03. 2013年8月27日 01:34:50
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【第8回】 2013年8月27日 吉田典史 [ジャーナリスト] パワハラと長時間労働の魔窟で死を選んだ社員たち 遺族に寄り添う弁護士が説く「心を壊す職場」の罠 職場で悶える会社員らの話は、連載第2回、第3回、第5回で取り上げた。今回は、そのような社員たちから相談を受ける弁護士を紹介したい。自死遺族支援弁護団の和泉貴士(八王子合同法律事務所)さんである。 和泉さんは、自らの母親を自死(自殺)で亡くしたこともあり、自死を始め過労死、パワハラ、いじめなどの解決に向けて積極的に取り組んでいる。 これまでも指摘したように、ブラック企業の職場には社員を精神的に悶えさせる構造がある。社員が過大な業務や成果を要求され、競争が激化している職場環境を、「グローバル化の時代だから仕方ない」などという理屈で覆い隠すことには無理がある。その構造的な問題の真相に迫りたい。 取材の模様をより正確に伝えるため、今回も筆者と和泉弁護士とのインタビュー形式でお伝えする。 会社員はなぜ自ら死を選ぶのか――。 自死遺族に寄り添う人権派弁護士の証言 弁護士の和泉貴士さん。八王子合同法律事務所にて 筆者 日本の職場では、上司などとの距離の取り方が上手く、要領のいい社員が浮かばれ、コミュニケーションなどが不器用な社員は潰れていく傾向があるように思います。中には精神疾患になり、死を選ぶ会社員もいると聞きます。
和泉 「正直者がバカを見る」という構図は、確かにあるように思う。私がここ数年の間に受けた相談について言えば、月の残業時間が160〜200時間になっていた社員(正社員)が数人いた。 彼らの多くは、メーカーやIT系企業で働いていた。20代もいれば、50代もいた。いずれも遺族からの相談だった。本人たちは超長時間労働などの影響で精神疾患になり、死を選んでいた。 取材は、八王子市の中心部にある事務所で行われた 特に、超長時間労働とパワハラなどが重なる(@)ケースでは、労働者の側はどうすることもできない。何かの歯止めをかけないと、事態は深刻になる。
筆者 彼らはなぜ、死を選ぶのでしょうか……。 和泉 遺族から死の直前の言動などを聞くと、精神疾患の症状が現れていた可能性が高い。精神医学の世界においても、自殺者の死亡直前の精神状態の解明が進みつつある。自殺者の9割以上が、何らかの精神疾患に罹患し、正常な判断能力が欠けた状態で自殺行動に出るという理解が有力になりつつある。 相談を受けた人たちについても、死を選ぶときには精神に支障をきたし、心理的視野狭窄になり、広い視野で冷静に考えることができなくなっていた可能性が高い。 いずれの人もまじめな性格で、仕事に対して責任感が強かった。たとえば20代の人のケースでは、本人は仕事が好きで仕方がなかった。優秀だから、上司などから担当外の仕事もあてがわれ、労働時間は増え続けた。 仕事ができる人ほど狙い撃ちされる! 貴重な戦力を潰す「柔軟な職務構造」 筆者 「柔軟な職務構造」(連載第1回で紹介)のもとでは、仕事ができる人はなぜか次々と仕事が増えていく傾向があります。そこに明確なルールもなければ、歯止めもない。上司らには、他の社員との分量を公平にするという意識も乏しいように思えます。 和泉 彼は仕事の量が多くとも、それをこなした。しかし、上司との関係がもつれ、ギアが噛み合わなくなると、それまでの負荷が一気に疲れとなって現れる。(A)責任感が強いから、それを抜け出そうとするが、なかなかできない。それで一層、精神に滅入ってしまったのかもしれない。 筆者 「柔軟な職務構造」のもとでは、抜け出そうとするほどに、それができなくなりますね。私の観察では、プロ意識を持ち仕事にのめり込むタイプは、「柔軟な職務構造」ではいいように使われ、磨滅していくことが多いように見えます。その一方、中途半端なプロ意識で職場の空気を察知し、うまく立ち回る人が得をする。 和泉 相談を受けている限りでは、そのような傾向があると思う。特に最近は、正社員の数が減っている。これが「柔軟であること」に拍車をかける。(B)あらゆることに対応せざるを得ない。 たとえば、前述の事例の中には、メーカーに勤務する50代の男性管理職がいた。役員らの指示で、ある大きなプロジェクトを任された。社員の数が少ない上に、男性は部下のことを思い、残業を減らそうとして、自らが大量に仕事を抱え込んだ。(C)責任感が強い人だった。疲れが蓄積し、精神疾患となり、死を選んでしまった。しかも、労働時間を会社には過小報告していた。 まじめで誠実に仕事に取り組む人が、心身に支障をきたし、死に至ることを知ると、ある意味でものすごく損をしているように見えるときがある。