03. 2013年8月20日 05:15:39
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「残業は無能の証拠?」 部下を奴隷化するブラック上司生の声を丹念に集めなければ見えてこないその実態 2013年8月20日(火) 河合 薫 とうとう国が「ブラック企業」の実態調査に乗り出すことになった。といっても、「ブラック企業」とお題目をつけたのは、調査実施を報じたマスコミである。正式名称は、「若者の『使い捨て』が疑われる企業等への取組を強化」。厚生労働省が行う予定だ。 使い捨て―って。定義があいまいな“ブラック企業”という言葉を使うよりもマシ、と考えて付けたのかもしれないけれども、コンタクトレンズでもあるまいし、政府が行う調査に使われるような言葉なのだろうか? 役人の感性の問題なのか、それともこんなセンセーショナルな文言を、政府が使わなきゃならないほど、社会がギスギスしているってことなのか。あるいは、「若者」を守りたいという政府の本気度をアピールしたかったのか。真意は分からない。 ただ、その調査内容を見る限り、使い捨て、なんて言葉も、若者、に限定する必要性も、さらには、その本気度も、ちっとも感じられない、ごくごく普通の調査で、少々がっかりしてしまった。 がっかりした国の“ブラック企業”実態調査の中身 以下が、厚労省が発表した具体的な調査内容で、大きく3つの項目に分けられている。 1.長時間労働の抑制に向けて、集中的な取組を行う。 (1)若者の「使い捨て」が疑われる企業に重点的な監督指導 (2)過労死等事案を起こした企業等に、再発防止取組を徹底 (3)重大・悪質な違反が確認された企業などは、送検し、公表する 2.相談にしっかり対応。 9月1日に、若者の「使い捨て」が疑われる企業などに関する『電話相談』を実施 3.職場のパワーハラスメントの予防・解決を推進。 パワハラによって若者を使い捨てにすることをなくすべく、労使をはじめ関係者に幅広く周知・啓発する。 対象は、離職率が高かったり、長時間労働で労働基準法違反の疑いがあったりする全国の約4000社。調査が実施される9月を、「過重労働重点監視月間」とし、田村憲久厚労相は「若者を使い捨てにするような企業をなくしていきたい」と述べた。 まぁ、これで救われる若者が1人でも増えればいいと思ってはいるが、それでもやはり苦言を呈さずにはいられない。だって、最近は若者が「辞めたい」といっても辞めさせない、離職率の高さだけでは見抜けない悪質な企業も存在するのだから。 労働相談を受け付けているNPO法人労働相談センター(東京)によれば、「会社が辞めさせてくれない」など「退職拒否」に関する相談はこれまで15%に満たなかったが、昨年1年間は25%まで急増した。東京都の労働相談の窓口にも「辞めさせてくれない」との相談件数がここ数年で4割も上昇し、昨年は668件だった。 厚労省の労働相談統計にも、「辞めさせない」企業の増加傾向を示すデータがある。 全国の労働局などが受け付けた民事上の個別労働紛争相談のうち、2003年度は29%が解雇を巡るトラブルだったが、2011年度は18%に減少。一方で、自己都合退職にまつわるトラブルは、同じ期間に3%から8%に増えていたのである。 実際には企業側の了承がなくとも辞められるのだが、「辞めたら仕事に穴があく。損害賠償しろ」と経営者から脅されたり、給与を前借りさせて辞めないように仕向けたり、社長が自宅に乗り込んできて怒鳴り散らしたりする例があるそうだ。 悪質な就職先に苦しむ「若者」を救うのが目的なら、辞めさせない会社を洗い出す調査も必要といえるだろう。 それにもっと言ってしまえば、使い捨てにされているのは、若者だけじゃない。長時間労働が続いて過労死に追い込まれる例は後を絶たず、国連の社会権規約委員会からも「どうにかせよ!」との勧告を受けている。 特に深刻な数字に反映されないサービス残業 特に問題なのが、数字に反映されないサービス残業だ。 9月を「過重労働重点監視月間」とするのであれば、全労働者を対象に、「『サービス残業』が疑われる企業等への取組を強化」にした方がいい。 大学院にいる時に臨床でドクターを経験していた先生が、「量的調査(アンケート調査など)は、結局は、その調査を行った人の仮説を検証するためのもので現場では役に立たない。質的調査(個人をフォーカスしたインタビューなど)は、個人的な意見で汎用性がないって非難する人が多いけれど、現場でホントに生かされるのは、ナマの個人的な意見」と常々言っていたけれども、「長時間労働の抑制」をうたうのであれば、“ナマの声”を徹底的に拾う1カ月にしてもいいんじゃない? などと思うわけで。 だいたい監督だの、指導だの、啓発だの、と言うけれど、「なぜ、過重労働がなくならないのか?」