伊藤 元重 そういう意味で経済財政諮問会議のような指導的なものというのは、海外でも似たような組織があるところはあると思いますが、非常に大事だと思います。 ― 経済財政諮問会議の機能、その中における民間議員の役割をお話しいただきました。そうした民間議員としてのお立場あるいは民間議員を離れて東大教授という有識者としてのお立場ということでもよろしいのですが、安倍内閣で今大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という3本の矢を一体的に実行していくことで強い経済を取り戻すということを最大の使命に掲げています。安倍内閣の政策への期待等を背景といたしまして、現下におきましては為替レートが円安傾向で推移し、株高が進んでいるということだろうと思います。現在、こうした動きを受けて家計や企業のマインドの改善が続き、消費や生産などの実体経済に好影響が及びつつあると思いますが、これまでの政策運営の評価、それと3本の矢について、今後どういうふうに展開していくべきか、お考えをお聞かせいただければと思います。 (伊藤) 今の安倍内閣の強い経済を取り戻すということには、失われた10年あるいは失われた20年とよく言われますが、日本はバブル崩壊後ずっと経済が混乱して低迷してきたというときにいろいろ見えてきた大きな課題をどうやって解決していくかという面が一つありますが、それに加え、もう1つ、失われた3年半という側面があります。 リーマン・ショック後、ご案内のように日本だけ為替が独歩高で、これに産業界は苦しんできた。それ以外の原因もあるかもしれませんが、株価で見ますと日本とアメリカとドイツという主要先進国の株価インデックスは1998年ぐらいから2007年、8年ぐらいまでは相当緊密な連関を持っていました。リーマン・ショックでこの3つの株は全部下がったのですが、その後の回復過程では、アメリカとドイツの株価は非常に強い相関を持ってきましたが、日本だけ独り非常に低迷しているという状態でした。この背景に何があったかということについては、これは歴史の研究に委ねるしかないのかもしれません。いろいろ仮説はあって、いろいろな議論があると思います。 伊藤 元重 安倍政権の政策にはこの2つの失われた問題からの回復というダブルの意味があります。当面、3本の矢、特に金融緩和、機動的な財政政策も含め、おそらく失われた3年半を取り戻す過程にあるのだろうと思います。デフレ脱却ということもその中に含まれる部分はあると思います。これはかなりうまくいってきている。しかし、それをうまく梃子にして、その失われた10年あるいは失われた20年というところをどうやって変えていくのかということが重要になってくると思います。 もう少し申し上げますと、失われた10年、20年というのは日本にとって非常につらい時期ではありましたが、悪いことばかりではない。悪いことばかりではないという言い方はちょっとオーバーですが、何が起こったかというと、この間に例のバブルが崩壊した後、家計部門も企業部門も、それから金融セクターも必死になってバランスシート調整をしたわけです。ですから、今欧州やアメリカが苦しんでいるような過剰債務だとか、あるいは住宅のほうに非常に負債が多いとか、あるいは金融機関のレバレッジが非常に高いというような状況はある意味でこの10年、20年に非常に解消したわけです。家計も企業も潤沢に貯蓄資金を持っていますし、金融機関もレバレッジが非常に下がってきている。 残念なのは、その過程で政府部門の債務がどんどん増えていったということです。バランスシート調整ということで言うと、企業と家計と金融セクターは非常に順調に、10年、20年と着実にバランスシート調整した一方、それを政府がかぶってきたということです。 そこからの課題としては、1つは民間部門については非常に大きなチャンスかもしれないということ。ある経営者が言っていましたが、お金はたくさんある、今ないのは、それを積極的に投資に回そうとする企業、あるいはそれを自分の生活のために有効に使おうという前向きな家計の行動が非常に欠けているのではないかということです。したがって、成長戦略として、ないものではなく、実際あるお金を引き出していくということが非常に重要になってくるのだろうと思います。 他方、今度は政府のバランスシートが非常に重くなってきたわけです。公的債務も非常に増えてきてしまい、これは今非常に大きなリスクファクターになっています。