03. 2013年8月27日 01:56:06
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「私は“オネエ”じゃないの!」 黒一点の彼らが抱える「男性問題」の深淵「男だから」というイメージで機会が奪われる男社会以上の不条理 2013年8月27日(火) 河合 薫 今回は、「男性問題」を取り上げようと思う。 男性問題といっても、何も私の男関係のいざこざではありませぬ。男性問題は、「男性差別」と呼ばれることもある男性への“イメージ”から生じる問題である。 日本経済新聞8月8日付け朝刊の1面に、「うわぁ! ついにそういう時代になったか!」と、思わず叫んでしまった記事が掲載された。次は記事の書き出しである。 「皆様、離陸いたします」。全日本空輸の客室乗務員、二川恒平(27)が着席すると近くの男性乗客が舌打ちした。「女性の客室乗務員と話すのを楽しみにしてたのに」。つぶやきが聞こえたように思えた。 そう。この記事では、“男性客室乗務員(CA)”が、写真入りで取り上げられていたのである。 5000人以上の女性CAの中にたった7人の男性CA 今から20年以上前の私がまだ、全日空(ANA)にいる頃。男性のCAを入れるかどうかについて議論が持ち上がったことがあった。 当時、日本航空(JAL)には男性パーサーが乗務して、海外のほとんどのエアラインにもパーサーやスチュワートなど、コックピットクルー以外の男性が乗務していた。 一方、ANAは女性だけ。社内の男性CA肯定派は、「女性だけのエアラインだと、ハイジャックとか狙われやすい」と防犯上の懸念を指摘。反対派は、「いや、サービスという点では女性だけの方が、“ウリ”になる」といった具合で、意見は真っ二つに割れた。 もっとも、これはあくまでも現場レベルでの話。実際に会社の経営レベルで、どの程度の議論があったのか、いや、それ以前に、そんな議論が持ち上がっていたのかさえ、下っ端だった私には分からない。 いずれにせよ、私にはかなりのセンセーショナルな記事だったので、慌てて同期(今も飛んでいます!)に、「いつから男性CAできたの?」と確認のメールを送った。すると、何と10年も前に総合職の男性から希望があれば、3年ほどCAとして働いてもらい、その経験をその後に生かす制度ができたということだった。 10年も前なのか……。現在、5000人以上の女性CAの男性CAは7人。少ない。かなり少ない。ちょっと想像しただけでも、「大変だろうなぁ」なんて思ってしまった。 何しろちょっとばかり年齢を重ねているだけでも、「ちっ、オバサンか」なんて声が聞こえたような気がする世界だ。 「女性の客室乗務員と話すのを楽しみにしてたのに」。つぶやきが聞こえたように思えた――。 これは、乗機されたお客様のホンネなのかもしれない。 前述の記事には、女性CAの中で働くことに戸惑いながらも、女性客の夫への贈り物選びの助言や、男性客とのサラリーマン談議など「男性ならではのサービス」に工夫を凝らしている様子が記載されていた。 また、保育士の男性も取り上げられていて、「現場に出て初めて男一人がこれほどつらいものだと知った」とのコメントも紹介されていた。 この男性は、最初の頃は女性たちに溶け込もうと、女性に倣ってエプロンを着けて働いていた時期もあったそうだ。でも、今はジャージー姿で子供たちと力いっぱい遊び、「本気で怒るのは自分の担当」と、頑張っているのだという。 どちらの男性も、「黒一点」であることに戸惑い、しんどさを感じ、もがいていた。彼らと同じように、“女性の仕事”とされていた職場で、男性問題に遭遇している人は多いはずだ。 しかしながら、そんな男性たちが報じられることは滅多にない。メディアだけでなく、彼らのストレスに焦点を当てた研究や報告書も極めて少ないのが現状である。 いつもスポットが当たるのは、男性中心の企業社会で働く女性たち。女性たちと同じように、あるいはそれ以上に、性役割による排他性にストレスを感じているにもかかわらず、だ。 「男性」というだけでICUや手術室に配属される 私は以前、男性の看護師の男性問題について、知人の医師や看護師たちから話を聞いたことがある。このコラムで紹介していなかったので、まずは、そのときの話を紹介しよう。 男性の看護師の存在は決して珍しくはなくなったものの、全看護師に占める割合は、わずか6.2%(2012年度調査)。