、「なぜ、サービス残業が後を絶たないのか?」を徹底的に調査しなければ意味がない。原因を明確にしないで監視、指導だけを強化すると、悪質な企業は逃げ道や抜け道を必死に探すだけだ。 そこで今回は(テーマが遅くなりました)、実態を把握するのが困難だとされる、サービス残業問題を、“ナマの声”から考えてみます。 「ブラックなのは会社じゃない。ブラックな上司のせいで、長時間労働がなくならないんです」 これは先月、「長時間労働に関するヒアリング」を行ったときに、集まってくださった1人の男性の“ナマの声”である。 ヒアリング参加者は、30代前半〜40代後半の5人(男性4人、女性1人)。それぞれ別の会社や業種で働いている。役職は管理職の方もいれば、そうでない方もいる。で、サービス残業の話題になったときに、「ブラック上司」の話が出たのである。 「会社がブラックっていうよりも、上司がブラックなんです。ギリギリの人数でやっているうえに、イノベーション会議だとか新規プロジェクト会議だとかがやたらとあって、時間を取られる。しかも、『それってうちの仕事じゃないでしょ?』と言い返したくなるような要求をしてくる顧客もいる。あまりにもひどい要求はどうにかして断りますけど、どこで線引きをするかってものすごく難しい。平日の残業だけにとどまらず、土日出社も珍しくありません」 「そのことを上司は分かっているはずなのに、気がつかないふりをしているんです」 「残業しなきゃ終わらない=能力がない」と言った上司 「上司は部下の残業が多いと、管理責任が問われるんで、すべてサービス残業にさせられてしまうんです。以前、同僚が正直に申請した。そうしたら上司に呼ばれて、『こっちはこんなに残業を強要したことはないぞ』と言ってきた。それで同僚が、『したくてしているわけじゃない。作業量が多すぎて終わらないんです』と言い返した。そしたら、『残業しなきゃ終わらないってことは、能力がないってことだ』って。これってブラック上司以外の何者でもないですよ」 「会社はそういった事情を知っているのですか?」 「どうなんでしょう。『残業を減らそう!』って、あっちこっちの壁に書いてありますけどね。うちの部署じゃ、無理ですね。ただ、残業削減に成功している部署があるのも事実です」 「それって、部署によって残業を減らす難しさの違いがあるってことではないんですか?」 「多少はあります。でも、自分の評価を気にする上司がいることが、最大の問題なんです。うちの上司のような、無言でサービス残業を強要し、部下を奴隷化するブラックな上司がいる限り、長時間労働やサービス残業はなくならない。ブラック上司なんですよ」 以上が、男性の話してくれた、現場で起きているサービス残業の実態である。 仕事の量的負荷は、働く人にとって肉体的にも心理的にも最大のストレスになる。そのストレスの雨を、「降っています!」と訴えることもできない、その雨をしのぐ傘を準備してもらうこともできない、そして、その雨を減らすことも……できない現実がある 某企業に勤める知り合いの保健師さんが、「ウツ病患者が出るのは、いつも同じ部署」と話してくれたことがあったが、その原因となっていたのも、部下を奴隷と勘違いしている“ブラック上司”だったのだろう。 2006年の少々古いデータではあるのだが、賃金不払い残業をしている雇用者の4割が、上司の対応等の雰囲気で残業を申請しづらいと考えていることが、連合総合生活開発研究所(連合総研、薦田隆成所長)の調査でも示されている(首都圏と関西圏の民間企業に勤める20〜50代の900人が対象。性別の内訳男性6割、女性4割。就業状況の内訳は、正社員が約7割、非正社員が3割)。 残業手当の支給対象者で実際に残業している人のうち、不払い残業のある雇用者は37.4%。男女別に見ると、男性が42.7%、女性が30.2%。就業状況では、正社員41.8%、非正社員28.5%だった。週労働時間別では、「60時間以上」が最も多く、51.6%と、5割を超えていた。 で、問題はその不払い残業のある理由だ(複数回答)。 トップは「上司の対応等の雰囲気で残業手当を申請しにくい」が39.7 %。次いで「残業時間の限度が決められている」が32.2%。「残業手当の支払いに上限がある」が32.7%だったのである。 問題を見えにくくする人間の厄介な力 この調査結果も量的調査しか行われていないので、「なぜ、上司に残業手当を申請しにくいのか?」は定かではない。調査を行った連合総研は、「タイムカードなどの電子機器による管理体制が前進すれば、不払い残業は減る」との見解を示しているが、前述のヒアリングのときには、「タイムカードを先に押して退社したことにして残業をさせられる」ケースや、会社ではできないので家に持ち帰ってやるケースがあるとの声もあった。 