ここを常に見ながら経済活性化をしなければいけないということが今の政権の大きなテーマであるわけです。そこのところをこれからどういうふうにしっかり処理していくのかということが重要なのかなと思います。 ― 先生が今触れられましたけれども、我が国の足下の例えば部門別のISバランスを見てみますと、企業部門あるいは家計部門、家計部門は従前からそうですがかなりの黒字、その一方で財政、一般政府部門は相当程度の赤字となっています。 (伊藤) そうですね。 ― 一般政府の赤字をそれ以外の部門が手当している、こういう構図になっているわけです。そういった足下のISバランスなども念頭に置きつつ政策展開をしていく、こういうことが極めて重要だということですね。 (伊藤) そうですね。経済学者がよく言いますが、こういうときは金融緩和が非常に有効であると。ですから安倍総理が金融緩和を非常に強く打ち出すよりはるか前から、いわゆる学者の世界では比較的より大胆な金融緩和をしたほうがいいのではないかという議論が多かったのです。 今、非常に面白いことが起こっています。今おっしゃったように家計部門も企業部門も非常に縮こまってしまった。家計は預貯金にみんなお金を注ぎ込んだ。企業部門は要するにリストラや雇用抑制を進めながら、あまり新規投資はしてこなかった。これは、デフレ的な世界で見ると全体合理性にはなっていませんが、部分合理的というか、個々の経済主体の合理的な行動の結果ではあるわけです。 ですから、そういうものを打破するという目で見ると、今日本銀行がやっている金融政策というのはある意味では有効なのだろうと思います。物価が1%に下がっていて金利がゼロのときに、あるいは株価も当然低迷しているとき、なかなか消費者に預貯金以外のものにお金を回しなさいと言っても難しいのですが、物価が2%で、しかし預金金利は相変わらずゼロに近づいている、比較的不動産価格が動き始めていると、これはやはり預貯金でずっと持っていたら目減りするなと考えるわけです。 ですから、そういう意味でこの先、安倍政権で重要なのは金融市場、例えば為替市場とか、国債市場とか、一部株式市場とか、すでに動きだしている金融をより広い金融の世界の活動に広げていくことができるか。例えば家計部門がもうちょっと自分の資産運用をリスクを見ながらも多様化していくとか、あるいは企業がより積極的に、ただお金を持っていてもしょうがないわけですから投資をしていくかどうか、あるいは金融機関も日本銀行がこれだけたくさん国債を買ってしまうと、国債利回りが低いものですから国債に投資するという時代でもなかなかなくなってくるとすると、そのお金をどうやってリスクのある例えばファンドに出すとか、あるいはいろいろな新しい取組みをするか、ベンチャーに投資するということを考えていくということになるといったことです。実はまだ失われた3年半からの脱却ということの持っているポテンシャルは発現しきっていないわけですが、ここはかなり重要で、ここをどうやって広げていくか。そうなってくると中央銀行の政策を超えて、成長戦略や政府の政策にも関わってくると思います。 財政健全化について ― 経済財政諮問会議において財政健全化の議論が本格的に始動しております。アベノミクスを成功させるためにも中長期的な財政健全化の取組みが必要不可欠だろうということだと思いますし、これから諮問会議において健全化に関する議論が各論も含めてますます本格化していくわけですが、財政健全化についての基本的な考え方、経済財政政策全体の中での位置付け、そういったところをお話しいただければと思います。 (伊藤) そうですね。財政健全化の問題には特に重要な問題が2つあります。1つは今既にある1,000兆円を超える債務をどうするか。債務があることそのものが爆弾を抱えているような状況ですから、その爆弾を爆発させない中でどうやって処理するかという問題。それからもう1つは、これから少子高齢化がどんどん進んでいく中で、今の制度をそのまま維持していきますと、これはもう雪だるま式に、特に医療・介護が大きいと思いますが、年金も含めて社会保障費が膨れ上がっていくわけです。それをどうやって我々が現実として受け止めなければいけない高齢化のスピードと合った形に直していくのかというこの2つがあると思います。 その際、政策運営も、極めて戦略的で、しかも相当いろいろな手を打っていかなければいけないのだろうと思います。