看護婦という呼称が「看護師」となった2002年の3.7%から、わずか2.5ポイントしか増えていない(出所:厚生労働省の平成24年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況 ) ちなみに、「少なすぎる!」と常にやり玉に挙げられる、女性管理職の割合は6.8%なので、それよりも少ない数字だ(出所:厚労省の平成23年度の雇用均等基本調査)。 男性看護師が増えない理由の1つが、「男だからっていう理由だけで、ICU(集中治療室)や手術室に配属になることが多いから」だと、知人たちは指摘していた。 私の父が、数年前に心臓のバイパス手術で緊急入院したときにもそうだった。入院当日からICUに入れられたのだが、そこにいる看護師さんも全員、男性だった。 「男だから体力があるだろう」「男だから機械に強いだろう」「男だから緊急時にテキパキと動けるだろう」─―。 そんな「男性へのイメージ」から、ICUに配属になるのだという。 ところが、多くの男性の看護師さんたちは女性の看護師さんたちがそうであるように、「患者さんの回復する過程に寄り添いたい」との思いから、看護師になる。手術や治療を受け、たくさんの不安を抱える患者さんたちが少しでも元気になるように、少しでも笑顔になるように、患者さんたちの家族が少しでも安心するように、力になりたい。 その看護師という仕事に対するパッション(情熱)を発揮できる場が、ICUに配属されると遠のいていく。 「女性の場合は、経験を積ませたいとの病院側の意図からICUに配属になったり、希望を出せばほかの課に戻れたりするのだけど、男性の場合は難しい」 「うちの病院もそうだった。せっかく看護師になったのに、『自分は何のために看護師になったのだろう?』とキャリアの目的を失ってしまったり、バーンアウトしたりして。辞めちゃう人も少なくない」 「もっと気の毒なのが、病院側の期待通りの仕事ができないと、『男のくせに』と非難されたり、逃げ場を失ったりしてしまって。ただでさえストレスのかかる職場なのにね」 以上が、知人たちが話してくれたことだった。 実は私も「男性」というだけで安心した もちろん中には、ICUで働くことにやりがいを感じ、男性に対するイメージを逆手に取り、救急救命士などの資格を取得してプラスアルファを加えて活躍したり、出世を目指したりする人もいる。 だが、そうでない人たちは苦悩する。 男なんだから、できて当たり前。できなければ、男のくせに、と非難され……。ストレスの豪雨にさらされてびしょ濡れになってしまうのである。 実は、この話を聞いたときに、私は複雑な気持ちになった。というのも、ICUに男性の看護師が多かったことに対して、患者の家族である私も、「男性でよかった〜」などと、すごく安心したからだ。 大きな身体の父を2人の男性看護師が軽々と持ち上げ、ちょっとでも父が苦しがるとキビキビと動き、その都度、分かりやすい状況を家族に説明する。そのことに安心した。 でも、女性の看護師さんだって、大きな身体の父をちゃんと持ち上げてくれただろうし、ちょっとでも異変があればキビキビと動いてくれただろうし、その都度、家族に分かりやすく説明だってしてくれたはず。 なのに、「男性だ」というだけで、なぜか安心した。 単なるイメージ。「男だから体力がある」「男だから機械に強い」「男だから緊急時にテキパキと動ける」─―。そんなただの「男性」に対するイメージが、「男性の看護師でよかった」なんて感情につながったのだ。 もし私が、「ICUの看護師さんが男性っていいですね。ものすごく安心しました」なんてことを、彼らに言っていたら……。感謝の言葉が、“刃”となった可能性がある。 「患者の回復に寄り添いたい」と願う男性の看護師さんたちを、苦悩させてしまったに違いない。 2009年に日本看護研究学会誌に掲載された「男性看護師の職務ジェンダー意識と職務満足の関係」という研究報告にも、「イメージ」に苦しむ男性看護師の実態が報告されている。 この調査では、愛知県下の10の精神病棟の男性看護師268人を対象にしている(男性看護師は精神科に配属されることも多い)。そして、対象者の7割が、「男性として特別扱いされた」、「『男でしょ』と言われる」などの経験をしていたことが紹介されていた。 そのほかにも、該当者の多い回答として、「男性は会議のとき積極的な発言を期待される」(61.4%)、「医療機器の操作がわからなくなると呼ばれる」(58.3%)、「男性ということをプレッシャーに感じる」(32.3%)といったものが並んだ。 