本人にとっても会社にとっても、社会にとっても……。それが、「1人の死」ということだけで片づけられることは、好ましくない。 責任感が強いと「待ってました」と ばかりに超長時間労働が課せられる 筆者 精神疾患になる人を観察していると、職場の実情をよく見抜いています。責任感が強いから、何とか貢献をしようとする。だけど、それが裏目に出ることがある。上司などから、「待ってました!」といわんばかりに利用される。ずるがしこく身を守ることができない。 和泉 会社は規模が大きくなると、コミュニケーション不全になりやすい。こういう死を選んでしまった人たちが、その不全の部分を懸命にカバーしていたのではないかと思える。本来は、誰がやりたがらない仕事に献身的に取り組み、職場にとって貴重な人たちであるはずだが、そういう人達がむしろ使い捨てられているように見えるときもある。 筆者 遺族から相談を受けるときに、感じることは? 和泉 私自身が遺族だから、自死で家族を失った人の思いは、ある程度はわかるつもりだ。遺族の心理や家庭の状況は察しがつく。私は母の死をきっかけに知り合った人たちとのつながりの中で、「苦しんでいるのは自分だけではない」と感じた。今も遺族から相談を受けると、同じように思う。 遺族の方に、私の経験を話すことがある。すると、悩んで切るのは自分一人ではないと知りし、また、悩んでいる自分自身を客観的に見ることができるようになることで、多少元気を取り戻すように見える。 最近は、自死は年間約3万人で推移している。その遺族の数は、小さな都市の人口に匹敵していると思う。決して少ないわけではないのだから、自分1人を責めないでほしいと願っている。 何かに引き込まれたように死んでしまう いまだに母が自殺した理由がわからない ここで、和泉弁護士が“遺族”になった経緯を補足したい。2006年の秋、母親が死にたいと漏らしていたという。それよりも少し前に、母の実の母(和泉さんの祖母)が亡くなった。その頃から母は、「おばあさん(祖母)の霊が見える」などと言い始めた。 祖母は長い間、病に苦しんでいた。母親は、その介護に疲れ切っていた。この頃から、部屋で赤いひもを見かけるようになった。祖母が生前、和服を着る際に腰に巻いていたものだった。ある日の朝9時頃、母親は赤いひもをかけて首をつっていた。 和泉さんはショックのあまり、しばらくの間、悲しいといった気分にすらなれなかったという。今も赤いひもを見ると、当時を思い起こすことがあるという。 このような経験もあり、過労死・過労自死などで他界した人の遺族、さらに職場で長時間労働やパワハラ、いじめなどを受けて苦しむ人たちの相談を受けるようになった。これらのケースは裁判などに発展することもある。講演では自らの過去を語り、自死遺族の理解を求める。 遺族団体、支援者団体、労働組合や地方自治体の自殺対策担当部署などと連携しながら、この国のあるべき自殺対策とはどのようなものか、日々模索を続けている。和泉さんを3年前にも取材したが、そのときに聞いた言葉で強く印象に残っているものがある。 「(弁護士として)自死の相談を受けると、母親のことを思い起こす。母がなぜ、死んだのか、その理由がわからない。遺書は見つからなかった。本当に、自分の意思で死を選んでいったのだろうか。ふっと何かに引き込まれるように、衝動的に死に向けて進んでいったようにも思える。 自死の多くは、何かに追い詰められた上での行為なのではないか。身体の痛みも心の痛みも、痛みを抱える当人にとっては同じようなもの。その痛みからなんとか逃れたい。その1つの手段が死だっただけのこと。だから、誰の身にも起こり得る。それを個人の問題、つまり自己責任として捉えるのではなく、社会の問題として見据える。このことを伝えたくて、こういう活動をしている」 あえて私がこれに補足をすると、「社会の問題として見据える」のと同じく、「その会社の問題として捉え、炙り出していく」ことも大切だと思う。死に追いやった構造が、会社にはある。 非正社員と同じく1年ごとの契約制? 正社員とは名ばかりのブラック企業も 和泉 かつて、過労自死などになる人は40〜50代の管理職が多かったが、最近は20代にも見受けられる。最近受けた相談の中には、死には至らなかったが、精神疾患になってしまった20代の女性がいた。 そこは社員が数十人の創業間もないIT系企業。社員にあてがわれるノルマなどが壁に貼り付けてあり、成果を厳しく求められていた。女性はそれに応えようと懸命に働いたが、精神的に疲れてしまい、具合を悪くした。社内には労働組合もないし、手を差し伸べる人もいなかった。 筆者 そのような会社は、労働環境が整っていない。経営者らは、あえて整えようとしない傾向があります。人事規定などを整えると、会社の成長の勢いを失うことがあるかもしれない(D)からです。