したがって、財政健全化の政策を具体的にやるときも何がポイントになるかというと、今何をやるのか、あるいはこれから1年、2年の間に何をするのか、5年先までにどういうことができるのか、あるいは10年、15年、20年後を見たときに何をすべきなのかということを常に同時に考えていきながらやっていかなければいけない。 しかも大事なことは、それを何か外から隔絶されたクローズドな中でひそひそ議論して突然やろうと思っても、国民が納得するわけがないわけです。やはり国民、あるいは政策担当者など、いろいろな利害関係者との議論をしっかりやって、いろいろな改革の気持ちを醸成させていかなければいけない。そういう非常に複雑な作業だろうと思います。 どこかにも書きましたが、財政健全化や、後でもう少し詳しくお話しするかもしれませんが、社会保障制度の改革もやはり「戦術」ではだめなんですね。「戦略」でなければいけないと思います。目の前にある問題にとにかく対応しなければいけない。それから打てる手を打つというのが「戦術」です。残念ながらどうしても財政運営、社会保障政策というのはそういう面があるのだと思います。政治の現実ですから、いくら学者がすばらしいアイデアを出しても、現実はそうは言っても難しいという話があるわけです。しかし、「戦術」だけでやった結果が今のこの状況であるとすると、「戦略」が非常に重要になってくると思います。 軍隊にたとえてみれば、今何ができるかという話だけではなく、この先いろいろな可能性があったとき、例えば敵が陣容を倍増してきた、あるいは突然何かいろいろな変化が起こったなど、そういうことをいろいろ考えながら、2の矢、3の矢、4の矢、5の矢あるいは10の矢と、ひょっとしたらすぐには打つことができないかもしれない、非常に準備にかかるものかもしれませんが、そういうことをしっかりしていって、そういうものがあるのだよということをマーケットにしっかり知らしめるということが重要なのかなと思います。 具体的には今まさに議論が始まっているわけですが、当面まずやらなければいけないのは、これから2年だろうと思います。これからの2年間の日本のマクロ経済政策運営というのはかなり特殊な時期だろうと思います。というのは、デフレから2年で2%まで物価上昇率を持っていく、それを今目標に日本銀行は政策を実施しているわけです。これだけでも大変なトランジション、移行期です。消費税も来年8%、再来年10%と2年で5%水準から10%水準に上げるというふうに予定されています。それから、財政運営でいうと2015年、これも2年後までにプライマリーバランスで見たときの赤字をGDP比で半減させるという、非常にアンビシャスな目標を出しているわけです。これを同時にどうやって達成するかということが当面の財政政策の一番重要なポイントで、これは政治とも非常に関わりがあるわけですから、これから重要なポイントになるだろうと思います。また、ただ「やります」というだけではマーケットは当然信じないわけですから、それをどういう形でやるのかということをしっかり出していくというのが重要なポイントになるだろうと思います。 もう1つ同時に申し上げたいのは、非常に膨れ上がった債務をどういう形で、いわば膨れ上がり続けるものを止めるか、その先は今度は少し縮小させていくかということが重要で、これは社会保障制度に関わる話ですが、ここで非常に大事なのはマーケットだと思います。日銀の金融政策が明らかにしたのは、やはり期待に働きかけることでマーケットは動くということですが、マーケットに対して期待に働きかければ働きかけるほど、マーケットはじゃあ次は何なのということを当然考えるわけです。しかし、次は誰が考えても財政です。 伊藤 元重 例えば日本銀行が大量の長期国債を買った。これ自身は金融政策です。金融政策というのは要するに市場にあるアセットを別のアセットに置き換えるという行為、この場合でいうと国債という資産を日本銀行が吸収して、その分だけ日銀のいわゆる預金残高が積み上がることになります。ただ、そういう行動があるから安心して政府が借金をどんどん垂れ流すということになってきますと、これはいわゆる財政の中央銀行によるファイナンスと言われても仕方がないし、見られても仕方がない。したがって中央銀行がいう大胆な金融緩和策で長期の国債を買えば買うほど、これから日本の政府は財政健全化のためにどれだけ強い意思を持ってやるか、簡単にいうと赤字を垂れ流さないような方向に急速に動いていくかということが試されるわけです。