男性メークさんが「オネエ」を装っていた理由 イメージは、ただの虚構でしかない。だが、そのイメージに知らず知らずのうちに支配される。そのイメージという魔物が、男性の看護師たちを苦しめる。 特に、看護婦さんという呼称や、白衣の天使といった「女性の仕事」というイメージが看護師の仕事自体にあるだけに、“男性へのイメージ”が、一段と強まっていく。 「もっと男性が増えれば、自然と変わっていくんじゃない?」。こう思う人もいるかもしれない。 でも、数だけでは変わらない根深さが、「イメージ」にはあるようにも思う。 例えば、スタイリストさんやメークさんも、もともとは女性の仕事だったが、今ではかなり多くの男性たちがいる。 そんな男性たちの多くは、「オネエ」だ。いや、これといったデータが存在するわけではないので、断言はできない。だが、「オネエ」っぽい人が多いという印象が私にはあったし、そう思っている人は結構多い。 私が以前、テレビのお仕事をメーンでやっていたときにお世話になっていたメークさんも、「オネエ」だった。いつもオネエ独特の話し方をし、よく新宿2丁目の話を面白おかしくしてくれていた。 ところが、あるとき、そのメークさんがカミングアウトした。「私ね〜〜、ホントはオネエじゃないのよ! フツウのオッサンなのよ」と。 結婚もしていて奥さんもいる。子供も2人いる。よく飲むのは、新宿2丁目ではなく新橋の焼鳥屋。趣味は海釣り。学生時代はラグビー部。「オネエ」のかけらもない。バリバリのマッチョだったのである。 「メークってオネエが多いって、思われてるでしょ? でもね、実際には私のようにふりをしている人もかなりいるの。私も最初は、オネエのふりなんかしてなかった。でも、女性が多い職場だから、男に対して排他的な雰囲気があってね。『男のくせにメークなんて』とか、『メークになる男性は、女性っぽい』というイメージが、同業者にも世間にもあった」 「タレントさんによっては、メークが男だと嫌がる人もいる。だから、いつの間にかオネエを演じるようになった。最初は、『オレ、何やってんだろ?』って、思うこともあったんだけど、オネエのふりした方が仕事がしやすかったの。オネエを演じている方が気を遣わなくていいことが増えたし、“男”で働いているときに感じたストレスが明らかに減ったの」 「でもね、それが結構いやになることもあってね。オネエのふりしているのが嫌になって、いい腕をしているのに辞めちゃう人も多い。ウツになっちゃう人だっているしね。なんていうか、自分が何者か分からなくなるのよね。職業に性別は関係ないのにね。変な話よね」 こう話してくれたのである。 男性に対する女社会の壁は男社会よりも高い? 彼がどうして、“オネエの仮面”を外して、本当の気持ちを話してくれたのかは分からない。でも、「オネエじゃない」と聞いても、彼に対する信頼は変わらなかったし、その後もずっと一緒にお仕事させてもらった。でもって、カミングアウトした後も、彼はオネエをずっと演じていた。 ただ、彼から1つだけ念を押された。 「エルニーニョ(当時、私はエルニーニョ薫という名前で番組に出ていた)に話したら、楽になったわ。でも、ほかの人には言っちゃだめよ。それって営業妨害だからね! 絶対に言うなよ!」と、男の匂いをプンプンさせて言ったのだった。 「男だから」という勝手なイメージで仕事内容を制限され、「男のくせに」と思われたくなくてオネエを演じる。 女社会に飛び込んだ男性たちの前に立ちはだかる壁は、男社会で苦悩する女性たち以上のものだったりするのかもしれない、などと思ったりもする。 だって、単なる世間のイメージで、仕事へのパッションが奪われるだけでなく、「自分が何者か、何のためにいるのか?」と、存在意義まで傷つけられているのだ。 そもそも人は性、仕事、役職、年齢、国籍といったいくつかの属性と、他者との相互作用の影響を受けながら、「自分の存在=自己アイデンティティー」を確立する。 自己アイデンティティーは、いわば人が生きるための土台。その土台の一部である「男性」という性が、世間のイメージで奪われる。 スチュワーデスさん、看護婦さん、保母さん、といった呼び名は、客室乗務員、看護師、保育士に変わった。でも、その職業に対する私たちのイメージは、どれだけ変わっただろうか? 「あなたが出てきてから、天気予報のイメージって変わりましたね。