だから、意図的にルーズにしていると思える場合もありますね。 和泉 女性の労働契約書を拝見すると、正社員の扱いではあったが「1年の契約」を繰り返していた。不思議に思い確認すると、女性は「正社員は1年ごとの契約更新ではないのですか?」と聞き返した。 これは他の相談のケースだが、正社員として入社したものの、扱いが非正規社員と同じだったり、試用期間が1年に及ぶものもある。最近は、こういうケースが増えつつある。 筆者 「正社員」とは言い難いように思えますが……。 和泉 もし、これで正社員として求人していたのであれば問題がある。労働形態が急速に多様化しているが、それに労働者の知識や意識が追いついていかないことも原因だ。小学校から大学までの間に、労働教育がないことも一因ではないだろうか。 前述の女性が勤務した会社は離職率も高く、人の出入りが激しかった。賃金は低く、アルバイトの時給とさほど変わらない。これでは、社員間の横のつながりはなかなかできないと思う。すると、他の社員の労働条件などについて知る機会が少なくなる。自ずと、自分が置かれている状況にも気がつきにくい。 社員がまとまらないようにあえて分断 パワハラと長時間労働のブラックボックス 筆者 ブラック企業の経営側にとって、社員が1つにまとまらないように分断するのは常套手段。こうした企業は、労働条件や査定評価などを個人ごとにして扱い、周囲から見えないようにします。「ブラックボックス」にして、都合のいいようにコントロールしようとしている。(E)こうした部分を論じることなく、世間では「グローバル競争が激しいから、低賃金、重労働でも仕方ない」といった話が語られる。それでは混乱が生じます。 和泉 社外にいる私のような者や労働組合ユニオンなどに相談する以前に、部下のオーバーワークや体調不良をチェックするのは、本来上司の職務として行うべきこと。また、社内にも何らかの形で相談をすることができる体制がないといけない。ところが、そのような会社は必ずしも多くはない。(F) 過労自死や過労死の問題は、社員間の横のつながりが弱い職場で生じる傾向がある。相談を受けるケースの中では、社員が過労自死をしたときに、「あの人の労働時間は長すぎる」と指摘する声が、周囲にはほとんどなかったように思える。 過労自死や過労死する人は、社員間のつながりが希薄であったり、社内の体制が不備であったりする中で、誠実に仕事をしようとする。まじめに考え、懸命に取り組む。誰かがカバーしなければいけないところを、自分でカバーしようとする。そこに不公平があるはずなのだが、多くの人は見て見ぬふり。その狭間で苦しみ、あがき、精神などを患うことがある。(G) 死を選ぶのはあまりにもったいない 「1人の死」で片付けてはいけない 筆者 そこまでしてなぜ会社に勤めるのか……。 和泉 私が相談を受けた人の大半は、死ぬ直前に「もう、会社を辞めたい」と家族などに漏らしている。しかし、辞めない。疾患の症状が進んでいることもあるのかもしれない。そして責任感が強いから、仕事や会社、さらに家族などに対し、思うことがあるのではないだろうか。 会社が組織である以上、個人の力ではどうすることもできない場合はあると思う。1人でその責任を背負い込むことは、避けたほうがいい。精神的に苦しく、働くことができないならば、会社を辞めてもいいと思う。 辞めてから初めて気がつくこともある。多くの人は、そのことを知らないのかもしれない。死を選ぶのはあまりにももったいない。私は、それを言いたくて活動している。 踏みにじられた人々の 崩壊と再生 2人のやりとりの中から、筆者がマークした個所について補足したい。和泉弁護士のように、専門知識を持って悶える社員をサポートする人たちの提言からは、社員を使い捨てにしようとするブラック企業の手の内が見えてくる。 それを心得ておくと、会社員は今後リストラやパワハラなどの場面にぶつかった際に、落ち着いて対処することができるのではないだろうか。それがゆくゆく「心の再生」につながることを願いたい。 @超長時間労働とパワハラなどが重なる 過労自死に至った人には、長時間労働とパワハラの双方に苦しめられたケースが目立つ。そうした人の職場は、「柔軟な職務構造」のなかで、上司の権限が極端に強く、やりたい放題になっている場合が多い。そのことに、周囲は何も言わない。企業内労組があったとしても、抗議をしない。 超長時間労働やパワハラなどの犠牲になる人は、1人で問題を抱え込む傾向がある。皆の前で大きな声を出して、異議を申し立てたりすることもしない。上司はおとなしく、使いやすい部下を求める。だから、このようなタイプを狙い続ける。 あなたがもしターゲットになった場合は、タイミングを見計らいつつ、時には上司に抗議をしたい。他部署への異動願いなども、繰り返し出したい。