そこは常にマーケットとの対話が必要だろうと思います。 ただし、問題はそれだけではなく、それはあくまでも足下の赤字の問題です。その先には、どう考えてもこれを放っておくと膨れ上がってしまうような社会保障費のようなものをどうやってうまくコントロールするかという問題がある。社会保障費を減らすだけがコントロールではないですし、また更に増税ということがオプションとしてはあり得ると思いますが、それも含めて日本はどうやっていくかということをきちっと考えていくことが重要だと思います。 ― 財政健全化に関しまして各論を含めて、とりわけ社会保障についていろいろお話、ご示唆をいただきました。社会保障について具体的な解決の方向性、もし付け加えるべき点がございましたら、お願いいたします。 (伊藤) 社会保障の中身の詳しい話については、例えばいわゆる高齢者だけではなく、育児支援とか少子化対策など、現役世代への支援をもっとやっていくという議論があって、それはそれですごく大事だと思っていますが、今日は財政健全化という観点からだけ一言申し上げます。先ほど申し上げたいわゆる社会保障改革には「戦略」が必要であるということをもう少し具体的にお話しさせていただきたいと思います。 伊藤 元重 例えば年金に関して見ると、ご案内のようにマクロ経済スライドを導入することによって、それなりに年金給付の伸び率を抑えることができるかもしれない。それでも給付は増え続けるかもしれませんが、既にそういう制度は導入しているわけです。ただ、今後本当に高齢化がどんどん進んでいったとき、それだけで大丈夫かどうかということについていろいろ不安があります。 また、年金だけで言うと、いわゆる国庫支出とは別に年金基金等の問題もあるわけです。そうすると場合によっては、これでうまくいかなかったら、その先に例えば年金の支給開始年齢を今の65から67に引き上げるということも考えなければいけないステージにくるかもしれない。既に欧州などはそういう方向にコミットメントしているわけです。もし、そういうことがあると、やるかやらないかはこれからの話だと思いますけれども、支給開始年齢の話は突然やっても無理だとすると、今からそういう議論をやはり始めておくべきだろうと思います。 医療はもっとこうした話があります。医療費を抑えるためにどうしたらいいのかということを考えて表を作ると、すぐにできるかもしれない改革から、成果が出るのに時間がかかるかもしれない改革、あるいは本当にそれをやることがいいのかどうかということを国民皆で議論して、その上で考えなければいけない改革など、いろいろなものがあります。「戦術」はたくさんあります。それを「戦略」としてどう組むかということだろうと思います。 今議論されていることは、例えば70歳から74歳まででしたか、75になる直前までの医療の自己負担が本則では2割ということになっていますが、今1割という暫定的な措置を取っているものを本則の2割に上げるとか、あるいは、医薬品などでジェネリックをもっと使ってもらえればいいのですが実際そうなっていないということで、一部の成功した市町村もありますから、ジェネリックをもっと使って医薬費の節約をしますとかいうことがあると思います。こういうことは比較的近い将来できそうな改革だと思います。もちろん、それでも論争はあるのかもしれませんけれども。 しかし、医療を本当にイシューとするとなると、その先がなければいけないわけです。例えば大きなイシューになった話としては、医療供給体制の改革があります。これはやれば相当成果が出るのだろうけれども、まず決めるまでに時間がかかるだろうし、それからやって成果が出るまでに相当時間がかかるだろうということです。内容を簡単に言うと、これから高齢化が進んでいくわけですから、急性期の非常に緊急性を要する、いわゆる金がかかるベッド、高度な部分をもう少し縮小して、しかし、その分慢性期とか高齢者医療のためのいわゆる病院病床にシフトしていくという考え方があります。少し極端な言い方かもしれませんが、10万円かかるベッドから、ベットというのは治療費のことですが、例えば2万円、3万円あるいは1万円になるようにしていくことによって現実の高齢化という需要と供給が合うわけです。これをやればうまくいくということは世界の例でよく分かるわけです。スウェーデンのような国は、病院が全部公営病院ですから、県が命令すればこういう病院にできるわけです。日本は民間病院も含めてやっているわけですから、その改革をするというのはそう簡単ではないです。