「サラリーマンにとって最大のリスクは上司」とは言うけれど、人間の“知恵”というちょっとばかり厄介なものが、抜け道を作る。ナマの声を聞かないことには、簡単には突き止められない深い闇がサービス残業に存在しているのである。 おまけに、人間には火事場の馬鹿力みたいなものがあって、「こんなにたくさんのことやるのは無理!」と思うことでも、何とかギリギリ時間内に終わらせることができてしまう場合がある。すると、自分の体力や能力を過信し、量を減らす努力ではなく、終わらせる努力をするようになる。 忙しい=仕事ができる などと、勘違いをしたり、残業する多忙な自分に酔いしれてしまったり。その結果、ボロボロに疲れ果て、命を落とすまで働き続けてしまうのだ。 本来、そんな「働きすぎ」の人を止めるのも、上司の役目なのだが、ブラック上司にはそんなことなど期待できない。見て見ぬふりをしたり、倒れたときに、「何でもっと早く言わなかった」なんてことを言ったりするのが関の山だ。 「でもさ、残業しなくてもいいのにダラダラとやっていたり、時間内に終わらせる能力のなさを、上司のせいにしている輩もいるじゃん」。こんな意見もあるかもしれない。 確かに、世の中には「ちょいと一服」と息抜きばかりしているくせに、「あ〜、今日も残業か!!」なんてことを言っている人たちもいる。私もそういう人と仕事をしていたときには、うんざりしたことがあった。で、そういう人に限って、自分の残業時間の多さに文句ばかり言っていたようにも思う。 だが、前述の男性の部署のように、その職場の人たちの残業時間が一様に多ければ、それは明らかに個人ではなく、その職場環境の問題である。 膨大な量的負荷がかかっている職場環境が、「そこ」に、現実に、存在しているのだ。 上司に求められる2つの機能 そもそも上司は何のためにいるのか? 「生産性を上げろ!」「結果を出せ!」と、部下の尻をたたくばかりが上司の仕事でもなければ、「残業はするな!」と、時間管理するだけが上司の仕事ではない 上司には、インフォメーションとフレンドシップの2つの機能が求められる。 インフォメーションとは、具体的な指示で方向性を示し、職務を遂行するうえで障害となりそうな外圧から守り、的確なフィードバックを行うこと。フレンドシップとは、一緒にご飯を食べたり、酒を飲んだり、仕事以外でも交流を持ち、情緒面をサポートすること。 どちらの機能も、部下を監視したり、見張ったり、書類を見ているだけでは機能しない。部下の心の状態(内的状況)と、部下の置かれている環境(外的状況)を、直接、あるいは間接的に見守り把握する。 部下に正すべきところがあれば正しい方向に導くサポートをし、部下を取り囲む環境に正すべきことがあれば、その環境を改善していく。つまり、「改善」という人間にしかできない仕事、を遂行するのが、上司の最大の役目だ。 それは実に難しい。とてつもなく骨の折れる作業だ。 会社の方針ややり方にまで改善を求めなきゃならないこともあれば、トップを動かす努力や、他部署との連携だって必要にもなる。異論や反論が出ることだってあるだろうし、何らかの設備投資が必要になることだってある。 環境を変えるには会社と闘う覚悟がいる。「部下のため」という強い気持ちなくして、環境を変えるのは到底無理。 多分……、そんな骨の折れる仕事を放棄した上司が、ブラック上司と化す。 「生産性を上げろ!」「残業はするな!」と部下にプレッシャーだけを与え、暗にサービス残業を強要したり、正直に残業時間を申請する部下を非難したりする“ブラック上司”となっていくのだ。 怒った“ブラックトップ”が口にした一言 「私、あまりの仕事量が多くて部下たちが疲弊しているので、トップに掛け合ったことがあるんです。そしたら、『おまえは部下のために働いるのか?』と怒鳴られたんです。このトップも“ブラック上司”ですよね」 ヒアリングのときには、こんな“ナマ”の声もあった。 2599人が、過労死危険ラインで働き、59.7%が「業務量が多さ」が残業の原因と答え、31.6%が「残業改善施策は全く効果がない」と回答し、53.7%が「管理職の指導が十分でない」と答えた。 これは、霞が関国家公務員労組共闘会議(霞国公)が中央府省で働く国家公務員を対象に実施した「2011年残業実態アンケート結果」だ。 「若者を使い捨てにするような企業をなくしていきたい」(田村厚労相)と本気で思うのなら厚労省の職員のナマの声に耳をかたむけることから始めたほうがいいんじゃないでしょうかね? このコラムについて 河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学 上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。 日経BP社 日経ビジネスオンライン |