前は、ただの情報だったのに、いろんな企画をやるのが当たり前になって面白くなったよね」 私事で申し訳ないのだが、いまだにこんなふうにおっしゃってくれる方が、時々いる。 私がお天気キャスターでデビューした番組では、毎回、天気予報のときに、5分間の企画物をする時間をくれた。「天気を番組のクッションにするのはやめよう」。それがスタッフたちの合言葉だった。 時間が押すことの多い生番組で、天気予報はいつも時間調整に使われていて、「それをやめよう」としていたのだ。 私は毎回、「5分間」のために何時間を費やし、画面の向こうの人が「見て良かった」と思ってくれる企画を、必死で作った。空振りすることも、凡打に終わることもあったけど、スタッフは根気強くサポートし続け、番組も「5分」のチャンスを与え続けてくれた。 多分、そんな「やる人」「支える人」「チャンスを与える人」の力が存在したからこそ、「天気予報のイメージが変わった」と思ってくださる人が出てきたのだと思う。 イメージを変えるのは「事実」の積み重ね イメージは「虚構」でしかないが、そのイメージを変えるのは、「事実」の積み重ねだ。 「黒一点」の男性たちには、「紅」たちのサポートが欠かせない。「男性だから〇〇」などと活躍できる仕事を限定するのではなく、性別に関係ないチャンスを与え続ける。イメージは作られたものであって、与えられるもんじゃない。 個人の能力や意欲をありのまま認める努力が、周りにも必要なんじゃないだろうか。 そして、微力ではあるが、私も今後はもっともっと「男性問題」を取り上げたいと思う。世間のイメージを変えることはできないけれど、小さな風穴を開けるくらいはできると信じて。 このコラムについて 河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学 上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
男女平等ができないなら、移民を受け入れなさい ゴールドマン・サックス証券のキャシー・松井氏が提言 2013年8月27日(火) 武田 安恵 今後の成長戦略の軸に女性の活用を掲げた安倍晋三政権。これを受けて、経済界は突如、女性社員の昇格、昇進に乗り出した。政府主導の女性活用ブームは、今後、職場にどんな影響を与えるのだろうか。日経ビジネス8月26日号「女性昇進バブル」では、現在実際の職場で巻き起こる混乱と、今後量産される女性管理職、女性役員が職場に与える影響を予測。あるべき「女性活用」のためにすべき施策を提言している。 日本経済に女性の力が不可欠であることは以前から指摘されてきた。キャシー・松井氏が、女性の就労増加が経済活動に与えるインパクトについて初めて言及したのは1999年。女性の就労が男性並みの8割となれば、国内総生産(GDP)が15%伸びるとの試算を発表した(最新の調査では14%)。自身も子供を持つ母親として日本で長年働いてきた松井氏が、日本の女性活用が企業に与えるインパクトと、女性の就労環境について語る。 (聞き手は武田 安恵) キャシー・松井(きゃしー・まつい)氏 ゴールドマン・サックス証券 チーフ日本株ストラテジスト。米国カリフォルニア州に生まれ。1986年、ハーバード大学卒業。90年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院修了。88年から、日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)ワシントンD.C.事務所勤務。90年、バークレイズ証券会社に入社し、チーフ・ストラテジストなどを歴任。94年、ゴールドマン・サックス証券会社に入社。現在マネージング・ディレクター兼チーフ日本株ストラテジスト、汎アジア投資調査統括部長を務める。女性の活躍によって経済を活性化する「ウーマノミクス」の概念を提唱したことが注目され、2007年にはウォール・ストリート・ジャーナルの「10 Woman to Watch in Asia」の中の1人に選ばれた。プライベートでは2児の母として、仕事と家庭の両立をやりくりしてきた。(写真:大槻 純一、以下同) 最初にレポートを書かれてから14年が経ちましたが、何か変わったでしょうか。 松井氏:14年前と比べれば、女性の活躍、ダイバーシティといった用語がずいぶん増えている印象を受けます。この間、日本はずっとデフレでした。