しかし、そういうことはすぐに今からでも議論を始めて、どうすれば少しでも現実に合った形でコストが低い医療供給体制になるか考える必要があります。 ITの活用などもそうですね。ITを使って、例えばカルテの電子化その他諸々でいろいろなことをやれば、誰が考えてもコストは相当節約できるということが分かるわけです。しかし、これもやはり成果が出るまでに時間がかかるし、あるいはそれをやるためにいろいろな社会的なコンセンサスを得ていかなければいけない。こういうタイプのものを今から議論を始める。実際、1つずつ手を打っていく必要がある。 更にその先には本質的に日本の医療費を根本的に変えるかもしれないという大きなイシューがあるわけです。例えばみとり医療をどう考えるか。これは非常に大きい問題です。 2つ目は、医療のアクセスです。日本は今フリーアクセス、誰でもどの病院にも行けますが、世界の常識は医療のクオリティを維持し、医療のコストを高くしないためにあえてアクセスを制限して、つまりいわゆるかかりつけ医に行かなければ専門病院に行けませんよと、アクセスを制限しています。これをやろうとすると当然いろいろな反論があるのだろうと思いますが、ものすごく強力な武器です。 3つ目には、これも非常に難しい問題ですが、死んだときに死亡時消費税みたいなものをいただいて、いただいたものを防衛費の2.5倍とも言われている高齢者医療に振り分けていくという考え方もあります。これは一種の増税ですね。 それからシンガポールのメディカルセービングアカウント、つまり実際に現役世代のときに所得に応じて天引きしてしまうというのもあります。天引きは5%なのか1%なのか0.5%なのかわかりませんが、天引きしたものはその人のアカウントに入れて、その人の将来の医療費に使ってもらおうという話等、ほかにもたくさん例があります。 こういう例は学者の世界ではいくらでもアイデアがありますが、実際にやろうとしたら、これはものすごく大きな議論をしなければならない。しかし、これだけの高齢化が進んでくると、そういうところまで議論をしていかなければいけないかもしれない。もちろんそれと並行して、そこまで大胆な改革は困るので消費税15%を我慢するとか、あるいは消費税20%まで我慢するという議論になるかもしれない。 もちろん今、議論の中身をテーブルの上に全部乗せる必要は全くないと思いますが、そういう非常に長期の闘いであるということを一部の専門家だけでなく、国民全体がしっかり認識するということが社会保障改革では非常に重要かなと思います。別に経済財政諮問会議でそれを全部議論するというのではなくて、1人の学者として思うことは、やはり財政健全化も社会保障改革も「戦略」がないとなかなか難しいのかなという気がしました。 ― ありがとうございました。伊藤先生がおっしゃられた戦略的に物事を考えていくという点が非常に重要ということだと思います。 人的資源の活用について ― 冒頭、先生がおっしゃられましたけれども、社会保障制度も雇用もマクロの中で位置付ける、それが諮問会議として非常に重要な役割の1つだということだったと思います。近年、我が国においては非正規化が進行し、マクロ的に見て特に若者の人的資源の形成・活用というものが必ずしも十分でないのではないか、こういう問題意識がかなり大きくなってきていると思います。そういった問題を克服するために、先般、伊藤先生に主査を務めていただいている有識者会議のワーキンググループ3の下に、清家篤慶応義塾長をヘッドとした専門チーム(注)が発足し、集中的にご議論いただき、4月上旬に報告書を出していただきました。その報告書の内容も含め、人的資源の活用ということでどのようなお考えをお持ちか、お聞かせいただければありがたいと思います。 (伊藤) この清家先生が座長をされた研究会の報告書は非常に中身が濃いものですから、なかなか一言でまとめるのは難しいのですが、是非皆さんにも読んでいただきたいと思います。いくつか大きなポイントがあります。まず、特に経済財政諮問会議というような立場で申し上げると、やはり人の問題というのが経済を考えるとき常に中心にないといけないということです。金融を活性化させたり、投資を増やすなどももちろん大事ですけれども、やはり最後にそういうものが人材にどうかかってくるかというところをしっかりやっていかないと経済はなかなか活力を生まない。