上司に対して意見をはっきり言う社員が一定のペースで昇格することは難しいが、パワハラなどに遭う可能性は低くなる。 さらに、1人になることはできるだけ避けて、同じ部署の他の社員と行動を一緒にしたい。上司は、単独行動をする部下を狙う傾向があるからだ。 Aそれまでの負荷が 一気に疲れとなって現れる これは、警戒すべきこと。長時間労働を乗り越えようとする人は、仕事にのめり込む傾向がある。上司と摩擦が生じたりしてリズムが狂うと、そのスランプから抜け出せなくなることがある。 私の経験から言えば、超長時間労働とパワハラがセットになった状況に陥ったとき、上司に合わせようとすると一段と事態は悪化する。上司は自分に媚びようとする部下の姿を見ると、一層いいように使うことがあり得る。 そのようして、自分の権威を確かめ、他の社員に自らの力を見せつけようとする。彼らの餌食になってはいけない。上司とのギアをあえて変え、一切のことをマイペースで進めることも考えたい。人事評価は下がるだろうが、身を守ることができるかもしれない。 Bこれが、柔軟であることに 拍車をかける 正社員の数が少なく、それぞれの社員の役割分担や権限、責任が曖昧だから、声が大きい人やパフォーマンスに長けた人などが「おいしい仕事」を掴み、評価を上げていく。主張することなく寡黙に黙々と働く人は、「評価されない仕事」を大量に抱え込み、疲れ切っていく。 C男性は部下のことを思い、残業を減らそうとして、 自らが大量に仕事を抱え込んだ 管理職として「美しい姿勢」ではあるが、長時間労働が文化として根付き、上司らのパワハラが横行する職場では、避けるべき行為。このような職場では、たとえ部下であろうとも人を助けようとすると、自分が破綻する仕組みになっている。だからこそ、大多数の人は見て見ぬふりを貫く。ここまでひどい状況になると、社内ではなく社外からの圧力がないと、解決できない。 D人事規定などを整えると、 会社の成長の勢いを失うことがあるかもしれない 社員数が100人以下、創業5年以内くらいの小さな会社の経営者や、そうした会社に入り込んで知恵を貸すコンサルタントなどが口にする言葉。確かに業績を一気に向上させなければいけない状況下では、人事規定などのルールが状況いかんで阻害要因になることはある。 これは一面では事実であったとしても、いつまでもルールを設けないと、労使間の不毛な争いや精神疾患などになる社員が増えることも事実である。前述のような小さな会社では、こうしたトラブルのときに自浄作用があまり働かない。 E「ブラックボックス」にして、 都合のいいようにコントロールしようとしている 社員(正規・非正規問わず)も労働組合も、戦後長く「安定雇用」(実は見せかけだが)を得る代わりに、配置転換などの人事異動、評価、育成、労働時間などについては、経営側と厳しく条件を詰めることをしてこなかった。 こうした流れの中で、経営側は次第にそれぞれの社員を「個人単位」でコントロールすることを覚えた。その扱いの中身は、他の者からはなかなか見えない。これで経営側の求心力は一層高まり、やりたい放題が可能になる。欧米企業にはなかなか見られない傾向である。 企業の経営者層は、このことを隠したまま「グローバル化」を進めているが、海外進出が本格化するほど現地従業員との緊張や摩擦が増えていく事例は、すでに多く報告されている。明確なルールなき、やりたい放題の労使関係が、海外でスムーズに受け入られるとは思えない。 Fところが、そのような 会社は必ずしも多くはない 1960年代から現在に至るまでの労働組合機関紙などに目を通すと、いつの時代も多くの経営者は「社員間の競争が大切」と説いている。だがその一方で、公平な競争をする環境をつくろうとは決してしてこなかった。あくまで自分たちにとって都合のいい「公平な環境」しか認めない。「公平な環境」をつくると、経営側が不利になるからだ。 社員間の競争を煽る制度は積極的に受け入れるが、役員会に人事規定を設けるなど、自分たちにとって不利なことは黙殺する。これが、競争原理浸透の本音である。 Gその狭間で苦しみ、あがき、 精神などを患うことがある 精神疾患に陥った社員を取材すると、そのような状況に陥る「狭間」があることに気がつく。ストレス耐性などの問題もあるかもしれないが、組織の構造的な問題が関係していることのほうが多い。 企業の経営者やそこから報酬を得るコンサルタントらは、この構造的な問題を不問にする傾向がある。そして、盛んに競争原理の浸透などを唱える。実は、その実態を押さえようとしない考え方こそ、競争原理の浸透が進まない大きな理由であることに、彼らは気がついていない。 前回の記事では、上司のマネジメントもその構造的な問題の1つとして取り上げた。ご覧いただきたい。 http://diamond.jp/articles/print/40749 |