背後には、巨額の財政赤字と人口の高齢化という大きな構造問題が横たわっています。これらの問題を解決するには、人材資本をフル活用して生産性を上げることが必要です。だからこそ今、埋もれている労働力として女性が注目されているのです。 もちろん、安倍晋三首相が女性活用を宣伝するだけで日本社会がガラッと変わるとは思いません。ただ、日本のトップがこのテーマを取り上げ、戦略の一環として掲げたのはおそらく初めてのことでしょう。企業も同じで、トップの経営者がダイバーシティや女性活用を大事と思わなければ組織全体は動きません。認識から変えないといけないのです。だから今回の動きは、あくまでもファーストステップと捉えるべきでしょう。 育てた優秀な女性が退職すれば「失われたコスト」に
トップの認識は本当に変わっているのでしょうか 松井氏:一部の経営者は変わっていると思います。四年制大学を卒業する女性の割合は年々増えています。優秀な女性を会社が採用し、5〜7年間、時間をかけて育て上げる。それが結婚や出産を機に退職してしまっては企業の機会損失は大きいでしょう。せっかく訓練した資源がなくなることは「失われたコスト」にほかなりません。その点を経営者は意識し始めていると思います。 女性活用は、経済合理性の観点から見ても有効な話です。経済のグローバル化がハイスピードで進んでいる中では、女性やマイノリティーの意見を取り入れたほうがよりよいサービスや商品開発につながります。全世界でみると、家計支出の約65%は女性が決定権を持つという調査結果もあるくらいです。男性優位の企業内の決定プロセスだけでは、女性という消費活動において大きな影響力を持つ人の意見が反映されないこと自体が損失につながるのです。 長時間労働、年功序列が女性の昇進を阻む 頭では分かっていても、企業の現場レベルではなかなか浸透しないという声も聞きます 松井氏:先ほども申し上げましたが、トップのメッセージは最低条件に過ぎません。それ以外にも、中間管理職の層になぜ女性活用が大事なのか、なぜ組織の末端にまでそれを浸透させなければいけないのかということを教育し続けることが重要です。女性活用に数値目標を掲げたり、男女の処遇格差を解消するポジティブ・アクションに積極的な企業も増えてきました。 そういうことをすると必ず聞くのが「数値目標があるから昇進できたんだ」と言った類の話です。でもだからといって、何もやらないともっともっと時間がかかってしまうでしょう。だから、私はやらないよりはいいと思います。もちろん、最終的にはそういった制度が必要ないくらいに女性活用が進むことが理想ですが。 女性活用制度とセットで進めなければいけないのが、公平な人事評価・昇進制度の確立です。会社に残り、机を並べて長く働いた人が先に昇進する年功序列、長時間労働に基づいた人事評価制度がある限り、女性は会社で昇進することはできません。出産・育児というライフイベントを抱えている女性は、小さい子供がいる間は5時、6時には会社を出なくてはならないのですから。 先に帰ることに対して、同じチームの同僚が「不平等」と考える状態を改めるには、より透明性の高い、客観的で、成果主義に基づいた人事評価制度を作ることが必要です。つまり、場所や時間にとらわれない働き方を担保する代わりに、成果物を評価・昇進にダイレクトに反映させる。そうすれば労働生産性をもっと意識した働き方が生まれてくるはずです。 労働時間ではなく、アウトプットに軸を置いた評価制度にすることは、男性にとっても悪い話ではないはずです。頑張れば昇進の可能性がグンと広がるのですから。特に年功序列で苦い思いをしていた若い男性は、女性が会社で働くことに感謝すると思いますよ。 働く女性の家庭内に目を転じると、重い家事・育児負担があります。女性が働き続けることや、昇進においても大きなハードルとなっています。 松井氏:「男性は仕事、女性は家事・育児」といった日本社会の価値観をすぐに変えることはできません。しかし、参考にすべきことはあります。例えばスウェーデンの育児休暇制度。子供1人あたり8歳になるまで、夫婦で合計480労働日の育児休暇を取得することができます。480日ですから16カ月ですね。ポイントはそのうち60日はそれぞれが絶対取らなければならないというところにあります。夫婦の両方が最低60日育児休暇を取らないと、休暇中の所得保障が受けられない仕組みになっています。北欧らしい極端な制度ですが、日本もただ子供手当てなどの給付金を支給するのではなく、こういった「条件付き」にすべきなのではないでしょうか。 もちろん、男性の自発的な育児休暇取得が一番の理想ですが、「休みが取りづらい」といった言い訳は山ほど聞きます。だから、このような前向きなインセンティブが働く制度を作って、男女も子育てに参加できるような仕組みにしてしまえばよいのです。男性が小さい子供と2カ月過ごせば、自分の妻がこれまでいかに大変だったか、理解できるし同情心も芽生えるはずでしょう。