そういう意味で、今日本の人材がどういう問題を抱えているかということをかなり丁寧に現象だけでなくてその背景、あるいは変化すべき方向性まで整理されたという意味で非常にいいレポートだと思います。 2つ目に、このレポートの背景にある考え方でもあるのだろうと思いますが、やはり戦後うまく機能してきた制度が制度疲労を起こしているということです。あまり単純化して言うのは好ましくないのでしょうけれども、学校を出たら一括採用され、会社の中でかなり手厚いスキルのトレーニングが行われ、それがキャリアにつながって、それは単に仕事とか収入の場だけでなく、結婚して子供ができれば家族というものにもつながって、というサイクルで回ってきていましたが、いろいろな理由でそれがうまく回らなくなってきた。 例えば人口が縮小して少子高齢化になったということもあります。あるいはいわゆる日本型というものが優れていたと言われているキャッチアップ型の経済からフロンティアで勝負しなければいけなくなってしまったということもあるし、産業の変動が激しいことから、1つの仕事でずっと一生同じ会社で勤め上げるということを、仮に望んだとしても産業競争がそれを許さなくなっているという面もある。いろいろな要因があります。 ただ、難しいのは、制度というのは慣性のようなものがありますから、何か変えようと思ってそう簡単に変えられない。例えば教育制度を変えても雇用制度が変わらないと変わらない、あるいは雇用制度を変えようと思うと家族制度が変わらないと変わらない、あるいは家族制度を変えようと思っても、人々の認識が変わらないと変わらない、税制が変わらないと変わらない、といったことで、まさに今日本は苦しんでいるのだろうと思います。ですから大枠のところでいろいろな制度改革をすることも大事ですが、他方でどういう人的活用あるいは雇用制度が望ましいのかということを考えて、改革の突破口、改革のためのツボみたいなものを考えるということで、こういう視点は非常に重要だろうと思います。 3つ目は、雇用政策と人材育成政策は、ペアできちっとどうやっていくかということが非常に重要ということです。確かに今、失業者がいたり、あるいは非常に低い賃金で苦しんでいる人がいれば、それを何とかしてあげたいということがある。ともすると、雇用政策に力点が置かれがちです。ただ、雇用政策というのはあくまでも「戦術」であり、あるいは対症療法に近い面がどうしてもあります。ですから、やはり人材のスキルアップあるいは人材育成政策みたいなものが同時にあって、その雇用政策と人材育成政策がペアできちっとどうやっていくかということが非常に重要ということだと思います。 報告書の具体的中身は、報告書を見ていただきたいのですが、私はそれを見て、パッとイメージがわいたのはトルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭のところで、「幸せな家族はどれも皆同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」ということです。例えば若者の雇用の問題、例えば子育てで大変な方、なかなか女性で職場に復帰できない方、あるいは若いとき会社で頑張ったけれども、40歳ぐらいでちょっと誘われ、しかし転職もできないで悩んでいる人、それからまだ60で元気だけれども、いつまで会社にいれるかどうか分からないで次の仕事を考えている人。これらの方の抱える問題は、おそらく皆違いますし、そういう意味で多様な対応が求められている。逆に言うとそういう多様な対応がうまくいけば、結果として多元的、多様な働き方を社会が容認することにより、より高い社会的価値が生まれるということ、そこら辺のところを、私が言うと薄っぺらになってしまいますが、清家先生の研究会レポートの中では非常にうまく書いていると思います。 ― どうもありがとうございました。 おわりに〜分析に基づく政策形成の重要性と政府、大学、シンクタンクの役割 ― それでは、最後の質問となりますが、伊藤先生はNIRA(総合研究開発機構)の理事長というお立場でもございます。分析に基づく政策形成、証拠に基づく政策形成ということについて、政策形成をする際に政府・大学あるいは民間シンクタンクとの間でどのような関係を構築することが望ましいか、お考えをお聞かせいただけばありがたいと思います。 (伊藤) 大学とシンクタンクの関係は私は結構クリアだと思います。大学というのは基本は研究機関です。