家事外注の選択肢が少ない日本 シンガポール、香港、台湾といった他のアジア諸国・地域では、外国人のお手伝いさんを雇う文化が発達しています。日本もそれに習うといった手もあります 松井氏:一番の理想は「男女平等」ですが、どうしてもそうはいかないケースも出てくるでしょう。そういった場合に家事をアウトソーシングする選択肢が今の日本ではとても少ないしコストも高い。だから、家事労働を担う特定のスキルを持った外国人労働者を移民として受け入れるのはありだと思います。私自身、長年フィリピン人の家政婦さんに家のことをお願いしてきました。彼女がいたからこそ、私は長く働いてこられたと思っています。 しかし、今の日本の法律では、日本国籍を持つ人が外国人家事労働者を雇用することは許されていません。認められているのは、外交官や企業経営者、投資家またはそれに準ずる社会的地位を持った外国籍の人のみです。こういった問題について、政治家や政府関係者と話をする機会がありますが「壁はかなり厚い」と皆言います。 しかし、女性の活躍を本当に進めたかったら、日本は移民を受け入れることについて真剣に考えなければならない時がいつか来るのではないでしょうか。先日来日したフェイスブックCOO(最高執行責任者)のシェリル・サンドバーグ氏も「日本は女性が男性の5倍家事をすると聞きました。それは持続不可能な話です」と驚いていました。 移民を含めた人材戦略を 折しも、日本がTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉に参加しました。移民の話も進むでしょうか。 松井氏:TPPは規制緩和の第一歩です。交渉が進めば、メーンの貿易の話から人材交流の部分にも話が波及するでしょう。でも、政府関係者と話をすると「移民の話は真剣に考えなければならないが、既存の人材をフル活用するのが先だ」といった話をよく聞きます。 しかし、看護師や介護といった分野ではすでに人が足りていません。外国人介護士も受け入れる壁を非常に高くしているので人がなかなか入ってきません。個人的には、こういった分野の労働者は日本語が流暢でなくても志が高く、専門性があればそれで十分だと思います。 知り合いのフィリピン人やインドネシア人の間では「日本は働きづらい」といった評判が既にあると聞いています。壁が厚すぎて仕事にならないそうです。新興国の労働力も未来永劫あると考えてはいけません。先進国全体で少子高齢化が進んでいる今、人材争奪戦はすでに始まっています。加えて、将来的に新興国の経済発展が進んで国民の所得が増えれば、出稼ぎ労働者も少なくなるでしょう。彼らだって日々成長しているのです。日本はこのような状況も踏まえて戦略を練るべきでしょう。 このコラムについて 女性昇進バブル 空前の女性活用ブームが起こっている。 2013年、安倍政権は今後の成長戦略の軸に女性の活用を掲げた。2020年までに、社会のあらゆる分野において指導的地位に占める女性の割合を30%程度まで引き上げる。そのためにはまず、全上場企業に対して、役員に1人は女性を登用すること。また今後は上場企業を対象に、管理職や役員に占める女性の割合を調査し、各企業の女性登用状況を公開すると公表している。 これを受けて、経済界は突如、女性社員の昇格、昇進に乗り出した。「女性初」の役員を作る企業が増えたかと思えば、自社で立てた女性管理職比率の数値目標を公表する企業も相次ぐ。 政府主導の女性活用ブームは、今後、職場にどんな影響を与えるのだろうか。日経ビジネス8月26日号「女性昇進バブル」では、現在実際の職場で巻き起こる混乱と、今後量産される女性管理職、女性役員が職場に与える影響を予測。あるべき「女性活用」のためにすべき施策を提言している。 日経ビジネスオンラインでは、特集「女性昇進バブル」の連動連載をスタート。経営者や経済評論家、ジャーナリスト、コンサルタントなど、各界の大物女性が、今の「女性昇進バブル」を斬る。 |