よく学生に言いますが、私は東京大学の経済学部にずっといて、研究室がありますね。周りの部屋の先生、仲のいい先生とはお酒を飲んだりするわけですけれども、学問的な話はあまりしない。というのは、例えば私の隣に最近までマーケティングの先生がいましたが、マーケティングの先生と国際経済学の先生はあまり学問的な話はしない。向かいには経済史の先生がいまして、この人はもちろん我々とよく議論しますが、そうは言っても江戸時代あるいは大正時代の日本の産業と今の問題は直接関係するということはない。若い頃、国際経済の仕事をやっていて誰と議論するかというと、例えばハーバード大学の私の恩師だとか、あるいはコロンビア大学の先生だとか、あるいは日本でもほかの大学の先生とか、大学というのはそういう意味では専門性が強い組織です。もちろんそういう中で政策的な議論はできますが。 シンクタンクの役割はちょうどその逆です。問題、あるいは問題設定がまずあって、それに対してどうやって知見を集めていろいろなものを出していくかということになります。もちろんエビデンスに基づいたものであればあるほどいいわけです。したがって大学とシンクタンク、あるいは研究組織とシンクタンクの関係というのはある意味ではかなりクリアで、要するにシンクタンクから見たら、いかにそういう知見を世界中から、世間から引っ張ってくるか、シンクタンクとしては彼らの力を借りながら分かりやすい形でいろいろなところに発信していくか、ということになります。残念ながら日本はこれまでそういうシンクタンクが非常に少なかったわけですから、そういう活動がもう少し日本で活性化すればいいかなと思います。 この点、こういう「場」があるということは非常に重要です。例えばNIRAで今、震災復興のインデックスのプロジェクトをやっています。そうするとそこに災害からの復興についていろいろな研究をしている学者が集まるだけではなく、例えば岩手県、宮城県の役所の方も来てくれる、あるいは、例えば復興庁の方などもシンポジウムに来てくれるという形で、そこに「場」があるとそこにいろいろな立場の人が集まって議論しやすいということで、シンクタンクはそういう役割ができればいいかなと思います。 政府との関係ですが、我々として非常に期待しているのは、政府で実際に政策をやっていらっしゃる方が個人の立場でこういうところでどんどん発言していただいたり、あるいは議論に関わっていただければいいなと思います。実際に今少しそういう動きが出始めています。例えば我々はまちなかの医療や、医療や健康をベースとした地域、まちの再生をテーマとしたプロジェクトをやっているわけです。その際、厚労省のこういう問題に見識のある方などが議論に参加してくれます。それは結果論に過ぎないのかもしれませんが、そういう中で議論したことが実際に政策の中にも少し見え始めてきている。あるいは先ほど申し上げた復興のところでは復興庁あるいは震災の被災地の自治体の方々なども参加してくれる。今後もそういうことができればいいなと思います。 伊藤 元重 これまでそもそも霞が関が日本最高のシンクタンクであって、したがってその中で完結してしまったのですが、ただ政策問題がだんだん1つの省の中でカバーできなくなって、縦割りではうまくいかなくなったということがあります。 それから、これまで以上に発信ということが非常に重要になってきているということでは政府の中で非常にうまく連携できればいいなと思っています。ここのスタッフの中でも霞が関で仕事をした方々、辞めてこっちに来るという方も今出始めています。そういった方は過去に政府の中でいろいろな経験をしているので、普通の民間のシンクタンクとは少し違った経験を積んでいます。そういう意味ではいろいろな形で政府、大学、民間シンクタンク、場合によってはそれに産業界も含めて交流があればいいし、シンクタンクとしてはそういう「場」を提供できればいいなと思っています。 ― 本日は広汎、多岐にわたるテーマについて貴重なお話を伺いました。どうもありがとうございました。 (本インタビューは、平成25年4月24日(水)に行いました。) (注)経済社会構造に関する有識者会議・日本経済の実態と政策の在り方に関するワーキング・グループ・成長のための人的資源活用検討専門チーム http://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/k-s-kouzou/shiryou/jintekisigenshiryou.html |